毎日本当に暑い!今日は朝からエアコンをつけている。
今朝は燃えるゴミの日であった。その日はカラスや猫がゴミをつつくので網をかけている。それなのに我が家も隣の家もゴミがあらされ、地面の上はゴミが散乱している。ちょうどそのとき市のごみ収集車がとおりかかった。
なんと係りの人は塵取りと箒を持って車から降りて来る。それを見てもうびっくり!
我が家のゴミを片付けていると、係りの人は隣の家の散らかったゴミを掃いて車に入れている。いくら仕事とはいえなんと大変なことか。
一段落すると自転車で近くの家電量販店に出かけた。平日の朝というのに結構お客はいた。入るとすぐにデジカメ売り場をたずねると案内してくれた。その人の説明を受けフジのFINEPIX Zを購入。27800円。この機種は店頭表示によると当店売り上げNO1とか。
カメラのレンズが突出せず、大きさ、機能、色ともスマートフォンを思わせる。スマートフォンは愛用していないが、画面を手で触って動かすタッチパネル機能がそう思えた。
初めてデジカメを買ったのは今から10数年位前になる。今のデジカメと比べるとデザイン、機能とも大幅に劣る。デジカメは今では電気器具と化した。そのため、ここ10年近くは新機種を買わず携帯電話のカメラ機能で写真を撮っていた。それも限界と思い、新たにデジカメを購入した。
買うのならば電機メーカーのものは避けたかった。カメラはカメラ屋だ。フジかキャノンにしようと決めて買いに行った。ところが売り場にあるのはほとんど電機メーカーのものだった。
持っている携帯電話も真っ赤、今回のデジカメも真っ赤。大きさも携帯を一回り大きくした感じでカメラとは思えない。それでも家に帰ってからは買って来たカメラと格闘する。
ケースからデジカメを取り出すと使用説明書を読む。携帯電話を購入するときはその場で使える状態にして渡してくれる。ところがデジカメはそうではない。すべて我が手で設定しなければいけない。それは10数年前に初めて買ったパソコンや5年前に買い換えたパソコンの取扱説明書との悪戦苦闘を思い出させる。
ましてやスマートフォンを使用していないので慣れないタッチパネル操作も厄介だ。慣れれば簡単なのかもしれないが…。とりあえず初歩的なことだけで写せるようになればいいかと思ったりする。そのうち慣れてくるだろう。
何をとっても何を見ても世の中は進化している。
どこまで世の中についていけるかわからない。それでもなんでも遊び道具と思えばそれはそれでまた楽しい!
当分はデジカメで遊ぼう!
そう思ってブログに投稿しているのだが、パソコンの調子がなんだか変。なかなか投稿画面になってくれない。どうにか投稿している。さてさて今度は3台目のパソコンに買い替えとなるのだろうか…。
2011年6月30日木曜日
2011年6月29日水曜日
『スペイン、とっておき!』
中国地方が梅雨明けしたかどうかしらないが、今日の天気はもう夏空だ。そこで今月から3年目に入った我がブログも今日の青空にあわせてデザインを一新する。
午前中、近くの図書館に出かけて中丸明の『スペイン、とっておき!』(文春文庫、2007年)を読んだ。この著者は今まで知らなかったが、スペイン関係では多くの著作があるようだ。文の書き方は全く上品さにかけるが、それでも参考になるところがあったのでそれを記したい。
全体を通して頻繁に使用されている言葉は「コーニョ」で「ったくも!」の意味だとか(10P)。お国柄をあらわす言葉は「アスタ・マニャーナ(いずれ、そのうちにね)」で、「明日じゃ間に合わん」といってもアスタ・マニャーナだとか(39P)。
スペインを象徴する色について「青、アスールは、スペインの色なのだ」という。ピカソの『自画像』の中でよき理解者であり、パトロンであったガートルード・スタイン女史は「スペインの悲しさ、スペイン的色彩の単調さは、ピカソがパリで生活したあとだったので、彼が故国に帰ったとき、彼を強く打ったのでしょう。と言うのも、スペインは他の南方の国と違って、色彩が少ないんです。スペインの色はすべて、白、黒、銀、金であって、赤も緑も全くないのだということを、忘れてはいけません。この意味でスペインは、オリエンタル(東方的)な国なのです。ですから、女たちは色ものよりも黒を多く着るし、大地は乾いて金色をしています。ですから、空は青というより、黒みがかった蒼なんです。星の輝く夜も黒か濃紺色で、空気が軽やかなため、人も物も、すべてが漆黒に見えるのです…」(50P)。
スペイン大好きの女朋友はそういえばいつも黒を身につけている。この話と関係ないと思うが…。
水について初めて知ったことがある。「水には恵まれた日本だが、仏壇などに供える水を『閼伽(あか)』という。サンスクリット語(梵語)では『功徳』を希求するものらしいのだが、『アカ』という響きは、スペイン語で『水』を意味する、アグアaguaを想わせる」(130P)。
これを知ってアサちゃんに水を供えていなかったけど今日から供えることにした。
旅について「『旅をすれば、それだけ人間は賢くなる』と言ったのは、『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスだが、喜びも悲しみをも伴うのが、旅というものであろう」(129P)と述べている。そこには著者の7歳下の弟と共にスペインを旅しようとしたが、その前に弟は亡くなってしまった。その弟を偲んで書いている。
「観光旅行」について「『観光旅行』の『光』は、『文明』であり、『文化』なのだ。『ここに陸尽き、海はじまる」というその海の彼方には、別の『文明』、別の『文化』が待っているのだ」(190P)と。
