2023年7月18日火曜日

『史記(1)』(覇者の条件)

 母の月命日よりも一日早いお墓参りをした。最高気温34度の予報のなか、午前中にお墓参りをするが行くにも気合が入る。墓地に着くと相変わらず隣の2区画は何物かによって荒らされている。行く前からこのことが気になるがそれも他所の墓地とあってはどうすることもできない。

 家に帰ると汗びっしょりになる。着ているものすべてを着替えてしばし休憩するもすぐざま買い物に行く。途中、学校の生け垣に人が座っている。声をかけると半年くらい前の墓参り後に出会った人だった。今年90歳になるとか。暑くてもカートを引いて買い物に行くという。出会ったときは買い物帰りだった。話をするとしっかりした人で何でも自分でやるという。元気な人はこのあたりが違うと思いながら話を聞いた。

 『史記(1)』(覇者の条件)(司馬遷 市川宏・杉本達夫訳 徳間文庫、2005年初刷)を読み終えようとしている。以下に抜粋したように黄帝から始まる中国の歴史は常に武力による覇権争いである。これは読んでいても面白くない。『史記』は文庫で8巻くらいまであるが、1巻で読むのをやめて次は『史記列伝』を読むことにした。列伝は図書館で借りた『史記列伝1』の裏表紙に書いてあるように『史記』の中でも最も面白く人気が高いらしい。

 借りたのは平凡社の2010年初版第1刷の文庫で500頁もある。これは列伝の第1から第24まが収められている。このシリーズの『史記列伝2』と『史記列伝3』はなぜか図書館の蔵書にない。この列伝1を読み終えたら他の出版社の本を読むようにしよう。

 ブログを書きながら「黄帝」と「皇帝」の中国語表記が同じでは?、と気になりだす。念のため調べるとどちらも”Huang di”で四声も同じだった。これはなぜ!?

 以下は『史記(1)』から気になる箇所をメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★われわれは、かつてない激動の時代を生きている。その激動の様相を見定めるべきよりどころさえ、いまや完全に失われたかの観がある。歴史とは何か。人間とは何か。この、あまりに根本的な命題が、現実の課題として、われわれにつきつけられているのである。『史記』は歴史の原形であり、歴史そのものである。二千年前、漢代の中国に生きた史官・司馬遷が、みずから人間であることを放棄し、そうすることによって記録した世界像、それが『史記』なのだ。(6p)(『中国の思想』刊行委員会)

★紀伝体 司馬遷は、歴史をとおして人間を描こうとした。”人間とは何か”ということが、『史記』を一貫する命題だったといってよい。この命題に即し、おびただしい量の材料を処理する基準として独創されたものが、「紀伝体」とよばれる構成である。……本紀とは、歴史を動かした大もとと司馬遷が考えたもの、つまり王朝の歴史であり、世家は帝王をめぐる諸侯の家の記録であり、列伝は本紀と世家をめぐる英雄豪傑から、市井の庶民にいたる個人の伝記である。……歴史を年次を追って記録する平面的な「編年体」とは趣を異にして、それをあらゆる側面から多角的にとらえていこうとするこの構成は、中心をなす本紀を列伝の名をとって「紀伝体」と呼ばれ、『漢書』にうけつがれて、以後、中国の正史の伝統的スタイルとなった。(24p)(解題)

★黄帝は徳によって全土を治めた最初の帝王として描かれる。……徳による政治こそは『史記』の理想であり、また中国の理想でありつづけた。そして歴代の支配者はつねに徳治の看板を掲げてきた。ただし、理想の帝王たちの徳治は武力の背景をもっている。教化を拒む者には討伐が待っている。理想はつねに現実に裏切られるがゆえに、いっそう激しく追求されるのかもしれない。(30p)(解題)

★――中国人はしばしばみずからを「黄帝の子孫」あるいは「炎黄の子孫」と称する。……「黄帝」とは中国の大地の象徴であり、民族と文明の象徴であり、中国的世界の始祖として人びとの心に生きているのである。司馬遷の『史記』は聖王の記録〈五帝本紀〉から始まっており、黄帝はその冒頭におかれている。(45p)(1 聖王伝説の時代)

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