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2022年11月7日月曜日

「秘境中国謎の民 天上の大草原に生きる」を見る

 一昨日夜、NHKのBSで久々に「秘境中国謎の民」が放送された。この日は「天上の大草原に生きる」だ。番組HPによると以下のように書いてある。

★山深い秘境で独特の風習を守り続ける少数民族、土族。実はシルクロードの時代、唐とともに栄えた王国の末裔と判明。1400年続く伝統の暮らしを見つめ、歴史の謎に迫る! 中国北西部、4000m級の山が連なる祁連(きれん)山脈。山頂近く、自然豊かな大草原で暮らす土族▽世界でも珍しい真っ白なヤクや、ここでしか育たないといわれる馬を放牧。1400年続く独特の風習を維持▽近年の遺跡の発掘から、シルクロードで栄え、悲劇の運命をたどった古代王国の末裔と判明。なぜこの秘境に?歴史ミステリーに迫る!▽しかし、今、伝統の暮らしは中国の国策で消滅の危機に。大草原を追われる悲劇の民族。

 天祝大草原に暮らす土族。ここでの主役は白いヤクと岔口驛馬(しゃこうえきば)である。この馬は標高4000mまで山を駆けあがることができる。ここはかつてシルクロードの要衝で走馬客(注:馬の売買人)もキャラバンもこの地で馬を選んだ 天祝は内モンゴル、四川、雲南、チベット、新彊をつないでいる。とくにシルクロードの時代はにぎわっていてこの地で馬を選んでいた。2019年、遺跡発掘によって調べると吐谷渾王国の王子がいてそれは天祝を管理する官僚だった。吐谷渾の人たちは高地に馬を放ち、そこで生息する野生馬と交配させた。そして高地でも自由に走り回る青海驄(そうかいそう)を量産し、専門の人が飼育した。古い書によると吐谷渾では寒い地でヤクと馬を量産していたと書いてある。このことから天祝の土族は吐谷渾の末裔とわかる。
 
 馬には走り方があり、ここの馬は側体歩で、これは騎乗の騎手の体がぶれないそうだ。テレビクルーはこの番組を昨年、取材している。その際、今年の秋、1400年続いた放牧は中国政府の国策により大草原での放牧が禁止されて国家森林保護区になるという。そのため2022年までに立ち退かねばならない。昨年8月、荷物を背負って山頂に向かう人々がいる。それは儀式をチベット寺院で行う人々だ。そして1000年以上続いた儀式もこの年で終わる。ところがその矢先、突然コロナの感染者が出て競走祭は中止になり、取材も中止を余儀なくされる。

 今年の7月、取材を再開。だが放牧はすでに禁止されていた。白いヤクの放牧の禁止は人々の知恵で共同飼育場をつくって飼育することになる。これには政府も支援してくれた。これにより収入は放牧を上回るが支出も同じように上回る。8月、競走祭が再開された。競走祭の決勝の日、4000人が集った。それもコロナ禍で規模を縮小しての開催だ。この日、70人いた住民は12人となっていた。が、牧畜をするために飼育場を建設する計画を話し合っていた。

 この人たちは古代王族の末裔である吐谷渾の人々だ。今、逆境に負けず、その伝統を取り入れて生きる支えとしている。 

 この種のドキュメンタリー番組はコロナ禍により取材が困難だったためか、いつも同じ放送の再放送、再再放送が放送されていた。今回久々に新しい番組で見ごたえ十分の番組だった。こういう番組を見ると遠い国へ行きたくなる。だが、今しばらくは遠くへ行かれそうにない。その合間に見るドキュメンタリー番組は楽しい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年12月15日日曜日

「秘境中国 謎の民『山頂に響く 魂の歌』」を見る

 昨夜、NHK・BSの「秘境中国 謎の民『山頂に響く 魂の歌』」を見る。番組HPには以下のように書いてある。

★中国の秘境、南西部の大峡谷に暮らす少数民族・ミャオ族。険しい山を切り開いて稲を育て、シャーマンが不思議な歌で歴史を伝える。100m超の絶壁を命綱なしで上る人も。最近の研究で、彼らのルーツは2千年前に栄えた幻の古代王国・夜郎国であることが分かってきた。西方との交易で繁栄を極めたが、漢の武帝に滅ぼされ、この山岳地帯へと逃げ込んだのである。過酷な自然の中で、伝統を守り助け合って生きる人々の姿を記録する。

