初夏らしい季節になってきた。我が家のレモンの木もたくさんの蕾をつけ、新緑の葉っぱは芳香を放っている。そのまわりでは蝶々の飛び交う姿も見られる。
最近読み始めた茂木健一郎のブログを訪問すると「デブ」の話題がある。
「いやあ、人生って、わからないものだねえ。10代、20代は、ぜったいにデブにはならないと思っていた。ほんとだよ。」。
近くに住む幼馴染と話した際、中学時代の同級生6人でハウステンボスに出かけた写真をみせてもらった。幼馴染と1人を除いた4人は中学時代に比べてなんと20キログラムも体重が増えたという。6人の内3人は中学時代ソフトボールの選手。県大会まで出場しているつわものだ。
だが、中学時代のスリムだったスポーツ選手の面影はなく、今では貫禄十分のオバチャンになっている。とはいっても年齢的には誰も皆オバチャンだけど・・・。それにしても・・・とその写真を見てびっくりする。たとえ中学時代美人であっても、今の形相は「こりゃ、なんじゃ!?」。
茂木は太っていく自分を「アベノミクスは、デフレからの脱却が問題だったけど、オレは、体重インフレ(徐々に)からの脱却が問題だ。」と表現する。この「体重インフレ」は可笑しい。
また「木下優樹菜さんに『きゃあ、かわいい。くまのプーさんみたい!』と言われて以来、『オレはくまのぷーさんで』と講演会などでは言ってきたけど、それじゃあかわいすぎるという文句が聞こえてきたので、最近は『くまモン体型で・・・』と言うことにしている。」とか。
そして体重が増えないようにと努力もしているらしい。とはいえ、その日のブログタイトルが「10代、20代は、ぜったいにデブにはならないと思っていた。ほんとだよ。」はどう考えても可笑しい。
それをもじっていえば「10代、20代は、ぜったいにオバチャンにはならないと思っていた。ほんとだよ。」。これと同じようなことかもしれない。
オバチャンといえば、図書館で月刊女性誌を読むと、岸恵子と酒井和歌子のインタヴュー記事があった。この2人はけっしてオバチャンになっていないし、デブでもない。同性から見ても感じがいい。
酒井和歌子はインタヴューで「父が亡くなり、ふさぎこんでいた母を無理やり誘い出してから2人で旅をするようになりました。」、「現在、必ず朝に40分間のウオーキングをして、週に2回はプールで泳ぎ、体力づくりをしている。」、「北極ツアーには86歳で元気に参加している方もいらっしゃいました。私は何歳まで可能かわからないけれど、これからもできる限り旅を続けたいと思っています。」と述べている。
酒井は週2回プールで泳いでいる。ウオーキングはしていないけど、週1回は泳いでいる。とはいっても、もともとは体のために泳ぎ始めたのではない。泳げるようになりたい、その気持だけで泳ぎだす。今もその気持に変わりはない。体のためでなく楽しいから泳いでいる。そうしないと泳ぎは長続きしないだろう。
また「父が亡くなり・・・」のところは同じくそう思った。父が亡くなって半年後、母に元気を出してもらおうと鳥取砂丘へ連れ出した。行く前は父が亡くなってまだ一年も過ぎていない、と乗り気でなかった母も、一度外へ飛び出ると楽しかったのだろう。それからは休みがあると母たちと出かけた。
酒井和歌子のように今でも親娘で行く話を聞くと羨ましい。もう一度ゆっくり行きたかったなあとしみじみ思う。もう、それも仕方ないことだけど・・・。
次は岸恵子のインタヴューの言葉。「ヨーロッパの言語は論争に勝つための、強い言葉なんです。一方、日本語はとても優しい言語。寂しい、侘しい、悲しい、切ない・・・こんなにも感情表現が美しく豊かな言語は他にはないんじゃないかしら。書くことは孤独で苦しいけれど、孤独を愛する贅沢と幸せも同時に感じます。美しく聡明なだけではない。・・・」。
この人は賢い人に思える。特に最後の2行は素晴らしい!誰も皆、「孤独」を感じている!?
デブにならず、オバチャン(年齢からすればとっくにそうかもしれない。だが、せめて気持ちだけでも)にもならないようにして毎日を過ごせたらそれでいい!そして元気で楽しく!
