気持いい季節になってきた。昨日は友人に誘われて歌を歌いに行く。その前に、展示した絵画の搬出を済ませた友だちと美術館で落ち合う。そこからタクシーで歌の会場に向かう。
一昨年、少しだけシャンソンを習った。今回はひょんなきっかけから友人に誘われてついて行く。会場に着くとすでに合唱は始まっていた。
係りのヒトの用意する楽譜を見ながらピアノの伴奏について歌い始める。その間も、係りのヒトからいろいろとお世話になる。休憩時間になった。
友人から事前に面白いヒトが世話人だと聞いていた。その人が休憩時間に来られて「ああ若いヒトに入ってもらった」と何度も言われる。そしてトイレとお茶汲み場を教えてくださる。その間、「若くないですよ」と言うと「若い、若い!」とその人は繰り返す。そして「いい人が入ってきた」と褒めてもらう。
会場を見ると年齢的にはそれほど遜色はない。言われて見れば、自分自身も今の時間が生まれてきた中では一番若い。皆、今が一番若い日だ。
トイレなど教えて貰った後は会場の前に立って自己紹介。ホワイトボードに名前、住所、TELを書かされ、インタヴュー形式ですこし応答する。そして遠くから来る、と驚かれる。
いろいろと習いものをしてきた。だがこれほど歓迎されたことはない。もう吃驚。
2時間、歌を歌う。分厚い楽譜を貰って歌詞を眺めながら歌っているとこれまで気付かなかった歌の意味を知る。いい歌詞が書いてある。
いいサークルに入らせてもらった。友だちに感謝、感謝。歌が終わると友だちと3人でお昼を食べに行く。会場辺りは、新築ラッシュ。いいお店が多そう。
和風のお店に入る。お昼時、お店の中は女性が多い。個室の座敷でお昼を食べながら話をする。3人とも同時代を生きている。友だちの友だちとは初対面だけど感じのいい人だった。
何か習うとき、いかにもオバチャンの集まりのところへは参加しないようにしている。ところが昨日は女性ばかりで年齢的にもオバチャンだがオバチャンたちではない。
世話役のヒトは偶然にも友だちのアラビア語の先生のお母さんだとか。とてもバイタリティある人で明るい。その影響なのか、歌の先生も歌っているヒトも皆、バイタリティがあり、明るい人たちだ。
食事後、友人と別れてドコモへタブレットを取りに行く。いろいろとタブレットについて教えてもらって家に帰る。タブレットはいい遊び道具なのか、昨日はずっと触っていた。だが検索の文字入力はできてもブログ作成の文字が日本語で入らない。
それにしてもパソコンと似た機能で持ち運びには便利だ。GALAXY Tabだった。午後、フルートのレッスンに出かける。その時、日本語入力の出来ないところをドコモで教えてもらおう。
マイクロSDはついていないと思ってそれも購入した。だが家でよく見ると付属品に入っている。残念がらず、いつかそれも使おう。
タブレットで遊んでいると添乗員から電話が入る。持参するものとして水2本と軽食を用意するようにとのことだった。どこへ行くにも食べ物などほとんど持参しない。そう聞いて驚く。さらに外貨も空港に電話して替えておくようにとのこと。すぐに電話して外貨両替の予約を入れる。
何しろ、初めて行く国。何でも言われたとおりにするしかない。楽しい旅にしよう!
これから、持参する水と食料を買いに自転車に乗って出かけよう。そう、今日も一日元気を出して!
書き忘れている。昨日はタブレットが気に入ったので110歳になる母を持つ友だちに電話してそれを教えてあげる。話していると母上の容態がよくないらしい。3月にお会いしたばかり。聞いて驚く!
また昨日は、古澤巌のチケット代金を郵便振り替えで送金する。岩国の会場へ電話して前から4列目の席を確保。これで8月末まで聞きに行く楽しみが待っている。
もう一度、今日も元気で!
2013年5月21日火曜日
2013年5月20日月曜日
『旅だから出逢えた言葉』
昨日は雨の中、泳ぎに出かける。雨の降る日は泳いだ後、ドライヤーで髪を乾かしても乾かない。だが、昨日を逃すと当分泳ぎに行かれそうにない。そう思ってプールへ行く。
雨が降っていてもさすがに日曜日の午後。大・小2つのプールは子供連れの親子などで賑わっている。プールに入ると先客がいる。その人に泳ぎが遅い旨、断って泳ごうとする。すると「よく泳ぐね」と泳ぐ前に言われる。そう聞いて不思議がると「いつも見ている」といわれる。
泳ぐとき度入りのゴーグルをつけている。だが、それでもコンタクトほどよく見えない。そのためプールで声を掛けてもらっても顔を覚えていない。次にプールで会っても知らぬ振りをしてしまいそう。目が悪いことも断って泳ぎ始める。
昨日は泳ぐ人が多かった。18往復して早めに引き上げる。家に着くと友だちから電話がかかっている。すぐに掛けなおすと放送大学にいるという。それにしても友だちは精力的に動き回っている。いつ、ゆっくりしているのだろう。見習わなくてはいけない。
以下はいつものように図書館で借りた『旅だから出逢えた言葉』(伊集院静 小学館、2013年)を読んで抜粋したもの。ここに記そう!
