2019年2月7日木曜日

広響387回定期演奏会に出かける

 スウェーデンのテレビ局はダグニーさんのドキュメンタリーを撮っているらしく、ダグニーさんは自らを世界最古の女優、とブログで表現する。怪我をした左手は思うようにならず、悪戦苦闘の日々でも少しずつ元気に成っているようだ。

 昨夜は広響387回定期演奏会に出かける。年々、年だけは遠慮容赦なく一人前にとっていく。そのこともあり、夜はなるべく出かけないようにした生活スタイルに移行中。それでも夜にある音楽会は出かけて行く。

 演奏会が終わって広島駅までバスに乗る。車内で見知らぬ人と話していると前のこれまた見知らぬ人が後ろ向きになって話に加わる。話し声が大きいと注意されるのかと思ったら、演奏会後の交流会の話に入り込まれる。これまで交流会に参加していない。一度、どんな様子か参加したい気持ちがある。途中から話に加わった人は「参加すればいいのよ」、と言い出す。それも、「参加してビールだけもらって帰ればいいのよ」、とまで言う。そう聞いても、ビールのために参加するとはなんということ!?もちろん会費は無料。ビールメーカーが協賛するらしい。じゃ、参加人員は?とその人に問うとはっきりと言わない。何とええ加減な話の加わり方?

 昨夜の定演の演奏曲目は下記の通り。

🎵フンパーディング 歌劇「ヘンデルとグレーテル」前奏曲
🎵ワーグナー(モットル編曲) ヴェーゼンドンクの5の5つの詩 

 ソリストにメゾ・ソプラノの藤村実穂子を迎える。
🎵リヒャルト・シュトラウス  メタモルフォーゼン(23独奏弦楽器のための習作)
🎵フンパーディング 歌劇「ヘンデルとグレーテル」夕べの祈り~夢のパントマイム

 アンコール曲として再度、藤村実穂子が登場してヨハンシュトラウスの「明日」が演奏された。いつもながらアンコール曲を聞いてホッとする。これはなぜ!?

 昨夜の席は前から3列目で舞台中央付近だった。ゲストが出演する時は前の席はなかなかいい。

 演奏会後に思うことはプロの演奏会の終わり方が素晴らしいということ。これは他の演奏会とは比べられないほどいい。最近、演奏会の終わり方の良し悪しで演奏の良し悪しを判断するようになった。終わりがだらだらとした終わり方の演奏会がある。この点。広響はいい。また、演奏もよかった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年2月6日水曜日

プール

 「今私は悲観的な人」と今朝のダグニーさんはブログを閉める。タイトルは「以上」でこれ以上何も言うことがないのだろう。ともあれ、しばらく、ダグニーさんのブログから目が離せない。

 プールに出かけようとすると自転車置き場の柱に隠れて、レモン1個が木に残っている。緑色から半分以上黄色になっていた。今朝、重さをはかると128g、と以前に取ったレモンよりも4,50g大きい。レモンの葉が落ちて残ったレモンに気づく。これで昨年は76個レモンが実ったことになる。

 昨日はプールで泳ぐ。受付でアンケート用紙を渡される。今、利用しているプールは市の施設でなく、隣町の町営プール。市と郡が入り混じっているため市の図書館であっても郡部の町も利用できる。プールはその逆で郡部の町営であっても市民も利用可能。そのお蔭で4年くらい前から市のプールでなく、自転車で行ける隣町のプールを利用している。このプールはシニアであれば無料で利用できる。市のプールはシニアも無料でなく、一般料金の半額が必要。ましてやロッカー使用料も要る。

 至れり尽くせりの隣町のプール。自転車で通えて、おまけに無料なので利用している。ところが昨日のアンケートによると一部負担金を考慮中なのかその点もアンケートにある。少しくらい費用が掛かっても今のプールを利用する旨、アンケートに回答した。

 自転車に乗ってプールで泳ぎ、図書館で本を借りたり読んだりする。もしかしたら、今、習っているモノコトよりもこの2つは経費もかからず体力が衰えるまで続けられそうだ。貧しい年金生活者にとって公共施設利用はありがたい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年2月5日火曜日