2013年5月7日火曜日
2013年5月6日月曜日
西国街道沿いの旧宅を見に行く
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| 武士の家で使用されたという棺 |
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| 屋根まで届く大きな石の手水鉢 |
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| 旧宅の広い庭園 |
今朝の地元紙を見ると「GWも終わるよ。これからは旅のシーズンだ!」とでもいわんばかり。全紙面34pのうち紙面一面の旅広告は5p、一部紙面の旅広告は7pもある。
その紙面を飾るのは大手旅行社と2,3番を競う旅行社。だが不思議と近畿ツーリストはない。近畿はどちらかといえば全国紙で宣伝して地元紙ではほとんどしないのだろうか。後で図書館で今日の全国紙を見てみよう。
これまで海外に出かけて利用した旅行社、旅行地と日程をメモしている。その大半はJTBと近畿日本ツーリスト。だが後者は10年近く海外に行かないうちに忘れさられてしまった。それでも相変わらず忘れられず、旅の案内の葉書をよこすのは日本特殊旅行。昨日も葉書が届く。パキスタンへ行ったとき利用した会社だ。あれから23年。その旅行社は「みんぱく」の機関誌の宣伝で知る。文化人類学専門の「みんぱく」はマイナーな地の記事が多い。そのため、この旅行社の募集先はかなり辺境の地。今では辺境の地へ出かける勇気もない。
昨日は先月から月に3日、一般公開される広島県指定文化財、広島県指定名勝の「旧千葉家住宅」を見に行く。行くといっても歩いても10分足らずで行ける場所。小さい頃から誰が住んでいるのだろうというくらい大きな石垣の塀の家で外から見るとまるでお城だ。それを見に行ける、と思って一般公開日の昨日見に行く。
旧山陽道(近世山陽道)の西国街道沿いにある一軒の家。個人では維持管理に限界があったのか、一昨年持ち主から町に寄贈される。
もらったパンフに寄ると文化財に指定されている屋敷棟は1774年の建築で戦時中、一部が撤去され今では半分の大きさになっている。
50年近く前から住居として使用されていない。旧宅の横に2階建ての家が建っている。そこに20年前まで主が住んで屋敷の管理をしていた。今ではそのすべてを町に寄贈する。
自宅最寄駅からすぐの場所にこういう風情ある家があるとは・・・。中に入ると広い日本庭園で鯉も泳いでいる。庭には大きな樹木も植えてある。山奥ならまだしも、JR駅から数分もかからない場所にある一等地だ。
一番驚いたのは甕の棺。係りの人に教えてもらってそれを見る、「西太后」の映画で東太后が甕に入るところがある。まるでその甕のように大きい。その高さは1.3か4mくらいあり、その直径も1m以上もある大きな甕。係りに聞くと昔の武士は甕の棺だったとか。その家の主が自分用にと購入していたものらしい。
次に部屋に上がり、お風呂とトイレを見る。トイレの後の手水鉢。これにはびっくり。家の高さほどもある大きな一枚の石でできた手水鉢だった。昔の人が何にお金を掛けていたかがわかってくる。
この旧宅もこれから手を加えられて観光地となるかもしれない。
我が家の家の周りを見ると今は家も建て代わり、主のいなくなった家は売りに出て更地となる。そしてその後には必ずといっていいほど某住宅会社の30年借り上げ賃貸住宅になる。その建て方はすべて同じ。30年たてば、我が家の周りは同じ建物に取って代わるのだろうか。
しかし、昨日の家のように代々受け継がれる家もある。
海外にばかり目を向けず、たまには昨日のように地元にあるよさも再認識しよう。とはいっても今朝の地元紙の宣伝にある「中欧」などの外国や「恐山」、「利尻・礼文島」といった日本の秘境にも惹かれてしまう。是非一度は行ってみたい場所だ。
いつか行く日のためにも、元気を出そう!今日も張り切って!
2013年5月5日日曜日
「自分の不得意なことをやってみよう」
GWというのに今朝も寒く暖房が欠かせない。昨日は図書館で借りてきた『出会いの不思議』(河合隼雄 創元社、2002年)を読んでいると、ランパルの話が載っている。
筆者はフルートを58歳から始めている。楽器を習うにはどちらかといえば遅すぎる年齢。だがそのいきさつを次のように記す。「自分の不得意なことをやってみよう」と思って始める。この思いつきはなかなかできないこと。一般的には得意なモノ・コトから始めることが多い。
とはいっても運動音痴がかなりの年齢になって水泳を習い、今も続けている。それも元々は不得意なコトだった。そう思えばどんなことでも可能ということになる!?