筆者の今の奥さんはカトリックの信者。そのためか、この15年位前から出かけた外国への旅もスペインなどのカトリックの国の話が多い。その旅を通して出逢った言葉を話題にして文を書いている。
「人間は何かを失ってはじめて、その大切さ、その慈愛に気付く。家族、肉親、友との死別がそうである。母国語にはそれと似た普段は見えない言語の愛のようなものが内包されている。この国の言葉は、その国にしかない風土、暮らす人の精神がさまざまな言葉、音韻を生み、長い時間をかけて熟成し、民が守り続けたものである。言葉にはその国の人々の祈り、希望、忍耐・・・・といった生きてきた証が宿っている。私たちは自分たちの言葉を大切にしているだろうか。日本語が失せるということは日本人がこの世からいなくなることである。」(58-59p)
「この本(小泉信三著『読書論』(岩波新書版))のなかで、森鴎外も同じようなことを言っていた段が紹介してあった。本を閉じて、昼間のモネとモーダンのことを思った。子供の描いた風刺画はすぐに褒められ、小遣い稼ぎにもなる。しかし、それはすぐに失せてしまう類のものだ。“すぐに役に立つものはすぐに役にたたなくなる”、至言である。旅先で読んだ本が偶然に物事を教えてくれた。印象的な旅となった。」(73p)
「若い人たちに旅をすすめるのは、広く見聞を深めることもあるが、私は若い時に、自分が一人であるのを知ることが一番大切なことのように思うからである。一人とはすなわち個であり、孤独であるということだ。・・・自分という存在は先ず独りで歩いて行かねばならないことを身を以って知るには、誰一人知り合いのいない海外での一人旅はいいのかもしれない。(若い女性にはすすめられないが、と筆者は断わって書いている)・・・孤独を知れば己の弱さも見えるし、何より家族の愛情、仲間の友情というものがいかに素晴らしいものかがわかってくる。これを経験した人と、そうでない人はやがて生きる姿勢に大きな違いが出てくる。海外に旅に出て、寂しさを感じるときは間間ある。」(75p)
「人は善き大人でありたいと願う。善き大人の条件のひとつにその人が善き友を持っているかが挙げられる。そしてその友の中に、その人より歳が若く、しかも尊敬できる友がいるなら、その人はいい出逢いをしたと言えるのではなかろうか。若い人と出逢い、語らい、さまざまなものを教えられる時、私は人生はなかなかのものだと思う。」(133p)
筆者のいう「その人より歳が若く、しかも尊敬できる友」はいる。大半の友は若い。そしてどのヒトも尊敬している。筆者にいわせれば「いい出逢い」をしているのだろう。
「ピレネー山脈を下った場所にパンプローナというちいさな町がある。・・・このパンプローナから南へ行くと、ハビエルというちいさな町がある。そこに古いお城がある。ハビエル城。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの生まれたい家が、このハビエル城である。この城の中のちいさな部屋に、古い椅子があるのを何年か前に知った。・・・今は聖人となり、オーストラリア、ニュージランド、ボルネオ、中国、東インド諸島、日本のキリスト教守護聖人となっているザビエルが少年時代に思索する折、座っていた椅子である。・・・椅子に座るとたったひとつの窓から外を眺めることが出来た。そこにピレネー山脈と青空が広がっていた。」(38-39p)
2年弱前にスペインへ出かけた時、ハビエル城へ行った。この「ピレネー山脈と青空が広がっていた」はまったくその通りだった。何か物寂しげな城だけれど、この青空にそびえる廃墟の城はとても新鮮に目に映っている!
「ヨーロッパに日本人の人となりを最初に伝えたのはザビエルだった。ゴアにいる友人にあてた手紙にザビエルの率直な日本人の印象が記してある。『日本についてこの地で私たちが経験によって知りえたことをお知らせします。~この国の人々は今まで発見された民の中で最高であり、異教徒で日本字より優れている人々は見つけられないでしょう。』~」(40p)
「『プラド美術館の三時間の訪問がもたらす最高の成果は、きっともう一度訪ねねばならないと感じることであろう。』(『プラド美術館の三時間の』の序章でドールスが語った言葉)九十年も前にひとりの美術家が語った言葉が、私には今、まさに真実だと感じられる。・・・美術館とは不思議な世界である。そこの足を踏み入れた途端、現在の時間は止まり、ゆっくりと過去が寄せてくる。」(204-205p)
プラド美術館では筆者の述べているように3時間から4時間は訪問した。今でも鮮明にこの美術館を思い出す。知人とパンフを手にして、掲載されている絵画などほとんどは見て廻ったことを・・・。
「運が良かったのだと思う。不思議と手を差しのべてくれる人が次から次にあらわれ、青年は旅へ身をおく生き方ができるようになった。旅へ出てみると、そこには自分が見も知らないものがあふれていた。文明、文化以上の、ここに人間が生きている証がいかなる土地にもあった。・・・それでも旅を続けたのは、自分がどこか何かが待つ土地があるのではと思ったからである。」(219-220p)
「なぜ人は旅に出るのか。
なぜ人は旅に焦がれるのか。
何故人は故郷を離れようとするのか。
それは永遠の謎のように思う。人類がこの土地に誕生した時から、私たちの体のどこかに“旅へ出なさい”と言う声が消えずに残っているのではないかと思う。」(220-221p)
もう少しするとまた旅に出る。ツアーの旅なので本来の旅とは趣を異にするかもしれない。とはいっても最後のこの筆者の言葉は当てはまる。なぜ異郷に出かける旅をするのだろう。ともあれ楽しい旅をしよう!そして今日一日も楽しく過ごそう!
雨が降っていてもさすがに日曜日の午後。大・小2つのプールは子供連れの親子などで賑わっている。プールに入ると先客がいる。その人に泳ぎが遅い旨、断って泳ごうとする。すると「よく泳ぐね」と泳ぐ前に言われる。そう聞いて不思議がると「いつも見ている」といわれる。
泳ぐとき度入りのゴーグルをつけている。だが、それでもコンタクトほどよく見えない。そのためプールで声を掛けてもらっても顔を覚えていない。次にプールで会っても知らぬ振りをしてしまいそう。目が悪いことも断って泳ぎ始める。
昨日は泳ぐ人が多かった。18往復して早めに引き上げる。家に着くと友だちから電話がかかっている。すぐに掛けなおすと放送大学にいるという。それにしても友だちは精力的に動き回っている。いつ、ゆっくりしているのだろう。見習わなくてはいけない。
以下はいつものように図書館で借りた『旅だから出逢えた言葉』(伊集院静 小学館、2013年)を読んで抜粋したもの。ここに記そう!
