2013年5月31日金曜日

「沢山の人々のやさしさに助けられて、今日も私は生きています。」

ヒト・モノ・コトのすべてが異なる日常を離れて目新たらしい出会いのあった北欧の旅から帰ってきた。その詳細は後日ブログにアップしよう。

今、頭に浮かぶヒトとの出会いはまず、福岡からオランダに向かうKLMオランダ航空機内にある。通路を挟んだ横に座るハーフの男性。スウェーデン人の父と日本人の母との間に生まれた22歳。しきりに日本語で話す。手にするモノは日本語の文庫本。

話をするとスキーのインストラクターらしい。福岡在住だが長野県でスポンサーがついている。スウェーデンで更なるスキーの上達を目指すという。名刺をもらい、メールを出す約束をする。後で送ろう。

またノルウェーの鉄道駅で世界一周旅の途中の日本人女性に出会う。貰った名刺から先ほどその人のHPを訪問すると、なかなかダウンロードしない。それもそのはず、画像が大きすぎる。旅に出て4年になるという。だが半年ごと位に日本に帰国するらしい。このヒトにも後でメールを出そう。

出会った時、相手の歳を尋ねると32歳だった。彼女の母より少し年上だった。その人のような生き方が出来ない。そのことへの羨ましさもあってそう話すと、母親がその生き方を理解してくれず辛いという。

行き着く3日先をネットで検索して宿を探す完全な一人旅をしている。同じ生活でもその人は家に定住せず放浪の生活をしている。だが生きている限りその違いはあっても皆一人で生きている。そう、生き続けることは一人旅なのかもしれない。とはいっても完全な一人旅をできるヒトはなかなかいない。冒険に近い生き方だ。同じ生きるなら、そういうこともやってみたい。でも出来そうにない。だから羨ましい。

彼女のHPをみると“世界へGO!”とタイトルがある。HP上にあるプロフィールを見ると素直にこれまでの生き方を書いている。「本にすれば・・・」と出遭った際の短い会話で告げる。だが出版社に知り合いがいないという。

HP更新は1年に一度と話していた。貰った名刺には「・・・楽しみつつも、小さなトラブルは多々発生し、その度に落ち込みながらも沢山の人々のやさしさに助けられて、今日も私は生きています。・・・」とある。

誰も皆、同じようにヒトに助けられて生きている。この言葉はいい!

そして旅先では他にも声を掛けたヒト、掛けられた人とも知り合う。行きの機内のスチュアートは食事を配りながら“Well come !”は日本語でどういうのかをジェスチャーを交えながら何度もおどけて話す。その意味がつかめたので「ようこそ!」と教えてあげる。それ以来彼は「ようこそ!」を連発する。

観光地では写真に一緒に収まったヒトが偶然にもスペインのマドリッドからの観光客だった。英語で「どこから?」と聞くとマドリッドからだった。その後はスペイン語で語りかけると通じた。嬉しかった!アドレスを書いてもらったのでこのヒトにも後で写真を送ろう。

他にもツアーのヒトたちと知り合う。小倉からの2人組みの女性と唐津の女性。どのヒトも皆優しい。前回のスリランカの旅でも言われたことと同じコトを言われる。「助けてあげよう」と思わせるらしい。

福岡空港に到着後、先ほどの4人で「うどん」を食べる。北欧では毎日塩辛いものばかりを食べた。腎臓病のヒトや血圧の高いヒトは要注意の国、そう感じた。

福岡空港で食べた「揚げたまうどん(もしかして言い回しが違っているかもしれない)」。うどんの中にまるい大きなさつま揚げが入っている。これは私の知る限り広島にはない。美味しかった。

唐津のヒトと空港で別れた後、小倉の女性2人と3人でカフェに入り、その後も旅などの話で盛り上がる。かなりの時間、話していた。

ツアーの人たちは団塊世代がほとんどを占める。この続きは再度福岡に集合する予定にして今回の旅は終わる。

新たなヒト・モノ・コトとの出会いのあった楽しい旅だった。そしてその人たちに助けられた楽しい旅だった!ありがとうございました!また会いましょう!これからも好奇心の続く限りいろんなところへ出かけます!

帰国の機内ではほとんど寝ていない。だが、時差ぼけを早く解消したい。そのため帰ってからもそのまま寝ずにいて同じ生活リズムを取り戻す。それでも眠たさは限界に達し、夕方6時半から今朝8時半まで14時間も寝ていた。途中2回くらいトイレに起きたけど・・・。

少し家を留守にすると郵便受け一杯に書類が届いている。その中には8月末の古澤巌のチケットも入っている。ちなみにチケット代金@¥5500。公共施設の催しだからか安い!今回の旅費のクレジット支払い請求書もあった。今朝は陶芸家の個展案内の葉書も届く。

これから日常に戻って忙しい日々が始まる。

その手始めにミスってしまった。ケースに入れずメガネを置いていた。踏むとわかっていたのに玄関先に置いていた。片目が破損。怪我でなくてよかった。今日はこれからカラッポになった冷蔵庫に入れる食料を買いに出かけよう。そしてメガネは明日買いに行こう!

一人旅の女性の言葉をもじって「沢山の人々のやさしさに助けられて、今日も私は生きています」。

今日も元気で!

2013年5月22日水曜日

モーツアルトK511 etc.


今日も気持いい朝を迎える。だが日中は27度の予報で暑くなりそう。

昨日は午後からフルートのレッスンに出かける。その前に、タブレットの専用ケースを買いに電器店に行く。お店のヒトに売り場を聞いても相手にしてもらえない。そのお店でタブレット端末を買っていない。売り場のドコモの人に聞くと教えてくれた。その人についでにブログの日本語入力が出来ないと言うと、タブレットを見てくれる。だが要領を得ない。

購入したタブレット端末には一切取扱説明書が入っていない。電器店横のドコモの直轄のお店で聞くとそれはないと言う。昨日はレッスン前とレッスン後に市内中心部にあるドコモの直轄店4店に行く。どのお店もお客がいて、待つようにと言う。

やはり、購入したお店に行くしかないのだろう。来月初旬、購入後の一部の手続き廃止をするためにお店にいかねばならない。その時、疑問の箇所を聞くようにしよう。それにしても衣服などデパートで購入するときはお客を決して待たせたりはしない。どちらかといえば付き纏われる。

だが、携帯などの購入では何故、長くお客を待たせるのだろう。

お店に入っても、外で立っていても「いらっしゃいませ!」は決してない!その態度に驚くばかり。

気持ちを変えて、昨日のフルートのレッスン。さらっていた曲もどうにか終えて次からはモーツアルトシリーズのK511になる。動画では曲がピアノ曲のためかピアノで演奏している。そのためフルートのイメージとかなり違う。だが先生の吹いてくださるK511は本当に素晴らしい。こういういい曲をさらうとき、吹けるようになる、と思うと嬉しい。頑張って練習しよう!

もう少しすると旅に出る。出かける前に友だちなどから電話やメールで「楽しんで来て・・・」と言ってもらう。昨夜もそのメールを戴く。あり難い!

今日はこれから旅の無事を願って墓参りに行こう!今日も元気で!

2013年5月21日火曜日

歌&タブレットetc.

気持いい季節になってきた。昨日は友人に誘われて歌を歌いに行く。その前に、展示した絵画の搬出を済ませた友だちと美術館で落ち合う。そこからタクシーで歌の会場に向かう。

一昨年、少しだけシャンソンを習った。今回はひょんなきっかけから友人に誘われてついて行く。会場に着くとすでに合唱は始まっていた。

係りのヒトの用意する楽譜を見ながらピアノの伴奏について歌い始める。その間も、係りのヒトからいろいろとお世話になる。休憩時間になった。

友人から事前に面白いヒトが世話人だと聞いていた。その人が休憩時間に来られて「ああ若いヒトに入ってもらった」と何度も言われる。そしてトイレとお茶汲み場を教えてくださる。その間、「若くないですよ」と言うと「若い、若い!」とその人は繰り返す。そして「いい人が入ってきた」と褒めてもらう。

会場を見ると年齢的にはそれほど遜色はない。言われて見れば、自分自身も今の時間が生まれてきた中では一番若い。皆、今が一番若い日だ。

トイレなど教えて貰った後は会場の前に立って自己紹介。ホワイトボードに名前、住所、TELを書かされ、インタヴュー形式ですこし応答する。そして遠くから来る、と驚かれる。

いろいろと習いものをしてきた。だがこれほど歓迎されたことはない。もう吃驚。

2時間、歌を歌う。分厚い楽譜を貰って歌詞を眺めながら歌っているとこれまで気付かなかった歌の意味を知る。いい歌詞が書いてある。

いいサークルに入らせてもらった。友だちに感謝、感謝。歌が終わると友だちと3人でお昼を食べに行く。会場辺りは、新築ラッシュ。いいお店が多そう。

和風のお店に入る。お昼時、お店の中は女性が多い。個室の座敷でお昼を食べながら話をする。3人とも同時代を生きている。友だちの友だちとは初対面だけど感じのいい人だった。

何か習うとき、いかにもオバチャンの集まりのところへは参加しないようにしている。ところが昨日は女性ばかりで年齢的にもオバチャンだがオバチャンたちではない。

世話役のヒトは偶然にも友だちのアラビア語の先生のお母さんだとか。とてもバイタリティある人で明るい。その影響なのか、歌の先生も歌っているヒトも皆、バイタリティがあり、明るい人たちだ。

食事後、友人と別れてドコモへタブレットを取りに行く。いろいろとタブレットについて教えてもらって家に帰る。タブレットはいい遊び道具なのか、昨日はずっと触っていた。だが検索の文字入力はできてもブログ作成の文字が日本語で入らない。

それにしてもパソコンと似た機能で持ち運びには便利だ。GALAXY Tabだった。午後、フルートのレッスンに出かける。その時、日本語入力の出来ないところをドコモで教えてもらおう。

マイクロSDはついていないと思ってそれも購入した。だが家でよく見ると付属品に入っている。残念がらず、いつかそれも使おう。

タブレットで遊んでいると添乗員から電話が入る。持参するものとして水2本と軽食を用意するようにとのことだった。どこへ行くにも食べ物などほとんど持参しない。そう聞いて驚く。さらに外貨も空港に電話して替えておくようにとのこと。すぐに電話して外貨両替の予約を入れる。

何しろ、初めて行く国。何でも言われたとおりにするしかない。楽しい旅にしよう!

