2017年3月12日日曜日

鳥葬師

 東北の大震災から6年が過ぎた。今でもまだ多くの人が元の生活に戻っていないという。早く落ち着いた生活を取り戻してほしい。震災の翌日の12日は父の祥月命日。あれから丸27年。母がいなくなって、父の行事は何処へ行った?一人で父の供養をと思っている。これからお墓参りをしよう。

 供養といえば昨夜のBSで放送された「天空の“宗教都市”~チベット仏教・紅の信仰の世界~  」http://www4.nhk.or.jp/P4353/x/2017-03-sannshou 11/10/29185/2396593/ (参照)でチベットの鳥葬を見る。そこには人生最期を執り行う鳥葬師がいた。もちろんこういうキーワードは今回のテレビで初めて知る。30年近く前、チベットへ出かけた。その時、鳥葬が行われていた岩場へ連れて行ってもらった。だが、その当時でさえも鳥葬は行われないと聞いていた。それが昨夜のチベットのある「宗教都市」では今でも鳥葬が行われている。人は他から様々な恩恵を受けて生きている。その最期に人間の肉体を自然界に捧げる意味が鳥葬にあるらしい。

 1時間半の番組を興味津々で見る。この宗教都市は40年前に作られる。チベットも中国化の波が押し寄せ、人々の日常会話は漢語。チベット人であってもチベット語が読めて話せる人は3割だそうだ。チベット文化を守るにはチベット語も必要。中国という国にあっても異なる文化はあってもいい。テレビに映るチベット人たちの美しい顔。生き物は殺生しないとの考えは今も生き続けている。輪廻転生として。

 チベット仏教でいえばブータンもチベットも同じ宗教。ブータンのゾンカ語とチベット語は同じだろうか。番組を見て気になりだす。後で調べよう。

 写真は昨夜のテレビから。鳥葬で死者を舞う鳥は写してもここにアップできない。あまりにも酷すぎる場面。日本では火葬は斎場の人が執り行う。だが、チベットではそれを鳥葬師が行っている。

 昨日は他にも日本画教室へ行く。葉ボタンをやっと本画に仕上げる。あまりにも黄緑が強かった絵を胡粉とうすい黄色を混ぜて色付けする。胡粉を膠で溶く際、膠が新しいため、なかなか溶けそうにない。教室の人から使わないという膠をもらう。ところがこれは水で薄めた膠だった。本来の膠と思ってそれを再度水で薄める。胡粉と混ぜても溶けにくい。おかしい、と気づいたときは絵に色付けしていた。さてさて、薄め過ぎた膠の絵は描いたままの色を保てるか。気になる!



鳥葬に参列のチベットの尼僧

鳥葬師

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