2023年7月6日木曜日

『司馬遷』その1

 『司馬遷』(武田泰淳 中央公論新社、2022年初版)を読んだ。読んだとはいえ内容を理解しているかと問われると疑問符が付く。武田泰淳の『司馬遷』は『史記の世界』とのタイトルがついたこともあるとか。司馬遷の書いた『史記』は今読み始めたばかり。それと同時に長年読まずにそのままにしていた『李陵』も読んでいる。

 以下は『司馬遷』に出てくる「李陵」のくだりを抜粋した。これを見ても『史記』を理解するには『李陵』を読まずに理解できない。それにしても『司馬遷』を読みながら『項羽と劉邦』(司馬遼太郎)、『孔子』(井上靖)、そして今読んでいる『李陵』(中島敦)は『史記』を理解するには必読の書と感じた。『項羽と劉邦』『孔子』は以前に読んでいるがもう一度読んだ方がいいかもしれない。

 昨日、以下のことを下書きにとどめながら史記と中華思想が気になりだす。ネットで検索するとNHKの高校講座に関連する動画があった。見逃し配信でなくネットで配信されている。これを見て高校時代に習った歴史は何だったのか、と改めて感じる。NHK講座は本当によく理解できる。いまさらながら、何を言っている、と笑われそうだがそれくらい高校生のころは歴史好きではなかった。今になって理解できることもある、とまたも感じた。

 そして『司馬遷』を読んで武田泰淳の他の著作も読もうと思った。『司馬遷』を通じて武田泰淳の著書もそうだが、他にも次々と関連する本を読みたくなる。ぼやぼやとしてはいられない、とまたもや思ったり。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★日常生活のきびしさ、政治家的存在のきびしさは、たえざるものである。「史記」を書かしめるためには、たえざるもの以外に、突如として起る転機が必要であった。司馬遷には、幸いにして、二つの転機があたえられた。一つは父の遺言。他の一つは、李陵の禍である。父司馬談は、「憤りを発して」死んだ。元封元年、泰山を祭る盛儀に列席できなかったためである。これは「漢家の封(ほう)を建てる」大典礼である。この大典礼に参加できないばかりに、彼は命を失ったのである。(49p)

★第一回の転機は、「彼に憤りを以て書け」と命じた。……漢代世相、漢代世界、漢代人間を、「憤りを以て書」かせるために、天漢二年、天は彼に、李陵の禍を下したもうた。彼が真の意味で現代史を書こうと、決意したのはこの事件によってである、と思う。(60p)

★司馬遷が李陵を弁護したのは、決して匈奴へ降伏した弱者としてではなかった。李陵こそは漢のために、全力をあげて匈奴を攻撃した強者である。真の弱者は銃後にあって強者ぶる刀筆の吏である。「この李陵が事を挙げて、一度失敗したからとて、一身の安全をはかり、妻子を安泰ならしめている官吏どもが、その非を責めて罪におとし入れんとするのは、小生の私情、真に忍び得ぬ悲しみであります。」忍び得ぬ悲しみ。忍び得ぬ悲しみをもって司馬遷は、匈奴問題を見守っていたのである。彼が悲しみをもって見守っていたのは、この問題ばかりではない。世界全体である。(226p)

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