2020年8月21日金曜日

旅のカタログ

  この夏一番とも思えるほど暑い夜が明けた。また最低気温が28,9度もあると日中の暑さが思いやられる。この暑さも明日からは幾分和らぎ33度の予想だ。とはいっても33度も結構暑い。最低気温も高く、まだまだ秋はやってきそうにない。

 こう暑くては買い物にも……、と思って昨日は外に出なかった。ところがこれは失敗。毎日外に出ていると出ない日の寝つきが悪い。朝の目覚めはアラームで起きる。

 地元の旅行社からカタログが送付される。この会社は飛行機がチャーター便になることが多い。昨年の知床の旅がそうだった。これを利用して今年は利尻・礼文を狙っていた。ところがその設定がない。ほかにも行きたい場所に国東半島がある。だがこれは2名から催行。年を取ってくるとわがままになる。その点1人参加は気楽だ。少々高くてもいいので1人参加を増やしてほしい。

 といいながら広島のJ〇Bからのカタログ送付がない。募集しても人が集まらない!?この会社が一番信用できる!もう少し様子を見よう!

 図書館から予約確保のメールが届く。真昼の暑さになる前に本を受け取りに行こう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月20日木曜日

『菜の花の沖』(三)

 2日くらい前の新聞にアイヌの人(コタン)の鮭漁の記事があった。今、読んでいる『菜の花の沖』(全6巻)のうち、4巻目までを読んだ。これは淡路島に生まれた高田屋嘉兵衛が蝦夷地を開拓していく話。蝦夷人と和人、さらには北方四島にちなむロシアとの関係もある。他の和人にはない蝦夷人への思いやりが嘉兵衛にはあった。蝦夷地は元来、蝦夷人の地であり、鮭の捕獲を生業としていた。コタンの漁業権云々は和人に同化させられてそれも奪われていったに違いない。外野がとやかく言える立場にない。が、ここは当時の同化政策を考慮して漁業する権利を認めてあげたい。

 『菜の花の沖』(三)(司馬遼太郎 文藝春秋、2013年第10刷)を読んだ。以下はまたいつものように気になる箇所をメモしたもの。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「北前船」といえば、船籍がどこであれ、大阪・兵庫を始発点として北海道へゆく交易船とその航路のことをさす。46p

★古今東西とも、人間は船に人格を感じてきた。このため船に名をつける。日本では奈良朝や平安朝の初期まで遣唐船という航用船をもったが、慶雲三年(七〇六年)の大使の座乗船は「佐伯」であり、天平宝字二年(七五八年)の船団の一隻は「播磨速鳥」という名をもっていた。しかも、どの船も従五位下(じょごいのげ)という位階までもらっていた。……船首の棕櫚(しゅろ)の毛だけは例外らしい。何を意味するのかわからないが、もともとは注連縄のつもりであったか、どうか。この船首装飾を舟人たちは、「下がり」という。あるいはかもじともいう。76-77p

★……松前・蝦夷地は遠かった。この地方が、「北海道」という名称にかわるのは、幕府瓦解後、明治二年、新政府によってである。
 立案者は、江戸末期における最大の探検家松浦武四郎(一八一八~八八)であった。82p

★鰊をニシンというのは、アイヌ語である。蝦夷地交易によってひろまったことばで、カドといわず、蝦夷語のニシンといったのは、そのほうが魚名でなく商品名としてよぶのにより鮮明で的確な呼称だったからであろう。ただしはらごにだけは古語のカズノコの語が残った。90p

★豊臣期、松前氏は、「蝦夷島主」であって、大名ではない。大名というのは稲作地を支配する者の謂(いい)で、一万石以上の領主をいう。91p

★「朱印」とか、朱印状とかよばれるのは、武家政権において用いられる公的文書のことである。鎌倉・室町のころは文書に花押(かきはん)が書かれたが、戦国のころから朱印が押されるようになった。91p