全く観光旅行の意味がそういうこととは知らなかった。これからはそういう意味を知ってその国の「文明」「文化」を理解したいものだと思う。
ここの取り上げたところはそれほどのいやらしさはないかもしれない。ところが本全体には綺麗なイメージはまったくみえない。よくもこれほどいやらしく本が書けるものだと思いながら最後まで読んでしまったが…。親の顔が見てみたいではないが著者の顔が見てみたい。いや見たくもない。きっと変なおっさんだろう…。
嫌な気分を忘れるかのように近くの人がTELしてきた。「東の空に虹がかかっているよ~」と。何年ぶりかで見た虹だった。綺麗な虹だった。
午前中、近くの図書館に出かけて中丸明の『スペイン、とっておき!』(文春文庫、2007年)を読んだ。この著者は今まで知らなかったが、スペイン関係では多くの著作があるようだ。文の書き方は全く上品さにかけるが、それでも参考になるところがあったのでそれを記したい。
全体を通して頻繁に使用されている言葉は「コーニョ」で「ったくも!」の意味だとか(10P)。お国柄をあらわす言葉は「アスタ・マニャーナ(いずれ、そのうちにね)」で、「明日じゃ間に合わん」といってもアスタ・マニャーナだとか(39P)。
スペインを象徴する色について「青、アスールは、スペインの色なのだ」という。ピカソの『自画像』の中でよき理解者であり、パトロンであったガートルード・スタイン女史は「スペインの悲しさ、スペイン的色彩の単調さは、ピカソがパリで生活したあとだったので、彼が故国に帰ったとき、彼を強く打ったのでしょう。と言うのも、スペインは他の南方の国と違って、色彩が少ないんです。スペインの色はすべて、白、黒、銀、金であって、赤も緑も全くないのだということを、忘れてはいけません。この意味でスペインは、オリエンタル(東方的)な国なのです。ですから、女たちは色ものよりも黒を多く着るし、大地は乾いて金色をしています。ですから、空は青というより、黒みがかった蒼なんです。星の輝く夜も黒か濃紺色で、空気が軽やかなため、人も物も、すべてが漆黒に見えるのです…」(50P)。
スペイン大好きの女朋友はそういえばいつも黒を身につけている。この話と関係ないと思うが…。
水について初めて知ったことがある。「水には恵まれた日本だが、仏壇などに供える水を『閼伽(あか)』という。サンスクリット語(梵語)では『功徳』を希求するものらしいのだが、『アカ』という響きは、スペイン語で『水』を意味する、アグアaguaを想わせる」(130P)。
これを知ってアサちゃんに水を供えていなかったけど今日から供えることにした。
旅について「『旅をすれば、それだけ人間は賢くなる』と言ったのは、『ドン・キホーテ』の作者セルバンテスだが、喜びも悲しみをも伴うのが、旅というものであろう」(129P)と述べている。そこには著者の7歳下の弟と共にスペインを旅しようとしたが、その前に弟は亡くなってしまった。その弟を偲んで書いている。
「観光旅行」について「『観光旅行』の『光』は、『文明』であり、『文化』なのだ。『ここに陸尽き、海はじまる」というその海の彼方には、別の『文明』、別の『文化』が待っているのだ」(190P)と。
全く観光旅行の意味がそういうこととは知らなかった。これからはそういう意味を知ってその国の「文明」「文化」を理解したいものだと思う。
ここの取り上げたところはそれほどのいやらしさはないかもしれない。ところが本全体には綺麗なイメージはまったくみえない。よくもこれほどいやらしく本が書けるものだと思いながら最後まで読んでしまったが…。親の顔が見てみたいではないが著者の顔が見てみたい。いや見たくもない。きっと変なおっさんだろう…。
嫌な気分を忘れるかのように近くの人がTELしてきた。「東の空に虹がかかっているよ~」と。何年ぶりかで見た虹だった。綺麗な虹だった。
2011年6月28日火曜日
初盆の予定
昨日と今日2日続けてアサちゃんの初盆はどうするのかという問い合わせが入る。昨日は大阪豊中市に住んでいるアサちゃんの3女から、今日は東京に住んでいるアサちゃんの孫からである。
アサちゃんの孫4人のうち1人だけ広島に住んでおり、残りの3人は東京に住んでいる。当然アサちゃんのひ孫もその大半は東京に住んでいる。
そのため頻繁に会うのは広島に住むアサちゃんの長女夫妻とその子供、孫である。
今夏のお盆はアサちゃんの初盆である。先日寺からTELがあり、家に参ってもらうことにした。だがその詳しい日程は近づかないとわからない。
それぞれ皆、夏の予定がある。初盆だからといってとりたてて大げさな行事をするわけではない。だが気になるのだろう。
1年前まですべて何事もアサちゃんに相談して決めていた。アサちゃんのひ孫の誕生のときの祝いまでアサちゃんは気にかけていた。今その当番が回ってきても何をしていいのかさっぱりわからない。のんきなものである。
アサちゃんの3女はアサちゃんの生まれ変わりのよう3人目の孫が誕生している。そのため忙しくなかなか広島にも帰れない。気持ちが落ち着かないからどうすればいいかというのが昨日のTELだった。アサちゃんの長女とも連絡しあったらしい。
無理して8月に帰らなくても9月のお彼岸にかえればいいと告げると安心していた。
今日メールで連絡してきたのはアサちゃんの孫である。折り返しTELすると夏の旅行の計画があるらしく、寺の詳細がわかり次第連絡すると告げる。一番アサちゃんがかわいがっていた孫である。気にしてくれたのだろう。ありがたい。
一番しっかりしないといけないモノが一番のんきにしている!