「100分で名著」から

 今朝のダグニーさんのblogは「少し良い」。ちょっとずつよくなればいい。

 昨夜寝る前に何か面白いテレビは、とチャンネルを変えているとEテレで「100分で名著」をやっている。画面に映し出されたゲストを見ると何とも清々しい顔だ。もしかして、と番組が終わるまで見て、やっぱり、と納得する。その人は中島岳志氏。もう少しすると母が亡くなって丸8年になる。その後に東北の大震災発生。親がいなくなり、続く大震災とその年の前半は最悪だった。その時、目にした中島岳志氏の新聞記事。あまりにも感動してすぐに連絡先を調べてメールを送信。するとありがたいメールを送ってくださった。「(亡くなった人は)死者として存在し続けるはずです……」。当時はただ、大学の先生、としか知らなかった。その後、著書を読んだりするうち、メディアで名前を目にするようになる。

 昨夜初めてテレビでお顔拝見。何ともいい顔をされている。それまでは写真で知っていた。もちろん声を聴くのも初めて。これからしばらくは月曜日夜はこの番組に釘付けとなりそうだ。その前にNHKのこの番組テキストを購入しよう。オルテガ、聞いたことはあるがはっきりとは知らない。この人がテーマの番組のようだ。

 今、『坂の上の雲』(五)を読んでいる。しばらくこの本を読むのに時間をとられる。その合間に「オルテガ」、これにも関心が湧きそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 ブログ投稿後にメールをいただいた翌日のブログ(2011年4月21日)を見ると、次のようにアップしている。その一部を再度掲載。

「……ご尊母さまは死者として存在し続けるはずです。

これからもご尊母さまを大切になさってください。
私も死者となった大切な人とともに生きていこうと思います」

 いつ見ても感動してしまう。

2019年2月4日月曜日

『坂の上の雲』(三)

 「単調です」とは今朝のダグニーさんのblogタイトル。怪我をされて以降、思うようにならないのだろう、退屈というキーワードが毎日ブログにアップされる。

 今日は最低気温8度で最高気温は15度の予報。この頃は寝る前にエアコンをセットして眠る。だが、今朝はセットしなくても起きられた。ただ、ゴミ出しというのに目覚まをセットして寝ても「春眠暁を覚えず」でなかなかすぐには起きられない。ゴミ出しに間に合って良かったと朝からホッとする。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 以下は『坂の上の雲』(三)(司馬遼太郎 文藝春秋2004年新装版第一刷)から気になる個所をメモする。

★金州・南山における日本軍の死傷ははなはだしい。乃木希典が金州城外を通りすぎて「十里風 腥(なまぐさ)し  新戦場」という詩を作ったのは、この攻略戦がおわったあとであった。101p

★日本軍の基本思想は、そのような「陣地推進主義」ではなく、大きな意味での奇襲・強襲が常套の方法であった。拠点をすすめてゆくどころか、拠点すらろくにない。兵士の肉体をすすめてゆくのである。当然、戦術は指揮官と兵士の勇敢さに依存せざるをえない。ときには戦術なしで、実践者の勇敢さだけに依存するというやりかたもとる。のちの乃木軍(第三軍)の旅順攻略などはその典型であり、このほとんど体質化した個癖は昭和期になってもの濃厚に遺伝し、ついには陸軍そのものも滅亡にいたる。112p

★海軍が献策していたのは、「二〇三高地を攻めてもらいたい」ということであった。この標高二〇三メートルの禿山は、ロシアが旅順半島の山々をことごとくべトンでかためて砲塁化したあとも、ここだけは無防備でのこっていた。そのことを東郷艦隊が洋上から見ていると、よくわかるのである。この山が盲点であることを見つけた最初の人物は、艦隊参謀の秋山真之であった。162p

★日本陸軍の伝統的迷信は、戦いは作戦と将士の勇敢さによって勝つということであった。 このため参謀将校たちは開戦前から作戦計画に熱中した。詰め将棋をかんがえるようにして熱中し、遼陽作戦などは明治三十五年のころから参謀本部での「詰め将棋」になっていった。……かれらはその「詰め将棋」に血をかよわせて生きた戦争にするのは、実戦部隊の決死の勇戦あるのみという単純な図式をもっていた。「詰め将棋」がよていどおりうまく詰まないときは、第一線の実施部隊が臆病であり死をおそれるからだとして叱咤した。とめどもなく流血を強いた。……、その結果、ぼう大な血の量がながれたが、官僚制度のふしぎさで、戦後たれひとりそれによる責任をとった者はない。231-232p