筆者の今の奥さんはカトリックの信者。そのためか、この15年位前から出かけた外国への旅もスペインなどのカトリックの国の話が多い。その旅を通して出逢った言葉を話題にして文を書いている。
「人間は何かを失ってはじめて、その大切さ、その慈愛に気付く。家族、肉親、友との死別がそうである。母国語にはそれと似た普段は見えない言語の愛のようなものが内包されている。この国の言葉は、その国にしかない風土、暮らす人の精神がさまざまな言葉、音韻を生み、長い時間をかけて熟成し、民が守り続けたものである。言葉にはその国の人々の祈り、希望、忍耐・・・・といった生きてきた証が宿っている。私たちは自分たちの言葉を大切にしているだろうか。日本語が失せるということは日本人がこの世からいなくなることである。」(58-59p)
「この本(小泉信三著『読書論』(岩波新書版))のなかで、森鴎外も同じようなことを言っていた段が紹介してあった。本を閉じて、昼間のモネとモーダンのことを思った。子供の描いた風刺画はすぐに褒められ、小遣い稼ぎにもなる。しかし、それはすぐに失せてしまう類のものだ。“すぐに役に立つものはすぐに役にたたなくなる”、至言である。旅先で読んだ本が偶然に物事を教えてくれた。印象的な旅となった。」(73p)
「若い人たちに旅をすすめるのは、広く見聞を深めることもあるが、私は若い時に、自分が一人であるのを知ることが一番大切なことのように思うからである。一人とはすなわち個であり、孤独であるということだ。・・・自分という存在は先ず独りで歩いて行かねばならないことを身を以って知るには、誰一人知り合いのいない海外での一人旅はいいのかもしれない。(若い女性にはすすめられないが、と筆者は断わって書いている)・・・孤独を知れば己の弱さも見えるし、何より家族の愛情、仲間の友情というものがいかに素晴らしいものかがわかってくる。これを経験した人と、そうでない人はやがて生きる姿勢に大きな違いが出てくる。海外に旅に出て、寂しさを感じるときは間間ある。」(75p)
「人は善き大人でありたいと願う。善き大人の条件のひとつにその人が善き友を持っているかが挙げられる。そしてその友の中に、その人より歳が若く、しかも尊敬できる友がいるなら、その人はいい出逢いをしたと言えるのではなかろうか。若い人と出逢い、語らい、さまざまなものを教えられる時、私は人生はなかなかのものだと思う。」(133p)
筆者のいう「その人より歳が若く、しかも尊敬できる友」はいる。大半の友は若い。そしてどのヒトも尊敬している。筆者にいわせれば「いい出逢い」をしているのだろう。
「ピレネー山脈を下った場所にパンプローナというちいさな町がある。・・・このパンプローナから南へ行くと、ハビエルというちいさな町がある。そこに古いお城がある。ハビエル城。日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの生まれたい家が、このハビエル城である。この城の中のちいさな部屋に、古い椅子があるのを何年か前に知った。・・・今は聖人となり、オーストラリア、ニュージランド、ボルネオ、中国、東インド諸島、日本のキリスト教守護聖人となっているザビエルが少年時代に思索する折、座っていた椅子である。・・・椅子に座るとたったひとつの窓から外を眺めることが出来た。そこにピレネー山脈と青空が広がっていた。」(38-39p)
2年弱前にスペインへ出かけた時、ハビエル城へ行った。この「ピレネー山脈と青空が広がっていた」はまったくその通りだった。何か物寂しげな城だけれど、この青空にそびえる廃墟の城はとても新鮮に目に映っている!
「ヨーロッパに日本人の人となりを最初に伝えたのはザビエルだった。ゴアにいる友人にあてた手紙にザビエルの率直な日本人の印象が記してある。『日本についてこの地で私たちが経験によって知りえたことをお知らせします。~この国の人々は今まで発見された民の中で最高であり、異教徒で日本字より優れている人々は見つけられないでしょう。』~」(40p)
「『プラド美術館の三時間の訪問がもたらす最高の成果は、きっともう一度訪ねねばならないと感じることであろう。』(『プラド美術館の三時間の』の序章でドールスが語った言葉)九十年も前にひとりの美術家が語った言葉が、私には今、まさに真実だと感じられる。・・・美術館とは不思議な世界である。そこの足を踏み入れた途端、現在の時間は止まり、ゆっくりと過去が寄せてくる。」(204-205p)
プラド美術館では筆者の述べているように3時間から4時間は訪問した。今でも鮮明にこの美術館を思い出す。知人とパンフを手にして、掲載されている絵画などほとんどは見て廻ったことを・・・。
「運が良かったのだと思う。不思議と手を差しのべてくれる人が次から次にあらわれ、青年は旅へ身をおく生き方ができるようになった。旅へ出てみると、そこには自分が見も知らないものがあふれていた。文明、文化以上の、ここに人間が生きている証がいかなる土地にもあった。・・・それでも旅を続けたのは、自分がどこか何かが待つ土地があるのではと思ったからである。」(219-220p)
「なぜ人は旅に出るのか。
なぜ人は旅に焦がれるのか。
何故人は故郷を離れようとするのか。
それは永遠の謎のように思う。人類がこの土地に誕生した時から、私たちの体のどこかに“旅へ出なさい”と言う声が消えずに残っているのではないかと思う。」(220-221p)
もう少しするとまた旅に出る。ツアーの旅なので本来の旅とは趣を異にするかもしれない。とはいっても最後のこの筆者の言葉は当てはまる。なぜ異郷に出かける旅をするのだろう。ともあれ楽しい旅をしよう!そして今日一日も楽しく過ごそう!