ほとんど最期まで介護したという自負はある。遣り残したと思うこともあるが最期はもう我が手ではどうすることもできなかった…。それに毎日アサちゃんを供養しているという気持ちもある。ただ暑さにも負けずいつも飛び回って遊んでばかりいることも多い。
そのことをアサちゃんの3女はアサちゃんの長女から聞いたのだろう。元気そうなので安心したという。メソメソしてるとでも思ったのだろうか…。
今日もフルートのレッスンを受けてきた。行く前に、近くに住む人が冷麺を食べようとTELしてくる。お昼にその人の家に行って出前の冷麺をとって2人で食べる。食べ終わっても話しているとすぐにレッスンの時間が近づく。友人宅を早めに出て街中に向かう。来月からのフルートとシャンソンのレッスン料3か月分前納するともうレッスンの始まる時間ぎりぎりになる。
こうして今日も一日あわただしく過ぎていく。そのうち初盆もすぐにやって来る…。
アサちゃんの孫4人のうち1人だけ広島に住んでおり、残りの3人は東京に住んでいる。当然アサちゃんのひ孫もその大半は東京に住んでいる。
そのため頻繁に会うのは広島に住むアサちゃんの長女夫妻とその子供、孫である。
今夏のお盆はアサちゃんの初盆である。先日寺からTELがあり、家に参ってもらうことにした。だがその詳しい日程は近づかないとわからない。
それぞれ皆、夏の予定がある。初盆だからといってとりたてて大げさな行事をするわけではない。だが気になるのだろう。
1年前まですべて何事もアサちゃんに相談して決めていた。アサちゃんのひ孫の誕生のときの祝いまでアサちゃんは気にかけていた。今その当番が回ってきても何をしていいのかさっぱりわからない。のんきなものである。
アサちゃんの3女はアサちゃんの生まれ変わりのよう3人目の孫が誕生している。そのため忙しくなかなか広島にも帰れない。気持ちが落ち着かないからどうすればいいかというのが昨日のTELだった。アサちゃんの長女とも連絡しあったらしい。
無理して8月に帰らなくても9月のお彼岸にかえればいいと告げると安心していた。
今日メールで連絡してきたのはアサちゃんの孫である。折り返しTELすると夏の旅行の計画があるらしく、寺の詳細がわかり次第連絡すると告げる。一番アサちゃんがかわいがっていた孫である。気にしてくれたのだろう。ありがたい。
一番しっかりしないといけないモノが一番のんきにしている!
ほとんど最期まで介護したという自負はある。遣り残したと思うこともあるが最期はもう我が手ではどうすることもできなかった…。それに毎日アサちゃんを供養しているという気持ちもある。ただ暑さにも負けずいつも飛び回って遊んでばかりいることも多い。
そのことをアサちゃんの3女はアサちゃんの長女から聞いたのだろう。元気そうなので安心したという。メソメソしてるとでも思ったのだろうか…。
今日もフルートのレッスンを受けてきた。行く前に、近くに住む人が冷麺を食べようとTELしてくる。お昼にその人の家に行って出前の冷麺をとって2人で食べる。食べ終わっても話しているとすぐにレッスンの時間が近づく。友人宅を早めに出て街中に向かう。来月からのフルートとシャンソンのレッスン料3か月分前納するともうレッスンの始まる時間ぎりぎりになる。
こうして今日も一日あわただしく過ぎていく。そのうち初盆もすぐにやって来る…。
2011年6月27日月曜日
広島人
先日女朋友と会った際「広島学」(岩中祥史、新潮文庫)という本を読んだといっていた。街中に出た際、大型書店に立ち寄るとその本は山積みされていた。今広島で売れてるらしい。
今朝の地元紙にこの本の著者のインタビュー記事が掲載されている。著者は編集企画会社の社長とか。大見出しには広島人は「故郷愛強くラテン系」、小見出しには「県民性紹介した『広島学』全国で話題」、「カープが生活の一部」とある。どの見出しもまちがっていないと思うけど「ラテン系」云々ははじめて知った。
アサちゃんの両親は山口と島根で、アサちゃんの夫は福山だから純粋には広島人ではないかもしれない。だが、アサちゃんを含めみな長く広島に住んでいるからやはり「広島人」だろう。
この本はまだ読んでいないからとやかく言えないけど、先日の女朋友は「広島交響楽団」のことは書いてないといっていた。
市場開拓をする際よく聞かれることはまず広島から発売し、それで好評だったら全国へ展開するという話がある。新しいものが好きなのだろう。
新しい物好きは移民にもあらわれている。新境地を求めて出かけたのだろう。著者は「移民が多いのも、物おじせずに海外に打って出て…」と述べる。確かに広島や山口県はハワイなどへの移民が他県に比べてダントツに多いと習ったことがある。
さらに著者は「日本では珍しいラテン系の気質」と語る。それは「明日は無条件で今日よりいい」と信じる楽天家だとか。
さらにまた面白いと思ったところは「他都市のように多くのレジャーの一つが野球なのではなく、カープが生活の一部だからでは。おばちゃんたちがこれほど熱を込めて応援する光景は他の球場では見られない」と指摘するところである。確かにカープに関しては著者が言うように全くそうかもしれない。
我が家でもアサちゃんが元気な頃はTVでカープを応援したし、旧広島市民球場にも出かけたことがある。最近はそれどころの生活ではなかったので、新球場に行ってないけど…。
それでもJRに乗っていても見える新球場は試合のある日は結構観客も入っている。又場所的にも広島駅から歩いていけるし、他県からも新幹線で行きやすくなったのでは…と先日会った知人も話していた。
以前旅行で米子の人と知り合った。その人は大の野球好きで横浜のファンである。横浜の試合があるときはせっせと広島、阪神、横浜へ行くという。広島に来るときはその知人と市内で会う。車かバスで姉妹で広島まで来るそうだが一緒に試合を見たことはない。応援するチームが違ってはまずいことになってしまう。