★蝦夷錦というのは、清帝国の官吏の官服の古着のことである。……松前藩ではこれを交易品のなかでも最高のものとし、本土に売る。本土ではすでに豊臣期のころから、とくに、「蝦夷錦」とよんで珍重し、江戸期では上等の女帯や、高僧の袈裟に用いていた。蘇州の錦がはるかに北方をまわり、海をわたり、樺太をつたい、蝦夷地に入り、ついには江戸や上方に入るという経路をとっていたのである。105-106p

★「無名の師」という漢語がある。理由もなく他国を侵略する戦争行為をいう。ロシアはその領土拡張にあたって無名の師を出さない、というのである。176p

★松前藩では、アイヌ人が和人の言葉を使えば罰を加えるという。使うという以前に、おぼえさせないようにしているのである。和語には和人社会の文化、産業技術が充填されているのだが、言葉という縄梯子をつたってそういう文化へ昇ってゆくことをふせぐ一方、外界からの隠密などが潜入したしたときに、蝦夷の惨状を訴えないようにもしているのである。……まことに獣類のごとき境界なり。と徳内はいうが、松前藩は武力を背景とした政策ををもって、蝦夷をその段階にとどめているのである。307p

★嘉兵衛は、好奇心がつよかった。あるいは好奇心が強いために町船(商船)の船頭になったともいえるし、とに蝦夷地をめざしたのも、そういえるであろう。
 「数寄(すき、数寄、好)という室町時代の堺の町人や武将のあいだで流行したことばが、好奇心ということと半分ばかり重なるようである。……右のような損得とからんだ素朴な好奇心が、その暮らしを繰りかえすうちに不意に発酵してくる部分が数寄である。
 さらに発酵した数寄が、蒸留して酒精度の強い液体になると、損得という発酵の素材の原形をとどめない本物の数寄になってしまう。……ただ、損得をやや離れた好奇心だけはうごいている。蝦夷地とはなにか、ということである。308-310p

★――なぜ、蝦夷地が好きなのだろう。と、嘉兵衛は自問したことがある。……(強いて言えば)と、嘉兵衛は考えたことがある。極北だからではないか。……そこへ身を移動させることを禁じられたこの国にあっては、ただ密かに想像するしかなく、またその一角に身を置けない以上、極楽や地獄を想像しているのとかわりがない。……「行けないからしあわせなのだ」と、そのとき嘉兵衛はいった。多少のくやしさも、むろんこの逆説の塩味になっている。
 この江戸体制の中で、嘉兵衛がゆくことが可能な極北というのは、蝦夷地だけなのである。358-360p

★松前家にとって、蝦夷地の蝦夷は人間の機能をそろえた家畜であった。働かせるばかりでいっさい庇護を与えず、さらにはかれらが進歩することを阻んでいた。その事実を知られるのが嫌だったんであろう。……この温和な民族が、塩、味噌、醤油すら用いず、真水で煮た気をしているのを見たとき、嘉兵衛は涙がこぼれた。372p

★アッケシでの蝦夷との接触は、嘉兵衛の精神に大きなふくらみや変化あるいは影響をあたえた。かれはは帰路、日本海を帆走しながら、夜も昼も蝦夷のことが脳裏から離れなかった。蝦夷の老人が笑ったときの表情が神のように澄んでいると思ったし、またかれらが自然に密着して、俗欲をもたないという点では、本土のたとえばどういう高僧でも達せられないものを、平然と身にそなえていることに嘉兵衛は驚かされた。
 さらには、いやおうなしに、大きな地球というものを思わせられた。日本の本土という社会にあくせくして、小沼の小魚のようにこれ以外に棲処(すみか)はない、と思っている矮小な心が、蝦夷人とその文化という異質なものを見るうちに、大きくなってゆくような気がした。言いかえれば、自分や本土人たちが要するに地球の上の「人」に過ぎないのだということを一挙に頓悟させられてしまった感じでもあった。大名や武士、あるいは北風家といってもなんであろう、地球の上の人にすぎないのではないか、ということであった。379-380p

