2019年7月31日水曜日

「多くを読む人は余分なボーナスとして素晴らしい語彙を得る」

 「本を読むのは楽しいですし、多くを読む人は余分なボーナスとして素晴らしい語彙を得る」(日本語翻訳機能による)。これは一昨日のダグニーさんのブログから。107歳であっても本を読まれている。なんと素晴らしいことだろう。本を読んだボーナスとして「語彙を得る」!?ボーナス、を改めて辞書で引く。

★ラテン語の原義で「良いもの」「財産」という意味、とある。

 司馬作品を読むと知らない語彙が出てくる。そばにいつも電子辞書が欠かせない。その都度新たな語彙が増える。これもすべては本を読んだボーナスならぬご褒美なのかもしれない。

 朝から暑い。これから1週間先の天気予報を見ると最高気温35度、最低気温26度で晴れマークが続く。今年の夏は暑すぎてワンピースで過ごす。自転車に乗るにはズボンが快適だが……。こう暑いと家の中にいる時間が長くなる。これではいけない、と思う。そう思いながらも暑さでダウンするよりは、と家にいる。プールへ行くにも午後の暑さは半端でない。プールに行くまでが地獄と化しそうだ。そんな午後、送付されてきた旅のカタログを見る。見てすぐに、参加を決める。

 日本に居ながら、先日の北海度の旅もそうだが、地理的にわかっていない所が多々ある。知床半島、根室半島、野付半島、中標津、釧路など出かける前ははっきりとした場所がわからなかった。何となくあのあたり、という感じだった。出かけて改めて知る始末。県も東北地方が怪しい。東北の中でも秋田、宮城は行ったことがない。他にも北陸の富山、新潟も出かけたことがない。出かけてはいるが地理的に怪しい県は関東地方。簡単な地図で線引きせよ、と言われたならば描けそうにない。その点、西日本や九州、四国は馴染みがある。

 暑いと言いながら、6月から7月中ごろに出かけた旅の疲れもとれたのだろう。今はまた遊びに行こうとの元気が出る。秋の作品展、発表会が終わった後、まだ行ったことがないところへ行こう。これも司馬作品を読んだり、練習したボーナス(ご褒美)と思って参加しよう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年7月30日火曜日

マイブーム

 最近ハマっていることに司馬遼太郎の本を読む、がある。その後にハマったのがゆで卵。これは2か月くらい前、ごごナマに出演した檀ふみの影響がある。その時、ピザトーストもしばらくハマった。しかし、これは毎日食す、とはならず。他にもある。それは山カフェを聞いてハマった石丸謙二郎のブログ。この人のブログの画像の大半は自然、それも山、が多い。これらはいずれもマイブーム、となっている。

 もしも、今の状況で、今より若く、車の免許を持っていたならば間違いなく一人で車に乗って遠出をしたい。これは叶わぬ夢。なんかロマンがある。というのも今朝見た石丸謙二郎のブログの「車中泊」にあこがれる。というかキャンピングカーにあこがれる。叶わぬ夢を追っても仕方がない。山の画像を見て現実に戻ろう。

 昨日、フルートの先生から発表会でソロで吹く🎵ブラジル風バッハ第5番アリア🎵の楽譜と全体合奏のパート譜が送付された。ソロの楽譜はアルト用フルートの楽譜で吹く。途中、アルト用でなく一般用の楽譜になる。その個所ともう1か所をアルト用の楽譜にパソコンソフトで手直ししてもらった。修正されて送付された楽譜に感謝、感謝!フルートの練習をしよう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年7月29日月曜日

納涼の会

 人の名前は覚えるほうだと思っていた。ところが、昨夜、そうではないと悟る。某文化交流学会の納涼の会が行われた。年に2,3回か、3,4回ほど会合で会う人たち。一昨年まではその半数の人たちと海外旅行に同行している。見覚えある顔も名前が出てこない。こういうとき、歳を感じる。

 この会から年明けに海外旅行が予定されている。催行なるかどうか。今のところは参加人員不足らしい。今年は1名不足で催行ならず。この会からの海外の旅は5、6年前から参加させてもらっている。今まで出かけたどの国の旅も楽しかった。年々、どの人も歳を取る。旅が先延ばしになれば出かける予定であっても出かけられなくなるかしれない。催行なれば、と願う。