 幻の古代王国・夜郎国、これが大事なキーワードになる。読んでいる司馬作品に「夜郎自大」が出てくる。辞書で調べてこの意味を知るが、昨夜のテレビで詳細にわかる。漢代の歴史書『史記』によると「西南部に十数の蛮族の国があり夜郎は最大の国」の記載がある。漢の時代、西南シルクロードに位置する夜郎国。この民族は髪を頭上に結い、稲作をして城に住んでいた。夜郎国の持つ伝統や風習にはミャオ族などの少数民族と共通するものがある。このことからミャオ族と夜郎国には深いつながりがあると研究者は話す。

 亜魯王は民に稲を作らせた。亜魯とは夜郎のことであると、ミャオ族のシャーマンいう。何千年も前から民族に伝わる歌を受け継いでいるミャオ族のシャーマン。ミャオ族は夜郎国の末裔だという。ミャオ族は自然とともに暮らして自然の恵みを受けている。それには薬草、燕の巣、燕の糞などいろいろとある。高い崖に登って大量の糞を持ち帰り、それを米作りの肥料にした。

 亜魯王の領地が攻められ、国を占領された。その時、敵は高らかに亜魯王に叫んだ。「亜魯よ、命がないと思え」。戦いで使った夜郎国軍の青銅剣が残っている。漢帝国は鉄の鉄器を使って戦った。鉄器を使う漢帝国は強さで青銅器を使う民族を上回った。青銅文明は淘汰されて鉄器時代に塗り替えられる。兵を連れて移遷をはじめ、将を連れ、逃亡を始めた。夜郎国の民は戦乱が迫る中、山奥へと逃亡し死者の棺を洞窟に隠す。こうすることで遺体を守った。これは今も大穿洞となって残っている。

 安住の地として厳しい環境の中で生き残ってきたミャオ族。祭礼で使用する大太鼓。これは少数民族を代表する礼器という。シャーマンは話す。「王が伝えた困難に負けない精神が我々の心の支えになってきました」。この精神を子孫たちに受け渡すべき宝だ、ともいう。木にきのこが生えるように子孫の繁栄は約束されるそうだ。

 話は変わって昨日は日本画教室の日。描いている釧路湿原の木々。相変わらず点描写で描いていく。1週間後に自分の描いた途中の絵を見て自己満足する。今回の絵はいつになく何度も何度も色を加えて簡単には仕上がりそうにない。次回は遠くに見える木々の葉を点描写し、太い樹木も樹木らしくしていく。教室が終わると皆でカフェに行く。他愛ない話をして、つかの間のホッとしたひと時を過ごす。これもささやかな至福の時だ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年11月12日月曜日

「あの日 あのとき あの番組『奇跡のピアニスト フジコ・ヘミング』」

 「台北のパンダ」のタイトルで「戻りました。可愛かったよ!!」との姪からの写メールが入る。数日前の姪との電話では最近の中国のパンダはどんな感じなのかと聞かれた。中国国内の各地にパンダはいる。すぐに思いついたのが6年前に出かけた中国四川省のパンダ研究所のパンダだった。九寨溝と黄龍に出かけた際に訪れたところだ。その時点では姪は台湾に行くと言っていた。それが、まさか台湾へパンダを見に行くとは思わなかったし、またパンダが台湾にいるのも知らなかった。

 職場の休暇を取って平日にパンダを見るために4日間、台湾へ行く。何と気障なことだろう。以前、某交流会の団長は台湾で一番高い101ビルにある飲茶のレストランへ広島から日帰りで小籠包を食べに行こうと話された。これもかなり気障。だが、やってみたい気もする。姪の台湾行きは自分で宿と飛行機を取っての完全なフリープラン。姪は留学で2年くらい外国暮らしをしているので一度も外国に住んだことのないモノからすれば感覚も違う。

 まさかずっと1人で……とは思っていなかったし、また一生のうちに1度は外国で暮らすというかつての夢が不可能になりつつある。しかし、エッセイストの清川妙や澤地久枝は高齢になってもイギリスやアメリカの大学で学んだ。先はどれくらいあるかわからない。チャンスがあれば1度は外国で暮らしたいとの夢がある。

 夢と言えばフジコ・ヘミングは人生の後半になって世界に認められるピアニストになるという夢を実現させた。昨日のお昼に「あの日 あのとき あの番組『奇跡のピアニスト フジコ・ヘミング』」の放送があった。19年前に放送されたETV特集「フジコ~あるピアニストの軌跡~」を取り上げて再度、放送した。当時の放送は見ていた。とはいってもすべての放送を覚えておらず、凄い人がいる!と思って見た。昨日のゲストの美輪明宏はフジコ・ヘミングの人生を「正負の法則」と話した。生きている限り、いいことばかりの人生はなくまた逆もない。いつどこで人は変わるかわからない。もしも何も変わらず同じままの人生だとしたら何の面白味も無くなってしまう。https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/41/1845561/index.html (参照)

