2022年11月15日火曜日
次に読む本は?
2022年11月14日月曜日
曲名の検索
「アルビノーニのアダージョ」の練習とともに「花は咲く」を吹いている。スマホの検索画面の音声認識を触ると「♩曲を検索」がある。(もしかして……)と思ってアルビノーニのアダージョを階名で歌うと「もう少し歌って……」の表示が出る。言われるままにさらに続けると曲名が出た。これにはびっくり。「いまさら何を」「誰もが知ってるやりかた」と笑われそうだが自分としてははじめてのことで驚いてしまった。驚きはこれだけでなくカメラ機能で花を写すとその花の名が表示される。これにも驚いたが曲名はこれ以上に感動してしまった。
笛を練習していて頭をかすめるメロディーなどが聞き覚えのある曲であってもわからないことがある。これまでは電子辞書で最初のフレーズを聴いて探したりした。この場合はクラシックしか利用できない。ところがスマホはどんな曲名もすぐに解明できる。便利な世の中になったのはいいがその反面、怖い気さえする。
位置情報がそうだ。調べ物は何もかもスマホで、となる!?自分自身の個人情報も知らぬ間に独り歩きするかもしれない。
話は変わって昨日は雨の中、歩いて隣町の大型電気店に行った。歩数もかなりある、と思ったら3700くらいでそれほどでもなかった。お店に入ると目的の2口ガスコンロの売り場を聴く。店内は雨にもかかわらず客が多い。何か催しをしているのだろうか。売り場に着くとすぐに購入。今日午後には配達されるという。購入後、アンケートやくじ引きをするようにとのこと。賑やかな理由がこれでわかった。くじを引いてお好みソースを貰った。そしてアンケートではティッシュの箱をもらう。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2022年11月13日日曜日
カタバミを描く
昨日は日本画教室の日でカタバミを描いている。久しぶりに描く花は簡単そうで難しい。大きさはサムホールで小さい絵なのにうまく描けない。ただ、カタバミのピンクの花と葉っぱのみどりの色合いは描いていても気持ちいい。
コロナの新規感染者が増えている。第8波到来なのかどうか知らないが、教室の人と門司へフグを食べに行く話はやめにした。一人で行くには問題ないので長府の紅葉の盛りにフグを食べる!?そして門司で食べるフグは新年に、と思ったり。
今日は久しぶりに雨が降っている。昨夕、ガス・テーブルの調子がよくないと気づく。ブラシで点火付近を掃除すると大丈夫だ。買うか買うまいか迷ったが新たな器具に買い替えよう。雨の日に乗る自転車は危ない。というか、最近はほとんど近場は徒歩での行動が多い。自転車で隣町の大型電気店まで行けばすぐに行かれる。が、これから小雨の中、運動を兼ねて歩いて出かけよう。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2022年11月12日土曜日
『街道をゆく』(二十六)「嵯峨散歩」
先月、京都の大徳寺と嵐山辺りに出かけた。出かける前、『街道をゆく』の「大徳寺散歩」と「嵯峨散歩」を読んだ。せっかく京都へ行くのだから「街道をゆく」の一か所でも見てみたい気持ちが湧きおこる。今、『街道をゆく』(二十六)「嵯峨散歩」の気になる箇所を改めて読むと本の影響を受けて出かけていた。
司馬の「街道をゆく」を読んでいる。が、まだ読み終えていない「街道をゆく」もこれから読むつもりでいる。9月まで台風や雨、そしてコロナ禍で今年はどこへも出かけていないと気づく。その時ひらめいたのが(「街道をゆく」を読んでいるんだからその一か所でも出かけてみよう)、という気になった。そこですぐに宿を探す。そしてJRの新幹線「おとなび」を予約する。その後は(さて、どこへ行く?)、となって「街道をゆく」を頼りに歩いた。
先月、長州と京都へ出かけた。今月は土佐を予定している。少しずつでいいから自分の足で出かけたい。先月出かけた2か所に弾みがついて(まだまだ一人でも十分行ける!)との思いが募る。昨日、旅好きな友だちから電話がある。そしていろんな旅情報を知らせてくれる。行楽シーズンはまだ続く。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
