2025年11月25日火曜日

行楽日和!?

  久々に雨が降ったようだ。お昼過ぎも降るようだがすぐに止みそうだ。これから一雨ごとに寒くなってゆく。昨夜、ふと頭をよぎる。それは別府である。長いあいだ別府に行っていない。寒くなれば別府へ行こう、と思いつく。ネットで調べると大手旅行社などはJRと宿のセットで切符を売り出している。個人でそれらを手配するのとどれくらい差があるのかわからない。が、個人でネットで予約すればいいとも思ったり。

 宿はある程度決めている。温泉そのものを愉しみに旅行をしていない。が、寒い時季は観光は控えめにして温泉を楽しむのもいいかもしれない。

 日差しが出て来た。雨よりも晴れると嬉しくなる。行楽日和はまだまだ続く!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年11月24日月曜日

「お金の使い方」から

 今朝のネット記事にお金の使い方のうまい人はより深い満足や納得感につながるものに使っているという。それは「何を買うか」「何を買わないか」でお金の使い方がうまい人かがわかるとか。

 モーガン・ハウセルは「食事、旅行、服、スポーツイベント、体験など、なんでもいいので、新しいことにお金を使ってみよう。ただし、もしそれによって喜びを感じられないのなら、すぐにやめること。……これを十分に繰り返していくと、消去法で自分にふさわしい何かが見つかる」と。(『アート・オブ・スペンディング・マネー』より)

 これを見て「新しいことにお金を使う」に反応する。自分にとっては何といっても「旅行」にお金を使っている。この4,5年はコロナ禍があって海外の旅には出かけていない。が、国内の日帰りや短い旅は月に1,2度かそれ以上、出かけている。同じ旅でも出かけたことのない場所へ行くのはさらに楽しい。旅こそが自分に相応しいお金の使い方かもしれない。

 ここまで書いてまたまた思った。長く続けている水泳も絵も小さい頃から大の苦手だった。それこそ何が楽しくて……、と思っていた。旅もそうである。小学校の修学旅行も中学の修学旅行もバス酔いがひどくて必ず1日は旅の集団から離れていた。バス酔いは大学受験のころまで続いた。そんなひどいバス酔いがいつの間にかどんな乗り物に乗っても酔わなくなった。そして乗り物に乗らないと出かけられない旅、これが自分の中の楽しみになっている。

 そう考えると自分本来の楽しみはもしかしたら一番の苦手だったこの3点に尽きる!?何であれ、楽しみがあるのは幸せな事。その意味でも最後はやっぱり元気でいなくては、になっていく。

 先ほど談山神社のライブ映像を見ると朝から多くの人が訪れている。ライブ映像を見ている人も10人いた。

 近いうちに談山神社に行く予定でいる。今回の宿は何かの手違いで確認メールが届かなかった。予約直後もすぐに電話で確認した。が、一昨日も気になって再度確認の電話をする。OKだ。

 同じ生きるならどん欲に楽しくいきたい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年11月23日日曜日

『城塞(上)』

 先日来から「城塞(上)」を読んでいる。この本の次の予約者がいるとわかってノルマを課して読み終えた。次に読むのはこの本の(中)である。これも次の予約者がいて期日までに最低一日5,60頁のノルマを課さないと読み終えそうにない。さてその(下)はと思っているとこれも予約者がいる。これまで司馬遼太郎の本を読んでも予約者がいることはほぼなかった。この「城塞」は秀吉と家康の攻防を描いている。来年の大河ドラマが秀吉のようなのでこの本を読む人が多いのだろうか。

 いくらドラマ化されても本で読む方がわかりやすい。そのためかどんなドラマや映画もほとんど見ない。映像を見なくても本を読むと自分なりの映像が頭に浮かんでくるから不思議だ。