これから、持参する水と食料を買いに自転車に乗って出かけよう。そう、今日も一日元気を出して!

書き忘れている。昨日はタブレットが気に入ったので110歳になる母を持つ友だちに電話してそれを教えてあげる。話していると母上の容態がよくないらしい。3月にお会いしたばかり。聞いて驚く!

また昨日は、古澤巌のチケット代金を郵便振り替えで送金する。岩国の会場へ電話して前から4列目の席を確保。これで8月末まで聞きに行く楽しみが待っている。

もう一度、今日も元気で!

2013年5月20日月曜日

『旅だから出逢えた言葉』

昨日は雨の中、泳ぎに出かける。雨の降る日は泳いだ後、ドライヤーで髪を乾かしても乾かない。だが、昨日を逃すと当分泳ぎに行かれそうにない。そう思ってプールへ行く。

雨が降っていてもさすがに日曜日の午後。大・小2つのプールは子供連れの親子などで賑わっている。プールに入ると先客がいる。その人に泳ぎが遅い旨、断って泳ごうとする。すると「よく泳ぐね」と泳ぐ前に言われる。そう聞いて不思議がると「いつも見ている」といわれる。

泳ぐとき度入りのゴーグルをつけている。だが、それでもコンタクトほどよく見えない。そのためプールで声を掛けてもらっても顔を覚えていない。次にプールで会っても知らぬ振りをしてしまいそう。目が悪いことも断って泳ぎ始める。

昨日は泳ぐ人が多かった。18往復して早めに引き上げる。家に着くと友だちから電話がかかっている。すぐに掛けなおすと放送大学にいるという。それにしても友だちは精力的に動き回っている。いつ、ゆっくりしているのだろう。見習わなくてはいけない。

以下はいつものように図書館で借りた『旅だから出逢えた言葉』(伊集院静 小学館、2013年)を読んで抜粋したもの。ここに記そう!

筆者の今の奥さんはカトリックの信者。そのためか、この15年位前から出かけた外国への旅もスペインなどのカトリックの国の話が多い。その旅を通して出逢った言葉を話題にして文を書いている。

「人間は何かを失ってはじめて、その大切さ、その慈愛に気付く。家族、肉親、友との死別がそうである。母国語にはそれと似た普段は見えない言語の愛のようなものが内包されている。この国の言葉は、その国にしかない風土、暮らす人の精神がさまざまな言葉、音韻を生み、長い時間をかけて熟成し、民が守り続けたものである。言葉にはその国の人々の祈り、希望、忍耐・・・・といった生きてきた証が宿っている。私たちは自分たちの言葉を大切にしているだろうか。日本語が失せるということは日本人がこの世からいなくなることである。」(58-59p)

「この本(小泉信三著『読書論』(岩波新書版))のなかで、森鴎外も同じようなことを言っていた段が紹介してあった。本を閉じて、昼間のモネとモーダンのことを思った。子供の描いた風刺画はすぐに褒められ、小遣い稼ぎにもなる。しかし、それはすぐに失せてしまう類のものだ。“すぐに役に立つものはすぐに役にたたなくなる”、至言である。旅先で読んだ本が偶然に物事を教えてくれた。印象的な旅となった。」(73p)

「若い人たちに旅をすすめるのは、広く見聞を深めることもあるが、私は若い時に、自分が一人であるのを知ることが一番大切なことのように思うからである。一人とはすなわち個であり、孤独であるということだ。・・・自分という存在は先ず独りで歩いて行かねばならないことを身を以って知るには、誰一人知り合いのいない海外での一人旅はいいのかもしれない。(若い女性にはすすめられないが、と筆者は断わって書いている)・・・孤独を知れば己の弱さも見えるし、何より家族の愛情、仲間の友情というものがいかに素晴らしいものかがわかってくる。これを経験した人と、そうでない人はやがて生きる姿勢に大きな違いが出てくる。海外に旅に出て、寂しさを感じるときは間間ある。」(75p)

「人は善き大人でありたいと願う。善き大人の条件のひとつにその人が善き友を持っているかが挙げられる。そしてその友の中に、その人より歳が若く、しかも尊敬できる友がいるなら、その人はいい出逢いをしたと言えるのではなかろうか。若い人と出逢い、語らい、さまざまなものを教えられる時、私は人生はなかなかのものだと思う。」(133p)

筆者のいう「その人より歳が若く、しかも尊敬できる友」はいる。大半の友は若い。そしてどのヒトも尊敬している。筆者にいわせれば「いい出逢い」をしているのだろう。

「ピレネー山脈を下った場所にパンプローナというちいさな町がある。・・・このパンプローナから南へ行くと、ハビエルというちいさな町がある。そこに古いお城がある。ハビエル城。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの生まれたい家が、このハビエル城である。この城の中のちいさな部屋に、古い椅子があるのを何年か前に知った。・・・今は聖人となり、オーストラリア、ニュージランド、ボルネオ、中国、東インド諸島、日本のキリスト教守護聖人となっているザビエルが少年時代に思索する折、座っていた椅子である。・・・椅子に座るとたったひとつの窓から外を眺めることが出来た。そこにピレネー山脈と青空が広がっていた。」(38-39p)

2年弱前にスペインへ出かけた時、ハビエル城へ行った。この「ピレネー山脈と青空が広がっていた」はまったくその通りだった。何か物寂しげな城だけれど、この青空にそびえる廃墟の城はとても新鮮に目に映っている!

「ヨーロッパに日本人の人となりを最初に伝えたのはザビエルだった。ゴアにいる友人にあてた手紙にザビエルの率直な日本人の印象が記してある。『日本についてこの地で私たちが経験によって知りえたことをお知らせします。~この国の人々は今まで発見された民の中で最高であり、異教徒で日本字より優れている人々は見つけられないでしょう。』~」(40p)

「『プラド美術館の三時間の訪問がもたらす最高の成果は、きっともう一度訪ねねばならないと感じることであろう。』(『プラド美術館の三時間の』の序章でドールスが語った言葉)九十年も前にひとりの美術家が語った言葉が、私には今、まさに真実だと感じられる。・・・美術館とは不思議な世界である。そこの足を踏み入れた途端、現在の時間は止まり、ゆっくりと過去が寄せてくる。」(204-205p)

プラド美術館では筆者の述べているように3時間から4時間は訪問した。今でも鮮明にこの美術館を思い出す。知人とパンフを手にして、掲載されている絵画などほとんどは見て廻ったことを・・・。

「運が良かったのだと思う。不思議と手を差しのべてくれる人が次から次にあらわれ、青年は旅へ身をおく生き方ができるようになった。旅へ出てみると、そこには自分が見も知らないものがあふれていた。文明、文化以上の、ここに人間が生きている証がいかなる土地にもあった。・・・それでも旅を続けたのは、自分がどこか何かが待つ土地があるのではと思ったからである。」(219-220p)

「なぜ人は旅に出るのか。
なぜ人は旅に焦がれるのか。
何故人は故郷を離れようとするのか。
それは永遠の謎のように思う。人類がこの土地に誕生した時から、私たちの体のどこかに“旅へ出なさい”と言う声が消えずに残っているのではないかと思う。」(220-221p)

もう少しするとまた旅に出る。ツアーの旅なので本来の旅とは趣を異にするかもしれない。とはいっても最後のこの筆者の言葉は当てはまる。なぜ異郷に出かける旅をするのだろう。ともあれ楽しい旅をしよう!そして今日一日も楽しく過ごそう!

2013年5月19日日曜日

“プログレス”

朝から雨が降り続く。今日は一日雨になるのだろうか。泳ぎに行く予定だが、さてどうしよう。

泳ぎといえば昨日予定していた。ところがお昼前、友だちからお稽古事を済ませて自宅最寄駅に向かっているとの電話がかかる。折角の電話。召集令状と思い、すぐ向かう旨、返事をする。

最寄駅で合流し、JRに乗って広島駅でお昼を食べる。だが、昨日はカープの試合がある日。駅構内は子供連れの親子で溢れている。少し待って、駅南口の“酔心”に入る。

友だちは食事後、日本画を習いに隣の駅まで出かけ、その後、美術館を経てその打ち上げに行くという。それにしても大変なスケジュールで驚いてしまう。

友だちと別れると家に戻り、お昼寝タイム。たった3日間、朝まともに起きた。ところがそれは寝不足になるのか、眠たくて仕方ない。

少し眠ると頭もさえてくる。夕飯は近くの友だちと一緒に食べに行く。午後5時開店と同時に入店する。いつもの如く決まった席に座って他愛無いことをしゃべっては食べて飲む。

こういうことができるのも元気な証拠。お昼を一緒に食べた友だちは、夕食は特別な食事をとっているいう。その話を聞くと何でも美味しく食べられることは幸せかもしれない。

今朝訪問したヒトのブログに乙武氏のツイッターを見て、それに関するコトが書いてある。先ほどそのツイッターを初めて訪問する。電話予約を入れたお店に入ろうとすると車椅子のため入店できない。そのお店の対応の悪さをツイートする。それに対して外野がガヤガヤとののしるフォローがある。

それを見ていて、外野の声が許せない!母を長く介護した経験から、車椅子の人の気持ちの配慮が欠けている。

昨日のお昼、友だちと最寄駅で合流した際、友だちは膝が痛いらしく、駅ホームまでエレベータを利用する。このエレベータで思い出す。これが完成したら、車椅子を押して母を遠くまで連れ出せる、と楽しみに待っていた。だが、それも間に合わず。その話を昨日会った友だちにしたばかりだった。

今の世の中、体の不自由なヒトに対してかなり進歩(ブログのヒトから番組の主題歌としての“プログレス”を知る。)している。それなのにレストランの経営者は車椅子利用と事前に告げなかったことを問題にする。結果的にはレストラン側が謝罪する。

健常者であれば電話予約する際、あらためて健常者です、とは告げない。

今朝のヒトのブログを見て車椅子を利用していたころの母を思い出す。そして“プログレス”を知る。

今日も元気で!