広島人はカープ好きといっても熱しやすく覚めやすいところもある。だからカープが負けたときは大変だ。機嫌悪くなって家庭内でもめる話を聞いたこともあるし…。
著者が最後に面白いことを言っている。「広島市は本当に平地が少なく、すぐに山が迫る。だからエネルギーがたまると狭い街を出て行くのではないか」と。それで「エネルギーを放出するきっかけさえつくれば、広島はもっとおもしろくなるはず…」と。
山が迫る…話は都会からの転勤族が新聞投書欄に書いていたことがあった。広島駅に降りるとすぐに山が迫っていると。全くそのとおり。新幹線口には二葉山が迎えてくれる。田舎を思わせると…。広島人に言わせるとそれが又いいのに…。
血液型のように県民性も簡単に一くぐりにできないと思うけど、遊びで面白おかしくいうのはいいことだと思ってみたりする。
このなかで一番気に入ったところは「明日は無条件で今日よりいい」と信じる楽天家というところ。
楽天家かどうかはよくわからないが、明日は今日よりいいことがあるといつも思うからそうかもしれない。他県で生活したことがない。やっぱり「広島人じゃ~」。
今朝の地元紙にこの本の著者のインタビュー記事が掲載されている。著者は編集企画会社の社長とか。大見出しには広島人は「故郷愛強くラテン系」、小見出しには「県民性紹介した『広島学』全国で話題」、「カープが生活の一部」とある。どの見出しもまちがっていないと思うけど「ラテン系」云々ははじめて知った。
アサちゃんの両親は山口と島根で、アサちゃんの夫は福山だから純粋には広島人ではないかもしれない。だが、アサちゃんを含めみな長く広島に住んでいるからやはり「広島人」だろう。
この本はまだ読んでいないからとやかく言えないけど、先日の女朋友は「広島交響楽団」のことは書いてないといっていた。
市場開拓をする際よく聞かれることはまず広島から発売し、それで好評だったら全国へ展開するという話がある。新しいものが好きなのだろう。
新しい物好きは移民にもあらわれている。新境地を求めて出かけたのだろう。著者は「移民が多いのも、物おじせずに海外に打って出て…」と述べる。確かに広島や山口県はハワイなどへの移民が他県に比べてダントツに多いと習ったことがある。
さらに著者は「日本では珍しいラテン系の気質」と語る。それは「明日は無条件で今日よりいい」と信じる楽天家だとか。
さらにまた面白いと思ったところは「他都市のように多くのレジャーの一つが野球なのではなく、カープが生活の一部だからでは。おばちゃんたちがこれほど熱を込めて応援する光景は他の球場では見られない」と指摘するところである。確かにカープに関しては著者が言うように全くそうかもしれない。
我が家でもアサちゃんが元気な頃はTVでカープを応援したし、旧広島市民球場にも出かけたことがある。最近はそれどころの生活ではなかったので、新球場に行ってないけど…。
それでもJRに乗っていても見える新球場は試合のある日は結構観客も入っている。又場所的にも広島駅から歩いていけるし、他県からも新幹線で行きやすくなったのでは…と先日会った知人も話していた。
以前旅行で米子の人と知り合った。その人は大の野球好きで横浜のファンである。横浜の試合があるときはせっせと広島、阪神、横浜へ行くという。広島に来るときはその知人と市内で会う。車かバスで姉妹で広島まで来るそうだが一緒に試合を見たことはない。応援するチームが違ってはまずいことになってしまう。
広島人はカープ好きといっても熱しやすく覚めやすいところもある。だからカープが負けたときは大変だ。機嫌悪くなって家庭内でもめる話を聞いたこともあるし…。
著者が最後に面白いことを言っている。「広島市は本当に平地が少なく、すぐに山が迫る。だからエネルギーがたまると狭い街を出て行くのではないか」と。それで「エネルギーを放出するきっかけさえつくれば、広島はもっとおもしろくなるはず…」と。
山が迫る…話は都会からの転勤族が新聞投書欄に書いていたことがあった。広島駅に降りるとすぐに山が迫っていると。全くそのとおり。新幹線口には二葉山が迎えてくれる。田舎を思わせると…。広島人に言わせるとそれが又いいのに…。
血液型のように県民性も簡単に一くぐりにできないと思うけど、遊びで面白おかしくいうのはいいことだと思ってみたりする。
このなかで一番気に入ったところは「明日は無条件で今日よりいい」と信じる楽天家というところ。
楽天家かどうかはよくわからないが、明日は今日よりいいことがあるといつも思うからそうかもしれない。他県で生活したことがない。やっぱり「広島人じゃ~」。
2011年6月26日日曜日
工房にて
今日は東広島の陶芸家の工房を訪ねた。久しぶりの訪問である。
最寄の駅からはその人の車に乗って工房に行く。工房に入ると大きな犬がお出ましだ。聞くところによると、昨年秋、市に預けられていた犬を引き取って飼っているという。
大型犬にしてはおとなしく、犬というよりも羊のような気がするほどやさしそうだった。自宅2階には猫も飼っているという。犬の名は又三郎、猫は次郎とか。次郎の前にいた猫は亡くなったという。その猫の遺影も飾られていた。かわいがっていたことをうかがわせる写真だ。
立花隆の話になった。今回のシンポジウムは入場者300名。その数は宝くじに当たるほどの倍率だとその人は言う。応募者が多いということらしい。集英社の主催だけどとりあえず多くても応募するしかない。
10数年前2人とも立花隆の話を聞くためにわざわざ下関まで行った。講演会は時間を大幅にオーバーし4時間にも及んだ。今回はどんな状況になるのだろう。
12時過ぎに会い、5,6時間もその人宅で話した。その人とは年齢が1才しか違わない。だが、育った環境はかなり差がある。我が家はサラリーマン家庭。その人はお父さんが市内のバス会社の社長。かなりのお嬢さん。しかし話しぶりは決してそのあたりをひけらかさない。そこが又すばらしい!