「私は音楽はまったくの素人。年老いてから、自分の不得意なことをやってみようと、五十八歳からフルートを習い始めたのだが、その風聞がどこかで伝わったのだろう。・・・ジャン=ピエール・ランパルの25回目の来日に際してそのプログラムに何か書くことを依頼される。」(112p)
「ランパルの演奏で一番よく聴くのは、バッハのフルートソナタ集である。・・・ランパルの演奏するバッハを聴いていると、私はけっして手につかむこともできないし、目に見ることも触れることもできないが、人間の心と体をつなぎ、つかの間のときを永遠につなぎ、生きている者と死者をつなぎ、あらゆるものをつなぐ存在が、確かにある、という実感を与えてくれる。何もせずひたすら聴くのもいいし、何かをしながら聞くともなく聞いていてもいい、それは魂に直接響いてくる。」(113p)
「日本人でランパルの弟子である工藤重典との二重奏も好きである。・・・歌劇の魔笛は音楽はもちろん物語りも好きである。ランパル・工藤の組み合わせで聴いていると、魔笛の場面が心に浮かんでくるし、心がはずむ。・・・魔笛の物語の解釈は、私のようなユング派の人間のお得意とするところで、いつか、魔笛の解釈をしながら、ところどころで、このデュエットを吹く、などということをしてみたら・・・・と途方もない夢もふくらんでくる。」(114p)
筆者はすでに亡くなっている。だが生前、多くの女性フルーティストと一緒に演奏している。そのテレビを見たことがあるが、どんな曲の演奏だったかは覚えていない。だが、58歳でフルートを習い始めて公の場所で演奏できるようになるのは素晴らしい!
そういえば、フルートを習い始めてすぐの頃、まだ親も元気だった。仕事が休みになるとフルートの情報誌をみては各地へ一人で演奏を聴きに出かけていた。高松に志度音楽ホールというところがある。そこはランパル・ホールと名が付くほどランパルとゆかりのあるホール。そこへランパルを聞きに泊りがけで出かけたこともある。ランパルでなくゴールウエイは名古屋まで聞きに行った。
最近は以前ほど世界的に有名なフルート・アーティストの演奏を聞いていない。というよりも広島でその演奏会が開催されない。情報不足かもしれないが・・・。
それにしても「自分の不得意のことからやってみよう」と思いついた筆者はどういっても素晴らしい。私にとっての「不得意なこと」は沢山ある。一つあげれば「絵を描くこと」。そういえばフルートのレッスン会場の前は絵画教室。結構年老いた人の姿がチラホラ見える。習うにはまだ大丈夫かも、ね。
筆者はフルートを58歳から始めている。楽器を習うにはどちらかといえば遅すぎる年齢。だがそのいきさつを次のように記す。「自分の不得意なことをやってみよう」と思って始める。この思いつきはなかなかできないこと。一般的には得意なモノ・コトから始めることが多い。
とはいっても運動音痴がかなりの年齢になって水泳を習い、今も続けている。それも元々は不得意なコトだった。そう思えばどんなことでも可能ということになる!?
「私は音楽はまったくの素人。年老いてから、自分の不得意なことをやってみようと、五十八歳からフルートを習い始めたのだが、その風聞がどこかで伝わったのだろう。・・・ジャン=ピエール・ランパルの25回目の来日に際してそのプログラムに何か書くことを依頼される。」(112p)
「ランパルの演奏で一番よく聴くのは、バッハのフルートソナタ集である。・・・ランパルの演奏するバッハを聴いていると、私はけっして手につかむこともできないし、目に見ることも触れることもできないが、人間の心と体をつなぎ、つかの間のときを永遠につなぎ、生きている者と死者をつなぎ、あらゆるものをつなぐ存在が、確かにある、という実感を与えてくれる。何もせずひたすら聴くのもいいし、何かをしながら聞くともなく聞いていてもいい、それは魂に直接響いてくる。」(113p)
「日本人でランパルの弟子である工藤重典との二重奏も好きである。・・・歌劇の魔笛は音楽はもちろん物語りも好きである。ランパル・工藤の組み合わせで聴いていると、魔笛の場面が心に浮かんでくるし、心がはずむ。・・・魔笛の物語の解釈は、私のようなユング派の人間のお得意とするところで、いつか、魔笛の解釈をしながら、ところどころで、このデュエットを吹く、などということをしてみたら・・・・と途方もない夢もふくらんでくる。」(114p)
筆者はすでに亡くなっている。だが生前、多くの女性フルーティストと一緒に演奏している。そのテレビを見たことがあるが、どんな曲の演奏だったかは覚えていない。だが、58歳でフルートを習い始めて公の場所で演奏できるようになるのは素晴らしい!