2013年5月19日日曜日
“プログレス”
朝から雨が降り続く。今日は一日雨になるのだろうか。泳ぎに行く予定だが、さてどうしよう。
泳ぎといえば昨日予定していた。ところがお昼前、友だちからお稽古事を済ませて自宅最寄駅に向かっているとの電話がかかる。折角の電話。召集令状と思い、すぐ向かう旨、返事をする。
最寄駅で合流し、JRに乗って広島駅でお昼を食べる。だが、昨日はカープの試合がある日。駅構内は子供連れの親子で溢れている。少し待って、駅南口の“酔心”に入る。
友だちは食事後、日本画を習いに隣の駅まで出かけ、その後、美術館を経てその打ち上げに行くという。それにしても大変なスケジュールで驚いてしまう。
友だちと別れると家に戻り、お昼寝タイム。たった3日間、朝まともに起きた。ところがそれは寝不足になるのか、眠たくて仕方ない。
少し眠ると頭もさえてくる。夕飯は近くの友だちと一緒に食べに行く。午後5時開店と同時に入店する。いつもの如く決まった席に座って他愛無いことをしゃべっては食べて飲む。
こういうことができるのも元気な証拠。お昼を一緒に食べた友だちは、夕食は特別な食事をとっているいう。その話を聞くと何でも美味しく食べられることは幸せかもしれない。
今朝訪問したヒトのブログに乙武氏のツイッターを見て、それに関するコトが書いてある。先ほどそのツイッターを初めて訪問する。電話予約を入れたお店に入ろうとすると車椅子のため入店できない。そのお店の対応の悪さをツイートする。それに対して外野がガヤガヤとののしるフォローがある。
それを見ていて、外野の声が許せない!母を長く介護した経験から、車椅子の人の気持ちの配慮が欠けている。
昨日のお昼、友だちと最寄駅で合流した際、友だちは膝が痛いらしく、駅ホームまでエレベータを利用する。このエレベータで思い出す。これが完成したら、車椅子を押して母を遠くまで連れ出せる、と楽しみに待っていた。だが、それも間に合わず。その話を昨日会った友だちにしたばかりだった。
今の世の中、体の不自由なヒトに対してかなり進歩(ブログのヒトから番組の主題歌としての“プログレス”を知る。)している。それなのにレストランの経営者は車椅子利用と事前に告げなかったことを問題にする。結果的にはレストラン側が謝罪する。
健常者であれば電話予約する際、あらためて健常者です、とは告げない。
今朝のヒトのブログを見て車椅子を利用していたころの母を思い出す。そして“プログレス”を知る。
今日も元気で!
泳ぎといえば昨日予定していた。ところがお昼前、友だちからお稽古事を済ませて自宅最寄駅に向かっているとの電話がかかる。折角の電話。召集令状と思い、すぐ向かう旨、返事をする。
最寄駅で合流し、JRに乗って広島駅でお昼を食べる。だが、昨日はカープの試合がある日。駅構内は子供連れの親子で溢れている。少し待って、駅南口の“酔心”に入る。
友だちは食事後、日本画を習いに隣の駅まで出かけ、その後、美術館を経てその打ち上げに行くという。それにしても大変なスケジュールで驚いてしまう。
友だちと別れると家に戻り、お昼寝タイム。たった3日間、朝まともに起きた。ところがそれは寝不足になるのか、眠たくて仕方ない。
少し眠ると頭もさえてくる。夕飯は近くの友だちと一緒に食べに行く。午後5時開店と同時に入店する。いつもの如く決まった席に座って他愛無いことをしゃべっては食べて飲む。
こういうことができるのも元気な証拠。お昼を一緒に食べた友だちは、夕食は特別な食事をとっているいう。その話を聞くと何でも美味しく食べられることは幸せかもしれない。
今朝訪問したヒトのブログに乙武氏のツイッターを見て、それに関するコトが書いてある。先ほどそのツイッターを初めて訪問する。電話予約を入れたお店に入ろうとすると車椅子のため入店できない。そのお店の対応の悪さをツイートする。それに対して外野がガヤガヤとののしるフォローがある。
それを見ていて、外野の声が許せない!母を長く介護した経験から、車椅子の人の気持ちの配慮が欠けている。
昨日のお昼、友だちと最寄駅で合流した際、友だちは膝が痛いらしく、駅ホームまでエレベータを利用する。このエレベータで思い出す。これが完成したら、車椅子を押して母を遠くまで連れ出せる、と楽しみに待っていた。だが、それも間に合わず。その話を昨日会った友だちにしたばかりだった。
今の世の中、体の不自由なヒトに対してかなり進歩(ブログのヒトから番組の主題歌としての“プログレス”を知る。)している。それなのにレストランの経営者は車椅子利用と事前に告げなかったことを問題にする。結果的にはレストラン側が謝罪する。
健常者であれば電話予約する際、あらためて健常者です、とは告げない。
今朝のヒトのブログを見て車椅子を利用していたころの母を思い出す。そして“プログレス”を知る。
今日も元気で!
