2016年4月30日土曜日

「放下す」(ほかす)

 『文藝春秋』今月号に「老人ホーム殺人で私が考えたこと」として徳岡孝夫が書いている。このサブタイトルは「生き過ぎてしまう時代にはどんな覚悟が必要なのか」。

 高齢化社会到来といわれて久しい。すっかり老人といわれる域に達した。この中で「放下す」(ほかす)というキーワードに驚く。世の中、「断捨離」という言葉がよくつかわれる。何でもかんでも役に立たないモノ、必要のないモノなど、ほかしてしまえばモノ・コト・(ヒト?)が片付く風潮がある。

 ホームで働く人は毎日のように亡くなる人を見ている。亡くなるということが当たり前になると自分では動けず、何も出来ない人を見ればほかしてしまえばよくなる!?それはないよね!

 この仕事に携わる若者に同情しつつ、徳岡は森鴎外の『妄想』を引用して文を締めくくる。「<死を怖れもせず、死にあこがれもせずに、自分は人生の下り坂を下って行く>」、「老人はこんな心境であるべきでしょう。もっと長生きしようなどと思わず、一種の覚悟を決めて生きなあかんのです。」。『妄想』は明治44年に出た鴎外の自伝的小説。徳岡はこの本を老人が読んで心に染みる一冊としている。

 母は88歳の時、家で転倒して大腿骨を骨折。それから7年後に亡くなる。骨折で入院し、その後退院。それから家での介護が始まった。それまですべて親任せの生活が一瞬にして親娘の立場は逆転。退院後何年間かは自分の足で歩けた。ところが前ほど歩かなくなると次第に足も衰えてくる。ついには歩けなくなる。

 家での介護もお風呂に気を遣う。その時、一級建築士の義兄が一部屋をお風呂と洗面所に改造しようと提案してくれた。使っていたお風呂は段差があり、部屋用の車いすのシャワーキャリーでは出入りができない。すぐに改造に取り掛かる。ところがその部屋には母が持ってきた使わない箪笥類や子供である私たち3人の机など所狭しと置いてあった。

 トラック2台分くらい「ほかし」た。それを見ていた母はどう思っていたかは今となっては聞くこともできない。とはいっても改造したことで家で最後まで母を介護できた。義兄の提案はほんとうにありがたい。また、自分自身にとっても助かっている。

 我が家の場合はモノをほかした。人はモノではない。老人ホームでのあのヒトをほかすとは異なる。

 思うようにならなくなった母は時に「役に立たんね」と言っていた。役に立たなくなっても生きてさえいればいい!そのあたりはおなじ介護であってもホームで他人を介護するのと自分の親とではその意味も違うだろう。まだ介護される側の気持ちには至っていない。その時が来ると徳岡の書いたような気持になるのだろうか。とはいってもヤッパリ長生きしたい!そしてほかされたくない!

 今日はこれから元気を出して泳ぎに行こう!今日も元気で!

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