だから話をしていても退屈さがなく、延々と話しは続き哲学めいた話になっていく。「哲学者だ!」と思わせる場面も多々…。
話している途中、友人らしき人が4人尋ねてきた。工房の玄関横の展示室で土、日曜日に作品を即売しているとか。お客はお客なのだがどうも知り合いらしい人たちに見受けられる。話を聞いているとその中の人のお姉さんが陶芸家と友達だとか。
若い頃知り合ったらしく、そのお姉さんという人はバルセロナに渡る前、市内でギャラリーを経営していた。そのときその人の陶芸の作品も展示していたという。
その姉さんは40年位も前からスペインのバルセロナで日本人の旦那さんと日本料理店を6件くらい出しているという。その店は成功し皇太子も2度ほど訪れたといっていた。陶芸家の人も40日間その人を訪ねて遊んできたこともあったらしい。
当然その人の陶芸作品もバルセロナの日本料理店で使用され、更なる注文も続いていると聞く。
その人のパソコンでその料理店のHPを見せてもらうと沢山出てきた。家に帰って『地球の歩き方』を見るとやはり掲載されている。
今日工房にやってきたその妹である人の娘の話になった。その娘さんは地元NHKの夕方の情報番組「お好みワイド広島」のキャスター兼レポーターを務めている。毎日夕飯時に見るTV番組だ。話していてその親子にとても親近感が沸いてきた。そのレポーターはこの1週間くらい前に結婚指輪をしていたというと、3月頃結婚したとか。
それ以外にもあれこれ見た番組をいうと親よりもよく見ていると驚く。
さらにそのリポーターとは社会人大学生として学んだ時期が重なっている。これにもびっくり!
その大学の新入生はおおよそ毎年3,4千人位である。そのうち社会人大学生は我々の年で7人だった。そのうちの2人をレポーターの母は知っていた。7人のうちの1人はここにいるのだが…。驚かれていた。
世間は本当に広いようで狭い!そう思った一日だった。
その人たちと陶芸家の家の庭を散策する。裏庭は広く借景としての裏山もある。そのため余計広く感じる。アジサイは庭のあちこちに咲き乱れ本当に綺麗!庭には2階の屋根よりも高い樹木が青々と茂っている。
我が家の庭とは比べようもないほどすばらしい!それもそのはず陶芸家のその人が25年がかりで庭を手入れし管理しているとか。帰りには咲いている花を花束にしてもらって帰った。
立花隆のシンポジウムで会おうといってわかれた。その人の言うように応募者は多いのだろうか。その人は駅まで送ってくれた後、応募葉書を投函するといってたが…。
最寄の駅からはその人の車に乗って工房に行く。工房に入ると大きな犬がお出ましだ。聞くところによると、昨年秋、市に預けられていた犬を引き取って飼っているという。
大型犬にしてはおとなしく、犬というよりも羊のような気がするほどやさしそうだった。自宅2階には猫も飼っているという。犬の名は又三郎、猫は次郎とか。次郎の前にいた猫は亡くなったという。その猫の遺影も飾られていた。かわいがっていたことをうかがわせる写真だ。
立花隆の話になった。今回のシンポジウムは入場者300名。その数は宝くじに当たるほどの倍率だとその人は言う。応募者が多いということらしい。集英社の主催だけどとりあえず多くても応募するしかない。
10数年前2人とも立花隆の話を聞くためにわざわざ下関まで行った。講演会は時間を大幅にオーバーし4時間にも及んだ。今回はどんな状況になるのだろう。
12時過ぎに会い、5,6時間もその人宅で話した。その人とは年齢が1才しか違わない。だが、育った環境はかなり差がある。我が家はサラリーマン家庭。その人はお父さんが市内のバス会社の社長。かなりのお嬢さん。しかし話しぶりは決してそのあたりをひけらかさない。そこが又すばらしい!
だから話をしていても退屈さがなく、延々と話しは続き哲学めいた話になっていく。「哲学者だ!」と思わせる場面も多々…。
話している途中、友人らしき人が4人尋ねてきた。工房の玄関横の展示室で土、日曜日に作品を即売しているとか。お客はお客なのだがどうも知り合いらしい人たちに見受けられる。話を聞いているとその中の人のお姉さんが陶芸家と友達だとか。
若い頃知り合ったらしく、そのお姉さんという人はバルセロナに渡る前、市内でギャラリーを経営していた。そのときその人の陶芸の作品も展示していたという。
その姉さんは40年位も前からスペインのバルセロナで日本人の旦那さんと日本料理店を6件くらい出しているという。その店は成功し皇太子も2度ほど訪れたといっていた。陶芸家の人も40日間その人を訪ねて遊んできたこともあったらしい。
当然その人の陶芸作品もバルセロナの日本料理店で使用され、更なる注文も続いていると聞く。
その人のパソコンでその料理店のHPを見せてもらうと沢山出てきた。家に帰って『地球の歩き方』を見るとやはり掲載されている。
今日工房にやってきたその妹である人の娘の話になった。その娘さんは地元NHKの夕方の情報番組「お好みワイド広島」のキャスター兼レポーターを務めている。毎日夕飯時に見るTV番組だ。話していてその親子にとても親近感が沸いてきた。そのレポーターはこの1週間くらい前に結婚指輪をしていたというと、3月頃結婚したとか。
それ以外にもあれこれ見た番組をいうと親よりもよく見ていると驚く。
さらにそのリポーターとは社会人大学生として学んだ時期が重なっている。これにもびっくり!