2013年5月18日土曜日
「犬も歩けば棒にあたる」
「犬も歩けば棒にあたる」、昨日はまさにそうだった。
昨日の午前中は姉夫婦と一緒に墓参りをする。姉は庭先に咲いているグラジオラス、カラー、芍薬などを手に抱えて我が家にやってくる。その一部を仏壇前の大きな花瓶に活ける。
墓参りを終えると自転車に乗って再度外に飛び出す。初夏の風に吹かれて気持いい。
午後からは、友人が出品する絵画展を見に美術館へ出かける。特別展のない美術館は静まり返っている。だが、美術館の地下の展示室4室はいずれもどこかのグループが展示している。友人のところは油彩、水彩やデッサンなどだ。友だちは昨年出かけたイタリアの風景をバックにした人物画を5点出品。
絵画に疎いモノにとって何がいいのか悪いのかよくわからない。だが、見ていていいと感じるものはいいのだろう。友人も上手に描いている。習って5,6年になるらしい。だが他の人は何十年選手だとか。上手いはずである。
左隣の展示室を覗くと七宝展。この焼き物も小物ではなく絵画として創作している。なかなか見る機会もなくすばらしかった。創作方法を知りたくなるほど緻密にできている。だが、係りは接客中で聞けず。後でネットで検索しよう。
右隣の展示は墨画展。30数年前、水墨画を習ったことがある。会場を見渡すと今年から教えているというヒトから名刺を貰う。そしてしきりに、「電話をかけてください」と言われる。どうも習いに来てくださいという意味らしい。だが展示してある作品を見ても墨は薄く、作品の大半は書だった。
書の書体も好みでなく習いたい気持にならない。だが名刺をくれた人と話すとその人がはじめについた先生と私の以前の先生は同じ人だった。だがその先生も4年前に他界されている。
3箇所の展示を見終えて友人と受付で話をする。話している間にも会場に人がやってくる。そのなかには隣の美術館の一番偉い学芸員も見に来られている。友人はその人としきりに会話する。後で知ったことだが、となりの墨画についても話したらしい。もうこれ以上書くのはよそう。
友だちは昨夜遅く、電話をかけてくる。その墨画を習うのでは?と心配してくれる電話だった。その場でその感想を一言ももらしていない。それくらい疑問に感じていた。だから習う気持ちはさらさらない。そう告げると安心してくれる。
昨夜の友人はコーラスをすすめてくれた人。会うとすぐ、来週から始めるコーラスの会場までの地図をくれた。その人は出品した人物画や水彩、油彩も同じ先生に習っている。その先生は広島でも有名な先生で自宅アトリエで習っているという。油絵もすすめてくれる。だが一度に新たなことを始めるのは大変。その人もそういってくれる。
しかし、いつか油絵も習ってみたい。新たなことに挑戦する気持ちがなくなったら老いぼれてしまう。そう、好奇心がなくなってはいけない。
長沼氏の昨日のツイッターを見ると「好奇心」を「おもいやり」とともに人間の持つ美徳だとスペシャル・インタビューで話している。
それは情報オピニオン誌「水マネジメント 2013 VOL.21」。ネットで見ると「ホモサピエンスはどこへ向かうのか 人間の本質を理解することから始めよう 長沼毅」。
その一部を引用すると「経験から得られる思いやりと好奇心」では、「思いやりは、人間が持つもう一つの美徳である『好奇心』と裏腹の存在です。好奇心は人間に特有のもので、私は一番美しいと思っています。過去を参照しながら新しいものをイマジネーション、イノベーションを起こすのが好奇心だとすると、相手のこころの中をおもんばかり、想像し、検証し、自分の言動を軌道修正するのが思いやりです。想像力の欠如と思いやりの無さは、根本的に同じことだと思います。」。
昨日の友人は思いやりのあるヒト。昨夜は午後8時まで当番の受付らしく、一人途中で会場を後にする。ところが、何と嬉しいニュースが目の前に飛び込む。
美術館を出る間際、情報ボックスのところで古澤巌が岩国シンフォニアでコンサート開催のチラシを見つける。嬉しかった!すぐにそれを手にして友人のところへ引き返し、知らせる。
そこでまた他の人も加わってコンサートの話になる。そのとき、友人と一緒にいた人の口から「マーブリング」を聞く。初めて聞く言葉。「マーブル」といえばマーブルチョコレートくらいしかわからない。
その初対面の人から美術館へ来るまでしていたというマーブリングのマーブル・ペーパーをもらう。これで絵を描くようにとのことらしい。
そして昨夜遅くかかってきた友人の電話では昨夜知り合った人と3人でいつか食事に行く話も出る。
「犬も歩けば棒にあたる」、昨日はそんな一日だった。やっぱり家でじっとしていてはいけない!?
今日も元気で楽しい一日にしよう!そして古澤巌のチケット、早く入手しよう!
昨日の午前中は姉夫婦と一緒に墓参りをする。姉は庭先に咲いているグラジオラス、カラー、芍薬などを手に抱えて我が家にやってくる。その一部を仏壇前の大きな花瓶に活ける。
墓参りを終えると自転車に乗って再度外に飛び出す。初夏の風に吹かれて気持いい。
午後からは、友人が出品する絵画展を見に美術館へ出かける。特別展のない美術館は静まり返っている。だが、美術館の地下の展示室4室はいずれもどこかのグループが展示している。友人のところは油彩、水彩やデッサンなどだ。友だちは昨年出かけたイタリアの風景をバックにした人物画を5点出品。
絵画に疎いモノにとって何がいいのか悪いのかよくわからない。だが、見ていていいと感じるものはいいのだろう。友人も上手に描いている。習って5,6年になるらしい。だが他の人は何十年選手だとか。上手いはずである。
左隣の展示室を覗くと七宝展。この焼き物も小物ではなく絵画として創作している。なかなか見る機会もなくすばらしかった。創作方法を知りたくなるほど緻密にできている。だが、係りは接客中で聞けず。後でネットで検索しよう。
右隣の展示は墨画展。30数年前、水墨画を習ったことがある。会場を見渡すと今年から教えているというヒトから名刺を貰う。そしてしきりに、「電話をかけてください」と言われる。どうも習いに来てくださいという意味らしい。だが展示してある作品を見ても墨は薄く、作品の大半は書だった。
書の書体も好みでなく習いたい気持にならない。だが名刺をくれた人と話すとその人がはじめについた先生と私の以前の先生は同じ人だった。だがその先生も4年前に他界されている。
3箇所の展示を見終えて友人と受付で話をする。話している間にも会場に人がやってくる。そのなかには隣の美術館の一番偉い学芸員も見に来られている。友人はその人としきりに会話する。後で知ったことだが、となりの墨画についても話したらしい。もうこれ以上書くのはよそう。
友だちは昨夜遅く、電話をかけてくる。その墨画を習うのでは?と心配してくれる電話だった。その場でその感想を一言ももらしていない。それくらい疑問に感じていた。だから習う気持ちはさらさらない。そう告げると安心してくれる。
昨夜の友人はコーラスをすすめてくれた人。会うとすぐ、来週から始めるコーラスの会場までの地図をくれた。その人は出品した人物画や水彩、油彩も同じ先生に習っている。その先生は広島でも有名な先生で自宅アトリエで習っているという。油絵もすすめてくれる。だが一度に新たなことを始めるのは大変。その人もそういってくれる。
しかし、いつか油絵も習ってみたい。新たなことに挑戦する気持ちがなくなったら老いぼれてしまう。そう、好奇心がなくなってはいけない。
長沼氏の昨日のツイッターを見ると「好奇心」を「おもいやり」とともに人間の持つ美徳だとスペシャル・インタビューで話している。
それは情報オピニオン誌「水マネジメント 2013 VOL.21」。ネットで見ると「ホモサピエンスはどこへ向かうのか 人間の本質を理解することから始めよう 長沼毅」。
その一部を引用すると「経験から得られる思いやりと好奇心」では、「思いやりは、人間が持つもう一つの美徳である『好奇心』と裏腹の存在です。好奇心は人間に特有のもので、私は一番美しいと思っています。過去を参照しながら新しいものをイマジネーション、イノベーションを起こすのが好奇心だとすると、相手のこころの中をおもんばかり、想像し、検証し、自分の言動を軌道修正するのが思いやりです。想像力の欠如と思いやりの無さは、根本的に同じことだと思います。」。
昨日の友人は思いやりのあるヒト。昨夜は午後8時まで当番の受付らしく、一人途中で会場を後にする。ところが、何と嬉しいニュースが目の前に飛び込む。
美術館を出る間際、情報ボックスのところで古澤巌が岩国シンフォニアでコンサート開催のチラシを見つける。嬉しかった!すぐにそれを手にして友人のところへ引き返し、知らせる。
そこでまた他の人も加わってコンサートの話になる。そのとき、友人と一緒にいた人の口から「マーブリング」を聞く。初めて聞く言葉。「マーブル」といえばマーブルチョコレートくらいしかわからない。
その初対面の人から美術館へ来るまでしていたというマーブリングのマーブル・ペーパーをもらう。これで絵を描くようにとのことらしい。
そして昨夜遅くかかってきた友人の電話では昨夜知り合った人と3人でいつか食事に行く話も出る。
「犬も歩けば棒にあたる」、昨日はそんな一日だった。やっぱり家でじっとしていてはいけない!?