以下は『街道をゆく』(二十六)「嵯峨散歩」 (司馬遼太郎 朝日新聞社、1999年第4刷)から気になる箇所を抜粋。
★樒(しきみ)は漢字だが、べつに国字があって梻(しきみ)と書く。文字にこの木の用途があらわされている。日本ではその枝を切って神にささげる木としては、木へんに神と書く榊(さかき)(国字)がある。シキミもサカキも、葉の色や形が似ているが、神と仏と用途がわかれている。シキミに漢字の樒がありながら梻という国字がつくられたのは、神と対にしたい気分があったにちがいない。(30p)
★東アジアにおいて普遍的文明というのは、中国にしかなかった。朝鮮は質のいい文化をもっていたが、文明ではない。文明とは、”たれでも参加できるもの”であり、文化とは”そのグループだけの特異なもの”と定義すれば、当時の日本に必要なのは、普遍的なもののほうだった。たとえば漢字は普遍的で、たれでも参加できる。土木技術もそうである。それらの根源は、中国にあった。(41-42p)
★角倉家と嵯峨の天竜寺との縁はふかい。天竜寺の僧たちのかかりつけ医者だったという時代もある。天竜寺はいうまでもなく臨済禅の京都五山の一つだが、寺ながらも別に対明貿易商という一面をもっていた。すでに元の時代から室町幕府によって官許されていた貿易商で、世に「天竜寺船」とよばれた。了以の父の宗桂は遣明天竜寺船に乗って入明したことがある。天竜寺船はいわば一航海きりの会社のようなものだから、角倉一族は当然、資本も出し、利潤の分配にもあずかったであろうが、宗桂自身はかの地で明の医方を学んだ。(56-57p)
★登りは、石段である。この峰の大悲閣に、了以が木像になってしずまっているというのも、ゆゆしい。かれは保津川工事の犠牲者の霊をとむらうために念持仏の千手観音を大悲閣(千光寺)にまつり、この寺で亡くなった。木像はいまでも工事現場を見おろしている。(62-63p)
★室町期の嵯峨となると、この景観と地元経済の一中心地は、天竜寺だった。開山は、よく知られているように、夢窓礎石(一二七五~一三五一)である。その著『夢中問答集』をみると、禅客にままある奇矯の風がない。夢窓は中庸を好み、長者の風をそなえ、さらには山林への退隠を好みつつも、後半生、京という市井に出た以上は、孤高を誇るをみせず、俗世の難事にも手足を汚してこれが調停や解決に当たろうとした。生前、三つの国師号をうけたというだけでも、当時の人気の高さがうかがえる。三つの国師号のうち、「夢窓国師」の号の知名度がいちばん高い。(83p)
★私どもも南門から入った。正面に向かってすすみ、放生池(ほうじょうち)や松林やらをすぎてゆくと、法堂(はっとう) (座禅堂)にゆきつく。……夢窓をさらにわかろうと思えば、大方丈の裏の庭園(曹源池)ほとりまでゆけばいい。夢窓は、庭園で禅の境地を表現しようとした人で、この庭には禅がもつ抽象性の骨格がふとく組みこまれている。そのくせ、古今・新古今の日本的美意識の世界であり、大和絵そのものといえる。(94p)
★私は天竜寺の塔頭妙智院で、湯豆腐を食っている。嵯峨には、湯豆腐の店が多い、はじまりはこの妙智院である。寺の収入を観光やあやしげな供養でまかなうよりも、湯豆腐で賄うほうが、はるかに宗教的といえる。鍋の中で煮えているのは「森嘉」の豆腐で、あれやこれや思えば、日本文化を食っている気がしてくる。(108p)
★後嵯峨天皇の子が、亀山天皇(一二四九~一三〇三)である。このひとが、嵐峡の空をわたる月をながめて、あたかも橋が天上の月を渡しているようだ、として橋に「渡月橋」の名をあたえた。(117p)
★建設省は、流量計算で橋の構造をきめるだけという単純なやり方で、風景をぶちこわすような悪い橋をかけつづけている。今後、万一、いまの渡月橋が流れることになれば法規によって高々として分厚い(しかもふしぎに赤ペンキを塗りたがる)新橋ができるおそれがある。となれば、先年の嵐峡も死ぬ。法は神よりも強い世である。願わくば渡月橋の寿命の永からんことを。(121p)
2022年11月11日金曜日
「花は咲く」