 そう考えるともしかして自分自身もこのままの状態でなく憧れの海外生活が1度は実現するかもしれない。まあ、夢は夢のままであっても夢を見る間は楽しいのでこれもまあっ、いいか。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年6月17日日曜日

「独裁者3人の”狂気”」

 NHKのBSドキュメンタリー「映像の世紀」第9集は「独裁者3人の”狂気”」。番組欄でこの放送を知ってテレビを見る。番組初めに映し出される映像は今から30年前にルーマニアの独裁者チャフシェスク書記長とその妻の逮捕の瞬間を映し出す。その後すぐに2人は銃殺されてルーマニアの独裁政権は終止符を打つ。ルーマニの曲である♪望郷のバラード🎵。この曲を今年の秋の発表会で吹くと決めてからルーマニアに関心を寄せている。その思いもあって番組にも関心を抱く。

 イタリアのムッソリーニ、ドイツのヒトラー、そしてソビエトのスターリンの3人は悪魔の顔をした独裁者だった。番組はこの人たちに焦点を当てる。

 まずはムッソリーニ。強いイタリアを目指してファシズムを生んだ男ムッソリーニはミラノで黒シャツ隊を結成。10万人の隊員はローマへとデモ行進し、武装組織のファシスト党を1921年に結成する。その時ムッソリーニは独裁を宣言する。ムッソリーニは”DUCE”統帥と人々から呼ばれる。そのきっかけはまだ若いクララがムッソリーニにラブレターを寄こしたことに始まる。成人したクララはムッソリーニの愛人となっている。

 この頃イギリスのチャーチルとドイツのヒトラーがムッソリーニに憧れる。ヒトラーはムッソリーニを真似たファシズムが生んだモンスターであった。そして大衆の心をつかんでいた。この底辺にはムッソリーニが黒シャツ隊に向けて右手を上げるローマ式敬礼がモデルにあった。また共産党を弾圧してナチス一党独裁体制を確立した。総統を「ヒューラー」と呼ばせてムッソリーニの”DUCE”を真似た。ヒトラーは憧れのムッソリーニと3日間対面する。そしてヒトラーはドイツの少年たちを全員動員して「ヒトラー・ユーゲント」を組織した。

 さてスターリン。共産主義者が生んだ独裁者だった。スターリンの対立者はトロツキー。レーニンは後継者としてトロツキーを望んだ。しかし、レーニンの葬儀にスターリンはトロツキーを招かなかった。レーニンが生前スターリンを嫌っていたにもかかわらず…。スターリンはトロツキーを排除し、国外退去させてメキシコで暗殺。共産主義をすすめるスターリンは農業で国づくりをして集団政策を推し進める。しかし、これに反発する1500万人は極寒の地の収容所へ送られる。このころバーナード・ショーはロシアを褒めたたえる。だが、これは見せかけにすぎなかった。農民は飢餓に苦しむ。自分たちの食糧さえも探し出してそれを外国に輸出した。この人たちは穀倉地帯のウクライナの農民で300万人が餓死する。この様子を見たスターリンの妻は夫を非難して自殺する。娘のスヴェトラーナは父であるスターリンが母の死後さらに冷酷になったと話す。その後スターリンの議会で1500人の内300人が無記名で反対を唱える。無記名のため誰が反対したのかわからず、その半分を粛正するという恐怖政治をすすめた。結果的に450万人の国民を粛正した。

 ムッソリーニとヒトラーはヨーロッパを地獄に突き落とした。ムッソリーニは第二次エチオピア戦争でエチオピアを植民地にした。ヒトラーはこれを見て領土拡大をして1938年、オーストリアを併合しチェコスロバキアの一部を割譲する。ヒトラーを支持したイギリスとフランスはドイツを共産主義の盾にしようとする。

 スターリンはヒトラーと軍事同盟条約を締結した。ヒトラーはソビエト侵攻をももくろみ、ポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発する。これにムッソリーニも参戦する。1941年、ヒトラーは条約を破棄してソビエトに侵攻。ヒトラーとスターリンの激突により4000万人が死亡する。スターリンはヒトラーに騙されたようだ。

 穀倉地帯だったウクライナはスターリンに冷遇され、ドイツ軍を解放者として迎えた。こうしてソビエトの300万人が捕虜となる。この中にスターリンの息子であるヤコフがいた。このころ、ムッソリーニは独ソ大戦をほくそ笑んだ。ドイツは厳しい寒さに耐えられず敗退し、2度目の冬には戦争はさらに悪化する。スターリングラードと名付けられた地で100万人が飢えと寒さにあってもヒトラーは降伏も撤退も決めなかった。しかし生きるためにと10万人が投降し、捕虜となったヤコフと交換した。しかしスターリンは息子であるヤコフでさえも身内とせず、ヤコフは収容所の鉄塔に突っ込んで感電死を遂げる。