 以下は『城塞(上)』(司馬遼太郎 新潮社、平成二十八年八十七刷)を読んで気になるところをメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「上野(こうずけ)、と家康は急に威を帯びた声でいった。「昨夜、考えてみた。よいか」「これにて、うかがっておりまする」「潰す」正純はとっさに平伏し、天がやぶれたような、霹靂があらわれて大地を撃ったような感じをうけた。豊臣家をつぶすというのである。その底意はかねてあったにせよ、家康の口から出た最初のこれは宣言であるといっていい。むろん、内密のことである。(156p)

★豊臣秀頼のこの時期、京でもっと殿舎や堂塔の壮麗な一角といえば、現今の方広寺の東南にあった豊国廟であった。徳川家というもののすさまじさは、秀吉のこの廟所を三代家光の寛永十四年、ことごとく打ち砕いてもとの野原にしてしまったことである。秀吉はその生存当時、徳川家に対しどういう悪害もあたえたこともなく、むしろ家康を適当なほどに優遇し、怨恨などはないはずであった。しかもそれだけでなく、この豊国廟の東の阿弥陀ヶ峰(東山三十六峰の一つ)にある秀吉の墓所へも人夫のべ三千をのぼらせて墓石をくだき、墓をあばき、骨をとりすてた。このため秀吉という人物は、墓すらもうしない、明治維新成立の年まで二百数十年間祀られざる鬼になるという、常軌はずれの運命になった。前時代の支配者の墓まであばいて捨てるという徳川氏のやりかたは、どうにも日本人ばなれがしている。明治元年、その徳川幕府がたおれ、京で維新政府が成立すると、朝廷はかつて豊国廟のあった草野原に勅使を派遣して秀吉の霊をとむらい、さらに旧方広寺大仏殿あとに一社を建立したが、これが現今もある豊国神社である。往年の方広寺をしのぶ場所といえば、現今ではせいぜいこの神社であろう。(383p)

★――父君の供養のため。などと家康がいったが、それが大うそであることは、このあと五十年後(寛文二年)に、「この像、天下無用のものなり」として、鋳つぶしてそのあと銭を鋳てしまったことでもわかる。とにかく徳川氏は、こと豊臣家に関するかぎり、秀吉の死後、一世紀をかけて悪のかぎりをつくしたといえる。(384p)

★「市正は、豊臣家の内情をつねにくわしく話してくれる。心へだてなく話してくれるから、わしは市正の言うことなら、なんでも信ずるようにしている」と家康はいったのである。露骨にいえば、――わしと且元は一ツ穴の貉(むじな)よ。という意味であった。この一言で、豊臣家としては且元という男が信用できぬということが、雷鳴のはためくような明快さであきらかになったわけである。大蔵卿局も正栄尼も、そうおもった。(つねづね油断ならぬ男と思うていたら、案のじょう、関東に魂を売っていたか)と、両女は同時におもった。家康の第一のねらいはそこにあった。……家康にとって、大坂城攻略が、この一言からはじまったといってよかった。(472p―473p)

★怒りは漢民族にあっては低劣な感情表出tいうことになっているが、日本人にあっては、弱者の不正義への一瞬清らかさの表現であり

2025年11月22日土曜日

オブビリオン(忘却)


 昨日は歯科に行く。先日、左下の歯が1本抜けた。ここに仮の歯を入れてもらう。帰宅後、フルートを吹くと仮の歯を入れただけなのにいい音が出る。フルートと歯は大いに関係ありそうだ。相変わらずピアソラのオブリビオンを吹いている。持っている楽譜と同じ演奏の動画がない。編曲者が違うと同じ曲でもかなりの違いがある。次回の歯科は来月中旬。その時はまたも歯のクリーニングのようだ。

 ラオスを訪問の愛子様のYOU  TUBEを見る。これは関西のTV局のニュースだ。ラオス、に反応して自分が出かけたラオスの旅のブログを見る。チャンパーやクアンシーの滝などのニュースを見てラオスの旅を思い出す。これまで出かけた海外旅行はかなりの数になる。そのうちの半分は一人でツアーに参加した。しかし、ラオスの旅は社会人大学生の時に知り合った人を誘ってツアーに参加する。2012年9月の旅である。今から13年前のことで母を亡くして1年半後だ。今も元気だが、その当時はまだまだ今とは違う勢いがある。後でゆっくり当時のブログを読もう。