今日も元気で楽しい一日にしよう!そして古澤巌のチケット、早く入手しよう!
2013年5月17日金曜日
いろんな話で明け暮れて
今日も気持ちよい朝を迎える。やっと7時前後に起きられるようになった。これが本来の生活リズム。続けよう。
昨日は一日よくしゃべった。午前中、女子会のNO.4さんと電話で話す。途中、用件が入り、電話を掛けなおしては他愛無い話をする。元は、先日、スペイン語の講座を受ける前に会う話がご破算になる。その「リベンジ」から話が始まる。だが、昨日はフルート定例会の日。
フルート定例会、と話すとその人はフルートの演奏を聞く定例会と思ったらしい。そうではなく、フルートを習っている3人の単なる飲み会。そう告げると「じゃ、定例会はエレクトーの女子会のようなフルートの女子会ね」と彼女はいう。そう言われればそうだけど男女3人の時は何会!?
電話で話しているとパソコンの話題になる。急に「タブレット端末を買おう」と思いつく。これから気候もよくなってくる。家に引っ込まず、外に飛び出そう。時には宿泊を伴う旅もしたい。平常、かなりパソコンに頼った生活をしている。宿先でタブレット端末があればパソコン代わりになる。そう思った。思い立ったが吉日。すぐに欲しくなる。
また気候もよくなるとビアガーデンにも行きたい。女子会メンバーでビアガーデンの計画をしようと言って電話を切る。旅行から帰ったら連絡します。
電話を終えると広島駅北口のドコモにTELする。電話でタブレットについてわからないことを聞く。聞き終えると「これから買いに行きます」と言ってすぐにドコモへ・・・。
名前を聞いていたヒト(貰った名刺を見ると店長だった)と応対する。まずは端末が無料になる機種をすすめられる。だが手にすると思ったよりも重い。端末代金がかかってもいいから軽い機種を購入。買うのはいいのだが、メールの設定もして欲しい。だがそれには時間がかかるという。
時間はどんどん過ぎていく。その後、フルート定例会もある。時間がない旨告げると、担当者は月曜日か火曜日に来店するようにいう。商品は受取らず、手続きだけ済ませて来週再度、来店して受取ることにする。これで福岡の宿泊にはタブレットが間に合いそう。
ドコモを後にして紙屋町に向かう。駅北口から紙屋町までは思ったより時間がかかる。表口まで出てバスに乗るとどうにか時間までに紙屋町に到着。
フルート定例会は紙屋町の地下街につながる新たなビルの地下に入る。ここはちょっとした外国を思わせる。一度、その辺りのお店に入りたいと思っていた。昨日はそのお店で定例会。だが、いつまで経ってもお客は入らず、貸切状態。お店を後にしようとしたころ、やっと一組の客が来店する。ここも先行き大丈夫?
だが、上品なお店で器も凝っている。食事も美味!3人で久しぶりにビールで乾杯する。
いつものごとく他愛無い話をする。昨日のジーパンの話もしてしまった!どう考えてもその話は可笑しい!
今日は夕方、そのジーパンの人の絵画を見に行く。きっと彼女の耳は痒かっただろう。
昨日は姉からも電話がかかる。明日の月命日の墓参りは用があり、一日繰り上げて今日の午前中に墓参りをするという。
昨日は電話で話したり、人と会ったりして話をした楽しい一日だった。今日も楽しく過ごそう!
昨日は一日よくしゃべった。午前中、女子会のNO.4さんと電話で話す。途中、用件が入り、電話を掛けなおしては他愛無い話をする。元は、先日、スペイン語の講座を受ける前に会う話がご破算になる。その「リベンジ」から話が始まる。だが、昨日はフルート定例会の日。
フルート定例会、と話すとその人はフルートの演奏を聞く定例会と思ったらしい。そうではなく、フルートを習っている3人の単なる飲み会。そう告げると「じゃ、定例会はエレクトーの女子会のようなフルートの女子会ね」と彼女はいう。そう言われればそうだけど男女3人の時は何会!?