 スターリンはドイツ軍捕虜を行進させて見せしめとした。ヒトラーは飼い犬で気持ちを和ませ、ムッソリーニは職を解かれたとのニュースが流れる。1943年にムッソリーニは失脚しファシズムは終わりを告げる。ヒトラーはムソリーニと会いローマでファシズムを作るように説得する。そうしなければポーランドのようになる、と脅す。しかしムッソリーニは再度ミラノをファシズムの拠点とするが殺される。

 ヒトラーは最期に飼い犬を毒殺し妻と共に自殺した。しかし6年間の第二次世界大戦が終わっても3人のうちスターリンだけは地獄を生き抜いた。その後、スターリンにあこがれた毛沢東と金日成。フルシチョフは没後3年でスターリンを非難した。スターリンの娘スヴェトラーナはアメリカに亡命。2015年、プーチンはドイツ戦勝利を祝ってスターリンを再評価している。またもロシアに独裁政権誕生!?https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92899/2899067/index.html (参照)

 今朝テレビの番組欄を見ると何とBSで午後に「スターリングラード」の映画がある。このタイミングの良さに驚く。今日は午後からこの映画を見よう。

 長々とブログに投稿している。この時代になぜか関心があるので仕方がない。それにしてもこれだけのことを本で読むとなると大変だけど当時の実際の映像で見ると見ていてわかりやすい。その後、BS1でエルサレムがあった。しかしこれは見ていない。再放送があるといいけど…。

 昨日の日本画教室の話題は明日のブログに投稿しよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年5月4日金曜日

能古島のテレビを見て

 能古島(のこのしま)、と聞いて作家の檀一雄が住んでいた島とかコスモスの島を想い浮かべる。昨夕、BSでこの島に住む「睦子ばあちゃん」を番組で取り上げた。19歳で島に住む人に嫁ぎ、島をアイランドパークにして50年と話す。その間、初めの10年は思うような経営ができなかったらしい。

 コスモスの咲く時季はこの島や生駒高原が観光スポットだった。コスモスが好きなのでいつか行きたいと思っていた能古島。まだ出かけていない。コスモスは時季になれば自然に咲くものとばかり思っていた。ところが50年も前からアイランドパークとして手入れがされて事業として成り立っている。全国からの観光客は花の咲く時季ごとに絶えないようだ。

 アイランドパークにしようとしたきっかけは「人はいつか疲れてくる、それを癒すには花しかない」と亡くなった睦子さんの旦那が考えたという。その結果、50年前にお金を借りて芋農家からアイランドパークに転換させたとか。先見の明があったといえばそうかもしれないけど、それにしても家族で経営とは大変だ。

 この頃のバスツアーではコスモスの時季であっても広島から能古島行きはあまり聞かない。というかいろんな観光地でコスモスの栽培がされているためにわざわざ遠くまで行かなくても、との思いがあるのだろうか。生駒高原のコスモスツアーもこの頃はないようだ。

 まだ子供だった頃、我が家の庭にもコスモスが咲いていた。睦子さんが話すように花を見て怒る人はいないだろう。能古島へ行ってみたい。だが、自然に花が咲いているとずっと思っていたので人の手が加わっていると知り、ちょっと行く気も失せる。菜の花畑もほかの花も自然ではなくその都度ポットから出して植えている。県北の国立備北丘陵公園も職員が花を植えている…。

 昨年の今頃、ポーランドで見た一面の菜の花畑。これも人の手が入っているのだろうか。そうだとしたら大変なことに思える。そう思わず自然に菜の花が咲いていると思いたい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年5月3日木曜日

NHK・BS 池澤夏樹と世界の果て「パタゴニア 冒険の旅」を見る

 NHK・BSの「池澤夏樹と世界の果て『パタゴニア 冒険の旅』」を見た。番組HPによると「世界的文学者・池澤夏樹が南米大陸の南端・チリとアルゼンチンにまたがるパタゴニアを旅する。72歳、体力の衰えを感じる今がラストチャンスと思い定めた旅だ。パタゴニアはマゼランが初めて大西洋と太平洋をつなぐ海峡を発見したところ、ヨーロッパ文明が先住民を支配した場所でもある。数万年以上かけて形成された氷河、200年前の先住民による壁画…、圧倒的な大自然の中、池澤が書き下ろした言葉とともに映像記録する」とある。
 
