2021年2月12日金曜日

『老いてこそ生き甲斐』

  一昨日、図書館で借りた『老いてこそ生き甲斐』(石原慎太郎 幻冬舎、2020年第一刷)を一気に読んだ。華やかな世界に生きてきた人のように思える著者だが、この本を読んで凡人と変わらぬ人のように思えてきた。有名無名の人たちを取り上げて高齢社会を生き抜くヒントを説いている。とりわけ驚いたことは江藤淳の死と両親、弟などの死である。そして今は病気がちな奥さんの話もある。

 江藤淳のお手伝いさんは石原の息子のお手伝い募集に応じた人から選んだ。その人がたまたま2,3日休みを取って実家に帰り、江藤の家に戻る際、乗った電車が遅れたそうだ。その間、江藤はお風呂で手首を切って自死していた。その思いを複雑な心境でつづっている。また弟である裕次郎の死について「弟の場合、苦しみぬいた挙句に死んでいったのです。それは彼に言わせれば泥の中に浸けられて切りなく沈んでいくような耐えられぬほどのだるさだそうな」(55p)。

 石原自身は脳梗塞で利き腕の左手が不自由になる。が、ワープロのおかげで入院中も本を一冊完成させている。今年89歳になるそうだが、高齢社会を生き抜くヒント(?)として「老いてこそ生き甲斐」を書いた!?まだ今は著者ほどの年齢には至らない。が、それでもすぐに歳はとっていく。他人事とは思わず偉い人の知恵を拝借して高齢社会を元気に生き抜こう。

 以下はいつものごとく気になる箇所を抜粋したもの。萩本欽ちゃんやここには取り上げていないが、あのスーパーボランティアの尾畑さんの話題もあった。そうそう、大事なことを書き忘れている。弟のことを運動嫌いだった、という。高齢社会は体を動かすこと、と書いている。

 小さいころは弱く生まれたためか、大の運動嫌いだった。しかし、30代半ばで何かを悟ったかのように自転車に乗り始め、泳ぐようになった。そして海外旅行にも目覚めだす。運動嫌いが歳を取るにつれていつの間にか動くようになった。この気持ち、いつまでも忘れずに!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★高齢社会で若者たちに見下されて不本意な老後を過ごす代わりに、年齢は違っても対等な人間として胸を張って生き抜くためにも自分の感性に従っての趣味を持ちとおすことです。はたから見て下手だろうと、まずかろうと己の感性に則っての趣味を持ち通すことです。感性さえ衰えなければ、その人は個性的に見え、一目置かれる老人としての存在感を保ち尊敬されるはずです。25-26p

★現代の高齢社会は、その気になりさえすれば若いころし残した、自分自身を活かす試みを受け入れる機会をふんだんに設けているはずです。要はそれを自分自身への責任として欽ちゃんのように選んでいってこそ、百二十歳というエベレストへの頂上への登攀を成し遂げられるに違いありません。28p

★老いてからの生活を活性化し、充実させるために必要なことは機械的な仕事、つまりルーティンを自分に強いることです。それがいかに退屈でも、それを必ず反復することで一日がアクティブに展開されていくのです。93p

★老いてから自分の体に自信を欠いてきたなら、いたずらに医者などに頼らず自分で出来ることを日頃試みて、老いの不安を取り除きたいものです。105p

★老いは折節に若いころの自分との比較での意識を醸し出します。老いに対する立ち向かいの術は。まず何よりも慨嘆しないことです。つまりこの自分位は必ず明日があり、さらにまたその翌日もあるのだと自覚して、その日何をするかを積極的に考え、その日の計画を立てて臨むことです。老いのもたらす怠惰のままに行き当たりばったりに過ごすことは、人生の無駄な浪費でしかありはしない。どんなことでも計画を立てて、それをこなしていくことでのささやかなりともの達成感が生き甲斐を育むのです。109p

★老いても何か新しいもの、趣味にしろ新しい運動にせよ、新しいものを試みる姿勢は必ずや新しい生き甲斐をもたらしてくれるものです。130p

★世の中には思いもかけず若死にしてしまうものが多いが、彼らに比べて高齢を窮め生き続けてきた私たちは、何かの大きな意志によって選ばれ、祝福された存在であって、その恩に報い応えるためにも老いたる者たちはたとえささやかでも、老いてはいても常に新しい生き甲斐を見出し、与えられた天寿を全うすることこそが人生の見事な完成になり得るはずです。205p

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