そういえば、フルートを習い始めてすぐの頃、まだ親も元気だった。仕事が休みになるとフルートの情報誌をみては各地へ一人で演奏を聴きに出かけていた。高松に志度音楽ホールというところがある。そこはランパル・ホールと名が付くほどランパルとゆかりのあるホール。そこへランパルを聞きに泊りがけで出かけたこともある。ランパルでなくゴールウエイは名古屋まで聞きに行った。
最近は以前ほど世界的に有名なフルート・アーティストの演奏を聞いていない。というよりも広島でその演奏会が開催されない。情報不足かもしれないが・・・。
それにしても「自分の不得意のことからやってみよう」と思いついた筆者はどういっても素晴らしい。私にとっての「不得意なこと」は沢山ある。一つあげれば「絵を描くこと」。そういえばフルートのレッスン会場の前は絵画教室。結構年老いた人の姿がチラホラ見える。習うにはまだ大丈夫かも、ね。
2013年5月4日土曜日
人生はゴミ!?
GW真っ只中、どの人もFF(広島フラワーフェスティバル)にでかけるのだろうか。昨日、午後プールに行くと人が少ない。泳ぐ人は3人で歩く人も同じくらい。コースを独り占めにしていつもの如く一キロ泳ぐ。FF の人出は今朝の地元紙によると初日で79万8千人。3日間ではかなりの人出になりそうだ。
最近インターネットの「おすすめサイト」で見つけた茂木健一郎のブログを読んでいる。昨日のブログのタイトルは「人生のほとんどは、ゴミとなる。」。
それによると、「その時には意味があると思っていたり、価値があると思っていたことも、10年、20年経つと、単なるゴミとなって忘れられる。・・・その時々に、勢いのある人とか、話題になるものとか、ベストセラーになる作品とかあって、それはそれで生命の花火がぱっと咲く感じでいいけど、結局はゴミになるんだよね。たいていの場合。・・・大掃除の途中、となりの部屋のフランク・ニールセンと目が合った。彼はフランス人だが英語で会話する。『ケン、掃除たいへんだな』とフランクが言ったから、『ああ、ぼくの人生の99%は、ゴミだということがわかったよ』と言ったら、フランクが、『誰でもそうじゃないかな』と言った。・・・日々、生命の花火をぱーっと咲かせる中で、ほんの少しだけ、5年後、10年後のことを考えられたらいいね。」とある。
「そうか、人生のほとんどはゴミとなるのか」と思いながら、今朝の地元紙を読むとエッセイストの星野博美が「老後の夢」を書いている。
メディアに登場する100歳前後の活躍している角界の著名人は驚異的な若さの秘密を披露している。その人たちは「強い意志で節制を怠らず、体をよく動かし、手作りのものを食べ、ひたすら忙しく動き回る。彼らに共通するのは、丁寧な日常を送るうち、気づいたらこの年齢になっていた、というのもだ。現役と老後という線引きを考えたことはなく、『生涯現役』という強い信念に支えられているのだろう。・・・どうやら本当に、何歳になっても楽などできないらしい。架空の老後に逃避している暇があったら、今を精一杯生きろ、ということか。」とある。
いずれにしてもこの両者は「日々、生命の花火をぱーっと咲かせる」、「今を精一杯生きろ」とその底辺は毎日を大事にして生きることにあるようだ。
それにしても「人生のほとんどはゴミとなる」、ならば老後のこともナニゴトもそれほど深刻に考えずやっぱり毎日楽しく生きるに限る!?
人に「親の年齢まで生きる」と話すと驚かれることがある。そして先のことなど考えないというとさらに驚かれる。親が30歳の時の子供ならば、まだ30年は生きることになる。そう思えばこれから30年先のことなど考えられない。せめて今だけを考える、それでいい!!そして今日も楽しく!
