2015年7月3日金曜日

沙羅双樹の花を見に

沙羅双樹の花は地面に…
沙羅双樹の花を見に福山へ行く。家に帰ると所属する某会の会長から丁重な講演会&パーティの案内が届く。中を見ると参加者を募る内容だった。とはいっても講演会後の会食は結構な費用。手紙に記されていた人に電話で伝えると声をかけてもらったのだから…との返答。共に出席することにする。すぐに手紙の送り主に電話でその旨、連絡すると喜んでくださる。その翌週には同じ会の納涼の宴。その2か月後はこの会での海外旅行と予定が続く。

さて、昨日の福山行き。新幹線こだまはがら空き状態。前回の「おとなび」利用もそうだった。1車両に数人もいない。まだ世間に「おとなび」の知名度も低く、手続きが面倒な点があるのかもしれない。その点、暇人にとっては利用しない手はない。次回は京都に行く予定。京都市美術館で開催中の絵を見に行く。

1人行動に慣れてくると本当に楽しい。鞆港行のバスに乗車し、草戸大橋下車。ところが下車しても案内はおろか、人の気配さえもない。バスの運転手さんは下車する際、まっすぐ引き返すことと気を付けていくようにと言ってくれた。この言葉通り歩こうとするがそれでもわからない。それにしても運転手の福山なまりの声は父の話し方に似ていた。さすが、福山弁。広島弁とは異なる。

国宝級の五重塔があるお寺の地にしては何の標識もない。福山駅の観光案内所でもらったパンフを頼りに歩き始める。10分から15分とある。途中、とまっている車の人に聞くと土地の人ではないらしい。しかし、だいぶ先にお寺があったと教えてくれる。歩くこと10分、15分どころじゃない。

やっと目的地に着く。帰ろうとする人に沙羅双樹の花の場所を聞く。参道の階段を上がる途中の樹がそうらしい。すでに花は散っているとのこと。慰めにももっと他の言い方をしてほしかった。

近くに行くと地面にそれらしき花が落ちている。見上げると確かに花はない。持っていた一眼鏡を取り出して樹を見ると奥の方の枝の先っちょに何個か花がついている。ところがそれはタブレットもデジカメも写真に収めらず、望遠の付いたカメラを買いたくなる。

写真を撮るのを諦めかけていると車でお参りによく来るという人に蓮池を見るように教えてもらう。池には観音様の姿もある。この明王院の五重塔などは国宝で1346年建造。日本でも5番目に古い建造物だそうだ。

明王院を去って少し歩くと草戸稲荷神社に到着。ここはお正月の初詣客で福山内外の人でにぎわう。父が亡くなった翌年、母と姪と3人で初詣に出かけた。その当時75歳だった母。このころから母の旅する青春が始まる。それにしても75歳だった母もよく一緒に歩いたものと思う。それから20年、母は生きた。いろいろ思い出しながら歩いた。昨日の携帯万歩計はあと2歩で15000歩。よく歩いた。

草戸稲荷神社へお参りすると誰もいない。そう思っていたら通りかかった神主さんと巫女さんにあいさつをされる。こういうことは初めてのこと。気をよくしてお参りの記念に水晶の入ったお守りストラップを購入。

お参りを済ませるとバス停に向かう。今来たこの道かえりゃんせ、でせっせと歩く。車が通る道は怖すぎる。下の芦田川の河川敷を歩くと草いきれがする。河川敷、これが大変なことに気付く。河川敷に降りたのはいいが、バス道路に上がる階段が見当たらない。20分ごとに通るバス。予定の時刻にバスが、ああ行ってしまった。やっと見つけてバス停で待つこと20分。近くに高校があるのだろうか。バス停に向かう生徒3人と出くわす。

福山駅到着後、遅いお昼を食べる。海鮮どんぶりでなく、炙りどんぶりのランチセット。美味だった。食事後、駅近くのしぶや美術館へ。以前、ホテル内にあったころは出かけたことがある。しかし、場所を移してからは初めて行く。福山通運創業者の渋谷昇。その人のコレクションを集めている。住まいを改造したのだろうか、有名な人々の絵が多数展示されていた。

駅に戻るとカフェに入る。ここで新幹線発車時刻までたむろする。それにしても思う。今や新幹線に乗車しても新聞を読む人や週刊誌を買う人はいるのだろうか。タブレットやスマホが旅のお供になっている。次は京都が待っている。若者のツイッター、「カープ、待ってろ!応援するぞ!」、にあやかって、「京都、待ってろ!行くぞ!」。今日も楽しく!
お参りしていた人に教えてもらった蓮池

国宝の五重塔と梵鐘のある明王院

真ん中あたりの白いのが沙羅双樹の花

ここにも花が落ちている

草戸稲荷神社

芦田川河川敷を歩く

しぶや美術館

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