2013年7月22日月曜日

『生きるということ』

『黒い海の記憶』を読み終え、ブログの下書きにその入力をしていた頃、携帯電話が鳴り響く。電話の相手は公衆電話。もう何年も公衆電話からかかったことがない。しばし逡巡する。

思い切って電話に出る。まったく聞き覚えのない男性の声。だが相手はこちらの名前を知っている。

手元に暑中見舞いの葉書と封書がある。いずれも東京から差し出され、亡くなる直前に書かれている。だがその返事は出していない。

ナニゴトも素早くモノ・コトを片づける。それなのにその気にならなかった・・・。

公衆電話の主は東京から手紙を寄こした女性の夫だった。その声から「〇〇〇は亡くなりました。」。こういうとき、どう対応するのだろう、と思う暇もない。

「いつお亡くなりになったのですか?」と尋ねると「15日です。すべては終わりました。」。

会ったこともない昨日午後のその夫からの電話。お悔やみの言葉を述べて電話を切る。

その後のなんとも言い表せない気持ち。すぐわかちゃんに電話して話を聞いてもらう。20分くらいしゃべった後でかなり気持ちも落ち着いてくる。

送付された葉書と手紙。それにしても彼女はどうして2通も手紙を書いたのだろう。そしてどうしても返事を出す気持にならなかった私。とはいってもたとえ返事を出したとしても、その時はもう彼女はこの世にいなかった!?

出さなくてよかった、そう自分に言い聞かせる。

その矢先のタイミングよく『生きるということ』(黒井千次 河出書房新社 2013年)を読む。

 「何のために(書く)のか。(書く)とは確かめることであり、(生きる)ことの検証であり、その地点からまた歩きだすための深呼吸でもあるからだ。」13p

筆者はこう書いている。この言葉はまさにブログ投稿という手段で書いている私にピッタリ当てはまる。もしかしたら東京のその女性も生きている証で手紙を書いていたのだろうか。

23年半前の年末、成田空港から一人パキスタンのツアーに参加する。その年の3ヵ月半後、父が亡くなる。その旅の成田空港は、人・人・人・・・でごった返していた。まったく違う国へ出かける2人。長い出国の手続きの間、互いに声を掛け合う。それから23年が経つ。

昨年末から急に手紙が届くようになる。その手紙でパキスタンに行く時に出会ったと書いてあった。

旅友だちは多い。当然、年賀状だけの付き合いの人もいる。だがそのうちの3人とはもう会えない。年々年を重ねていく。人と出会えば楽しみも増える。だが それは哀しみともなってゆく。

もう考えまい。今日は今日。お昼から気分を変えて泳ぎに行こう。

それにしても来月の誕生日を前にしての65歳の死は若すぎる。ご冥福をお祈りします。

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