★日本という言葉がはじめて文献にあらわれるのは『随書』である。つまりは元来、対外関係においてつくられ、古いころは庶民のあいだではほとんどつかわれず、ようやく豊臣政権ころからしきりに使われるようになった。江戸期に入ると、井原西鶴が勃興期の商業社会の沸騰をえがいた小説に『日本永大蔵』という題をつけたように「天下」より「日本」が庶民の世界でふつうに用いられるようになった。397-398p

★寛政十一年正月、「天下人」である将軍が東蝦夷地を直轄領にしたのは「天下」の拡大であり、劃期的な大事態といっていい。399p

2020年8月19日水曜日

タクラマカン砂漠の卵

 昨夕、これまで何度も放送されたと思われるシルクロード自然編を見る。タクラマカン砂漠をラクダが撮影隊員や機材、そして食料などを積んで運ぶ。ラクダが何十頭も連なって歩くキャラバン隊。気温は今の日本よりも高いだろう。運ぶ荷物の中に食料としてバケツの中に砂を入れて生卵が割れないようにしてある。この卵、キャラバン隊の食料となる。食事の際、砂漠の砂に生卵を入れて放置すると半熟卵(完熟卵かもしれない。はっきり聞こえなかった)になったという。

 これで思い出す。敦煌に鳴沙山がある。この砂漠の山を靴を履いて登るが、細かい砂の上に熱いため足が滑って上に行けない。そのとき添乗員曰く「明日はこの山をはだしで登ります」。そう聞いて、「はだしじゃ熱くてとてもじゃないが登れない」、と思った。あとで添乗員曰く「ラクダに乗ってこの山を通過します」。この時、ツアーの誰かが言った。「ポケットに生卵を入れていたらゆで卵になった!?」。日本に帰国したら皆にそう話そう、と言って笑わせる。

 昨日のテレビにタクラマカン砂漠の砂に生卵を入れるとゆで卵になる場面が放送された。これは理解できる。ポケットの中に入れるとどうなるかわからない。だが、生卵を砂に埋めればゆで卵になる。それくらいシルクロードは遮るものがなくて暑い。

 日本の今はシルクロードに負けずに暑い。こう暑くては旅どころではない。が、こういう番組を見るとコロナ禍など想像もしていなかった30数年前のシルクロードの旅が懐かしい。今も元気なので行こうと思えば再度行かれるかもしれないシルクロード。それよりもコロナで飛行機が飛ばず、外国へはどこへも行かれない。

 国内を見ると昨日のネットニュースでGO  TOキャンペーンの宿での感染が6件報告されている。おとといの札幌✈成田の機内感染などまだまだコロナが危ない。今は禍が過ぎるのをじっと待つ。これに尽きそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月18日火曜日

NHKプラス登録

 民間放送の見逃し配信にTverがある。NHKはNHKプラスに登録すれば民間同様に見たい番組が見られる。だが、登録しないといけない。登録もパソコンのバージョンが古いとできなかった。昨日、ふとそれを思い出して登録を試みる。パソコンを買い替えたのでNHKプラスに適応可能だった。登録後はその場で見逃し配信を視聴する。だが、正規の登録は先方から送付されるはがきでの手続きで完了するらしい。

 姪からのメールに昨夜のNHKの番組「逆転人生」をすすめられる。見るつもりでいたが眠くなって寝てしまった。今日はさっそく見逃し配信でこの番組を見よう。

 NHKプラスは顧客にとってはありがたいシステムだ。とはいっても配信する側はほかにも目的がありそうだ。登録画面を見るとパソコン云々はなく、スマホなどのアプリのバージョン情報がある。テレビの契約をしないで見る人たちをターゲットにして視聴費を徴収するのかもしれない。まるでおとり捜査!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月17日月曜日