2013年5月18日土曜日

「犬も歩けば棒にあたる」

「犬も歩けば棒にあたる」、昨日はまさにそうだった。

昨日の午前中は姉夫婦と一緒に墓参りをする。姉は庭先に咲いているグラジオラス、カラー、芍薬などを手に抱えて我が家にやってくる。その一部を仏壇前の大きな花瓶に活ける。

墓参りを終えると自転車に乗って再度外に飛び出す。初夏の風に吹かれて気持いい。

午後からは、友人が出品する絵画展を見に美術館へ出かける。特別展のない美術館は静まり返っている。だが、美術館の地下の展示室4室はいずれもどこかのグループが展示している。友人のところは油彩、水彩やデッサンなどだ。友だちは昨年出かけたイタリアの風景をバックにした人物画を5点出品。

絵画に疎いモノにとって何がいいのか悪いのかよくわからない。だが、見ていていいと感じるものはいいのだろう。友人も上手に描いている。習って5,6年になるらしい。だが他の人は何十年選手だとか。上手いはずである。

左隣の展示室を覗くと七宝展。この焼き物も小物ではなく絵画として創作している。なかなか見る機会もなくすばらしかった。創作方法を知りたくなるほど緻密にできている。だが、係りは接客中で聞けず。後でネットで検索しよう。

右隣の展示は墨画展。30数年前、水墨画を習ったことがある。会場を見渡すと今年から教えているというヒトから名刺を貰う。そしてしきりに、「電話をかけてください」と言われる。どうも習いに来てくださいという意味らしい。だが展示してある作品を見ても墨は薄く、作品の大半は書だった。

書の書体も好みでなく習いたい気持にならない。だが名刺をくれた人と話すとその人がはじめについた先生と私の以前の先生は同じ人だった。だがその先生も4年前に他界されている。

3箇所の展示を見終えて友人と受付で話をする。話している間にも会場に人がやってくる。そのなかには隣の美術館の一番偉い学芸員も見に来られている。友人はその人としきりに会話する。後で知ったことだが、となりの墨画についても話したらしい。もうこれ以上書くのはよそう。

友だちは昨夜遅く、電話をかけてくる。その墨画を習うのでは?と心配してくれる電話だった。その場でその感想を一言ももらしていない。それくらい疑問に感じていた。だから習う気持ちはさらさらない。そう告げると安心してくれる。

昨夜の友人はコーラスをすすめてくれた人。会うとすぐ、来週から始めるコーラスの会場までの地図をくれた。その人は出品した人物画や水彩、油彩も同じ先生に習っている。その先生は広島でも有名な先生で自宅アトリエで習っているという。油絵もすすめてくれる。だが一度に新たなことを始めるのは大変。その人もそういってくれる。

しかし、いつか油絵も習ってみたい。新たなことに挑戦する気持ちがなくなったら老いぼれてしまう。そう、好奇心がなくなってはいけない。

長沼氏の昨日のツイッターを見ると「好奇心」を「おもいやり」とともに人間の持つ美徳だとスペシャル・インタビューで話している。

それは情報オピニオン誌「水マネジメント 2013 VOL.21」。ネットで見ると「ホモサピエンスはどこへ向かうのか 人間の本質を理解することから始めよう 長沼毅」。

その一部を引用すると「経験から得られる思いやりと好奇心」では、「思いやりは、人間が持つもう一つの美徳である『好奇心』と裏腹の存在です。好奇心は人間に特有のもので、私は一番美しいと思っています。過去を参照しながら新しいものをイマジネーション、イノベーションを起こすのが好奇心だとすると、相手のこころの中をおもんばかり、想像し、検証し、自分の言動を軌道修正するのが思いやりです。想像力の欠如と思いやりの無さは、根本的に同じことだと思います。」。

昨日の友人は思いやりのあるヒト。昨夜は午後8時まで当番の受付らしく、一人途中で会場を後にする。ところが、何と嬉しいニュースが目の前に飛び込む。

美術館を出る間際、情報ボックスのところで古澤巌が岩国シンフォニアでコンサート開催のチラシを見つける。嬉しかった!すぐにそれを手にして友人のところへ引き返し、知らせる。

そこでまた他の人も加わってコンサートの話になる。そのとき、友人と一緒にいた人の口から「マーブリング」を聞く。初めて聞く言葉。「マーブル」といえばマーブルチョコレートくらいしかわからない。

その初対面の人から美術館へ来るまでしていたというマーブリングのマーブル・ペーパーをもらう。これで絵を描くようにとのことらしい。

そして昨夜遅くかかってきた友人の電話では昨夜知り合った人と3人でいつか食事に行く話も出る。

「犬も歩けば棒にあたる」、昨日はそんな一日だった。やっぱり家でじっとしていてはいけない!?

今日も元気で楽しい一日にしよう!そして古澤巌のチケット、早く入手しよう!

2013年5月17日金曜日

いろんな話で明け暮れて

今日も気持ちよい朝を迎える。やっと7時前後に起きられるようになった。これが本来の生活リズム。続けよう。

昨日は一日よくしゃべった。午前中、女子会のNO.4さんと電話で話す。途中、用件が入り、電話を掛けなおしては他愛無い話をする。元は、先日、スペイン語の講座を受ける前に会う話がご破算になる。その「リベンジ」から話が始まる。だが、昨日はフルート定例会の日。

フルート定例会、と話すとその人はフルートの演奏を聞く定例会と思ったらしい。そうではなく、フルートを習っている3人の単なる飲み会。そう告げると「じゃ、定例会はエレクトーの女子会のようなフルートの女子会ね」と彼女はいう。そう言われればそうだけど男女3人の時は何会!?

電話で話しているとパソコンの話題になる。急に「タブレット端末を買おう」と思いつく。これから気候もよくなってくる。家に引っ込まず、外に飛び出そう。時には宿泊を伴う旅もしたい。平常、かなりパソコンに頼った生活をしている。宿先でタブレット端末があればパソコン代わりになる。そう思った。思い立ったが吉日。すぐに欲しくなる。

また気候もよくなるとビアガーデンにも行きたい。女子会メンバーでビアガーデンの計画をしようと言って電話を切る。旅行から帰ったら連絡します。

電話を終えると広島駅北口のドコモにTELする。電話でタブレットについてわからないことを聞く。聞き終えると「これから買いに行きます」と言ってすぐにドコモへ・・・。

名前を聞いていたヒト(貰った名刺を見ると店長だった)と応対する。まずは端末が無料になる機種をすすめられる。だが手にすると思ったよりも重い。端末代金がかかってもいいから軽い機種を購入。買うのはいいのだが、メールの設定もして欲しい。だがそれには時間がかかるという。

時間はどんどん過ぎていく。その後、フルート定例会もある。時間がない旨告げると、担当者は月曜日か火曜日に来店するようにいう。商品は受取らず、手続きだけ済ませて来週再度、来店して受取ることにする。これで福岡の宿泊にはタブレットが間に合いそう。

ドコモを後にして紙屋町に向かう。駅北口から紙屋町までは思ったより時間がかかる。表口まで出てバスに乗るとどうにか時間までに紙屋町に到着。

フルート定例会は紙屋町の地下街につながる新たなビルの地下に入る。ここはちょっとした外国を思わせる。一度、その辺りのお店に入りたいと思っていた。昨日はそのお店で定例会。だが、いつまで経ってもお客は入らず、貸切状態。お店を後にしようとしたころ、やっと一組の客が来店する。ここも先行き大丈夫?

だが、上品なお店で器も凝っている。食事も美味!3人で久しぶりにビールで乾杯する。

いつものごとく他愛無い話をする。昨日のジーパンの話もしてしまった!どう考えてもその話は可笑しい!

今日は夕方、そのジーパンの人の絵画を見に行く。きっと彼女の耳は痒かっただろう。

昨日は姉からも電話がかかる。明日の月命日の墓参りは用があり、一日繰り上げて今日の午前中に墓参りをするという。

昨日は電話で話したり、人と会ったりして話をした楽しい一日だった。今日も楽しく過ごそう!

2013年5月16日木曜日

可笑しい話題

家の横に小さな水路が流れている。そこは昔はセリ等が生えていた。それも時とともに移り変わり今ではどくだみ草が我が物顔で生えている。このどくだみ草、水の中で生えているため、色も鮮やかで背丈も高い。だが、多年草なのか、繁殖はすさまじい。水路と家のコンクリのわき目からも生えてくる。

今朝は昨日コンクリの横に生えていたものを抜いて燃えるごみに出す。ナイロンの手袋をして触ったにもかかわらず、刺激が強くて朝から鼻水が出る。

どくだみ草といえば、中国の留学生と話した際、どくだみ草をおひたしなどの食用に供していると聞く。“どくだみ”というくらいだから体の毒を出す作用があるのかもしれない。とはいっても我が家にとってはあり難い植物ではない。

鼻水との格闘もどうにかおさまり、気を取り直して今日もブログに投稿する。投稿する前、人のブログやツイッターを訪問。どのヒトも昨日に続いて面白い話題が多い。

“醤油”について書いてた人の昨日のツイッターも読んで笑ってしまった。勝手に引用させていただこう。「男の創作料理。脂の載ったアツアツの焼き立ての塩さばに、冷たい手のべそうめん。広島のアサムラサキ『かき醤油』と、薬味におろし生姜。この『塩鯖そうめん』、は、鯛そうめんに優るとも劣らぬ美味!」。

後で見ると他の日も“醤油”の話題があった。この中の「男の創作料理」が特に可笑しい。これは料理!?