★——日本が、ロシアの帝政をたおすにちがいない。
と、ヤコブ・シフはおもった。たとえ日本が負けてもいい。この戦争で帝政ロシアは衰弱する。それが、ヤコブ・シフの日本援助の理由であった。
「世界は複雑だ」
と、深井英五はおもった。
……人種問題について深井英五は世界の複雑さを知ったが、楽天家をもって知られる高橋是清のほうが、そういう感覚があった。
「それはそうだよ」
と、かれは深井にいった。かれはヤコブ・シフが「ロシアにおけるユダヤ人を救うために日本を応援するのだ」といったとき、すぐその理由が、ごく現実的なものであることを理解することができた。
高橋自身がわかいころ、アメリカで奴隷として売られたのである。287p

★ともあれユダヤ人が日本を応援した。この間のヤコブ・シフの援助理由について、高橋是清の自伝によれば、
「出来るなら日本に勝たせたい、よし最後の勝利を得ることが出来なくても、この戦いが続いているうちにはロシアの内部が治まらなくなって政変が起こる。……日本の兵は非常に訓練がゆきとどいて強いということであるから、軍費にさえゆきづまらなければ結局は自分の考えどおり、ロシアの政治があらたまって、ユダヤ人の同族はその虐殺から救われるであろうと。これすなわちシフ氏が、日本公債を引きうけるにいたった真の動機であった」
さらに高橋のばあいだけでなく、他の場合においても、人種問題が日本をたすけた。289p

★十九世紀のロシアは、ほうぼうを侵略征服した。
ポーランドもその一つである。……フィンランドもそうであった。290p

★乃木軍がいよいよ第一回総攻撃をはじめたのは、八月十九日からであった。……もっとも強靭な盤竜山と東鶏冠山をえらび、その中央を突破して全要塞を真っ二つに分断しようというほとんど机上案にちかい作戦をたて、実施した。この実施によって強いられた日本兵の損害は、わずか六日間の猛攻で死者一万五千八百人という巨大なものであり、しかも敵に与えた損害は軽微で、小塁ひとつぬけなかった。298p

★乃木は金州で長男をうしない、のちにこの戦場で次男をうしない、さらにかれ自身も出征の当初から死を決意していたが、かれの最大の不運はすぐれた参謀長を得なかったことであった。305p

★「旅順」というこの地名は、単に地名や言葉というものを超えて明治日本の存亡にかかわる運命的な語感と内容をもつようになった。――日本は、旅順でほろびるのではないか。という暗い感じをたれしもがもった。幕末から維新にかけて日本は史上類のない苦悩をへて近代(十九世紀的な意味での)国家をつくりあげたが、それがわずか三十七年でほろびるかもしれない、ということであった。334p

★旅順攻撃は、維新後近代化をいそいだ日本人にとって、はじめて「近代」というもののおそろしさに接した最初の体験であったかもしれない。要塞そのものが「近代」を象徴していた。それを知ることを日本人は血であがなった。336p

★海軍としては港内の敵艦を沈めればいい。そのためには弾着観測兵を置ける(結局それが二〇三高地なのだが)山を陸軍に占領してもらい、陸軍砲をもって港内の敵艦を沈める。それだけでよかった。それで日露戦争における旅順の始末はついてしまうべきはずであった。ところが乃木軍が要塞をすっかり退治してしまおうとおもったところに、この戦争史上空前の惨事(戦争というよりも)がおこるのである。337p

★日本陸軍の歴代首脳がいかに無能であったかということは、この日露戦争という全体が「桶狭間」的宿命にあった戦いで勝利を得たことを先例としてしまったことである。陸軍の崩壊まで日本陸軍は桶狭間式で終始した。……この当時の関東軍参謀の能力は、日露戦争における参謀よりも軍事知識は豊富でありながら、作戦能力がはるかに低かったのは、すでに軍組織が官僚化していてしかもその官僚秩序が老化しきっていたからである。360-362p

