2016年1月10日日曜日

「生き甲斐」

 最近読んでいる福田恆存(ふくだ つねあり)の本に「幸福」は「生き甲斐」とある。これまで健康、自由、ある程度の金銭の3つを幸せとするならば、今はそうかもしれないと思ったりしていた。「生き甲斐」を改めて調べると「生きるはりあい」、「生きていてよかったと思えるようなこと」とある。

 昨夜のEテレ「スイッチインタビュー 達人たち」に104歳の医師、日野原重明と103歳の書家、篠田桃紅が出演。その中で日野原の口から何度も出てきた言葉は「生き甲斐」。

 改めて調べて気づいた「生き甲斐」。そこには自分がこれまで思っていたことは何も書いてない。健康でなければ、自由がなければ、お金がなければ、は考えなくても「生き甲斐」はあると知る。

 2人の達人の会話からそれぞれ違う生き方を垣間見る。どちらが良いとか悪いとかではない。しかし、今日まで一人で生きてきた篠田桃紅の一言一言に重みを感じる。これまでの経験で得たことを自分自身の言葉で語っている。中でも「迷いの形が文化であり、一生は迷い」という。

 日野原は「始めることが生き甲斐」で「希望を持つこと」を今でも実行している。なんと100歳を超えてから俳句を始めている。そして「一生懸命になれることが生き甲斐」という。

 2人の達人の口からは決して先々の話は出てこない。ただ瞬間瞬間を生きている。当然「悩み」などのネガティブな言葉は一切出てこない。今年になって悩みがないと話すと2人から不思議がられる。達人たちのように「今」を「生き甲斐」にしていれば悩みはないはず。悩む前にまず動け!そして、悩む前に何かすればいい!

  新年初の日本画教室。久々に絵筆を持つ。初めて挑戦するもみ紙。本画用にもみ紙にデッサンしたものを転写した。しかし、何を転写したか見えにくい。これからはもみ紙へ描くのは止めようと心に決めていた。ところが、昨日、まずは黄色で葉っぱに色づけと聞いてぬり始める。一通り葉っぱに塗ると、これだけで完成したような気になる。先生に話すと、まだまだとのこと。次は黒も混ぜて葉っぱに色づけする。さらに良くなったと自画自賛する。ここまではほんの序の口だそうだ。
 
 さっきの話の「生き甲斐」。全く関心がなかった絵。それも習ううちに画になっていくとちょっとした楽しみになる。これが生き甲斐!?

 見知らぬ旅先での非日常の楽しみや人との出会い。日常での楽しい人たちと食べて飲んでといったささやかなコト。水泳や自転車などできなかったことができるようになる喜び。親を介護していた時にもそれはあった。嬉しそうに笑ってくれる母の顔を見たときがそうだった。「生き甲斐」はいつでもどこにでもある。
 
 もしかして自分にとっての「生き甲斐」は「やりがい」かもしれない。それはできないことができたときの楽しみとなる。それにはフルートもある。何度かさらううち吹けなかった箇所が吹けるようになると嬉しい。それにはやっぱり健康であり自由に動けて少々の金銭も必要かもしれない。余談としてブログ投稿も我が「生き甲斐」に間違いなし!今日も元気で!

0 件のコメント:

コメントを投稿