2日ほどの凍てつく日々。雪の日は家で冬眠するに限る。おとなしく家で本を読む。読んだのは『私流に現在を生きる』(堀文子 中央公論新社、2015年)。昨年神戸で開催された堀文子展。それを思い出しながら本を読む。この本も生き方のお手本が満載。素晴らしい生き方!中でも旅の件は特にそう。今日はこれからフルートのレッスン。寒いけど今日も一日頑張ろう!以下は本からの抜粋。
★戦争で弟を亡くしたことは、今までの人生で一番傷ついたことでした。その出来事が、以後、人に執着しない、というわたくしの一生の生き方を決めたような気がいたします。20p
★「旅をするときは一人旅」というのが、わたくしの鉄則です。…どんなに困ったときでも、「人間が生きているところなのだから、何とかなる」と思って、一人で行動いたします。59p
★絵というものは、教えることができない唯一のものです。…その感覚だけを頼りに自分で創造し、世界を作っていくのだと思います。その人の運命を開拓することは、その人自身がするべきことなのですから、誰かに教えを請うてはいけないのです。66p
★西洋文化は、勝者の歴史なのだと思います。若者と勢いのある者のために世界は存在しており、敗北者や死のすがたは劣ったものだと思っている。ですから西洋人は、敗者の平家に美を感じる日本の芸術とは違う世界に生きている民族なのでしょう。86p
★昼間撃ったウサギや山鳥、しめた鶏などが食卓の上に丸ごと出され、それをナイフとフォークで食べている西洋人を見て、そのナイフとフォークを使えば、人を傷つけることだってできることに気がつきました。日本に帰ってきて改めてお箸で食事をしてみると、ナイフとフォークの生活は野蛮にさえ感じられます。88p
★多くのヨーロッパの国々を見たことによって、西洋と東洋の表現はそれぞれ優劣がつけられるようなものではないこと、創造というのは誰の真似でもない、自分自身の中から生まれるものに他ならないということを確信したのです。90-91p
★人間は結局一人なのです。友人は素晴らしいものですが、自分の人生は自分で決めるという孤独と向き合わなくてはいけないものだと思います。97p
★六十八歳の春、わたくしはイタリアへ行くことを決めました。…お金も人との付き合いもいったんすべて捨ててしまうと、それが次の世界への下敷きとなって、失ったものが心の肥やしになります。古い水を捨てなければ新しい水は汲めないのです。134-135p
★日本画の材料は、フラスコ画のできたころの材料とほとんど同じなのだそうです。西洋の人たちの中にも日本の、東洋の感性を持つ人がいるのだと思いました。147p
★八十二歳の時、青い罌粟、ブルーポピーを求めてヒマラヤに旅しました。148p
★向うで別のブルーポピーが芽を出しているのを知ったら、こちらの株は今年の生存をあきらめて身を引くといいます。そうやって過酷な地でも種をつないでいるのです。151p
★自然と戦い、克服することによって文明を打ち立ててきた人間がいまどれほど思い上がっているか。ヒマラヤの峰を神のように思い、電気もガスもない、与えられただけの環境で満ち足りた思いで暮らしているネパールの人々を神々しく感じました。自分の体ひとつで生き抜いている人たちの威厳に満ちた暮らしが限りなく尊いものに思えたのです。なにも持たないことは、すべてを持っていることなのだ。そのことを身体で感じ、わたくしの心は震えました。154p
★どのようにすれば、自分自身の興味を枯れさせることなく、「逆上」を忘れずに生きていけるか。そう考えたときふと頭に浮かんだのは、微生物のことでした。157p
★物を知らない時がいいのです。物知りになるということは、ろくなものではないと思います。171p
★死は終わりでなく次の生命の始まりだという生々流転の思想を持っておりますので、死ぬと、わたくしの生命は何になるかと考えています。できればわたくしは木になりたいと思います。この世の生命体の中で一番厳粛で立派なのは、木と植物だと考えておりますから。175p
★赤ん坊が発する第一声は、一瞬ですべての生命活動が激変する時の声なのです。それを知った時、人間は何も考える必要はないのだ、と思いました。死ぬ時はどんな心境だろうと想像したこともありましたけれど、死ぬ時は死ぬのだ、と今は考えております。176p
★「ひとりはさびしい」と、みんな口癖のようにいいます。けれども、二人ならさびしくはないのでしょうか。もっとさびしいのではないかと思います。人間というのは誰でもひとりぼっちです。185p
★私の生涯
私(わたくし)はその日その日の現在(いま)に熱中し
無欲脱俗を忘れず
何物にも執着せず
私流の生き方を求めて歩き続けて参りました。
これが私の生きた道です。
191p
0 件のコメント:
コメントを投稿