『歴史に「何を」学ぶのか』

 午前7時半、燃えるごみを出しに外に出る。いくらか涼しさを感じる。午前8時、気温26度。最低気温27,8度と1,2度低いだけでも涼しい。あと2,3日すれば最高気温36,7度から34,5度になる予想。暦の上では秋。そろそろ涼しくなってもらわないと老体には厳しすぎる夏だ。

 暑い夏に読んだ『歴史に「何を」学ぶのか』(半藤一利 筑摩書房、2017年)。またいつものように気になる箇所をメモしよう。

 歴史嫌いが司馬作品やこの本のようにいつの間にか歴史好きになっている。歴史と同じく嫌いだったものに運動と絵を描く、がある。運動はどういっても人並み以下。だが、泳げるようになって以降、いつの間にか自分の楽しみとなった。絵もそうだ。30代半ば以降になって目覚めた人ができて自分にできない数々のこと。苦手意識も年を取って図々しさも加わってだいぶ克服できたのかもしれない。まだ、当分は元気な気がする。さて、これから先の新たな挑戦は……。楽しみ!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「絶対に正義は勝つ。絶対に神風が吹く。絶対に日本は負けない。絶対に東京は焼け野原にならない。絶対に俺は人を殺さない。なんて俺はもう言えない。そんなの嘘だ」
 川でおぼれかけていたとき、わたくしはだれかの手を必死で振りほどいていました。「これからは二度と”絶対”という言葉はつかわない」と心に決めました。
 あの空襲は、わたくしにとって何だったのか。
 なぜこんなことが起きてしまったのか。
 そんな疑問がわたくしの体をつき動かした。
 歴史と正面から向き合うことになる、これがわたくしにとっての原点だと思っています。45p

★余談ですが、「維新」という言葉は幕末にはいっぺんも出てきません。同時代につかわれていたのは「御一新」です。「維新」という中国由来の言葉が出てきたのは明治十年代。元勲、西郷隆盛も、大久保利通もこの世を去り。まだ明治政府の屋台骨がグラグラしていた時代に出てきた。つまりは、政治を担う自分たちの明治政府には正統性があるのだということを示すために「維新」という立派な看板を中国の古典から探してきたというわけ。73p

★スポーツの醍醐味とは繰り返すことに飽きないこと。……歴史の開眼もまた然り。どうしても不可思議としか思えないことが、飽きずにいろんな史料を読んでいるうちに、パッとひらめくようにしてわかることがあるのです。その意味ではスポーツの練習と同じだと思います。94p

★明治の新政府、太政官府の布告によって、正午になったことを広く知らせるために「ドン」と大砲を撃ち鳴らすことにしました。そこから土曜日の午後が休みになるkとを「半ドン」といいならわすようになったわけですが、これが明治四年(一八七一)のことでした。近代の日本人はこのときからしだいに時間に支配されるようになるのです。168p

★手塚治虫さんの漫画「アドルフに告ぐ」で有名なヒトラーです。そしてもう一人、ソ連(いまのロシア)の独裁者スターリン。この二人も忘れてはなりません。人間が歴史をつくる、とさきほどいいましたが、歴史がまた人間をつくることもある。歴史の面白さとは人間とは何かを知ることの面白さでもあるわけです。209-210p

★八月は敗戦を思う月である、とは亡き作家・大岡昇平氏の言葉です。六日のヒロシマ、九日のナガサキ、そして満州、十五日の天皇放送と、あの惨めであった日々をわたくしは思いおこさずにはいられない。……この三つの歴史的日付は死ぬまで消し去るわけにはいきません。240p

