2023年10月5日木曜日

司馬遼太郎記念館、石切神社、生駒山・宝山寺の旅その1

 2023年10月3日(火)から4日(水)まで1泊2日の旅をした。旅の目的は東大阪市にある司馬遼太郎記念館の見学である。記念館は司馬遼太郎の自宅横に隣接して建ててある。想像以上のりっぱな記念館で街中なのに雑木林に囲まれている。午前9時過ぎ、広島駅から新大阪駅まで新幹線のぞみに乗車。今回出かけた場所は2日間とも初めて出かける場所で、かなり入念に乗り換え情報などを調べて出かけた。旅の道連れは澤地久枝ではないが「好奇心」。そしてこの頃はこれに「スマホ」が加わる。

近鉄河内小阪駅前アーケードに司馬遼太郎記念館とある

 大まかな日程は決めて出かけたが初日は司馬遼太郎記念館を見学。翌日は近鉄奈良線沿いにある枚岡(ひらおか)神社か石切神社へ行くつもりだった。ところが記念館では館内で珈琲を飲むゆとりをもってもせいぜい2時間もあれば十分だ。ホテルは記念館のある河内小阪駅近くに宿泊。記念館は河内小阪駅と八戸ノ里駅の中間に位置する。新大阪駅で新幹線を下車後、おおさか東線に乗り換えてJR河内永和駅で下車。ここから近鉄に乗り換えて河内小阪駅まで乗る。河内小阪駅で下車後、歩いて記念館を目指す。駅員に地図(記念館情報で駅に地図を置いていると記載があった)を貰おうにも無人駅で誰もいない。通りがかった人に聞くと目の前のアーケードに大きな文字で司馬遼太郎記念館の案内がある。地面を見るとこれまた大きな標識が書いてある。アーケードを入って進んでいてふと気づく。まずは今夜のホテルに荷物を預けようと。ホテルは駅の真反対に位置する。リュックをホテルに預けてフロントで司馬遼太郎記念館までの地図をもらい、身軽になっていざ出陣。

地面に司馬遼太郎記念館の標識がある

 地図を見ると各ポストのそばには記念館の標識が建っている。それを見ながら、また途中で人に聞きながら歩く。途中に公園があった。そこには「21世紀に生きる君たちへ」の石碑が建っている。ここから先は後日、写真をアップしよう。
司馬遼太郎の「21世紀に生きる君たちへ」の碑
 記念館見学後、入り口の案内人に枚岡(ひらおか)神社までの行き方を問うと八戸ノ里駅が早道と教わる。地面を見ながら歩くと駅まで何ヵ所か司馬遼太郎記念館の標識が描かれ、わかりやすくなっていた。八戸ノ里駅から近鉄に乗る際、ホームにいた人に声をかけると枚岡神社よりも石切神社のほうをすすめられる。そう聞いてすぐに石切神社へ方向転換。翌日に行こうとした神社へ初日に出かけた。翌日は同じ人から教えてもらった生駒山へ行くことにした。

 生駒山山上は遊園地になっている。こういう場所には興味がない。が、もしかして2度と来られないかもしれないと思い直してケーブルカーで642m上の山上へ。案の定、子どもの遊園地だ。ざっと辺りを見渡して再度ケーブルカーに乗って生駒山途中にある宝山寺へ行く。宝山寺駅下車後、宝山寺まで歩くのだがこれがまた大変なところだ。宝山寺までは整備された石段を登る。それも1000段近くあるとか。というのも一番上にある奥の院まで行ったからだ。

 宝山寺の登り始めの石段で家の外にいた人に声をかけると石段はこの先ずっと続くという。その人と立ち話をしているとお参りした人が下りてきた。その人は「おかえりなさい!」と声をかける。知った人だと思ったらその時すれ違った人だとか。急遽3人で立ち話となる。千葉から来た人で前日は興福寺や元興寺に参ったという。今年になって膵臓と腎臓の手術を受けたとか。お元気そうに見えた。それも生駒へ参ったお陰と話される。3人はここで別れて1人宝山寺へ参る。途中すれ違う人を見るとどの人もお賽銭をあちこちの寺社や祠に置いている。信者さんかもしれない。

 宝山寺奥の院まで参った後、下山しているとさっき出会った人の家の前に人がいる。何とお参り後に新幹線で、といって小さな紙袋に入ったお菓子を下さる。親切にしていただいてびっくり。1年前に再開した一人旅。どこへ行っても旅の道連れができる。まさか生駒でも親切にしてもらうとは驚き。

 この続きはまた後日のブログで!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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