 それにしてもこの番組のスケールの大きさに圧倒されてしまった。旅人の池澤夏樹。この人の本は読んでいてもテレビの画面を通して初めてお目にかかる。池澤はパタゴニアを称して人の手でつくられたところがないという。まさにその通りで大自然にあふれ、見ていて出かけたくなる。ブログ投稿前にさてパタゴニアの旅はあるのか調べるとク〇ブツーリズムがやっている。今年の11月出発で費用は50万から70万円くらい。成田出発。特別に旅費が高いわけではないので行く気になれば行けない場所ではなさそうだ。
 
 とはいってもエル・カラファテの氷河を歩くところではいくらNHKのクルーと言えども65歳以上であれば健康診断書の提出が求められている。池澤は72歳。それでも健康診断書を提出して氷河をトレッキングする。氷河の場面が一番美しく、思わずテレビ画面をカメラで写す。
 
 最近、写真の投稿が多くなり、すぐにアップできるようになった。それでも日数が経過すれば忘れるかもしれない。これはともかくとして話題はパタゴニア。
 
 ”beyond”「マゼラン海峡」「ビクトリア号」「クアナコ」など聞いたこともないキーワードも出てくる。”beyond”はマゼランが体験したことらしいが詳細は聞き逃す。マゼラン海峡はスペインの探検家マゼランに因むとしても「パタゴニア」は「パタゴン」が「大きな足」からマゼランが名付けたらしい。
 
 マゼラン海峡や氷河で池澤は水や氷を手にして舐めるシーンがある。水は旅先では手を浸けてみるけど舐めたことがない。これから旅に出る時は水があれば舐めてみよう。
 
 マゼランはビクトリア号に乗船して航海に出る。乗組員60名の内無事スペインへ戻ったのは18人だったとか。マゼランは途中で亡くなっている。探検者の乗った船の一部が見つかり保存されたのもある。
 
 スペインからパタゴニアへの移住者は牧畜を飼って生活した。その中には先住民と共に生活する人もいる。
 
 テレビクルーは池澤に「あなたにとって旅とは?」と問う場面がある。池澤は「一生を棒に振っても道楽と思っている」という。その底辺には「ぐうたらぐうたらしながらも生きている」みたいなことを話していた。そう聞いて自分自身も働きもせず毎日適当に遊んで生きていると思ったし、パタゴニアほどではないにしてもささやかに旅をしたりしている。自分にとって「旅とは?」と考えてみたこともないけどさてそれは???
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
テレビ画面から写す氷河

美しい氷河

パタゴニアの氷河

パタゴニアに住む先住の動物クアナコ

2018年5月1日火曜日

NHK・BS「中国秘境 四川美人谷」を見る

 先週の土曜日のBSプレミアムは「満島真之介、中国の秘境『四川美人谷』へ! 女性たちの生き様」を見る。「中国秘境 四川美人谷」とのタイトルだけあって、この世とは思えないほど美しい光景が続く。旅をする人は満島真之介。

 番組HPによると「チベット高原の奥へ進む峠を越えると『美人谷』と称す石の塔が林立する不思議な集落がある。唐の歴史書が『女王が治めた国』と記す谷!俳優・満島真之介が美女の謎に挑む」とある。

 さらにその内容として次のように書いてある。

 中国の秘境チベット高原に「美人谷」と称す集落がある。石の塔が林立する不思議な光景、「唐」の歴史書に「女王の国」とある。今も母系社会の伝統が残る谷の女性の暮らしに海外テレビが初密着。一万の石を積み上げ地震で壊れた家を再建する若妻!俳優・満島真之介は谷に伝わる「白い石の信仰」の謎を追い雪の峠を越え霊媒師と対面、4千年の歴史に挑む。北京テレビとNHKの国際共同制作で美人谷の謎と女性の生き様に迫る。
番組HPからの引用

 美人谷に住むチベット族はギャロン・チベット族。コノテガシワの木を燃やすと「白い煙」が出る。この煙が神を招くという。「白」には他にも「白い石」や「雪の世界」がある。この地に住む人々は安住の地を得るための儀式としてこれらを大切にする。「美人」の「美」は「羊」と「人」から「羌」に成る。古代の「羌族」は周の時代、女王として女性を送った。それ以来この地では女性が強くなる。

 この地の人々は岩を砕いて石とし、それに土をくっつけて家を造る。番組では家を造る様子を紹介する。家づくりの職人に依頼するには費用が掛かりすぎる。その土地の人が助け合って自ら家を造り上げる。石でも白い石は神が生命を吹き込むとされて大切に保存していく。