図書館で借りた須田剋太の本が重すぎてざっと目を通しただけですぐに返却した。が、その後もこの人のことが気になり、ネットで調べると鴻巣市のHPに須田剋太画伯についての項目がある。そのなかに略年譜が記されており、その最後に「造形略歴(須田剋太の自伝へ)」としてPDFが添付されている。これを読まねばならないと読んでいると記事がとても長い。多分、本一冊分くらいあると思われる。一昨日、その半分を、そして昨日残りを読む。だいぶ須田剋太の人となりがわかってきた。それにしてもパソコンやスマホで読むネット記事のなんと疲れることか。紙の媒体であればどういうこともなくすぐ読めるのに、と思ってしまった。ネット記事は紙よりも理解力が劣る気がする。と言いながらも今の子供たちはタブレットで学ぶことも多いから紙が、ネットが、と言ってはおれないかもしれない。
フルートで吹く「花は咲く」を練習している。昨日、フルートを吹く人はコンサート前にリハをやる旨、SMSが届く。久々に皆の前で吹くので練習が欠かせない。といいながらもこれまた久しぶりに旅行社から日程表が送付されると旅へと気が向く。この旅はいわゆるツアーでなく、個人が宿と乗り物のセットになった旅を申し込み、そのチケットなどである。詳細を見ているとさらに何処かへ行きたくなる。ネットで近場を調べると牛田の不動院がある。ここへは昔、一度行ったような気がするが覚えていない。ここも紅葉の名所らしく、広島駅からも近いので下旬に出かけよう。昨年出かけた今高野山や岡山の閑谷学校の紅葉も見事なので見に行きたい。が、さてさて。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2022年11月10日木曜日
時すでに遅し!?
今月中旬に某宅で行われるホームコンサートに参加する予定でいる。一昨日、5日もかかって当日、吹く予定の楽譜が送付されてきた。以前だったら近郊の町からの郵便物はその翌日届くはず。ところがこの頃は土曜日の配達がなくなり郵便物の届くのがおそい。届いた楽譜を見るとピアノの伴奏付きの楽譜だ。昨日はこの楽譜をコンビニでコピーし、フルートのパート部分を切り張りしてフルートの楽譜を完成させた。そして再度それをコンビニに出かけてコピーした。こういう小細工は器用だが、これから毎日暗譜するまで吹くことになりそうだ。
曲名は「花は咲く」。以前、合唱でピアノとフルートで伴奏をしたことがある。その時の楽譜はフルート用のアレンジがなく吹くのも大変だった。しかし、今回はゲストがフルート奏者なので送付の楽譜もフルート用。合唱で吹いた楽譜を持っていればよかったがナニゴトも自分の気持ちが伴わないヒト、モノ、コトは破棄する癖があるのでその楽譜も今はない。しかし、今回送付された楽譜は捨てないようにしよう。
昨日といえばほかにも図書館へ予約の本を取りに行く。借りようとする本を受け取るととても分厚い。その本は須田剋太の曼陀羅の本。司馬遼太郎の『街道をゆく』の挿絵を須田剋太が描いている。この挿絵を見るだけでも本を読む価値がありそうなくらいうまく描かれている。本を受け取るとこれは家には持って帰れない、と思って図書館内で目を通す。どういっても分厚くて重い上に持ち運びは大変。館内でしばし読んだ後、すぐに返却。係に重くて申し訳ない旨、断りを入れて返却した。
ざっと目をとおした限りでは日本の著名な人たちが寄稿文を書いている。この人はすごい人だ、と改めて感心しながら目を通す。わかりやすい絵が好きだが、須田に関してはそれとは別に妙に絵に力があるというか見ているだけでも元気が出てくる。先ほどネットで検索するとずいぶん前にNHKがこの人を取り上げている。「街道をゆく」を読んでいると司馬は須田の発する哲学めいた言葉をよく書いている。その点も「街道をゆく」の良さかもしれない。
今頃その良さに気づいても「時すでに遅し」かもしれないが今わかっただけでも良しとする!?
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2022年11月9日水曜日
宮島へGO~
| 勇ましくなった宮島の鹿 |
| 紅葉谷公園 |
| 紅葉谷公園内にある四宮神社 石段下にあった石碑に大正14年……の文字が見えた |
| 紅葉谷公園 |
| 紅葉谷公園 |
| 紅葉谷公園 |