電話で話しているとパソコンの話題になる。急に「タブレット端末を買おう」と思いつく。これから気候もよくなってくる。家に引っ込まず、外に飛び出そう。時には宿泊を伴う旅もしたい。平常、かなりパソコンに頼った生活をしている。宿先でタブレット端末があればパソコン代わりになる。そう思った。思い立ったが吉日。すぐに欲しくなる。
また気候もよくなるとビアガーデンにも行きたい。女子会メンバーでビアガーデンの計画をしようと言って電話を切る。旅行から帰ったら連絡します。
電話を終えると広島駅北口のドコモにTELする。電話でタブレットについてわからないことを聞く。聞き終えると「これから買いに行きます」と言ってすぐにドコモへ・・・。
名前を聞いていたヒト(貰った名刺を見ると店長だった)と応対する。まずは端末が無料になる機種をすすめられる。だが手にすると思ったよりも重い。端末代金がかかってもいいから軽い機種を購入。買うのはいいのだが、メールの設定もして欲しい。だがそれには時間がかかるという。
時間はどんどん過ぎていく。その後、フルート定例会もある。時間がない旨告げると、担当者は月曜日か火曜日に来店するようにいう。商品は受取らず、手続きだけ済ませて来週再度、来店して受取ることにする。これで福岡の宿泊にはタブレットが間に合いそう。
ドコモを後にして紙屋町に向かう。駅北口から紙屋町までは思ったより時間がかかる。表口まで出てバスに乗るとどうにか時間までに紙屋町に到着。
フルート定例会は紙屋町の地下街につながる新たなビルの地下に入る。ここはちょっとした外国を思わせる。一度、その辺りのお店に入りたいと思っていた。昨日はそのお店で定例会。だが、いつまで経ってもお客は入らず、貸切状態。お店を後にしようとしたころ、やっと一組の客が来店する。ここも先行き大丈夫?
だが、上品なお店で器も凝っている。食事も美味!3人で久しぶりにビールで乾杯する。
いつものごとく他愛無い話をする。昨日のジーパンの話もしてしまった!どう考えてもその話は可笑しい!
今日は夕方、そのジーパンの人の絵画を見に行く。きっと彼女の耳は痒かっただろう。
昨日は姉からも電話がかかる。明日の月命日の墓参りは用があり、一日繰り上げて今日の午前中に墓参りをするという。
昨日は電話で話したり、人と会ったりして話をした楽しい一日だった。今日も楽しく過ごそう!
2013年5月16日木曜日
可笑しい話題
家の横に小さな水路が流れている。そこは昔はセリ等が生えていた。それも時とともに移り変わり今ではどくだみ草が我が物顔で生えている。このどくだみ草、水の中で生えているため、色も鮮やかで背丈も高い。だが、多年草なのか、繁殖はすさまじい。水路と家のコンクリのわき目からも生えてくる。
今朝は昨日コンクリの横に生えていたものを抜いて燃えるごみに出す。ナイロンの手袋をして触ったにもかかわらず、刺激が強くて朝から鼻水が出る。
どくだみ草といえば、中国の留学生と話した際、どくだみ草をおひたしなどの食用に供していると聞く。“どくだみ”というくらいだから体の毒を出す作用があるのかもしれない。とはいっても我が家にとってはあり難い植物ではない。
鼻水との格闘もどうにかおさまり、気を取り直して今日もブログに投稿する。投稿する前、人のブログやツイッターを訪問。どのヒトも昨日に続いて面白い話題が多い。
“醤油”について書いてた人の昨日のツイッターも読んで笑ってしまった。勝手に引用させていただこう。「男の創作料理。脂の載ったアツアツの焼き立ての塩さばに、冷たい手のべそうめん。広島のアサムラサキ『かき醤油』と、薬味におろし生姜。この『塩鯖そうめん』、は、鯛そうめんに優るとも劣らぬ美味!」。
後で見ると他の日も“醤油”の話題があった。この中の「男の創作料理」が特に可笑しい。これは料理!?
他の人では、一昨日と昨日に続いてトイレがらみの話題がある。特に、講演会で話した際、生理現象をもよおしてしまった。「一瞬、静まりかえる客席。やがて、事態を察知したみなさんが、最初はくすくす、やがて爆笑。私は、舞台の上でひとり顔を真っ赤にして立ち尽くす。。。」。
これを見て、どのヒトも皆同じ人間と思わず笑いが起きる。
笑いといえば、昨夜友だちと電話で長話をする。友だちは電話の終わりで昨日自身がとった面白い行動を話してくれる。
少し痩せてきたのでジーパンを買い換えようと売り場に出かける。係りのヒトと自分にピッタリ合うジーパンをいろいろと試着する。そのうち一枚の裾も胴回りもピッタリするものに出あう。
「これを下さい」と係りに告げると係りのヒト曰く「これは穿いてこられたジーパンですよ」。
「どんな顔をしてそれを聞いた?」と尋ねると普通にしていたとか。だが、きっと係りのヒトはその人が帰った後、笑っていただろうとも言って笑わせる。ジーパンは買ったといってたけど、それにしても可笑しい話。
家にいて楽しい話題で一日を過ごす。これも人生。それにしても皆、何か面白いことを見つけて楽しく生きている。私も皆にあやかって今日も一日楽しく元気で!
今朝は昨日コンクリの横に生えていたものを抜いて燃えるごみに出す。ナイロンの手袋をして触ったにもかかわらず、刺激が強くて朝から鼻水が出る。
どくだみ草といえば、中国の留学生と話した際、どくだみ草をおひたしなどの食用に供していると聞く。“どくだみ”というくらいだから体の毒を出す作用があるのかもしれない。とはいっても我が家にとってはあり難い植物ではない。
鼻水との格闘もどうにかおさまり、気を取り直して今日もブログに投稿する。投稿する前、人のブログやツイッターを訪問。どのヒトも昨日に続いて面白い話題が多い。
“醤油”について書いてた人の昨日のツイッターも読んで笑ってしまった。勝手に引用させていただこう。「男の創作料理。脂の載ったアツアツの焼き立ての塩さばに、冷たい手のべそうめん。広島のアサムラサキ『かき醤油』と、薬味におろし生姜。この『塩鯖そうめん』、は、鯛そうめんに優るとも劣らぬ美味!」。
後で見ると他の日も“醤油”の話題があった。この中の「男の創作料理」が特に可笑しい。これは料理!?
