2020年11月29日日曜日

<新しい観光船「SEA SPICA」就航記念プラン瀬戸田でたっぷり観光~瀬戸田・大久野島・御手洗(西向きコース~>の日帰り旅

 2020年11月25日(水)、<新しい観光船「SEA SPICA」就航記念プラン瀬戸田でたっぷり観光~瀬戸田・大久野島・御手洗(西向きコース)~>と銘打った日帰り旅に参加する。個人的にはGO TOトラベルキャンペーン第6弾目となる旅だ。午前7時50分、広島駅北口ペデストリアンデッキに集合後、1度の休憩をはさんでバスは耕三寺博物館に向かう。30年くらい前に母と出かけた耕三寺は今とは違って「お寺」という感じだった。ところが月日が経つとお寺の雰囲気も以前とは異なる。

 耕三寺博物館の周辺には白亜の大理石が広がる庭園の「未来心の丘」が造られていた。耕三寺は古くからのお寺ではなく、耕三寺耕三が母親の菩提寺として昭和11年から30年余りかけて建立している。本堂は宇治の平等院を模し、孝養門は日光東照宮を模してある。今回のハイライトは「未来心の丘」。これはイタリアで活躍する彫刻家杭谷一東が設計・製作し、2000年10月に完成した大理石の庭園である。

 なぜか場違いとも思えるような白亜の庭園は5000㎡の敷地に3000トンの大理石を使って大小さまざまなモニュメントがある。
未来心の丘
未来心の丘
大理石で造られた未来心の丘
 未来心の丘まで添乗員についてゆき、その後は1時間半フリータイムだ。紅葉真っ盛りのこの時季、広い境内をくまなく回る。以前、母と来たときは未来心の丘はなく、その地は山だった。この日は行楽日和で歩き回っていても気持ちがいい。ただ、広い境内を歩くと出口が分からなくなる。道を隔てた向いに平山郁夫美術館がある。集合までの1時間足らずの時間を平山郁夫美術館で過ごす。ここの入場券は共通クーポン1000円を使う。端数はおつりがもらえない。が、早めにクーポンを使い始める。

 美術館の中に入ると外の明るさとは違って暗い感じがする。展示の文字も小さくて見えにくい.ここでオペラグラスの出番となる。以前、市内の美術館で絵を見ているとオペラグラスで見ていた人がいた。それからというもの音楽だけでなく絵を見るときもオペラグラスを持参する。これは助かった。

 瀬戸田出身の人から平山郁夫美術館へ行くように、と勧められていた。今回はちょうどいい機会となった。平山郁夫の絵は関東にもその人の名を冠した美術館がある。有名な人なのでいろんなところで見る機会があったが、やはり地元で見るとまた別の感覚がある。小さいころから描いた絵も展示されていた。やはり絵の巨匠となる人だけあって子供のころの絵も素晴らしい。
耕三寺の紅葉
耕三寺の紅葉
茶祖堂
薮内流の流祖と茶聖千利休を安置
手前の箱は茶筅箱
紅葉の色合いが何とも言えず美しい
紅葉の色合いが何とも言えず美しい
救世観音大尊像
法隆寺の秘仏救世観音を手本として造られた
耕三寺
境内の紅葉
平山郁夫美術館入り口
館内からの眺め
 瀬戸田を堪能した後は旅館つつ井でミニ会席の昼食を頂く。瀬戸内に浮かぶ瀬戸田は漁師町かどうか知らないが並んだ料理のいずれにも多くの魚介類があった。お刺身もこれが1人前というほどの量だ。サラダも魚介類を豊富に使っている。赤だしの味噌汁の具も大きな魚が入っていた。茶碗蒸しの具も魚介類だ。これで終わりと思ったら1人前ずつ豚しゃぶが出る。この辺りになるともう食べきれない。ごちそうも過ぎるともったいない。この食事場所の売店で残りの2000円分の共通クーポンを使う。買った菓子類は広島市内の菓子メーカーだった。ほかにはレモン柄のエコバッグを購入。これ、かなり気に入る。

 今回の旅の目的の1つに今年就航したSEA SUPICAの乗船がある。同じ旅行社が2つのツアー客を貸し切っての乗船だった。この日の行程を改めて記そう。

 広島駅北口🚌瀬戸田🚢大久野島🚢御手洗🚢呉港🚢広島港である。広島駅からのバスは東向きコースのツアー客が瀬戸田で船から降りるとバスで広島駅まで送る。私たちは西向きコースのツアーでこの逆を回った。お昼を頂いたお店の前が瀬戸田港の乗船場。そこから最初の寄港地である大久野島まで乗船する。大久野島は以前は毒ガスの島だった。今はそれよりもウサギの島として有名になっている。動物はあまり興味がない。が、せっかくだからとウサギを探すと目の前にいた。その日の朝刊にコロナ禍で観光客減少によりウサギの数は5,6匹しか見られないとの記事があった。少し前まではかなりのウサギがいたらしい。

