2013年12月23日月曜日

『安部公房とわたし』

 夏に図書館に予約していた『安部公房とわたし』(山口果林 講談社、2013年)の順番がやっと廻ってきた。昨日、午後、図書館でそれを受取ると家に帰って一気に読む。自分自身のことをこれほどまでさらけ出すこともあるまい。読後感である。とはいっても毎日ブログに投稿している。これと同じといわれればそうかもしれない。しかし、その内容は異なる。著者とは同時代を生きている。そしてまるっきり違う人生を生きている。これも人生。そう思って読む。週刊誌を読む感覚でかなりミーハーになって読むのですぐに読める。

 「女優の卵としては、事務能力があって重宝がられているのだと考えるようにしていたが、私に好意以上の感情を抱いてくれていることは感じていた」、「結婚まで考えた初めてのボーイフレンドに捨てられて、いろいろな男友達と踊りに行ったりと若いエネルギーを持て余していた日々。私は軌道を外れた衛星のような暴走状態にあったのだろうか」。24p山口は安部公房と知り合った頃のことをこう記している。

 「密会」という部分では「未熟な私のどこに、安部公房は引きつけられたのだろう。初めての恋人との別れで、激しい恋愛感情の酔いは二,三年で冷めると同期の友人から教えられていたし、まだ燃え尽きていないとしても、いずれ安部公房の情熱も冷めるのだろうと、冷静に分析する自分もいた。それまで、安部公房から得られるものは、貪欲に吸収したい!自身のキャリアも高めたいというのが、当時の私の思いだった」。28p

 捨てられた恋人もそうだけど、この本に登場する人々はすべて実名で書いてある。まだ健在の人もいるだろうに…。この本にはお金にまつわる話がよくでてくる。山口は姉達の結婚を機に自立した生活を始める。

 「名実ともに自立を確立した。遅ればせながら国民年金も納めはじめる。当時はさかのぼっての支払いが、二年間しか許されなかった。…今、残念ながら満額の支給を受けられない」。60p

 国民年金は満額支給でも年に80万くらい。それに介護保険は天引きのはず。有名人で華やかな生活と思える人たち。それが国民年金とは驚き。庶民でもこの金額では生活できない。細く長く地道な生活ならばやはり会社員は楽!?とはいっても才能がある人たちは何歳になっても働いて収入を得ることが可能。そのあたりは会社員とは比べられない。

 安部公房の死も迫ってくる頃、山口は冷たい声を聞かされる。

 「『いま、都合の悪いことが起こっているので、家に帰って待っていてほしい』こんなぶっきら棒な口調を聞いたことがなかったのでショックだった。私だって会える日を楽しみに、いろいろ無理しているのに、目の前で扉をぴしゃりと閉められた感じだった」。

 「『付き合い始めたころ、死ぬときは一緒だよと言ってたじゃない』『個人年金を貰う六十歳までは、死にたくないって言った私に、君って冷たいなあって言ってたじゃない』家に帰ってやり場のない怒りを酒で紛らわせた」。201p

 安部公房の死後、ひとりになった山口はフルートを習い始める。“フルート”は習っているので関心を持って記そう。

 「五十歳になった私はフルートのレッスンにトライした。…仕事と無関係に、純粋に自分の老後の楽しみを増やしておきたいと思った」。230p

 そして、山口はパソコンに挑戦する。この本もパソコンで書いたのだろうか。それにしても年金の話は可笑しい。酒井和歌子も徹子の部屋に出たとき、年金の話をしていた。有名無名にかかわらず、どの人も年金には叶わないということ?

 安部公房の娘も安部公房の本を書いている。娘が書いた『安部公房伝』も読んで見たくなる。それには山口のことは一切書かれてないらしい。こういう本を読んでいつも思う。既婚者に愛情を抱いても、モノに例えるならばヒトのドロボーと同じだと…。いい結果に成るはずはない。

 今日は遅くなったけどこれから泳ぎに行こう!

0 件のコメント:

コメントを投稿