2020年2月1日土曜日

『想いの軌跡』

 新型肺炎騒動は日に日に激しさを増して簡単には収まりそうにない。今後どうなっていくのだろう。先が分からない分、個人的にも動きが鈍る。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 先日読んだ『想いの軌跡』(塩野七生 新潮社、2012年)。気になる箇所を記そう。

★今の私は、人生の上でも仕事上でも、折り返し点にきたと思っている。そして、これからの人生を、次のレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉をはげみにして、進んでいきたいと願っている。
――うまく使えた一日の終わりに快よい眠りが訪れるに似て、うまく使えた人生の後には穏やかな死が訪れる――(59p)

★人生には、ある程度の無駄が必要だ。無駄をしないと、ほんとうに有益なことさえもできなくなる。(104p)

★私益の追求は、それがよい形で成されれば、必ずや公益の達成につながるということです。
 半年ほど前でしたが、イタリアに住む私のところに、日本に帰れば戦闘機乗りの訓練に入るという一人の青年が訪ねてきました。その彼が私に、自衛隊の立場は将来どうなるのか、と質問したのです。……そこで私は、「ならばそのままお続けなさいよ、トップガンになる道を」と言ったのです。……相手のためであるという想いだけでやると、その相手が認めてくれなかったりすると腹が立つものです。しかし、自分のためにやると思えば、そうはならないでしょう。私益のよき追求は公益の達成に通ずる、と思えばよいのです。そして、この考え方が正しいことは、歴史が実証してくれています。……あなた方も、明日シビリアンの世界に放り出されても、一級のシビリアンで通用するミリタリーになってください。そしてそれが、古今東西変わらなかった、一級の武人になる唯一の道だと思います。(平成五年三月二十一日、防衛大学校卒業式にて)(132-133p)

★「すべての道はローマに通ず」という格言にしても、実際の街道のことだけを意味しているのではない。道というものの基本概念が、古代のローマ人によって確立した、という意味でもある。これは、高速道路の現代になっても変わっていない。(144p)

★歴史の面白さは、別の世界の出来事を知ることはもちろんだが、それが少しばかりできた後は、次々にわいてくる想像を楽しむものでもある。マキャヴェッリは、それを、「ギリビッヅァーレ」することだと言った。この言葉はトスカーナ方言で、空想する、想像する、気まぐれな空想を楽しむ、などという意味を持つ。(145p)

★ローマ帝国を倒したはずなのに、キリスト教は、ラテン語や教会建築様式をはじめとする多くのものをローマから受け継いだ。そのうえ七という数字への愛着も、一緒に継承してしまったらしい。ローマの七つの教会がそれである。……聖ピエトロ大寺院、聖パオロ・フォーリ・ムーラ、聖ジョヴァンイ・イン・ラテラーノ、聖マリア・マジョーレ、聖セバスティアーノ、聖クローチェ・イン・ジュルサレンメ、聖ロレンツオ・フォーリ・ムーラ。これら七つとも、後世に再建造されたりして、創立当時の四半世紀の面影をしのぶのはむずかしいにしても、いまだに健在だ。そして、かつての寄進が美術館の入場料に代わり、巡礼寄宿所の泊まり賃がホテル代に姿を変えても、ローマは、カネを落として行ってくれる人に不自由しない点では、すこしも変わらなかったのである。(149-151p)

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