 納涼の会も楽しいうちに終わる。その後は女性6名でCAFEに集まる。大半がリタイア組。そのうち2名は現役組だ。早期リタイアして17年になる。現役世代と比べて歳を取った、と感じるのも無理はない。今のところ元気だけが取り柄だけど……。これも先の保証は誰もわからない。

 外に出ればヒトからの頂き物がある。梅干をもらった。去年ももらっている。いつもながら何のお返しもできない。暑い日が続く。梅干しパワーで今年の暑さを乗り超えよう。感謝!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年7月28日日曜日

美術講演会に出かける

 呉市文化ホールの名称がいつの間にか呉信用金庫ホールとなっている。公の施設が命名権を売って名称変更はよくある話。とはいえ、そこに在住しないモノからすれば「このホールは何?」と迷ってしまう。

 昨日午後、名称が変わったホールに出かける。講演会主催者の話だと名称変更となって初めての催し物とか。講演会は「第23回くれしん文化講演会」で「日本美術応援団呉を応援する!」とある。2000人収容の会場には満員の聴衆が駆け付ける。開演間際に駆けつけると空いた席が見当たらない。前に前に進んでいると、前から数列目の真ん中あたりに座るようにと声をかけられる。席に座ると座り心地がいい。これはホールの椅子に関係があるのだろうか。前列の人が気にならない。このホール自体も音響効果がいいと評判のホールだ。

 応援団とあるようにもらったプログラムは応援団の格好をした2人の姿がある。2人とは昨日の講演会のゲストで団長の山下祐二と俳優の井浦新。舞台に登場した2人が椅子に座ってトークを繰り広げる。舞台には大きなスクリーン。2人の様子や若冲、蕭白、芦雪の絵がスクリーンに映し出される。

 このなかで伊藤若冲の「動植綵絵」が何度も言葉として出てくる。はじめの頃はこのキーワードの文字がつかめなかった。途中、「動植綵絵」の字の説明がある。やっとこの文字とわかる。ネットで調べるとこれは「鶏に代表される鳥たちを筆頭にさまざまな動植物、さらには魚や貝までもが描かれた全三十幅からなる花鳥画の大作です」とある。この全ての絵が説明されたようだ。哀しいかな若冲は知っていても、蕭白、芦雪は知らずにいた。というか、講演会でも若冲が中心でこの2人は付けたしという程度に話された。

 去年だったと思う。若冲の絵の本物を見たのは……。それも東京で開催された展覧会の絵ではない。福山美術館で数点見た。若冲、若冲と世間が騒ぐほどの絵?とその時は思った。昨日の講演会を聞くと若冲の良さがわかってきた。先ほど調べたネットで面白いHPを見つけた。話を聞いていろんなモノ、コト、ヒトに結び付く。これが楽しい。

 井浦新は以前、日曜美術館に出ていていた。この番組も日本画をやり始めてからよく見るようになった。この人はボツボツとしゃべる人でペラペラ話す人にはない誠実さを感じる。団長の山下祐二は大学の先生らしく、話上手。ピタっ、と1時間半の講義を終える。その後が可笑しい。舞台で撮影タイムが始まる。そうと知っていればカメラ持参で出かけたのに、と悔やまれる。いろんな講演会に出かけてこれほど盛り上がることがあるだろうか。どういうこともない2人なのに舞台上が盛り上がる。携帯でアップで写したけどうまく撮れていなかった。

 この応援団、団長は山下。団員1号は赤瀬川原平、2番は南伸坊、3番目が井浦新、4番が山口晃、そして5番目は壇蜜だそうだ。

 最後に講演会のメモとして記そう。

 ★辻惟雄(つじのぶお) 日本ん美術史学者 『奇想の系譜』著者
 ★ジョー・プライス アメリカの美術蒐集家 若冲の絵を蒐集
 ★無量寺 通称芦雪寺

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年7月27日土曜日

『世に棲む日日』(一)

 梅雨明け宣言後、3日目の朝を迎える。ぐずついた天気から一気に32、3度になる。夜は夜で部屋の中はいつまでも30度を超えている。梅雨明け後の初日、エアコンなしで寝た。暑さで熟睡できず……。これに懲りて昨夜は一晩中、エアコンをつける。外気温が設定温度以下になるとエアコンも止まる。お蔭で熟睡できた。気温もそうだけど気象に関してはなにもかも極端すぎる。中庸、はないのだろうか。