★「日本語には、外国語に直訳できないことばがむやみに多くあるんだよ。”いっそ小田急で逃げましょか”のいっそ、どうせ二人はこの世では花の咲かない枯れすすき”のどうせ、それから、せめて、ということば。”カチューシャ可愛や別れのつらさ、せめて淡雪解けぬ間に”のせめて。これらをどんなに苦心して説明してみても、外国人には論理的にわからせるには困難なことなんでね。……「人は絶えず挫折と妥協とがまんの日常をすごしている。どうせとか、いっそとか、覚悟しつつもなかなかいっぺんに思いきれない。そこに、せめての心情が大きく浮かびあがってくるというわけでね」これには心から同感しました。せめて一言、せめて一目でも、せめて一杯だけは、せめて子供だけは、せめて二人でいるときは、エトセトラ。なんとわたくしたちの周りには多くのせめてがあることか。243p

★人間の経験などタカが知れています。その意味からも、同じ過ちを避けるために、歴史を楽しんで大いに学ばねばなりません。251p

2020年8月16日日曜日

衰え知らずのコロナ感染

  ネット記事を見ると「国内感染者1300人超え 飛行機の“前後の席”で感染」の見出しがある。機内は安全と思ったらそうでもなさそうだ。記事の中身を読むと「14日、全国で新型コロナウイルスに感染した人は、5日ぶりに1,300人を超え、飛行機内で、前後の席に座っていた人同士が感染した例もあった。……飛行時間は、およそ1時間40分で、2人に面識はなく、会話もしていなかった。……」。

 今朝の地元紙に旅の広告が2頁にわたって掲載される。この暑さで気持ちは旅どころではない。が、広々としたどこかへ行きたい気持ちもある。友だちは日帰り旅を3か所申し込んだとメールをくれる。新たなローカルの観光列車にも乗りたい旨、記している。だが、いま一歩気が乗らない。気が乗らないままで遊べばケガの元になりかねない。今は暑さが過ぎるのをただ待つばかり!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月15日土曜日

『老人と海』

 今日の最高気温の予報は36度。来週いっぱいは36,7度の暑さが続きそうだ。午前中は何とかエアコンなしでも過ごせる。だが、扇風機は欠かせない。この夏は熱中症とコロナ禍でいつになく暑い夏。そんな夏に読んだ『老人と海』(ヘミングウェイ 高見浩訳 新潮社、令和二年)。先日、NHKのBSシネマでこの映画を見た。その後もヘミングウェイを取り上げる。そんな矢先に令和二年発行の『老人と海』を図書館の新刊で見つける。

 以下は本文ではなく解説から気になる箇所をメモしたもの。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
 
★一読して、だれもがまず打たれるのは、次々に迫りくる困難に直面しながら、体力と知力の限りを尽くして老人が渡り合うその姿ではないだろうか。
 人間は叩きつぶされることはあっても、負けやせん。
その思いを胸に、サンチアゴは執拗に襲いかかるサメの群れと戦いつづける。
その姿はまさしくヘミングウェイが一貫して希求してきた行動規範、いわゆる”grace under pressure(困難に直面してもたじろがずに立ち向かう)”の具現とも言えるだろう。大海原をただ一人飄然とゆく老人の孤影に、ヘミングウェイは原初的な人間の尊厳を刻みたかったのではなかろうか。(解説142-143p)

★老人の頭の中で、海は一貫してスペイン語の女性形”ラ・マール”であり。優しくも険しくもなる海を、人間の女性のように、亡き妻のように愛している。してみればこの物語は、老人と海の壮大なラヴ・ストーリー、大きな意味での自然賛歌とも言えるのではなかろうか。(解説144p)

★「老人と海」はヘミングウェイにピューリッツアー賞(一九五三年)とノーベル文学賞(一九五四年)をもたらした。(解説151p)

★「老人と海」という作品はなおさらに、いっそうの輝きを帯びてくる。それは”one true sentence”の彫琢を目指して文学のデモンと闘い続けた作家の生涯を飾る、落日前の最後の夕映えだったのではなかろうか。……このシンプルな物語の語りかけてくるものは、深く、またみずみずしい。その煌めきは、海と、そこに連なる生きとし生けるものが在り続ける限り、今後も永く色褪せることはあるまい。(解説155p)