他の人では、一昨日と昨日に続いてトイレがらみの話題がある。特に、講演会で話した際、生理現象をもよおしてしまった。「一瞬、静まりかえる客席。やがて、事態を察知したみなさんが、最初はくすくす、やがて爆笑。私は、舞台の上でひとり顔を真っ赤にして立ち尽くす。。。」。

これを見て、どのヒトも皆同じ人間と思わず笑いが起きる。

笑いといえば、昨夜友だちと電話で長話をする。友だちは電話の終わりで昨日自身がとった面白い行動を話してくれる。

少し痩せてきたのでジーパンを買い換えようと売り場に出かける。係りのヒトと自分にピッタリ合うジーパンをいろいろと試着する。そのうち一枚の裾も胴回りもピッタリするものに出あう。

「これを下さい」と係りに告げると係りのヒト曰く「これは穿いてこられたジーパンですよ」。

「どんな顔をしてそれを聞いた?」と尋ねると普通にしていたとか。だが、きっと係りのヒトはその人が帰った後、笑っていただろうとも言って笑わせる。ジーパンは買ったといってたけど、それにしても可笑しい話。

家にいて楽しい話題で一日を過ごす。これも人生。それにしても皆、何か面白いことを見つけて楽しく生きている。私も皆にあやかって今日も一日楽しく元気で!

2013年5月15日水曜日

替え指

今朝は起きたときから室温23度と一挙に夏の感じがする。朝食を終えて新聞を読んでいるとどこからか風が入る。ふと部屋の窓を見ると鍵も掛けずに少し開けたままで寝ていた。気をつけよう!

昨日も日中は暑かった。フルートのレッスンに行く前、広島から福岡までの往復チケットを購入するためデパート内のJTBに立寄る。係りに話をするとJRチケットは宿泊を伴うときだけ扱うという。これには驚く。いわれてみれば、そこはJTB直轄の支店ではない。カウンターを見てもお客は一組のみ。エグゼクティブ・クラスを顧客としているのだろうか。

前泊する宿泊先は前回JTBに依頼した同じホテル。だがこのホテル、ネットで検索して予約すると旅行社を通すよりもかなり安い。これはどういう仕組みになっているのだろう。

JRのチケットはレッスン後、購入することにしてフルートのレッスンを受ける。

2週間前からフルートを吹く時の立ち方を変える。そして胸郭をあげて吹くようにしている。昨日はそれに加えて楽器の右手を楽にして持つようにし、左手の人差し指に少し力を加える。そう指摘されてソノリテの低い音を吹くとこれまでよりも低い音がよく出た。

さらっている曲はトリルが何箇所かある。トリルを吹く時、本来の指で吹くと困難を伴う。ところが難しいトリルも替え指にすれば少しは楽に吹ける。家で練習する時、楽器のキーの変化で替え指を自分なりにやってみる。だが本来の音で吹けない。

それも先生によれば、先ず本来の指で吹いてその音と同じ音になるトリルキーを押さえればいいらしい。教えてもらって「なるほど!」と気付く。

これまでトリルがあるたび、習ったときにメモしていたノートを取り出して指使いを替えていた。ところが教えてもらったやり方をすればノートを見なくても替え指ができるかもしれない。

レッスン後、自宅最寄JR駅で福岡までの往復チケットを購入する。その際、2月に購入したJRの半年の定期券をICOCAの定期に変更してもらう。

10年近く定期券を使わなかった。その間、世の中は大きく様変わりして、定期券も以前のものとは違っていた。何も知らず、以前と同じ定期券を購入する。ところが、それだとJR利用の都度、ケースから定期券を出して機械を通す必要がある。ICOCAはその必要がなく機械にタッチすればいい。

ICOCAへの変更は次回定期を購入するときまで不可能と思っていた。だが、昨日ダメモトと思って係りに聴くと、OKだった。嬉しかった!何でもわからないことは聴くことに限る。

今日も日中は暑くなりそう。元気で過ごそう!

2013年5月14日火曜日

誘われて

今朝の地元紙によると昨日の広島県北の最高気温は31度。5月としては過去最高の記録らしい。広島市内も27度5分で6月下旬の気温となり、暑い午後だった。

昨日は旅の最終案内も届き、旅支度を始める。最近まで広島の気温も低かった。持参する衣服もそれまで着ていたものとあまり変わりない。ただ、ダウンジャケットは小さくして寒さ対策として持参しよう。

日中は旅支度をしたり、フルートを吹いたり、電気ストーブ2台を片付けたり、部屋の掃除をして過ごす。その間に、先日スペイン語を休んでいた友だちに電話する。しかし、土曜日から何度電話をしてもまったく通じない。おかしいと思って携帯に電話する。それでも通じない。

夜になってゆっくりしていると携帯がなる。「留守だった?」と尋ねると家にいたと言う。そう聞いて、電話を何度も掛けたと話すとなんと10回以上呼び出さないと通じなくしているという。通じないはずである。

家の電話にかけなおしてさらに話す。その人からの開口一番の言葉は「姓名の姓はなんという?」。それも無理はない。スペイン語の授業ではどの人も名前で呼び合う。ほとんどの人の姓を知らない。これはきっと何年たってもわからないだろう。とはいっても土曜日のクラスは先生が日本人だからか姓で呼び合い、名の方は逆にわからない。

昨夜の人からは名刺をもらって姓名も住所も知っている。昨夜は我が家の住所と姓名を連絡する。

話していると所属する絵画の絵画展が今日から県立美術館で始まるという。その人自身も出展しており、金曜日に見に行くことで話はまとまる。

他にもその人と話していると“歌”を誘われる。歌うことは好きなのでいいところがあれば習いたいと思っていた。だが個人レッスンは抵抗がある。その人からコーラスの話が出る。練習場所は我が家から遠い。だが話を聞いていると指揮者は東京の音大を出た人でピアノの伴奏者もつき、歌っている人もいい人のようだった。

来週からそのコーラスに入れてもらうことにする。

ところがこのコーラス、朝が早い。早いといっても我が家から会場までの距離があるからそう思うのかもしれない。大学へ通うことを思えばどういうこともないはず。折角の誘いの言葉をありがたく受けよう。

“誘われる”といえば以前、水泳に誘ってくれた友だちがいる。その人は今でも大事な友だち。自分の人生のいろんな面で刺激をもらっている、感謝しきれない友だちだ。今はそれほど会えないけれどいつも感謝している。

昨夜誘ってくれた人もかなり刺激を受ける人だ。その人はいろんなモノ・コト・ヒトを知っている。こういう人は大事にしたい。昨夜の電話も長話になってしまった。だが楽しい人で面白い話を聞いていて互いに涙を流しながら笑って話す。

話は変わって、最近見たヒトのブログとツイッターの話題。あるヒトはカレーうどんの話、ある人はナポリタンのスパゲティの話、またある人は「今朝、麦飯の上に、熱々の半熟目玉焼きを載せて、『かき醤油』と味の素をかけて食べたら美味だった。」とある。

どのヒトも毎日食べずに生きてはいけない。そのためか“食”の話題も多い。毎日のご馳走に飽きるのか、どのヒトも何と素朴な食べ物の話題だろう。とはいってもこういう類の食べ物は日本人好み?

ブログやツイッターを見ているヒトはみなその道では偉い人。それにしても最後のヒトの話はおかしい。そう麦飯も。この“醤油”のメーカーは広島にある。広島で過ごされたことがあるので広島の“醤油”の味が懐かしいのだろうか。

昨夜電話で話したヒトは“醤油”のヒトと食事の席で同席し、その人の食べる量が半端でなかったと聞いている。このツイッターを見てその人を知っているのでその光景が目に浮かんでくる。

今日は、午後からフルートのレッスンがある。頑張ってレッスンを受けよう!そして今日も元気で!

2013年5月13日月曜日

「91歳のばあさん、がんばるぞお」

今日は最高気温の予報は27度。家を一歩出て近くの山を見上げると鮮やかな新緑が目に入る。こんな日は家にいるのがもったいない。昨日もそうだった。

昨日はお昼を食べるとプールに出かける。水の中に入ろうとすると知り合いと目があう。だが、以前、2回も名前を教えてもらっているのに思い出せない。少し話をして泳ぎ始める。

泳ぎ始めはそれほど人もいなかった。これでゆっくり泳げると思って泳いでいると、次第に人が増え始める。それも若い十代の男子学生たちで、バタフライなどで泳ぎだす。広いプールも大波のように揺れてくる。

コースも独り占めできず、他の人と1コースを占領して泳ぐ。その人はクロールで休みながら泳いでいる。お蔭でいつもどおりのペースで背泳ぎとクロールで1キロ泳ぐことができた。

それにしてもバタフライで勢いよく若者が泳ぐと、なぜか口から水を飲む羽目になる。そのたび、喉が変になりそう。

横のコースでは父親が小学生の自分の子供たちに泳ぎを教えている。これから暑くなるとプールも賑わってくる。日曜日に泳ぐのをやめて、平日に泳ぎに行こう。

夕方になると、電話がかかる。2度出てもすぐ切れる。ナンバーディスプレイを見ると一緒に旅行に出かける予定の人からだった。FAX を流そうとしたらしい。まったくといっていいほどFAXを利用しない。こちらからその人に電話をすると、北欧の旅の最終案内が届いたという。

まだ届いていないけど、そのうち届くだろう。そしてその人は次の予定のモンゴル共和国を申し込んだという。

モンゴルの内モンゴルは出かけている。だが外モンゴルのモンゴル共和国は出かけていない。先日送付されてきた旅のカタログを見て、出かけてもいいと瞬間思った。だが、韓国経由で大韓航空の運行となる。この韓国がネックとなって行く気持は薄れる。

外国に出かける時、かなり航空会社を気にする。韓国へ行くのならば韓国の飛行機でも構わない。ところが、他の国へ出かける際、〇〇航空会社利用と書いてあることがある。例えば、上海東方航空でイタリアへ行く場合、上海経由となる。だがこれはかなり旅費も安い。ヨーロッパならばせめてヨーロッパの国の航空会社を利用したい。

旅行社も安い旅費で募集すれば人も集まるのだろう。だがこの辺りは私にとってはネックとなる。安い旅費の場合、こういうことはよくあることだが・・・。

今回出かけるところはKLMオランダ航空。最初、蘭ちゃんから誘われたとき、一番先に聞いたのは航空会社だった。オランダ航空は以前も利用している。これを聞いて安心する。

ともあれ、もう少しすると北欧に出かける。蘭ちゃんと楽しい旅をしよう。

今朝も空を見上げると雲ひとつない快晴だ。今日も元気を出して!