 暑いからといって一日中、部屋に閉じこもるのは良くない。今日は予定通り呉に行こう。久しぶりの呉、暑いだろう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 以下は先日読んだ司馬遼太郎の『世に棲む日日』(一)(文藝春秋 2013年第11刷)からの抜粋。

★「中国者の律儀」ということばが、戦国期にはやった。正直をむねとし、人をだまさない。はたして中国衆がすべて律義者ぞろいなのかどうかはべつとして、すくなくとも毛利氏の外交方針はその律義をたてまえとしたがために同盟国に信頼され、威を上方にまでふるった。9p

★玉木先生は藩士である。しかし、無役で(のち役についた)、いつも家にいる。じか時間がふんだんにあるため、
「松下村塾」という家塾をひらいた。松下とは村名の松本からとっているから、要するに松本村学校というふうな命名であり、それ以外の哲学的な意味などはない。……村塾の建物は、とくべつにはない。(玉木)文之進の実家の杉家である。つまり、松陰の家であった。22p

★松陰の幸運は、藩政の沈滞期に成人したのではなく、それが上昇しつつある時期――政治に活気と可能性がみちあふれた時代——に成人したことであろう。松陰というこの若者は、終生、惨澹たる苦難にあいながらつねに明るく楽天的で、その死にいたるまで絶望ということを知らなかった。ふしぎな性格というべきである。その性格ができあがるについては、案外、この幼年期から青年期にかけての藩風のこのようなあかるさが、ひとつには手伝っている。39p

★「大器をつくるにはいそぐべからざること」松陰の生涯の持説である。「速成では大きな人物はできない。大器は晩く成る」と、松陰はいう。41p

★松陰は役についた。「御手当御内用掛」というながい職名であった。……正式の名称としては「外冦御手当方」という部局があり、その下僚国防である。ついでながらペリー来航以前にこういう部局を設けていたのは三方海に面した長州藩だけであり、この藩がやがてそとからの侵略にきわめて過敏(逆に東北諸藩はそれとはまったく
対照的に鈍感であった。両者とも地理的条件による)になってゆき、やがては国内統一の先唱藩になる源、はこのあたりにある。その部局の「御内用掛」というのは、藩主のための情報偵察員というべき内容であろう。42-43p

★松陰の生涯にかかわってくる読書は王陽明の「伝習録」を読んだことであった。この点、葉山佐内が陽明学者でいちいちその講説をききながら読んだだけに、よく理解できた。「実行のなかにのみ学問がある。行動しなければ学問ではない」というこの思想は、朱子学とくらべて、単に学問思想というよりも多分に宗教性を帯びている。行動教といっていいほどのものであり、これはきわめて松陰の気質に適合した。
87p

★「地を離れて人なし」と松陰は生涯いっていたように、かれは人文地理的な観察をおもんじ、そういう窓からつねにも物事を見ようとした。地理好きはいわば彼の癖であったが、これが松陰という青年の思考法の要素をなしていた。88p

★判決は、突如くだった。……「士籍を削り、五十七石六斗の家禄を没収し、召し放ちに処す」というものであり、たれがどう想像したしたよりもはるかに重い刑罰であった。追放財であった。……松陰ほど毛利侯に対する忠誠心の強い男が、その忠誠の対象をうばわれることになったのである。185p

★「むこう十年の修行を」
杉百合之助はよろこんだ。その許可方を藩庁に申請するとなれば、これは浪人ではなく寅次郎はなおも長州武士というおあつかいである、ということが、百合之助のこころをあかるくした。189p

★松陰の行動に強力な弾機(ばね)を入れたのはペリーであった。あるいはペリーという名で擬人化される産業革命による新文明であるといってもいいかもしれない。松陰が浦賀を去ったのは、久里浜談判があったその夜である。267p

★「過激者」らしく、この「将及私言」に、自分のこういう直訴は、上を敬うことを知らぬふるまいで、重々おそれ入っている。ともかくも黙止しがたく、罪とは知りながら上呈する。ただこの意見書が上へ達せられたならば、どのような御厳罰をううけようとも、けっして怖れたりは致しませぬ」と、書いた。この願いは、容れられた。長州藩ではこの書を、段階をへつつ藩主毛利慶親の手もとにまで達せしめている。275p