その大学の新入生はおおよそ毎年3,4千人位である。そのうち社会人大学生は我々の年で7人だった。そのうちの2人をレポーターの母は知っていた。7人のうちの1人はここにいるのだが…。驚かれていた。
世間は本当に広いようで狭い!そう思った一日だった。
その人たちと陶芸家の家の庭を散策する。裏庭は広く借景としての裏山もある。そのため余計広く感じる。アジサイは庭のあちこちに咲き乱れ本当に綺麗!庭には2階の屋根よりも高い樹木が青々と茂っている。
我が家の庭とは比べようもないほどすばらしい!それもそのはず陶芸家のその人が25年がかりで庭を手入れし管理しているとか。帰りには咲いている花を花束にしてもらって帰った。
立花隆のシンポジウムで会おうといってわかれた。その人の言うように応募者は多いのだろうか。その人は駅まで送ってくれた後、応募葉書を投函するといってたが…。
2011年6月25日土曜日
あつ~い講義
昨日と今日は本当に暑い!昨夜は窓をあけ扇風機をかけても暑くて眠れず、エアコンの出番となった。
7年間もアサちゃんに合わせた生活をしていたためかこの暑さは我慢できない。まだ6月というのにこれから先どうなるんだろう。
天気予報は曇りのマークなのに全く当てにならず、今朝も朝からかんかん照りの暑さだ。その暑さの中、地元紙を読んでいると「シンポジウムのご案内」で立花隆の講演会の記事が目に入った。
立花隆…と思うとすぐに友人に知らせるTELをした。
友人とは10数年前に下関で開催されたシベリアで抑留された画家の香月泰男の講演会で知り合った人である。共に広島から下関までわざわざ講演を聞きに行っている。帰りの新幹線で同じ講演会の封筒を持っていたので話が弾み知り合った。
その人は広島市よりも東に位置する東広島市に住んでいる陶芸家である。毎年正月すぎには、市内のそごうデパート画廊で個展を開く。ここ数年は忙しくて出かけられず会っていない。
今朝の久しぶりのTELで「シンポジウム」の応募方法を知らせると「会おう!」ということになり明日彼女の〇〇工房で会うことにした。これまでも2度ほどその工房に遊びに行っている。
下関に出かけた当時の立花隆は飛ぶ鳥を落とす勢いがあった。ところが最近の立花は週刊誌のネタになっている。何事もいいことばかりは続かないということか。
ともあれ葉書かネットで応募できるのでネットで応募した。
それを終えると広島修道大学に出かけた。先日から受講しているチベットの最終講義である。今日は「チベット仏教が日本人に教えること」というテーマだ。
まだまだ若い先生は最初に見たときからチベット人を思わせる風貌である。やはり今日もそうであった。とにかく熱心に話される。
今日のテーマに沿えばダライ・ラマの偉大さは仏教のなかでも日本に入っていない学派の思想を伝えたことに意義があるという。
先生もそれを知りたいと思ってチベット仏教を学んでいるという。
特にインドのサンスクリット語のテキストは消滅し、今でも残存している『欽定和訳』を通してサンスクリット語を通してチベット語訳を学ぶ必要があるという。
ところが英語でもシェイクスピアを学ばずして英語検定のみ重視する傾向を訝しがる。これと同じようにチベット語もチベット仏教を学ばずしてチベット語を学ぶのは…とまた訝しがる。
卒業された稲のつく東京の大学のチベットに関する先生でさえもチベット語を話さないと嘆いておられた。
チベット語が廃れてはいけないと思い先生は辞書編纂プロジェクトに参加して学んでいるという。先達として多田等閑、現在のプロジェクトのチベット語の先生は中沢新一だという。
チベットにあこがれた昔、多田等閑や大谷探検隊の本をよく読んだ。また中沢新一は社会人大学生の頃、学内の講演で来広され話を聞いたことがある。この人の話は本当に面白かった。特に当時網野善彦の著作のゼミを受けていたので興味もあった。中沢の叔父が網野だとか。
今日の先生は先生自身もチベット仏教を信じる人のように見られるが、実際はそうではなくチベット語を継承していきたいという気持ちだけだという。それは先生の言葉から如実にあらわれていると思った。
そして大学まで来てチベット講座に参加した我々を「理想主義者」か「変わり者」だという。ここで皆どっと笑いが出て場が一段と盛り上がった。それもそのはず今日の講座受講生は20人のうち8名に減っていたのだから変人かもしれない。
これは紛れもなく的を射た先生の発言だ。我自身本当にそう思う。
ダライ・ラマは今秋10月29日から4日間、高野山にくるという。「是非とも会いに行ってください」と懇願される。そして広島の龍蔵院へもぜひとも来るようにと。龍蔵院は日本で唯一のチベット仏教のお寺だとか。もとは高野山の寺だったがそれを借り受けて3人のチベット僧が守っているという。
明日は龍蔵院でチベット僧の話があるという。何人かは行くようだった。明日は陶芸家の友人に会うので残念ながら参加できない。先生はチベットを知ろうと思ったらまず話から…と。話し合うとは何事もそうだけど…。
チベットへは20年位前に旅行した。ラサに到着した日から2日間、全くどうすることもできなくなった。枕のような酸素ボンベを吸っていた。チベットの医院へも連れて行かれた。そのときはただ「注射はするな!」とだけ心に決めていた。針からの感染が非常に怖かった。それもなく枕みたいなボンベのホースを口にくわえて高山病に耐えた。3日目のツエダンからは高山病に慣れツアーに舞い戻った。
そのとき買って帰ったマニ石は今も大事にしまっている。ここまでチベットについて書いているとまた辺境の国に行きたくなる。もうこれはまぎれもなく先生のいわれるとおり「変わり者」に間違いない!?それとも理想主義者か。まあ何でもいいけれど、楽しければ…。
7年間もアサちゃんに合わせた生活をしていたためかこの暑さは我慢できない。まだ6月というのにこれから先どうなるんだろう。
天気予報は曇りのマークなのに全く当てにならず、今朝も朝からかんかん照りの暑さだ。その暑さの中、地元紙を読んでいると「シンポジウムのご案内」で立花隆の講演会の記事が目に入った。