他の人では、一昨日と昨日に続いてトイレがらみの話題がある。特に、講演会で話した際、生理現象をもよおしてしまった。「一瞬、静まりかえる客席。やがて、事態を察知したみなさんが、最初はくすくす、やがて爆笑。私は、舞台の上でひとり顔を真っ赤にして立ち尽くす。。。」。
これを見て、どのヒトも皆同じ人間と思わず笑いが起きる。
笑いといえば、昨夜友だちと電話で長話をする。友だちは電話の終わりで昨日自身がとった面白い行動を話してくれる。
少し痩せてきたのでジーパンを買い換えようと売り場に出かける。係りのヒトと自分にピッタリ合うジーパンをいろいろと試着する。そのうち一枚の裾も胴回りもピッタリするものに出あう。
「これを下さい」と係りに告げると係りのヒト曰く「これは穿いてこられたジーパンですよ」。
「どんな顔をしてそれを聞いた?」と尋ねると普通にしていたとか。だが、きっと係りのヒトはその人が帰った後、笑っていただろうとも言って笑わせる。ジーパンは買ったといってたけど、それにしても可笑しい話。
家にいて楽しい話題で一日を過ごす。これも人生。それにしても皆、何か面白いことを見つけて楽しく生きている。私も皆にあやかって今日も一日楽しく元気で!
2013年5月15日水曜日
替え指
今朝は起きたときから室温23度と一挙に夏の感じがする。朝食を終えて新聞を読んでいるとどこからか風が入る。ふと部屋の窓を見ると鍵も掛けずに少し開けたままで寝ていた。気をつけよう!
昨日も日中は暑かった。フルートのレッスンに行く前、広島から福岡までの往復チケットを購入するためデパート内のJTBに立寄る。係りに話をするとJRチケットは宿泊を伴うときだけ扱うという。これには驚く。いわれてみれば、そこはJTB直轄の支店ではない。カウンターを見てもお客は一組のみ。エグゼクティブ・クラスを顧客としているのだろうか。
前泊する宿泊先は前回JTBに依頼した同じホテル。だがこのホテル、ネットで検索して予約すると旅行社を通すよりもかなり安い。これはどういう仕組みになっているのだろう。
JRのチケットはレッスン後、購入することにしてフルートのレッスンを受ける。
2週間前からフルートを吹く時の立ち方を変える。そして胸郭をあげて吹くようにしている。昨日はそれに加えて楽器の右手を楽にして持つようにし、左手の人差し指に少し力を加える。そう指摘されてソノリテの低い音を吹くとこれまでよりも低い音がよく出た。
さらっている曲はトリルが何箇所かある。トリルを吹く時、本来の指で吹くと困難を伴う。ところが難しいトリルも替え指にすれば少しは楽に吹ける。家で練習する時、楽器のキーの変化で替え指を自分なりにやってみる。だが本来の音で吹けない。
それも先生によれば、先ず本来の指で吹いてその音と同じ音になるトリルキーを押さえればいいらしい。教えてもらって「なるほど!」と気付く。
これまでトリルがあるたび、習ったときにメモしていたノートを取り出して指使いを替えていた。ところが教えてもらったやり方をすればノートを見なくても替え指ができるかもしれない。
レッスン後、自宅最寄JR駅で福岡までの往復チケットを購入する。その際、2月に購入したJRの半年の定期券をICOCAの定期に変更してもらう。
10年近く定期券を使わなかった。その間、世の中は大きく様変わりして、定期券も以前のものとは違っていた。何も知らず、以前と同じ定期券を購入する。ところが、それだとJR利用の都度、ケースから定期券を出して機械を通す必要がある。ICOCAはその必要がなく機械にタッチすればいい。
ICOCAへの変更は次回定期を購入するときまで不可能と思っていた。だが、昨日ダメモトと思って係りに聴くと、OKだった。嬉しかった!何でもわからないことは聴くことに限る。
今日も日中は暑くなりそう。元気で過ごそう!
昨日も日中は暑かった。フルートのレッスンに行く前、広島から福岡までの往復チケットを購入するためデパート内のJTBに立寄る。係りに話をするとJRチケットは宿泊を伴うときだけ扱うという。これには驚く。いわれてみれば、そこはJTB直轄の支店ではない。カウンターを見てもお客は一組のみ。エグゼクティブ・クラスを顧客としているのだろうか。
前泊する宿泊先は前回JTBに依頼した同じホテル。だがこのホテル、ネットで検索して予約すると旅行社を通すよりもかなり安い。これはどういう仕組みになっているのだろう。
JRのチケットはレッスン後、購入することにしてフルートのレッスンを受ける。
2週間前からフルートを吹く時の立ち方を変える。そして胸郭をあげて吹くようにしている。昨日はそれに加えて楽器の右手を楽にして持つようにし、左手の人差し指に少し力を加える。そう指摘されてソノリテの低い音を吹くとこれまでよりも低い音がよく出た。
さらっている曲はトリルが何箇所かある。トリルを吹く時、本来の指で吹くと困難を伴う。ところが難しいトリルも替え指にすれば少しは楽に吹ける。家で練習する時、楽器のキーの変化で替え指を自分なりにやってみる。だが本来の音で吹けない。
それも先生によれば、先ず本来の指で吹いてその音と同じ音になるトリルキーを押さえればいいらしい。教えてもらって「なるほど!」と気付く。
これまでトリルがあるたび、習ったときにメモしていたノートを取り出して指使いを替えていた。ところが教えてもらったやり方をすればノートを見なくても替え指ができるかもしれない。
レッスン後、自宅最寄JR駅で福岡までの往復チケットを購入する。その際、2月に購入したJRの半年の定期券をICOCAの定期に変更してもらう。
10年近く定期券を使わなかった。その間、世の中は大きく様変わりして、定期券も以前のものとは違っていた。何も知らず、以前と同じ定期券を購入する。ところが、それだとJR利用の都度、ケースから定期券を出して機械を通す必要がある。ICOCAはその必要がなく機械にタッチすればいい。
ICOCAへの変更は次回定期を購入するときまで不可能と思っていた。だが、昨日ダメモトと思って係りに聴くと、OKだった。嬉しかった!何でもわからないことは聴くことに限る。
今日も日中は暑くなりそう。元気で過ごそう!
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