 90分の番組だった。テレビを見て、もう絶対、チベットへは行かれないと思った。どういっても高山病を初めて体験したのがチベット・ラサだ。翌日のツエダンの旅はラサのホテルのベッドで一人過ごす。ホテルの廊下もまともに歩けず這って移動した。翌日からは高地にも慣れて旅を続けたけど…。今、思い出した。もう一人チベットに着いた時点で旅の間中、入院した人がいる。その人は高地でアルコール類はご法度なのに旅が始まるとすぐにビールを飲んだ。その結果、まったくチベットの観光をせず、帰国日にバスの中からポタラ宮を眺めただけだった。そう思うと一日だけ高山病でダウンしたのは由としよう!それでも性懲りもなく他の国へ出かけては高山病になっている。

 これを体験した国を挙げればあまりポピュラーでない国がほとんどだ。いくらつらい体験でも行って良かったと思うことばかり。今、年賀状などで連絡を取り合っている旅友だちはそういった国で知り合っている。テレビを見てその時々の旅を思い出す。そういえば、高山病になりそうな行きたい国が残っている。それはメキシコ。いつの日かメキシコへ行こう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!  

2018年2月15日木曜日

「覆面リサーチ ボス潜入『大手宅配ピザチェーン』を見る

 昨夜のBSは「覆面リサーチ ボス潜入『大手宅配ピザチェーン』」。思わず見とれてしまうほど感動する。 番組HPによると見どころとして「…今回のシーズンは、これまでにない業界を取りあげ、また現場のやりとりやボス・従業員の本音を更にリアルに描き出します。1回目は、大手宅配ピザチェーン。ボスは、売り上げ不振店で驚きの実態を目の当たりにし、繁盛店の若い女性店長には、知られざる家族のドラマがあることを知らされます。そしてラストの告白シーン。デリバリーを担当する中年バイトの男性、涙のワケとは?」とある。
 
 この中の「若い女性店長の知られざる家族のドラマ」の場面に感動する。この時点では見知らぬ一日限りの仕事人に自分の家族の話をしている。この仕事をするまで家族が生活保護世帯だったと話す。あとで話した相手が社長だったことも幸いするが、もしも悪い人だったら、と思うとヒトゴトでは済まない。一家の生活がテレビに映る。若いこの女性が生活保護を断ち切って家族を養う。これは並大抵ではできない。それもあまりにも美しすぎる女性。一生懸命働く様子を見ていて家でぶらぶらしている我が身と置き換える。

  番組担当のプロデューサーの「見てくださる方に一言」では「はじめはボスの変装にクスッ、ボスが失敗したり叱られたりするのにスカッ!そのうち現場従業員の仕事ぶりやパーソナルストーリーにジーン。そしてラストの告白、ボスと従業員との魂のふれあい。『思わず号泣した』という声を視聴者の方からよく頂きます。自分も明日から頑張ろうと思えたり、日本企業も捨てたモンじゃないと思えたり、はたまた勉強にもなったり…肩の力を抜いて楽しめる番組です」とある。

 まさにこの言葉通りで「思わず号泣した」とまではいかなくても涙は出る。先ほどの若い女性と社長との会話の場面だ。「旅行にも行けない」と話したことから社長は休暇を与えて3月に家族全員で台湾旅行をプレゼントする。
 
 近いうち、海外へ行く予定にしている。番組に出た若い女性の状況を想うと働かずに遊びに行くことは如何なものかと反省する。しかし、今の立場になるまではあの若い女性と同じように頑張って働いた、との自負もある。
 
 忙しく過ごした日々も先が見えてくるとこれもまたよい思い出。いつまでも同じ状態は続かない。人生、海あり山あり、いい時もあれば悪い時もある。いつも思うことは頑張っていれば悪いことにはならないということ。それだけを頼りにして…。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 メモとして昨日の眼科健診の眼圧は右13と左15で正常だった。

2017年10月6日金曜日

「鳥が羽根で包み込む山」カカボラジを見る

 コンサートなどの情報が送られてくるとすぐに飛びついてしまう。先の予定は未定とはいっても月日の過ぎるのは早い。家でボーっとするよりも外に出るほうがいい。そう思って昨日も送付された記事を見て2月の広響「平和の夕べ」コンサートを申し込む。指揮者としてヴァイオリニストの徳永二男を迎える。他にも演奏者として外国からのゲストもいる。徳永二男は指揮よりもヴァイオリンの演奏を聴いてみたい。ともあれ、この人は素晴らしい演奏者。席は前から4列目。これで広響の定演以外のコンサートチケットは11月、1月、2月と3枚になった。楽しみだ!