 この島もずいぶん前に行ったときはウサギでなく毒ガスの島として知られていた。小さい島を自転車で一周できる。今や、毒ガスでなくウサギの島で有名となり、コロナ禍前までは海外からの観光客も多く訪れている。  
大久野島の小さいウサギ
観光船SEA SPICA
 大久野島で下船して30分ほど観光後、船は御手洗地区(みたらい)に向かう。御手洗は数年前に出かけていたが、ガイドの説明は今回初めて聞いた。御手洗の町並み保存地区をガイドと一緒に歩くが人の姿は見えない。ほとんど空き家だがこれを維持するのも大変なことのようだ。ミカンの島としても有名で「大長ミカン」(おおちょうみかん)というブランドとして知られている。ミカン山は後継ぎがいないらしく、1年ミカンをもがないと次の年からミカンは育たなくなるそうだ。

 御手洗はもらったパンフによると「江戸時代、このあたりの地勢が潮待ち・風待ちに適した天然の良港として注目されたことから、1666年、広島藩が町割りを行って御手洗が誕生しました。……」とあり、北前船や千石船の大型船が往来し港町として発展する。幕末になると兵の近代化を図った広島藩は軍艦や洋式銃を購入するため、この地で薩摩藩との密貿易を開始する。後に長州藩も加わって薩長芸軍事同盟を締結。こうして御手洗は江戸時代に繁栄し遊郭もできて100人以上の遊女もいたそうだ。その名残は今でも若胡子屋跡に残っている。
御手洗町並み保存地区
菅公の碑(菅原道真)
 
 菅原道真を崇めた菅公の碑には「我たのむ 人をむなしく なすならば 天が下にて 名おやなかさん」と書いてある。
お寺の境内の巨木
 ガイドは神社やお寺に銀杏の木が植えてあるのはなぜかを説明する。銀杏の葉は燃えにくいそうだ。落ちた葉は枯れずに長く水分を含んでいるという。今でも学校やお寺に銀杏の木が植えてあるのは火災防止にもあるようだ。
デッキから見る夕焼け
安芸灘大橋をくぐる
近いうちに姿を消す予定の造船所
 御手洗地区を下船して1時間観光後、船は広島港を目指して進む。2階に上がると穏やかな瀬戸内海もデッキでは猛烈な風が吹く。日没もまじかとなると夕焼けが美しい。愛媛県に属する今治造船、広島県側の安芸灘大橋、音頭の瀬戸、近いうち撤退が決まった造船所、そして海上自衛隊呉基地などの景色を船上から眺める。呉港に入った。広島港まで行かず、途中の呉港で下船。午後5時半、外は暗くなりつつある。はじめての呉港から呉駅までを人について歩く。ここでも最後の旅気分を味わう。

 お天気に恵まれたいい旅だった。GO TOトラベルもあと1回を残すのみとなった。最後まで気を抜かず、コロナにだけはかからないようにして旅をしよう。

 ちなみに今回の旅は広島県の支援が大きい。旅行代金24500円、国からの給付額̠̠7000円、広島県の支援金10000円、共通クーポン3000円、旅行社への支払金額は7500円と安くて楽しい旅をした。船での観光も終わりに近づくころ、広島県からのお土産としてお好みソース1本ずつの配布があった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2 件のコメント:

  1. 御手洗町並み保存地区が素敵ですね。いい気分転換になったのではないですか?
    東京もコロナで鬱陶しい空気が蔓延していますが、いろいろと気分転換を図って生活しています。気をつけてお過ごしください。

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    1. 舛井一仁様

      コメントありがとぅございます。
      コロナの感染者が日に日に増えて、今になってGOTOトラベル利用も危ないかも、と思うようになりました。すでに申し込み済みの旅が1回残っているので、これには特に気をつけて出かけようと思っています。旅行社の対策もGOTOのはじめのころとは違って、バス車内で口にすることが可能なのは飲み物だけになりました。せっかくの気分転換もルールに縛られてコロナ禍の前のような旅とはなりません。ここで愚痴っても仕方ないですね。気をつけて過ごします。
      ありがとございました!

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