2024年2月14日水曜日

『胡桃に酒』

  『胡桃に酒』(司馬遼太郎 文藝春秋、2012年新装版第12刷『故郷忘れじがたく候』に収められている)を読んだ。たまはキリシタンの細川ガラシャ。またいつものように気になる箇所を記そう。

★たまは、つねに「罪は私にある」といった。自分がもし他の容貌をもった自分であったとすれば忠興はああも物狂いにならず、忠興によって殺された多くの男女もその悲運を見ずに済み、彼女自身もこのような苛酷な運命のなかに身を置かずとも済んだにちがいない。罪は、この容姿にある。戦陣の忠興から、彼女をよろこばせるための品がしばしばとどけられた。そのなかに、忠興が博多から送らせたらしい南蛮製の胡桃割と珍陀酒(葡萄酒)一瓶があった。胡桃そのものを送って来ないのは、毎年細川家では加賀前田家からの胡桃の実をもらう習慣になっているのを、忠興は当然知っていたからである。たまは、前田領の能登の胡桃がとりわけ好物であった。……たまは仰臥している。「ちがう」といった。食いあわせは胡桃と酒ではない、といった。そのあとなにもいわず、ながい沈黙のあと、やがてはげしく落涙した。……忠興はついにたまへの加害者でありつづけ、たまはたまで忠興の加害心を煽りつづけるのみの存在として当家に居る。小侍従には地獄としかおもえなかった。たまが地獄からのがれるには忠興の妻であることから昇華して天主(てうす)を唯一のあるじとして仕えまつる以外に救いはなく、その道をたまのためにひらくことができた自分を、神に感謝した。しかし、たまの死が近づいている。(214p-215p)

 春の陽気になるとか。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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