 NHKのBSで見た「カカボラジ全記録ーアジア最後の秘境を行くー」のドキュメンタリー番組。ニュースを挟んで2時間の番組。カカボラジとはミャンマーのタロン族の言葉で、「鳥が羽根で包み込む山」の意だそうだ。タロン族とはミャンマーの少数民族で現在の生存者は3名。この3名は兄弟らしく、その後に続く人がいないという。身長は130㎝と低く、何故低いのかの理由は今のところ解明されていない。

 カカボラジは標高5881mの高さがあり、登頂に成功した人はミャンマー人と日本人のクルーでそのうち日本人はすでに亡くなっている。今回の日本人3人のクルーは2か月かけて山に挑む。ミャンマーはポーターがいないらしく、現地の人たち20数人を集めて即席のポーターにする。ところが慣れないポーターたちから同行のきつさを指摘するストが起きる。ベースキャンプ地までの240キロの道のりは乗り物はない。そのためポーターたちに荷物を分担して徒歩でキャンプ地を目指す。それも平たんな道でなく、予定していた日数を1週間もオーバー。

 キャンプ地からカカボラジを目指すが山の頂上はのこぎり状。頂上の目の前に立ってものこぎり状の山と山にはさまれて頂上へはたどり着けない。天候も悪化して頂上目前で登頂を断念する。

 この番組は1年前の再放送らしい。見ているだけでわくわくぞくぞくしてしまう。それにしても山に咲く高山植物。美しいの一言。山に棲む小動物、これは高山に咲く花と違って気持ちが悪い。それにしても人が入っていない幻に近い山のなんと美しいことか。途中から狩猟を生業として暮らすタロン族の60歳余りの男性もポーターに加わる。さすがに山で暮らす人。いくら背が低くても歩く速度や荷物運びはお手のものといった感じだ。またポーターたちの即席の家作りも手慣れたモノ。そこら辺にある樹木で家の形に組んでいく。屋根と寝床は大きなバナナの葉っぱ。生きる知恵は都会暮らしとはまた違う。私たちの祖先もそうやって生活していたのだろうと思うとこれまたロマンがある。ともあれ、いい番組だった!

2017年10月4日水曜日

「和尚のおススメ」


塀にとまったカマキリ(?)
 
 
 プールに出かけようとすると我が家の塀に大きなカマキリ(?)が止まっている。写真に写そうとするがカメラがない。家に入って携帯電話をもって出ると動かずに止まっている。塀は日が差してかなり熱い。それでも気持ちいいのか近づいても動こうとしない。プールから帰るとさすがにどこかへ出かけたのかいなかった。  

 昨日は久しぶりにプールで泳ぐ。11往復泳いだ後は2往復の水中ウオーキング。しばらく泳いでいない。1キロ泳がずに早目にプールから出る。自転車で帰宅途中、呉線の踏切付近に誰が植えたのか花が咲いている。身近なところでコスモスが見られなくなった。しばし、自転車を止めてコスモスなどの秋の花を眺める。希望としては広々としたところで整備されずに咲いているコスモスが見たい。
 
 先日届いたお寺の機関紙に「カまず自分独りで生きる訓練」が書いてある。勝手に引用させていただこう。それは「人に好かれれば何とかなる」らしい。「和尚のおススメ」として5点あげてある。

1 三人居たらいつもあの人がいたになる(ヒトリボッチにならない)
2 話し上手より聞き上手(うまく合槌を打ち長話をさせない/ウソとホントの使い方が決めて) 
3 相手に逆らわない(負けるが勝ち/ジャンケンと違って言い勝つ必要がない)
4 上手に褒める(直接的に褒めない/キレイねでなくどんな化粧品使ってるの)
5 胃の腑をつかめ(高級品や手作りの食品を小道具にする)

 これを読んで合点がいく。元はスリランカの旅で3人のお坊さんたちと出会った。その中のお一人の考えが書いてある。道理で長い機内の旅でいろいろとお話した意味がこの5点から分かる。どういっても母を失くして2年が経過した3回忌法要の後に出かけたスリランカの旅。今では忘れてしまった感がある親を亡くした哀しみ。だが当時は今の何倍も何十倍も哀しかった。何を見ても話しても食べても、寝ている以外は哀しみだけだった。話を聞いていただけるだけで有難かった。この5点はいい!