さっちゃンのブログを見ると原画展を開催中で「91歳のばあさん、がんばるぞお」と投稿している。私も真似して「〇〇歳のおばさん、がんばるぞお」。さて、何をがんばろう?

ブログ投稿後、人のブログを見て笑ってしまった。熱いカレーうどんを食べて「ブタ化するのである。仕方がない。うまかったんだもの。」。これは可笑しい!偉い人でも美味しいものには弱い?

2013年5月12日日曜日

一人でふらっと・・・

家のそばに小学校がある。今朝はそこで行われている町内運動会の音楽で目を醒ます。絶好の行楽日和で運動会もにぎやかなことだろう。

昨夜、スペイン語を終えて帰宅中、小学校の校庭ではスクエアダンスで賑わっていた。もしかしたら今日の運動会の前夜祭かもしれない。

さて昨夜のスペイン語。気候もいいためか、参加人員はいつもの半分と少ない。そこで知り合った人も休んでいた。

前回はあらかじめテーマが決められていた。そのため、家で作文することもできた。だが昨夜はそうでなく、GWの話を発表する。先生は一人ずつ指名する。他の人が話ている間に、電子辞書を出して植物公園に出かけた際、中国人に出遭ったことなどスペイン語でまとめる。

隣のシニアで海外ボランティアをした人も辞書でメモしている。

スペイン語を習いに行っている。だから、一言もスペイン語を話さずに帰るわけにはゆかない。そう思いながらもどうにか短時間で文を作る。そのうち自分の発表になる。

スペイン語は主語なしの言語。だから「私と中国人の女性は話をした」の主語は「私達」になる。それなのに主語を「私」にしてその動詞で活用したために聴く人は主語か誰だかわからない。

咄嗟の作文のため、それを先生に指摘されて気付く。

これは大学のテストの時も先生から何度も言われ続けてきた。スペイン語から日本語訳にする際、「誰が主語」か本文に書いてなくても動詞の活用を見て判断し、日本語訳では必ず主語を書かなくてはいけない、と。

日本語の頭ではついついそれが欠けてしまう。

他の人はGWに遊んだことを述べる。5人の生徒の2人からパラ・グライダーの話が出る。隣にいたシニアボランティアをした人は20年前にその免許を取っている。講義後、その免許を見せてもらった。それを取得するには必ず付随する免許もいるらしい。それは聞いたけど忘れてしまった。

それにしてもその人は3人子供の母であり、妻であり、孫のいる祖母でもある。私より5歳も若い。だが、オバチャンのかけらもなく、若々しい人。その人と別れる際、立ち話をすると家族揃ってパラ・グライダーなどしているという。そう、いつも家族と一緒らしい。そのため、一人になりたくて時に一ヶ月くらい一人旅に出るという。

これを聞いて驚く。その人とは生き方がまったく正反対。その人は一人で自由にできるモノが羨ましいらしい。

誰も皆、自分にないモノを求めている!?

だから、その人はシニア海外ボランティアにも出かけ、再度応募するのだろう。それにしても同じ生きていくならその人のように何でも体験する方が楽しい!?

この人を最初見たときから羨ましいと思った。昨日はさらに羨ましかった。このごろは余り人を見て羨ましくなる人が多くない。だがこの人は違っている。決して偉ぶらず、気持も優しい!そして自分の生き方を全うしている。その辺りが私にとってはとても新鮮に写る。

昨夜はかなり刺激を受ける。そしてその人のように「一人でふらっと海外に一ヶ月行って来る」ことができるようになりたい。昨夜は別れ際、「私も連れて行って!」と思わずいってしまった。

とはいってもその人は「旅」関係の仕事をしていたと話していた。だからそれが可能なのかもしれない。何はともあれ、もっとしっかりしなくては・・・。

手始めに国内から一人でふらっと旅に出かけようか!?

いえいえ今日は一人でふらっと泳ぎに行こう!元気を出して!

2013年5月11日土曜日

「長寿の世界一大川ミサヲ」を見る

昨日は一日中雨が降る。プールは明日行くことにして昨日は家で大人しくする。雨だと自転車にも乗れず、外へ歩いて飛び出す。図書館へ予約の本を受取り、その後買い物をして家に帰る。

家でじっとしている雨の日は一日が長い。借りてきた伊集院静、ドイツ文学者の池内紀、白洲次郎と小林秀雄の孫である白洲信哉などの本を読む。伊集院の本は読み終えたので近いうちブログにアップしよう。

最近、誰とでも知り合いになることが多い。昨日、池内紀の本に「暮らしに公園は欠かせない。しばらくでも家を出て、外の空気を吸い、陽射しをあびる、小鳥の声や、木の葉の変化で季節をたしかめる。顔みしりの人と何げないやりとりをする。これはとても大切なことなのだ。」『世の中にひとこと』(NTT出版、2009年)と書いている。

ここは「顔みしりの人」だ。もちろんそういう人とも話をする。だが、「顔みしりでない人」とも話すことがある。どちらにせよ余り深入りせず、「何げないやりとりをする」のが一番いいのかもしれない。

お昼を食べると昨夜行く気になった屋久島への旅の予約を旅行社にする。なんと、旅のカタログの大々的な宣伝と違って、予約者がいないといって予約を受付けようとしない。これには吃驚!カタログにいろいろと載せていても、催行する旅は少ないのかもしれない。

夕方、NHKのテレビをつけると世界一の長寿者大川ミサヲ(115歳女性)が話す映像を流している。その息子は90歳。とてもその年齢には見えない。親子ともどもお元気そう。

番組では、長寿者の性格傾向を3点取り上げる。
1 楽観性 
2 開放性 
3 誠実性 新しいものものを取り入れる

性格は遺伝的なものと変化するものとがあるという。性格を変えれば長寿者になれるかもしれない。

115歳の長寿者大川ミサヲは食べたことがない食べ物でも、それを尋ねて「これは美味しい!」といって食べている。そして独りで車椅子を利用して動き回っている。頭がしっかりしているのだろう。

友だちのお母さんは今年110歳。テレビの人はその人よりも5歳も多く、顔の表情も、話す声もしっかりしている。こういう人を見るとまだまだ何でもできる!?

今朝はさっぱりしないお天気。だが、次第に晴れてくるらしい。ともあれ115歳に比べたらまだまだ若い!もっともっと元気を出そう!

2013年5月10日金曜日

習い事への誘惑!?

今日は朝からシトシトと雨が降る。ブログに投稿しようとすると、ドアホンがなる。外に出ると、銀行の若い行員とその上司が雨の中、傘をさして立っている。話を聞くと今日中に、「年金」の受け取りをその銀行に50件変更させねばならないという。

しかし、いくら先方がそういっても、その話に乗ることはできない。固く断る。ブログ投稿途中のこのような話は気持ちのいいことではない。

ブログ投稿といえば、その日のデキゴトをその日に投稿する人もいれば、朝早い時間に昨日のコトを投稿する人もいる。どちらかといえばこのごろは後者に当てはまる。とはいっても早い時間ではない。朝食を済ませて新聞を読んで午前中に昨日のデキゴトを投稿する。

さてその昨日のコト、お昼を済ませてスーパーへ出かける。母の日が近いこともあってカーネーションの鉢植えなどが売り場に並べてある。余りにも綺麗なのでしばらくそれを見ていると隣に人が立って同じように見ている。その女性と話をすると突然名刺をくれる。

受取った名刺を見ると、自身が所属する絵画の団体の副会長とある。年齢を聞くと1歳上で、現在は介護の仕事をしている。名刺の肩書きと仕事がつりあわず、いろいろと立ち話をして聞く。若い頃は、地元の音楽大学の作曲コースで学んだらしい。これを聞いてさらに不思議になる。

その頃の同級生や近い年齢で地元の音大を卒業した人を3人知っている。そのうちの一人の名前を出すとよく知っていた。

その人はさらに話を続ける。大学を卒業後、音楽教師を3年務め、互いに絵が好きだったデザイナーの夫と結婚して愛知県で暮らす。その後、夫に女性ができて2人の子供とともに家を追い出される。何も受取らず、紆余曲折の末、出身地の広島へ帰って10年になるという。

貰った名刺から家に帰ってすぐにパソコンでその人の名前で検索すると絵画の個展(正式には母と妹と本人の3人)をしたという新聞記事がある。

来月には所属する絵画の展覧会が東京であり、それに100号の絵を出品するとも話していた。

それにしても、今年に入って昨日の人や旅などで知り合った人から6人の名刺を受け取る。その度、世の中、いろんな人がいるんだと改めて知る。昨日の人も、半端でない人生を歩んでいる。両親の生き方を一歩間違えば、その子供まで巻き添えにする。その人の娘は自殺未遂もしたらしい。

昨日は他にも夜寝る前、新聞の番組欄を見ると「ベトナム」の番組がある。しばし、ベトナムに夢中になる。ここは行きそびれてしまった国。それを見ながら送付された旅のカタログを眺める。ベトナムは一ケタ台の金額で行ける。かなり行く気になってくる。

そのベトナム。昨日の地元紙によるとベトナム関連の記事が2箇所ある。「日本と外交40年記念列車運行ベトナム」の見出しがある。それによると、日本とベトナムの外交関係樹立40年を祝う「日越友好年」を記念して、「日越友好列車」をベトナムの首都のハノイと南部ホーチミンを結ぶ南北統一鉄道(全長1726キロ)を今月8日から9月まで走らせるとある。

また日本では外交樹立40周年を記念して九州国立博物館で「大ベトナム展」を開催中。「多様性が彩るベトナム文化」と大見出しもある。

寝る間際になって頭はベトナム・モードになる。かなりこの国に魅力を感じる。そのカタログのほかのページを見ると屋久島の旅も安い。次に頭の中は屋久島へと変わる。さて何処にしよう!?