★象山は教訓者である。
「学問の大禁忌は、作輟(さくてつ)なり」と、かれはよくいう。作輟とは物事をやったりやめたり、あるいはここを齧り、あそこをかじりといったふうのむら仕事のことをいう。……ところがその松陰の蘭語勉強は、どうにも「作輟」であった。279p

★ロシアの艦隊が、やはり四隻、ペリーと同様の要求をかかげて長崎港に入ったというのである。(ロシアへゆこう)松陰はとっさに決意した。……松陰は、出発した。288p

2019年7月26日金曜日

「深読み読書会 井上靖」から

 昨日で梅雨があける。昨日午後、自転車に乗って泳ぎに行く。少々、バテ気味だった体も泳ぎに行く元気が出る。自転車で15分行くとプールに到着。水に足を入れると冷たい。身体を水に浸けるとさらに冷たい。25mをクロールで泳ぐ。その後は水の冷たさにも慣れてくる。浅いプールで泳いでいると未就学児を連れた爺様がやって来る。夏休みに入った。600m泳いで浅いプールから深いプールに移動する。家に帰るとプールで着替えた服も汗びっしょり。またも着替えて洗濯機へ入れる。

 夕食後、新聞を見ると「深読み読書会 井上靖」とある。この番組は初めて知る。「敦煌」に惹かれて番組を見る。何と中島岳志氏が出演されている。1980年代の初め、シルクロードブームが沸き起こる。1982年に中国語を習い始めた。そして世の人々にもれずシルクロードブームに便乗した。初めて中国に行ったのは1986年。その翌年、シルクロードへ行った。敦煌はもちろんコースに入っていた。「敦煌」撮影の日本人のクルーと出会い、トルファンの葡萄棚で現地の民族舞踊ショーを一緒に見たことを思い出す。

 今は司馬遼太郎にハマっている。当時は井上靖にハマっていた。番組を見ていて主人公の名前を聞き『敦煌』は読んだ、と思った。ところが偉い人々の話を聞いても初めて聞くことばかり。これでは読んだうちに入らない。番組終了後、『敦煌』を探す。文庫本の『敦煌』があった。昭和62年で49刷、新潮社発行だ。今ではかなりの部数になっているだろう。

 番組で井上靖は当時のノーベル賞候補だったとか。全く覚えていない。いまから30年前の頃のことだ。番組で中島氏はこの本の書き方の「与格」が特徴、という。井上の自叙伝、という先生もおられた。

 今朝は資源ごみの日。昨夜は、『敦煌』を探しながら急きょ、本の処分を思いつく。新聞と一緒に中国で買ったごっつい辞書(中国人が使う日本語辞書)、パソコン用語辞典など要らない本を数冊処分した。

 2階には先日押し入れから出したアルバム類の整理が待っている。真夏というのに本の処分も考えよう。

 司馬遼太郎の本の合間に『敦煌』を読もう。次々と読みたい本が増えてくる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年7月25日木曜日

ブログのアップ

  日帰りでも泊りがけでも、国内でも海外でも旅から帰るとブログのアップが待っている。これ、結構大変。とは言いながら、これも今や完全なライフワーク。北海道の旅のアップを終えて次にやるのは読んだ本のアップ。昨日、『世に棲む日日』(3)を図書館で借りる。その際、その(2)の返却がまだ、と知らされる。その場で貸し出し延長の手続きを済ませる。その(2)は読んでも、ブログのアップがまだなので返却できない。

 今日で梅雨明け宣言となるのか、朝から蒸し暑い。天気予報を見るとこの先、晴れマークが続く。今週の最高気温は32度~34度。夏本番となりそうだ。そんな日にパソコンの前に座って入力する。これ、本当に大変。これもすべては自分のため。旅で知った人のブログを見ると、ブログは「自分史」と書いておられる。今や、自分のブログも人生後半の自分史になりつつある。

 パソコンで手を動かす。これがボケ防止、とまで考えてブログを始めたわけではない。水泳もそうだ。身体を強くしようと思って始めたわけではない。フルートもそうだ。肺を強くしようと思ってやり始めたのではない。自転車に乗り始めたのもそう。これらすべてを始めたのは「体」のためでも「ボケ防止」のためでもない。純粋に、泳げたらいい、吹けたらいい、乗れたらいい、と思ってやり始めた。身体のことばかり思って始めたならば、どれもこれも長続きしなかったかもしれない。そして今朝もブログをアップする!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!