 同行の人に電話で、と思ったりする。が、このごろは誰とも電話で話していない。というのも、皆、年老いてきていい話(?)は聞かれそうにない。人の話を聞いて左右されるところがある。それが嫌で電話もほとんどしなくなった。

 オブビリオンとは忘却の意らしい。まだまだそこまでの境地に達していない。何というのかいろいろとこの世に執着がある。凡人はこれで由、と思ったり。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年11月21日金曜日

このままで

 昨日の眼圧は14と17。眼科医はA6くらいの冊子を出してどの大きさの文字まで読めるかと問われる。視力は悪くてもどんな小さな文字でも読める。一番小さな文字で書かれた文まで読めると話すといつものごとく驚かれる。もちろん大きな文字も読める。眼科医はご自身の腕時計を見せられて「大きいでしよ」と言われる。年老いた人であれば一般的には細かい文字が見えにくいらしい。時計の文字盤が小さくても何ら不自由はないので時計も小さい。

 視力がよくないことはいいことではない。が、何事も悪いことばかりではないのかもしれない。遠くは見えにくいがその反面、近くはなんでも見える。

 日本画を習っている。日本画は机の上に木製パネルに貼った和紙などに膠で溶かした岩絵の具や水干絵の具を混ぜて描く。油絵を習ったことはないが油絵はイーゼルに置いて絵を描く。机の上は目が悪くても近づければいい。が、イーゼルだとそうはいかないかもしれない。その時、思った。日本画でよかったと。

 目の見えない人がピアノを弾く。その人たちは見えない代わりの何かを人並み以上に優先してもっているのでは、と。もちろんその人の並々ならぬ努力があると思うがそればかりではないのかもしれない。神様がいらっしゃるとすればどの人も同じように目に見えない何かを与えてくださっている、と思うことがある。

 今日はこれから歯科へ。今のところ眼科と歯科にお世話になっている。眼科医に「現状維持で行きましょう」と言われる。目の何がどう悪い、というところはない。このままの状態で最期まで生きられればそれでよい。歯科はそうもいっておれない。ずっとお世話になりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2025年11月20日木曜日

高島野十郎展を見に行く

 昨日は日帰りで「没後50年 高島野十郎展」を見に福岡県立美術館へ出かけた。久々に新幹線の「こだま」に乗車する。が、指定席の車両には乗客がたったの数人しかいない。贅沢なゆっくりした旅になった。「のぞみ」だと50分くらいの乗車だが行きの「こだま」は2時間近くかかる。途中の駅で「のぞみ」が通過するのを待つためだ。前日、旅に出かけるときは必ずと言っていいほど持参するツナサンドを買っていた。それにもかかわらず、荷物になると思って持って行かなかった。ただ、チョコや飴、そして飲みものなど持参する。2時間も乗車するとお腹もすいてくる。博多駅に着くと絵を見るよりも先にお昼を、と思った。しかし、8年ぶりの博多駅は人であふれかえり思うように行動できない。食事はあきらめて美術館までのバス停に向かう。

 ところが辺りを見渡してもバスの姿がない。ましてや博多口のBRTのAからバスが出ているはず。何人かに聞くが外国人が大半で埒が明かない。最後に聞いた人は山口から来たという。広島とはなじみ深いと言ってバス停を探してくれる。何とか見つかった。大通りの面しているところから行先によってバス停がある。

 バス停に腰かけていた人に聞くと市民ホールに行くという。結果、年老いた夫婦連れの男性が同じバス停で降りるとのことで乗車する。しかし、目的地にはなかなかつかない。やっと到着したとおもったら博多に着いてからすでに1時間も経過していた。親切に教えてくれた老夫妻に本当に感謝しかない。