話は変わって昨夜のスペイン語。期待していたジャズボーカリストを見られず残念。欠席だった。隣の人と部屋に入る人すべてをチェックする。一人派手な人が入る。きっとその人だと思っていると、最後の出欠のときの返事が違う名前だった。これもまた次回のお楽しみに。

スペイン語で知り合った人と話をするとその人はフラメンコを1年前から習っているという。年齢的には彼女の方が少し若そう。

いろんな人と知り合う度、いろんな習い事をすすめられる。イタリア歌曲、フラメンコ、絵画など。どれもやってみたい。だが、同じやるなら長く続けたい。そういえば先月一度だけ顔を出したところからも続けるようにとの手紙が届く。

自分の意志で始めるコトは長続きする。だが、気持ちに反して習うコトは長続きしない。それは旅でも何でもそうだけど。

今日は泳ぎに行く予定にしている。だが、雨が降っている。さてどうしよう!?

一歩家から外に出れば、昨日知り合った人のように誰かと知り合になる。だが、すぐ親しくなる人とは深入りしないようにしよう。広く浅く!肝に銘じて・・・。

2013年5月9日木曜日

「悪魔祓い」

初夏らしい陽気が続いている。だが、湿度がかなり低い。昨夜、お風呂に入る前、電波時計を見ると湿度が40%を切っている。「こりゃ、いけん!」と思い、急遽、洗濯機を回す。それを寝る間際に部屋に干して空気の乾燥を防ぐ。

先日来から村上春樹の講演会の様子がメディアを賑わす。テレビの報道を見ると一般の個人が携帯カメラで写した映像を流している。それはタクシーを降りて講演会場に向かう村上の着ている服や履物の報道だった。「時の人」は何をしても話題に事欠かない。服装はタクシーを降りたときの恰好で講演したらしく,チェックのシャツとスニーカー姿だった。

村上春樹の講演の発言要旨が新聞に掲載される。それによると河合隼雄と20年前にアメリカの大学で話したことに触れている。そして小説家と心理療法家の“悪魔祓い”について話す。

河合は駄じゃれが悪魔祓いらしい。村上は、「僕の場合の悪魔祓いは毎日外に出て走ること。それで絡みついた闇の気配をふるい落としてきた気がする。」と述べる。そして「物語というのは人の魂の奥底にあると思う。人の心の一番深い場所にあるから、人と人とを根本でつなぎあわせることができる」と述べる。

これを読んで私にとっての「悪魔祓い」は何だろう。村上をもじっていえば毎日外に出て自転車に乗ること、そしてプールの水に浸かって世の荒波を泳ぎきること、かもしれない。これじゃ、ちょっと気障になる。まあ何でもいい!自分の気持ちが落ち着くならば・・・。

昨日、図書館で借りてきた『昔は、よかった?』(酒井順子 講談社、2012年)を読んだ。『週刊現代』で書いたものを単行本化ししている。

酒井は10年前、独身女性の気持ちを書いた『負け犬の遠吠え』で大ブレイクして、その本のタイトルの「負け犬」はイクオール独身女性の代名詞となる。

今回読んだ本で韓流に触れている。「独身女性や晩婚女性というのは、決して韓流には夢中になりません。もはや結婚生活に飽いているという早婚派達が、韓流がもたらしてくれる夢の世界に夢中になるようなのです。」(88p)と書いている。

この文に同感する。まったく韓流に関心がない。何故そういうブームが起きるのかさえわからない。それはさらに、「韓流ファンの友人たちを見ていて理解できるのは、韓流ファンになる四十代以上の女性は、ほぼ確実に子持ち既婚者である、ということです。同級生が集まると、既婚者同士は韓流の話に夢中で、数少ない独身者がつまらなそうな顔をしてその話を聞く、といった図があるのです。」(177p)とも書いている。

韓流以外に、「私は自分のホームページやブログを持ったこともありません。ネット上で自分から何らかの意思表示をするという経験が、皆無なのです。・・・新らしもの好きで外向きの性格の人というのは、ネットの世界においても積極的に自分を公開し、人とコミュニケーションをとる。しかし、私はといえば、新規拓傾向がほとんどない、内向的性格。パソコンで誰かとコミュニケーンするのは、メールが精一杯です。」とある。(265p)

これを読んで、ブログが当てはまる。それは新らしもの好きで外向きの性格とある。

自分自身、内向的性格とずっと思っていた。それが、筆者によると外向的で新らしもの好き、だとは・・・。でも新らしもの好きは「好奇心」だから、それは当てはまるかもしれない。

外向的性格もブログを通して人と知り合うこともある。だからそれも当てはまるのかもしれない。

いずれにしても、いわれてみれば、「そうかぁー」と気づくだけ。

年を重ねてくるに従ってその行動も変化してくる。若い頃と比べて今の方がどう考えても何倍(?)も動いている。性格が変わるのも当然!?

昨日は他にも午後から近所の友だちを誘って我が家でティータイム。前日買ってきた美味しいものを食べながら談笑する。

今日も元気を出して行動開始!頑張って!

2013年5月8日水曜日

GWも終わって



今朝は「寒い」でもなく「涼しい」でもない「ひんやり」としたお天気。日中は23度になるらしい。「ひんやり」は温度が低いだけでなく湿度も低い。部屋の湿度は43%。余計「ひんやり」感がある。

昨日は、夕方近くからフルートのレッスンに出かける。GW明けでも「菓子博」とカープの試合があるためか市内は人ごみでごった返す。それに加えて山陽線では乗用車の事故があったらしく列車の遅れも出ている。

昨日のレッスン前、先生としばしGWの話をする。先生は3家族で船を出して魚釣りをされたという。話は魚談義になる。魚釣りといえば小学生の頃、父に連れられて隣町の沖の方まで出かけたことを思い出す。沢山釣れた魚は父がその後調理する。そのためか、魚をよく食べた。今でも魚は大好きだ。

先生は料理をするイメージがない。昨日それを聴くと子供さんが誕生してからは料理をされるらしい。そして何と釣ってきた魚も調理されるという。ちょっと吃驚!

昨日は先週の曲もどうにか終えて新たな曲を戴く。モーツアルトのシリーズからK.581の4楽章。この曲はアレグロでテンポは速い。はじめはゆっくりから練習しよう。

先日来から立ち方を教わる。昨日はそれに加えて胸郭を上げたまま吹くことを教わる。立ち方を変えただけでも体に一本筋が通った感じになる。それに加えて胸郭を上げる。これはさらに太い筋が体を支えるような感じになる。胸郭を上げて拡げて吹けば口先だけで吹くのと違っていい音になる。

立ち方は慣れてきた。これに胸郭を上げればもっといい音がでるようになる。頑張ろう!

レッスン後、教室を後にしているとどこからか名前を呼ばれる。次の次のレッスンの人だった。その人の座っているソファまで引き返し、しばし雑談をする。個人的にその人と話すことはなかった。昨日、話を聞いていると驚くことばかり。いろんな家族のかたちがあるのだと知る。自分では到底考えられない生活。これも人生!?

人の生活の中身はわからないものだと改めて知る。そのたび、何の変化もない人生を送っていると気づかされる。

夜は、米子の友だちに久しぶり電話をすると、今週末に広島に来るという。友だちはDENAのファン。てっきり野球の応援に来ると思って話をする。ところが友だち6人で広島まで「みっちゃん」のお好み焼きを食べに来るのが目的らしい。これを聞いて吃驚。その日は結局会わないことにする。

だが、関西へよく行くらしくそこで会おうという話になる。同じ場所に住んでいれば移動も宿泊も2人ならば安く着く。安いといえば大阪までの新幹線往復とホテル一泊つきで何と1万円との新聞広告がある。近畿とHISの共同企画だ。新幹線往復だけでも正規だと2万円弱かかる。そう思えば本当に安い。

気候がよくなるので、家でじっとせず久しぶり関西へ出かけるのもいいかもしれない。

友だちとの電話の後は東京の姪に電話を掛ける。一昨日、アメリカの西海岸から無事帰ったという。送ってもらった写メールは広い砂漠にいる写真だった。アメリカはロスしか行っていない。それもペルーに行った際、1,2泊しただけ。砂漠と聞いて意外な感じがする。

アメリカへも行きたい!姪からはどちらが叔母か姪かわからないような話が出る。そう、発破を掛けられてしまった。「あと30年生きる」と話すと若い姪なのに「〇子姉、30年はあっという間よ」と言われる始末。姪自身は「私は100まで生きるけどね」。

元気でいましょう。いつまでも!今日も元気を出して!

2013年5月7日火曜日

デブの話

初夏らしい季節になってきた。我が家のレモンの木もたくさんの蕾をつけ、新緑の葉っぱは芳香を放っている。そのまわりでは蝶々の飛び交う姿も見られる。

最近読み始めた茂木健一郎のブログを訪問すると「デブ」の話題がある。

「いやあ、人生って、わからないものだねえ。10代、20代は、ぜったいにデブにはならないと思っていた。ほんとだよ。」。

近くに住む幼馴染と話した際、中学時代の同級生6人でハウステンボスに出かけた写真をみせてもらった。幼馴染と1人を除いた4人は中学時代に比べてなんと20キログラムも体重が増えたという。6人の内3人は中学時代ソフトボールの選手。県大会まで出場しているつわものだ。

だが、中学時代のスリムだったスポーツ選手の面影はなく、今では貫禄十分のオバチャンになっている。とはいっても年齢的には誰も皆オバチャンだけど・・・。それにしても・・・とその写真を見てびっくりする。たとえ中学時代美人であっても、今の形相は「こりゃ、なんじゃ!?」。

茂木は太っていく自分を「アベノミクスは、デフレからの脱却が問題だったけど、オレは、体重インフレ(徐々に)からの脱却が問題だ。」と表現する。この「体重インフレ」は可笑しい。

また「木下優樹菜さんに『きゃあ、かわいい。くまのプーさんみたい!』と言われて以来、『オレはくまのぷーさんで』と講演会などでは言ってきたけど、それじゃあかわいすぎるという文句が聞こえてきたので、最近は『くまモン体型で・・・』と言うことにしている。」とか。

そして体重が増えないようにと努力もしているらしい。とはいえ、その日のブログタイトルが「10代、20代は、ぜったいにデブにはならないと思っていた。ほんとだよ。」はどう考えても可笑しい。

それをもじっていえば「10代、20代は、ぜったいにオバチャンにはならないと思っていた。ほんとだよ。」。これと同じようなことかもしれない。

オバチャンといえば、図書館で月刊女性誌を読むと、岸恵子と酒井和歌子のインタヴュー記事があった。この2人はけっしてオバチャンになっていないし、デブでもない。同性から見ても感じがいい。

