2020年3月30日月曜日

旅の思い出(イラン)

 今朝のYahoo!news「無職独身40~50代が親の収入頼み、推計57万世帯」を見て驚く。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200330-00000001-asahi-soci(参照)

 親になった経験がない。報道された人たちの親は年老いても悠々自適とはならないだろう。学校を出て会社員となったころ、それまで会社で働いていた母に申し訳ない気がしていた。就職と同時に母に仕事を辞めてもらった経緯がある。その当時、母は50歳。元気な若者が働かずに親のすねをかじる、とは考えられない。

 人生はあっという間に過ぎていく。何が問題で家に引きこもるのか知らないが、すべての責任を自分自身でなく社会や親のせいにしているに違いない。仕事はなんだってやろうと思えばできる。やらないだけでは……。人のことでムキになることはないが、自分の人生をこういった人たちはどうしたいのだろう。

 話題を変えよう。久しぶりに昔のアルバムを整理する。整理するといっても整理してあるアルバムから写真をすべて外していくのだが……。昨日は1998年8月10日から8月17日までの8日間の「栄光のペルセポリスとペルシャ紀行8日間」の写真を外す。そして、保存したい写真だけを残す。半分くらいを処分した。22年前の写真は現像技術もよいのか、まるで今、焼き増ししたようにはっきりしてきれい。当時は成田発着で出かけている。どの写真もイランがイスラム国のため、頭にはスカーフを被っている。旅の初めころは日本から持っていった黒づくめの服も、途中から現地ガイドに注意されて現地で借りた全身を覆う黒い服(チャドル)を着た。

 アルコール類は御法度の国なので食事時は静かだったことを思い出す。気温はなんと41度とメモしている。暑いうえに黒で全身をまとっているのでものすごく暑かった印象が強い。アルバムには横浜、世田谷、岐阜、群馬の人たちから送付された手紙をはせている。手紙を読むと写真同封と書いてある。だが、写真はすべてアルバムにしまい込んでいるため、どれが誰の写真かわからない。うち、1名変わった名前の人がいる。ネットで調べるとどうも歌人のようだ。その人は旅の記録を送付してくれていた。当時は個人的にパソコンを持っていなかった。今、改めてネットで検索して歌人と知る。

 今は自分が歳をとってきて旅で知り合う人とも昔ほど懇意にならない。それでもいつの間にか知らない人と知り合いになっている。ちなみに、この時の旅費は279200円。成田🚄広島往復代金は入っていない。今、イランのツアーはあるのだろうか。たとえあってもコロナでどこへも行かれない。このままコロナウイルスが収まらないと1年どころかそれ以上、海外へは行かれそうにない。5月にアイルランドを予定していた。これもすべては幻の旅に終わる。昨日のアンダルースではないが、スペインのアンダルシア地方へも行ってみたい。ああ、これから行きたい国がすべて幻の旅とならないようにコロナの収束を願うばかりだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

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