 話は変わって先日来から見ているNHKのドキュメンタリー番組。一昨日はヒトラー暗殺計画を見る。悪運強いヒトラー。一般の国民や周りの人たちから何度か暗殺を企てられる。しかし、そのいずれも失敗に終わる。時限爆弾での暗殺計画が多い。ある時は視察に訪れた先で何分間か滞在が短かったために未遂に終わる。またある時は机の下に仕掛けられた爆弾を少し横にずらしたために頑丈な机に守られてヒトラーは生き延びる。確実に死んだと思ったらなんと演説している声が聞こえる。

 こうして生き延びたヒトラー。もしも初めの暗殺計画が成功していればヒトラーによる被害者はかなり減っていただろうという。一昨日のテレビで見た最悪の場面はヒトラーが否と思った人の死にざまをいわゆる絞首刑でなく筋肉がぶら下がる状態にさせてその状況をカメラに写させるという場面。これが人間か、と思えるほど残酷だった。ヒトラーの最期は周りに取り巻きもいなくなり傍にいた僅か何日かの嫁となる人を道ずれにして自殺。

 今朝の地元紙を読むと対馬達雄氏の「ナチスと現代日本」と題した記事がある。今の日本はナチスの危うさに通じるものがあるという。しっかりせよ、国会議員!こういいたくなる。決して日本はナチスを見倣ってはいけない!

2017年7月27日木曜日

2つのNHK・BSドキュメンタリーから

 NHKのBSドキュメンタリー「NEXT 未来のために『もう一人のアンネ 娘に託すアウシュビッツの記憶』」を見る。ポーランドに出かけて以降、というかどこでもそうだけど、行った先の情報がやたらと目に入るようになる。『アンネの日記』は読んだような気もする。だが、今ほどアウシュビッツに関して興味がなかった。そのため、くわしくは覚えていない。それでも以前オランダに出かけた際(もう26年前のお話)、アンネが住んでいた家を見学している。

 アンネはガス室に送られて亡くなる。アンネの父はホロコーストの犠牲にならず生還。その家の前に住んでいた女性とその娘。後にアンネの父と女性は再婚する。両家族ともホロコーストで家族を失っている。アンネは父が再婚した女性の連れの娘が妹に当たり、「もう一人のアンネ」と言われる。

 アンネは日記などを残し、有名人になる。しかし、もう一人のアンネは無名。もう一人のアンネは戦後イギリスに移住する。何とか終戦で生き永らえたアウシュビッツにあるビルケナウ強制収容所をイギリスで生まれた娘を連れて訪問する。その様子をテレビは報じる。昨年の話題だった。

 番組を見て改めてナチスのやった行動に恐れをなす。オーストリアからオランダに逃れてもユダヤを追跡するナチス。ポーランドで見たよりも映像の方が怖くなる。これはなぜ?

 番組終了後、気分をかえてカープのテレビ観戦。昨夜も勝鯉!その後はチャンネルを変えてNHKのBS「行くぞ!最果て!秘境×鉄道『メキシコ・チワワ太平洋鉄道』」を見る。番組HPによると次のように書いてある。
 
 「人気企画の第2弾!舞台はメキシコの山岳地帯を走る『チワワ・太平洋鉄道』。海抜2300メートルの高地を走る鉄道は魅力いっぱい。停車駅はなんと断崖絶壁の上。そこからグランドキャニオンの4倍の広さを誇る大峡谷が一望できる。また峡谷の洞窟で暮らす先住民タラウマラに遭遇。“走る民族”とも呼ばれる彼らの秘密に迫る。終点チワワではチワワ犬の原種を発見!ワクワクどきどきの89分間【出演】古原靖久【語り】有働由美子」。

 一昨日夜、この番組の第1弾を見た。カナダのマイナス50度以下の最果ての地を巡る鉄道旅。その後に昨夜の情報を知る。メキシコは一度は行きたい国。そう思っているので番組を見るのは楽しかった。ところがチワワの原産地に行きつく途中で睡魔に襲われる。あと10数分が見られず残念。それにしてもたとえメキシコへ旅してもこういう地域へはツアーもないだろう、そう思って見る。

 スペインがメキシコを占領して原住民の今の楽しみはただひたすら「走る」こと。これには驚く。その底辺にはいつスペイン人がやってきても自らの足で逃げきれる足を持つ必要があった。2300mの高地の洞窟を生かした原住民の住居。水道、電気、ガスの設備は当然ない。今になってもいつでも逃げ出せる環境に身を置いている。これも人々の生きる知恵!?

 それに負けまいと高地を原住民と駆け足するリポーターのやっくん。若者であっても日本人は高地になれていない。走った後、大の字になって寝てしまった。この意味よく分かる。何度も高山病で当たりかまわず横になって寝ていた。メキシコへ行っていないのでそこでの経験はまだない。行けば多分高山病になりそうだ。それにしてもBSドキュメンタリー、毎夜のことながら見るのが楽しみだ。