酒井和歌子はインタヴューで「父が亡くなり、ふさぎこんでいた母を無理やり誘い出してから2人で旅をするようになりました。」、「現在、必ず朝に40分間のウオーキングをして、週に2回はプールで泳ぎ、体力づくりをしている。」、「北極ツアーには86歳で元気に参加している方もいらっしゃいました。私は何歳まで可能かわからないけれど、これからもできる限り旅を続けたいと思っています。」と述べている。

酒井は週2回プールで泳いでいる。ウオーキングはしていないけど、週1回は泳いでいる。とはいっても、もともとは体のために泳ぎ始めたのではない。泳げるようになりたい、その気持だけで泳ぎだす。今もその気持に変わりはない。体のためでなく楽しいから泳いでいる。そうしないと泳ぎは長続きしないだろう。

また「父が亡くなり・・・」のところは同じくそう思った。父が亡くなって半年後、母に元気を出してもらおうと鳥取砂丘へ連れ出した。行く前は父が亡くなってまだ一年も過ぎていない、と乗り気でなかった母も、一度外へ飛び出ると楽しかったのだろう。それからは休みがあると母たちと出かけた。

酒井和歌子のように今でも親娘で行く話を聞くと羨ましい。もう一度ゆっくり行きたかったなあとしみじみ思う。もう、それも仕方ないことだけど・・・。

次は岸恵子のインタヴューの言葉。「ヨーロッパの言語は論争に勝つための、強い言葉なんです。一方、日本語はとても優しい言語。寂しい、侘しい、悲しい、切ない・・・こんなにも感情表現が美しく豊かな言語は他にはないんじゃないかしら。書くことは孤独で苦しいけれど、孤独を愛する贅沢と幸せも同時に感じます。美しく聡明なだけではない。・・・」。

この人は賢い人に思える。特に最後の2行は素晴らしい!誰も皆、「孤独」を感じている!?

デブにならず、オバチャン(年齢からすればとっくにそうかもしれない。だが、せめて気持ちだけでも)にもならないようにして毎日を過ごせたらそれでいい!そして元気で楽しく!

2013年5月6日月曜日

西国街道沿いの旧宅を見に行く


武士の家で使用されたという棺

屋根まで届く大きな石の手水鉢

旧宅の広い庭園

今朝の地元紙を見ると「GWも終わるよ。これからは旅のシーズンだ!」とでもいわんばかり。全紙面34pのうち紙面一面の旅広告は5p、一部紙面の旅広告は7pもある。

その紙面を飾るのは大手旅行社と2,3番を競う旅行社。だが不思議と近畿ツーリストはない。近畿はどちらかといえば全国紙で宣伝して地元紙ではほとんどしないのだろうか。後で図書館で今日の全国紙を見てみよう。

これまで海外に出かけて利用した旅行社、旅行地と日程をメモしている。その大半はJTBと近畿日本ツーリスト。だが後者は10年近く海外に行かないうちに忘れさられてしまった。それでも相変わらず忘れられず、旅の案内の葉書をよこすのは日本特殊旅行。昨日も葉書が届く。パキスタンへ行ったとき利用した会社だ。あれから23年。その旅行社は「みんぱく」の機関誌の宣伝で知る。文化人類学専門の「みんぱく」はマイナーな地の記事が多い。そのため、この旅行社の募集先はかなり辺境の地。今では辺境の地へ出かける勇気もない。

昨日は先月から月に3日、一般公開される広島県指定文化財、広島県指定名勝の「旧千葉家住宅」を見に行く。行くといっても歩いても10分足らずで行ける場所。小さい頃から誰が住んでいるのだろうというくらい大きな石垣の塀の家で外から見るとまるでお城だ。それを見に行ける、と思って一般公開日の昨日見に行く。

旧山陽道(近世山陽道)の西国街道沿いにある一軒の家。個人では維持管理に限界があったのか、一昨年持ち主から町に寄贈される。

もらったパンフに寄ると文化財に指定されている屋敷棟は1774年の建築で戦時中、一部が撤去され今では半分の大きさになっている。

50年近く前から住居として使用されていない。旧宅の横に2階建ての家が建っている。そこに20年前まで主が住んで屋敷の管理をしていた。今ではそのすべてを町に寄贈する。

自宅最寄駅からすぐの場所にこういう風情ある家があるとは・・・。中に入ると広い日本庭園で鯉も泳いでいる。庭には大きな樹木も植えてある。山奥ならまだしも、JR駅から数分もかからない場所にある一等地だ。

一番驚いたのは甕の棺。係りの人に教えてもらってそれを見る、「西太后」の映画で東太后が甕に入るところがある。まるでその甕のように大きい。その高さは1.3か4mくらいあり、その直径も1m以上もある大きな甕。係りに聞くと昔の武士は甕の棺だったとか。その家の主が自分用にと購入していたものらしい。

次に部屋に上がり、お風呂とトイレを見る。トイレの後の手水鉢。これにはびっくり。家の高さほどもある大きな一枚の石でできた手水鉢だった。昔の人が何にお金を掛けていたかがわかってくる。

この旧宅もこれから手を加えられて観光地となるかもしれない。

我が家の家の周りを見ると今は家も建て代わり、主のいなくなった家は売りに出て更地となる。そしてその後には必ずといっていいほど某住宅会社の30年借り上げ賃貸住宅になる。その建て方はすべて同じ。30年たてば、我が家の周りは同じ建物に取って代わるのだろうか。

しかし、昨日の家のように代々受け継がれる家もある。

海外にばかり目を向けず、たまには昨日のように地元にあるよさも再認識しよう。とはいっても今朝の地元紙の宣伝にある「中欧」などの外国や「恐山」、「利尻・礼文島」といった日本の秘境にも惹かれてしまう。是非一度は行ってみたい場所だ。

いつか行く日のためにも、元気を出そう!今日も張り切って!

2013年5月5日日曜日

「自分の不得意なことをやってみよう」

GWというのに今朝も寒く暖房が欠かせない。昨日は図書館で借りてきた『出会いの不思議』(河合隼雄 創元社、2002年)を読んでいると、ランパルの話が載っている。

筆者はフルートを58歳から始めている。楽器を習うにはどちらかといえば遅すぎる年齢。だがそのいきさつを次のように記す。「自分の不得意なことをやってみよう」と思って始める。この思いつきはなかなかできないこと。一般的には得意なモノ・コトから始めることが多い。

とはいっても運動音痴がかなりの年齢になって水泳を習い、今も続けている。それも元々は不得意なコトだった。そう思えばどんなことでも可能ということになる!?

「私は音楽はまったくの素人。年老いてから、自分の不得意なことをやってみようと、五十八歳からフルートを習い始めたのだが、その風聞がどこかで伝わったのだろう。・・・ジャン=ピエール・ランパルの25回目の来日に際してそのプログラムに何か書くことを依頼される。」(112p)

「ランパルの演奏で一番よく聴くのは、バッハのフルートソナタ集である。・・・ランパルの演奏するバッハを聴いていると、私はけっして手につかむこともできないし、目に見ることも触れることもできないが、人間の心と体をつなぎ、つかの間のときを永遠につなぎ、生きている者と死者をつなぎ、あらゆるものをつなぐ存在が、確かにある、という実感を与えてくれる。何もせずひたすら聴くのもいいし、何かをしながら聞くともなく聞いていてもいい、それは魂に直接響いてくる。」(113p)

「日本人でランパルの弟子である工藤重典との二重奏も好きである。・・・歌劇の魔笛は音楽はもちろん物語りも好きである。ランパル・工藤の組み合わせで聴いていると、魔笛の場面が心に浮かんでくるし、心がはずむ。・・・魔笛の物語の解釈は、私のようなユング派の人間のお得意とするところで、いつか、魔笛の解釈をしながら、ところどころで、このデュエットを吹く、などということをしてみたら・・・・と途方もない夢もふくらんでくる。」(114p)

筆者はすでに亡くなっている。だが生前、多くの女性フルーティストと一緒に演奏している。そのテレビを見たことがあるが、どんな曲の演奏だったかは覚えていない。だが、58歳でフルートを習い始めて公の場所で演奏できるようになるのは素晴らしい!

そういえば、フルートを習い始めてすぐの頃、まだ親も元気だった。仕事が休みになるとフルートの情報誌をみては各地へ一人で演奏を聴きに出かけていた。高松に志度音楽ホールというところがある。そこはランパル・ホールと名が付くほどランパルとゆかりのあるホール。そこへランパルを聞きに泊りがけで出かけたこともある。ランパルでなくゴールウエイは名古屋まで聞きに行った。

最近は以前ほど世界的に有名なフルート・アーティストの演奏を聞いていない。というよりも広島でその演奏会が開催されない。情報不足かもしれないが・・・。

それにしても「自分の不得意のことからやってみよう」と思いついた筆者はどういっても素晴らしい。私にとっての「不得意なこと」は沢山ある。一つあげれば「絵を描くこと」。そういえばフルートのレッスン会場の前は絵画教室。結構年老いた人の姿がチラホラ見える。習うにはまだ大丈夫かも、ね。

2013年5月4日土曜日

人生はゴミ!?