立花隆…と思うとすぐに友人に知らせるTELをした。
友人とは10数年前に下関で開催されたシベリアで抑留された画家の香月泰男の講演会で知り合った人である。共に広島から下関までわざわざ講演を聞きに行っている。帰りの新幹線で同じ講演会の封筒を持っていたので話が弾み知り合った。
その人は広島市よりも東に位置する東広島市に住んでいる陶芸家である。毎年正月すぎには、市内のそごうデパート画廊で個展を開く。ここ数年は忙しくて出かけられず会っていない。
今朝の久しぶりのTELで「シンポジウム」の応募方法を知らせると「会おう!」ということになり明日彼女の〇〇工房で会うことにした。これまでも2度ほどその工房に遊びに行っている。
下関に出かけた当時の立花隆は飛ぶ鳥を落とす勢いがあった。ところが最近の立花は週刊誌のネタになっている。何事もいいことばかりは続かないということか。
ともあれ葉書かネットで応募できるのでネットで応募した。
それを終えると広島修道大学に出かけた。先日から受講しているチベットの最終講義である。今日は「チベット仏教が日本人に教えること」というテーマだ。
まだまだ若い先生は最初に見たときからチベット人を思わせる風貌である。やはり今日もそうであった。とにかく熱心に話される。
今日のテーマに沿えばダライ・ラマの偉大さは仏教のなかでも日本に入っていない学派の思想を伝えたことに意義があるという。
先生もそれを知りたいと思ってチベット仏教を学んでいるという。
特にインドのサンスクリット語のテキストは消滅し、今でも残存している『欽定和訳』を通してサンスクリット語を通してチベット語訳を学ぶ必要があるという。
ところが英語でもシェイクスピアを学ばずして英語検定のみ重視する傾向を訝しがる。これと同じようにチベット語もチベット仏教を学ばずしてチベット語を学ぶのは…とまた訝しがる。
卒業された稲のつく東京の大学のチベットに関する先生でさえもチベット語を話さないと嘆いておられた。
チベット語が廃れてはいけないと思い先生は辞書編纂プロジェクトに参加して学んでいるという。先達として多田等閑、現在のプロジェクトのチベット語の先生は中沢新一だという。
チベットにあこがれた昔、多田等閑や大谷探検隊の本をよく読んだ。また中沢新一は社会人大学生の頃、学内の講演で来広され話を聞いたことがある。この人の話は本当に面白かった。特に当時網野善彦の著作のゼミを受けていたので興味もあった。中沢の叔父が網野だとか。
今日の先生は先生自身もチベット仏教を信じる人のように見られるが、実際はそうではなくチベット語を継承していきたいという気持ちだけだという。それは先生の言葉から如実にあらわれていると思った。
そして大学まで来てチベット講座に参加した我々を「理想主義者」か「変わり者」だという。ここで皆どっと笑いが出て場が一段と盛り上がった。それもそのはず今日の講座受講生は20人のうち8名に減っていたのだから変人かもしれない。
これは紛れもなく的を射た先生の発言だ。我自身本当にそう思う。
ダライ・ラマは今秋10月29日から4日間、高野山にくるという。「是非とも会いに行ってください」と懇願される。そして広島の龍蔵院へもぜひとも来るようにと。龍蔵院は日本で唯一のチベット仏教のお寺だとか。もとは高野山の寺だったがそれを借り受けて3人のチベット僧が守っているという。
明日は龍蔵院でチベット僧の話があるという。何人かは行くようだった。明日は陶芸家の友人に会うので残念ながら参加できない。先生はチベットを知ろうと思ったらまず話から…と。話し合うとは何事もそうだけど…。
チベットへは20年位前に旅行した。ラサに到着した日から2日間、全くどうすることもできなくなった。枕のような酸素ボンベを吸っていた。チベットの医院へも連れて行かれた。そのときはただ「注射はするな!」とだけ心に決めていた。針からの感染が非常に怖かった。それもなく枕みたいなボンベのホースを口にくわえて高山病に耐えた。3日目のツエダンからは高山病に慣れツアーに舞い戻った。
そのとき買って帰ったマニ石は今も大事にしまっている。ここまでチベットについて書いているとまた辺境の国に行きたくなる。もうこれはまぎれもなく先生のいわれるとおり「変わり者」に間違いない!?それとも理想主義者か。まあ何でもいいけれど、楽しければ…。
2011年6月24日金曜日
広響定演
この2,3日どんよりした空模様である。ところが今朝は梅雨空を忘れるかのように日が燦燦と照り付けている。
昨日の最高気温は広島で30度を越え、米子ではなんと35度とか。暑いはずである。暑いだけなら何とか凌げるが、湿度も高い。今午前10時。部屋の電波時計の温度は28.4度、湿度70%を表示。
アサちゃんがいたときは電波時計の「快適」に合わせた生活をしていた。そのためこの時期になるとエアコンは24時間作動。国が節電とかいっても体の不自由なモノを抱えているとそれは全く通用しない。
だがそれも今年はその必要もなくなった。とはいっても元気なものでも暑さには耐えられないものがある。一昨日も昨晩も窓を開け、朝まで扇風機をつけて寝る。そのうちエアコンになるのだが…。
そんな蒸し暑い中、昨日は「広響」の定演を聴きに出かけた。昨夜のプログラムは「~愛しきボヘミヤ~The world of ドヴォルザーク」と題され、
ロマンスヘ短調Op.11
マズルカホ短調Op.49
チェコ組曲二長調Op.39
交響曲第9番ホ短調Op.95「新世界」から
の4曲が演奏された。
指揮者は常任指揮者の秋山和慶に代わってエヴァルド・ダネルが指揮でヴァイオリンも演奏した。
ダネルは今回の演奏にあわせてメッセージを送っている。「人との絆を大切に、近しい人のために生きましょう。笑顔を絶やさず、私たちの人生が美しく『普通』でありますように…ちょうどドヴォルザークの音楽のように」とパンフレットに記す。
これをみるとドヴォルザークは謙虚で「普通」の生活を好んでいた人のようだ。
昨夜の演奏には日本を襲った今回の大災害にも負けず笑顔で生活するようにとの願いが込められている。演奏曲目自体もなじみがあり、すばらしい演奏であった!