2019年2月3日日曜日

樹木のスケッチ

 ダグニーさんのblog、昨日はアップがなかったが今朝はある。時間と空間がわからないようで数日間ブログのアップ日が間違っていた。それも誰かに教えられたのか2月2日、と日付があっている。106歳まで生きると日付が間違って当然。どういってもこの年齢まで生きるだけで素晴らしい。ましてや在宅介護であっても独りでの生活は本当に立派。そして画像付きのブログのアップも素晴らしい。

 話は変わって昨日の日本画教室。昨秋に出かけた尾関山公園の樹木の風景をスケッチする。これは現場でのスケッチでなく写真を見てのスケッチだ。これまでの樹木の絵は木の根元付近か、その一部を絵にしていた。今回は樹木数本を入れた風景画を描く。そのため、樹木はスケッチできても生い茂る葉っぱも描かねばならない。この葉っぱ、一枚ずつ描くわけにもいかず、葉っぱがまとまって茂っている感じでスケッチしていく。これは大変。来週までお預け。

 今日は一日、雨となりそうだ。こういう日は外に出ず『坂の上の雲』第5巻を読もう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年2月2日土曜日

簡体字が書けない!

 今朝は放射冷却で最低気温零度と冷たい。最高気温は11度の予報で朝から日が射し温かくなりそうだ。

 先日来からNHKの「レベルアップ中国語」をネットで聞く。ところが聞いてわかったとしても文字が書けない。中国の文字は簡体字。優→优、習→习とそれこそ文字を簡略化している。昨日聞いた「学習」の「習」の簡体字が突如わからなくなる。これではいけないと思って聞き取れた文字をメモでなくノートに書く。

 文字が書けない、のは中国の簡体字だけでなく日本語もそうかもしれない。毎日ブログをアップしても文字は手書きでなくパソコンでの入力。またいくら本を読むと言ってもこれまた読むだけで、読みながら文字を書くことはない。文字を書く、のは届いた書類の返信や年賀状にちょこっと文字を書くくらい。これでは文字は読めても書けなくなるのもうなづける。そう気づき、今、聞いている中国語の簡体字を書くことにした。

 いくら笛を吹いて指を動かしても、また絵を習って手を動かしても、これと文字を書くこととは違う。日本語の文字はわかっても中国語の簡体字が書けないのは自分が年老いたせいにあるかもしれない。とはいえ簡単には年齢を言い訳にしたくない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年2月1日金曜日

暇つぶしに思うことは……

 今朝のダグニーさんのblogは「幸せの音」。徐々に左手の怪我も良くなっておられるようだ。ただブログの日付が変。

 一日中降った雨も上がり、陽が射す朝を迎える。だが、最高気温は7度の予想で寒い一日となりそうだ。昨日、広島の旅行社から旅のカタログが届く。先月出かけた大連の旅もある。5月の大連はアカシアの大連と言われるように白い花が咲いて美しい街になるだろう。先月は冬景色で木々は冬木だった。緑一色の大連を見てみたい気もする。しかし、まだ出かけて間もないので他の国を探す。

 新年になって2,3,4月と国内、外の旅をそれぞれ異なる旅行社で申し込んだ。そのうち3月の海外は早くも催行中止となる。残る2か所は国内の旅。その中でも2月の旅は2月に入ったというのに何の連絡もない。これも多分催行中止だろう。残る4月はさてさて……。

 春に出かける海外は例年ならば12月中には決めていた。ところが今年は中止などもあって決めていない。この時季は1年で一番寒い。モノゴトを決めるには動きが鈍くなる寒い季節よりも温かいうちに決めるに限る。昨夜、届いた広島発のカタログを見てかなり行く気になる。関西発と比較しては頭を悩ます。広島発は参加人員が少なく、催行されないことがある。その点で関西発を……、と思う。だが、寒い時季、関空まで行かなくても広島発で、と思ったり。

 さらには、年々年を取るので近場の国よりも遠くの国へと気持ちも揺らぐ。もう何回か出かけると海外旅行も記念すべき50回目を迎える。その時は豪華に、と目論んだり……。こうしてつまらぬ夢を見て寒い一日が過ぎてゆく。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!