GW真っ只中、どの人もFF(広島フラワーフェスティバル)にでかけるのだろうか。昨日、午後プールに行くと人が少ない。泳ぐ人は3人で歩く人も同じくらい。コースを独り占めにしていつもの如く一キロ泳ぐ。FF の人出は今朝の地元紙によると初日で79万8千人。3日間ではかなりの人出になりそうだ。

最近インターネットの「おすすめサイト」で見つけた茂木健一郎のブログを読んでいる。昨日のブログのタイトルは「人生のほとんどは、ゴミとなる。」。

それによると、「その時には意味があると思っていたり、価値があると思っていたことも、10年、20年経つと、単なるゴミとなって忘れられる。・・・その時々に、勢いのある人とか、話題になるものとか、ベストセラーになる作品とかあって、それはそれで生命の花火がぱっと咲く感じでいいけど、結局はゴミになるんだよね。たいていの場合。・・・大掃除の途中、となりの部屋のフランク・ニールセンと目が合った。彼はフランス人だが英語で会話する。『ケン、掃除たいへんだな』とフランクが言ったから、『ああ、ぼくの人生の99%は、ゴミだということがわかったよ』と言ったら、フランクが、『誰でもそうじゃないかな』と言った。・・・日々、生命の花火をぱーっと咲かせる中で、ほんの少しだけ、5年後、10年後のことを考えられたらいいね。」とある。

「そうか、人生のほとんどはゴミとなるのか」と思いながら、今朝の地元紙を読むとエッセイストの星野博美が「老後の夢」を書いている。

メディアに登場する100歳前後の活躍している角界の著名人は驚異的な若さの秘密を披露している。その人たちは「強い意志で節制を怠らず、体をよく動かし、手作りのものを食べ、ひたすら忙しく動き回る。彼らに共通するのは、丁寧な日常を送るうち、気づいたらこの年齢になっていた、というのもだ。現役と老後という線引きを考えたことはなく、『生涯現役』という強い信念に支えられているのだろう。・・・どうやら本当に、何歳になっても楽などできないらしい。架空の老後に逃避している暇があったら、今を精一杯生きろ、ということか。」とある。

いずれにしてもこの両者は「日々、生命の花火をぱーっと咲かせる」、「今を精一杯生きろ」とその底辺は毎日を大事にして生きることにあるようだ。

それにしても「人生のほとんどはゴミとなる」、ならば老後のこともナニゴトもそれほど深刻に考えずやっぱり毎日楽しく生きるに限る!?

人に「親の年齢まで生きる」と話すと驚かれることがある。そして先のことなど考えないというとさらに驚かれる。親が30歳の時の子供ならば、まだ30年は生きることになる。そう思えばこれから30年先のことなど考えられない。せめて今だけを考える、それでいい!!そして今日も楽しく!

2013年5月3日金曜日

「派手な人」はジャズボーカリスト

新聞によると、ここ2,3日のGWの冷え込みは史上最低らしい。今日も最高気温18度、最低気温9度の予報で朝方は涼しい。

昨日はお昼過ぎ近くの図書館に行き、予約の本など4冊借りる。1冊はこれまで借りている。その本と昨日借りた本が似ているためかまだ読みたいのだと思われる。係りから借りている本の返却延長を促され言われるままにする。

夕方はスペイン語を習いに出かける。GWなので生徒も半分くらいと少ない。先生は先に進まず、これまでのことを再度教えてくださる。昨夜のハイライトは“Casa Blanca”。これはスペイン語で「白い家」の意味。この「カサブランカ」はユリの花にもあり、また、モロッコにもカサブランカがある。他には何とアメリカの「ホワイトハウス」もスペイン語で「カサブランカ」だった。いわれてみれば「ホワイトハウス」は英語の「白い家」だから当然かもしれない。

ほかに英語の「大学」の“University”はスペイン語では“Universidad”。終わりの“ty”を“dad”にすれば大体、スペイン語になるらしい。

木曜日のスペイン語講座は木曜日が平日ならばどの週もある。今月は5回もある。それなのに授業料は安い。そのためか習う人が段々と増えてくる。

昨夜、講義後エレベータで3人が降りる。その人とバス停に向かいながら話をする。何故スペイン語を・・・と聞くと友だちからさそわれたという。その友だちの名前を聞くと広島で活動しているジャズボーカリストだった。顔は知らないけれども名前はよく知っている。どんな人かとさらに尋ねると「派手な人がいるでしょ?」とその人は言う。

フラメンコを習っている人は派手という程でもない。もっと「派手な人」、と思い出しても思いつかない。来週、「派手な人」と会うのが楽しみだ。

「派手な人」の名前を家に帰ってPCで検索するとHPとブログに行きついた。それを見てその人のひととなりが大体わかってきた。国籍などもHPに書いている。ブログも3日分読むと大体その人がどんな人かわかる。

「派手な人」は昨夜のその友だちによるとクラスのものが皆、本人のことを知っているみたい、と話したという。だが、私は知らなかった。ナニゴトも本人だけがそう思うだけで他人は人のことをそれほど感知していない。自分が思うほど誰も人のことを思っていない。

自分自身を見ても大人しく見られていると思ったりする。だがそれも独りよがり!?

このクラスの人たちが忘年会をしたらどんなに楽しいだろう。とはいっても派手な人もフラメンコの人も学んでいるときはどんな人かもわからない。ということはどんな人であってもその本質(この語彙は余り使わない方がいいかも・・・。レジュメで使用してひどく追及されたことを思い出す。)は変わりがないのかもしれない。

GWの予定はない。これからプールへ泳ぎに行こう。今日も元気を出して!

2013年5月2日木曜日

植物公園で

GWというのにいつまでも寒い。今朝は電気ストーブでなくてエアコンの登場となる。今日は最高気温18度で最低気温は7度の予報。だが、これくらいの気温は絶好の行楽日和で外を歩くには丁度いい。

昨日は近所の友だちと植物公園へ出かける。自宅最寄駅からJRに乗り、五日市駅で下車して植物公園行きのバスに乗り換える。五日市駅前のデパートでお昼の食べ物を調達してバスに乗る。乗客は何と5人。これでは採算が合わないだろう。

前回は母が好きだったゼラニウム展を一人で見に行った。だが調べずに出かけたため特別展は終了していた。今回は2人で行ったので広い園内を隅から隅まで歩く。途中、休憩展望台へ行く。そこから瀬戸の島々を見下ろす。望遠鏡の前で地図の案内板を眺めていると、一人で観光中の女性が横にやってくる。そして地図を眺めて「宮島!?」とつぶやく。

何度かその声を聞いて日本人ではないと思い、声を掛けると中国人だった。中国語で話していると同行者が日本語で話すように諭す。相手が日本語で話したがっているということらしい。

中国の湖南省の“サンザ”という。この地名は定かでない。広島市内の江波に住んでいる中国人の友だちを頼って6日間、フリーで中国から観光に来ている。明日はその友だちと関西に出かけて2,3日遊んだ後、上海へ帰るらしい。仕事は上海の空港勤務で日本語はかなり話せる。今回の旅費を尋ねると、日本円で9万円とか。

その友だちが来年結婚するので、その結婚式に再来日するとも話していた。団体旅行ではビザの相互免除がある。だが、その人は個人の観光なのでビザを持っていると見せてくれた。

これまで中国へ10回出かけていると告げると吃驚された。本来ならば、いつでも行きたい国。だが、最近の日中関係もあって行く気が起こらない。そういうことを彼女に話せず、鳥インフルエンザのことを話す。だが、何の心配もしていない様子でこれには驚く。どこまでその情報が中国国内で報道されているのだろう。

それにしても広島市内から外れたこの地までよくやって来た、と思うと同時に、羨ましい。中国国内を一人で出かけるのは怖い!彼女はスマートフォンで写真を撮っている。「写してあげよう」とそれを持って写真を撮ろうとする。だが、シャッターを押せない。何しろスマートフォンを触ったことがない。教えてもらって写真を撮ってあげる。

日中の関係がどうこうあっても昨日の彼女のように日本が好きな人もいる。政治的に何もなければ個人的には中国はまだまだ魅力ある国。国と国の摩擦が解消されたら再度中国へ行こう。

帰りのバスに乗るまでの間、公園入り口の売店で変わった品種のゼラニウムを見つける。ペチュニアのような花だけど花弁が大きい。大きなその鉢植えと小さなゼラニウムを購入する。それを持って帰りのバスに乗る。公園内に4、5時間いた。よく歩いた。

自宅最寄駅に着いたとき、同行者と夕飯を食べる。夕方6時、風は冷たい。近くのお店に入って食べて飲んで楽しく過ごす。

今日は夕方のスペイン語まで自転車に乗って買い物に出かけよう。その前に図書館へ予約の本も取りに行こう。GWは読書三昧!?今日も元気で!

植物公園展望台から見下ろす瀬戸の島々

2013年5月1日水曜日

次はモーツアルトK.285b

今朝は気温も下がり3月に舞い戻った感じで最高気温も17度の予報。五月になっても電気ストーブの出番となる。

昨日はお昼を済ませると旅行社に出かけて旅行の残金を振り込む。ビルの21階にある店舗だが、今一歩の応対。振込機を設置しているが、いつもとまどう。昨日もそうだった。それもそのはず、その振込機はカード決済の器械で1円単位は作動しないという。仕方なく、受付で順番を待つ。

どれくらい待つのか尋ねるとその時間はわからないという。これを終えるとフルートのレッスンが待っている。その場所からレッスン場までは歩いていかなくてはいけない。心配しながら待っていると、他の係りが奥から出てきた。その人に自動ではなくカウンターで振込みをしてもらう。どうにか早く終えることが出来た。しかし旅費の高い北欧の旅への言葉は微塵もない!何と淋しい!

この旅行社は大々的に新聞一面に旅行の宣伝をしている。だが、その規模とは裏腹に従業員の態度は今一歩。とはいっても、まだ一度も利用した事がないから、その旅行社への愛着がないのかもしれない。

旅行社を後にしてレッスン会場に向かう。平日でも「菓子博」のためか人出は多い。デパートによって買い物をしてレッスンに行く。昨日はK.298をさらってもらう。新たな教室にはグラビノーバも置いてある。仕上げに先生のグラビの伴奏でフルートを吹く。あるところで躓いていたところもなぜか伴奏がつくとスーッと吹けた。だが、最後のところでリズムを間違える。

それでもどうにかK.298を終えて次はK.285bの2楽章のレッスンに入る。この曲もまたYOU TUBEで聞いて曲の感じをつかもう。

昨日はレッスン後、3人で笑う。先生から東京土産をいただく。先生曰く「つまらないもので、少し・・・」。それを聞いて次のレッスンの人は笑って言う。「つまらないものは要りません!」。ずばりと面白く笑って言われて先生も聞いているものも大笑い。

毎日が日曜日なのでGWの予定は何もない。ただ今日だけはわかちゃんとこれから植物公園へ出かける。今日も一日楽しく過ごそう!そして元気で!