途中の休憩時間に館内アナウンスが流れた。演奏修了後、広響団員との無料の交流会をすると。交流会には参加しなかったが、それにはアサヒビールが協賛し、ビールもでるという。
先日の「ワインの夕べ」はサッポロビール協賛で今回はアサヒビール。広島はキリンビールでは…と思いながら会場をあとにした。といっても「ワインの夕べ」に出たビールはキリンだったけど。
広島といえば地方にしてはめずらしく3つのプロ集団を抱えている。野球はカープ、サッカーはサンフレッチェ、オケは広響と。さらに企業としては車がマツダ、ビールはキリン。
車に関してはあまり関心がないのでマツダはどうでもいい。だが、それ以外はやっぱり広島人。どれも応援している。しいていえばビールのキリンも近年工場を広島から撤退したからだんだん薄れてくるかもしれないが…。そこを他のビールメーカーがシェア争いするのだろう。
ボヘミヤを電子辞書で調べると「チェコの中心部」とある。「ボヘミヤの住民」が「ボヘミアン」で「ジプシー」に通じるという。このジプシーという言葉の響きがいい。チェコには行ったことがない。いつか哀愁が漂うボヘミヤへ行こう!そしてジプシーの奏でる音楽を聴こう!
昨日の最高気温は広島で30度を越え、米子ではなんと35度とか。暑いはずである。暑いだけなら何とか凌げるが、湿度も高い。今午前10時。部屋の電波時計の温度は28.4度、湿度70%を表示。
アサちゃんがいたときは電波時計の「快適」に合わせた生活をしていた。そのためこの時期になるとエアコンは24時間作動。国が節電とかいっても体の不自由なモノを抱えているとそれは全く通用しない。
だがそれも今年はその必要もなくなった。とはいっても元気なものでも暑さには耐えられないものがある。一昨日も昨晩も窓を開け、朝まで扇風機をつけて寝る。そのうちエアコンになるのだが…。
そんな蒸し暑い中、昨日は「広響」の定演を聴きに出かけた。昨夜のプログラムは「~愛しきボヘミヤ~The world of ドヴォルザーク」と題され、
ロマンスヘ短調Op.11
マズルカホ短調Op.49
チェコ組曲二長調Op.39
交響曲第9番ホ短調Op.95「新世界」から
の4曲が演奏された。
指揮者は常任指揮者の秋山和慶に代わってエヴァルド・ダネルが指揮でヴァイオリンも演奏した。
ダネルは今回の演奏にあわせてメッセージを送っている。「人との絆を大切に、近しい人のために生きましょう。笑顔を絶やさず、私たちの人生が美しく『普通』でありますように…ちょうどドヴォルザークの音楽のように」とパンフレットに記す。
これをみるとドヴォルザークは謙虚で「普通」の生活を好んでいた人のようだ。
昨夜の演奏には日本を襲った今回の大災害にも負けず笑顔で生活するようにとの願いが込められている。演奏曲目自体もなじみがあり、すばらしい演奏であった!
途中の休憩時間に館内アナウンスが流れた。演奏修了後、広響団員との無料の交流会をすると。交流会には参加しなかったが、それにはアサヒビールが協賛し、ビールもでるという。
先日の「ワインの夕べ」はサッポロビール協賛で今回はアサヒビール。広島はキリンビールでは…と思いながら会場をあとにした。といっても「ワインの夕べ」に出たビールはキリンだったけど。
広島といえば地方にしてはめずらしく3つのプロ集団を抱えている。野球はカープ、サッカーはサンフレッチェ、オケは広響と。さらに企業としては車がマツダ、ビールはキリン。
車に関してはあまり関心がないのでマツダはどうでもいい。だが、それ以外はやっぱり広島人。どれも応援している。しいていえばビールのキリンも近年工場を広島から撤退したからだんだん薄れてくるかもしれないが…。そこを他のビールメーカーがシェア争いするのだろう。
ボヘミヤを電子辞書で調べると「チェコの中心部」とある。「ボヘミヤの住民」が「ボヘミアン」で「ジプシー」に通じるという。このジプシーという言葉の響きがいい。チェコには行ったことがない。いつか哀愁が漂うボヘミヤへ行こう!そしてジプシーの奏でる音楽を聴こう!
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