 市民ホールと美術館は敷地が隣接している。下車後、徒歩1分、とある。しかし、入り口がわからずかなり戸惑う。やっと入り口を見つけてチケットを購入。@¥1600。帰りのバス停を確認していざ会場へ。

 前回はポーランドに出かけた際の帰国日に博多駅からタクシーに乗車して高島野十郎の絵を見に行っている。2017年5月だ。あれから8年半経過すると博多駅界隈もずいぶん変わっている。それまでは毎年のように博多駅付近に泊って福岡空港から海外に出かけていた。8年半の月日は自分自身もそれだけ歳をとった、と感じる。

 そういえばチケット売り場で知り合った人は熊本から見に来ているといった。広島から、と話すと驚かれる。後で博多までの距離は熊本と広島ではどう違うか調べるとやはり広島が遠い。時間的には新幹線なので大差ないが運賃は広島が遠い。

 今回の展覧会は大半の絵を写真に収めてもよかった。ゆっくり見ているとあっという間に時間が過ぎる。気付けば午後1時を過ぎている。この後、博多の北にあるお寺に行こうと計画していた。が、帰りの新幹線に間に合いそうにないので途中で行くのをあきらめる。

 絵を見た後、お昼を食べに博多駅まで戻ろうとすると美術館出口にカフェがあった。これには驚く。喫茶はないものと思いこんでいた。もうお腹もすいてなんでも口に入れればいい。セット物があった。ウインナーのパンとチーズのパンがあるがウインナーは売り切れだとか。仕方なく珈琲とチーズのパンのセット(900円)をいただく。感じがいいカフェでしばし休憩。チーズのパンは温かく珈琲も美味だった。

 博多駅行きのバス停に向かう。10分先にバスが来る予定だ。が、待てど暮らせどバスは来ない。やっと来たバスに乗って博多駅へ。このころにはお寺の観光をあきらめる決心がつく。相変わらず博多駅は込み合っている。出かける前の予定では博多シティの10階でお昼を食べるつもりだった。が、人が多くては何処へ行くのも無理。仕方なく、新幹線口近くにミスタードーナツがあった。これまた仕方なくそこに入る。が、席を確保して、とのことでそれから注文する。本来ならばもっと他のカフェに入りたかった。しかし、人が多すぎて思うように動けない。ましてやドーナツはほぼ食べないはずなのに入ってしまった。

 何かご飯ものが食べたくなるが諦めてサンドとはちみつゆずのドリンクを買って新幹線に乗る。行きも帰りも「こだま」の乗客はほぼいない。

 今回の新幹線運賃は指定席で片道5450円。以前は3500円だった。それでも正規の4割引きだ。計画通りの旅ではなかった。そしてお天気もどんよりした日で決して好天ではない。それでも高島野十郎の絵は素晴らしかった。出かけて本当に良かった。

 次は奈良が待っている。談山神社だ。お天気がいいことを祈ろう!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

高島野十郎展カタログ




2025年11月19日水曜日

スマホでチケット入手

  スマホでネット記事を見ていると大ゴッホ展の予約が平日でも必要とある。(予約)、の言葉に反応してさらに記事を読んでいくと来年1月から土日祝日に加えて平日も予約が必要のようだ。来月初めに京都へ行く。その帰りに神戸で降りて大ゴッホ展を見る予定でいる。いずれにしても絵を見に行く人が多いということに違いない。

 会場のHPを見るとネットでのチケット購入画面がある。すぐには出かけないがいずれにしてもチケットは必要だ。スマホでチケット購入の手続きをする。これまでJRのおとなびをe5489で行っている。さらには宿の予約もネットで行う。が、宿の予約は時に確認メールが届かない時がある。これに注意しながら画面を進めてゆく。観覧券の予約は初めてだが何とか予約できた。届いた確認メールのある箇所をクリックするとQRコードが出る。この画面をスマホの画面に追加した。

 何でもネット時代だ。スマホの操作ができないと遊びにも行けなくなりそうだ。いまのところ何とかついて行っているが。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!