最近インターネットの「おすすめサイト」で見つけた茂木健一郎のブログを読んでいる。昨日のブログのタイトルは「人生のほとんどは、ゴミとなる。」。
それによると、「その時には意味があると思っていたり、価値があると思っていたことも、10年、20年経つと、単なるゴミとなって忘れられる。・・・その時々に、勢いのある人とか、話題になるものとか、ベストセラーになる作品とかあって、それはそれで生命の花火がぱっと咲く感じでいいけど、結局はゴミになるんだよね。たいていの場合。・・・大掃除の途中、となりの部屋のフランク・ニールセンと目が合った。彼はフランス人だが英語で会話する。『ケン、掃除たいへんだな』とフランクが言ったから、『ああ、ぼくの人生の99%は、ゴミだということがわかったよ』と言ったら、フランクが、『誰でもそうじゃないかな』と言った。・・・日々、生命の花火をぱーっと咲かせる中で、ほんの少しだけ、5年後、10年後のことを考えられたらいいね。」とある。
「そうか、人生のほとんどはゴミとなるのか」と思いながら、今朝の地元紙を読むとエッセイストの星野博美が「老後の夢」を書いている。
メディアに登場する100歳前後の活躍している角界の著名人は驚異的な若さの秘密を披露している。その人たちは「強い意志で節制を怠らず、体をよく動かし、手作りのものを食べ、ひたすら忙しく動き回る。彼らに共通するのは、丁寧な日常を送るうち、気づいたらこの年齢になっていた、というのもだ。現役と老後という線引きを考えたことはなく、『生涯現役』という強い信念に支えられているのだろう。・・・どうやら本当に、何歳になっても楽などできないらしい。架空の老後に逃避している暇があったら、今を精一杯生きろ、ということか。」とある。
いずれにしてもこの両者は「日々、生命の花火をぱーっと咲かせる」、「今を精一杯生きろ」とその底辺は毎日を大事にして生きることにあるようだ。
それにしても「人生のほとんどはゴミとなる」、ならば老後のこともナニゴトもそれほど深刻に考えずやっぱり毎日楽しく生きるに限る!?
人に「親の年齢まで生きる」と話すと驚かれることがある。そして先のことなど考えないというとさらに驚かれる。親が30歳の時の子供ならば、まだ30年は生きることになる。そう思えばこれから30年先のことなど考えられない。せめて今だけを考える、それでいい!!そして今日も楽しく!
2013年5月3日金曜日
「派手な人」はジャズボーカリスト
新聞によると、ここ2,3日のGWの冷え込みは史上最低らしい。今日も最高気温18度、最低気温9度の予報で朝方は涼しい。
昨日はお昼過ぎ近くの図書館に行き、予約の本など4冊借りる。1冊はこれまで借りている。その本と昨日借りた本が似ているためかまだ読みたいのだと思われる。係りから借りている本の返却延長を促され言われるままにする。
夕方はスペイン語を習いに出かける。GWなので生徒も半分くらいと少ない。先生は先に進まず、これまでのことを再度教えてくださる。昨夜のハイライトは“Casa Blanca”。これはスペイン語で「白い家」の意味。この「カサブランカ」はユリの花にもあり、また、モロッコにもカサブランカがある。他には何とアメリカの「ホワイトハウス」もスペイン語で「カサブランカ」だった。いわれてみれば「ホワイトハウス」は英語の「白い家」だから当然かもしれない。
ほかに英語の「大学」の“University”はスペイン語では“Universidad”。終わりの“ty”を“dad”にすれば大体、スペイン語になるらしい。
木曜日のスペイン語講座は木曜日が平日ならばどの週もある。今月は5回もある。それなのに授業料は安い。そのためか習う人が段々と増えてくる。
昨夜、講義後エレベータで3人が降りる。その人とバス停に向かいながら話をする。何故スペイン語を・・・と聞くと友だちからさそわれたという。その友だちの名前を聞くと広島で活動しているジャズボーカリストだった。顔は知らないけれども名前はよく知っている。どんな人かとさらに尋ねると「派手な人がいるでしょ?」とその人は言う。
フラメンコを習っている人は派手という程でもない。もっと「派手な人」、と思い出しても思いつかない。来週、「派手な人」と会うのが楽しみだ。
「派手な人」の名前を家に帰ってPCで検索するとHPとブログに行きついた。それを見てその人のひととなりが大体わかってきた。国籍などもHPに書いている。ブログも3日分読むと大体その人がどんな人かわかる。
「派手な人」は昨夜のその友だちによるとクラスのものが皆、本人のことを知っているみたい、と話したという。だが、私は知らなかった。ナニゴトも本人だけがそう思うだけで他人は人のことをそれほど感知していない。自分が思うほど誰も人のことを思っていない。
自分自身を見ても大人しく見られていると思ったりする。だがそれも独りよがり!?
このクラスの人たちが忘年会をしたらどんなに楽しいだろう。とはいっても派手な人もフラメンコの人も学んでいるときはどんな人かもわからない。ということはどんな人であってもその本質(この語彙は余り使わない方がいいかも・・・。レジュメで使用してひどく追及されたことを思い出す。)は変わりがないのかもしれない。
GWの予定はない。これからプールへ泳ぎに行こう。今日も元気を出して!
昨日はお昼過ぎ近くの図書館に行き、予約の本など4冊借りる。1冊はこれまで借りている。その本と昨日借りた本が似ているためかまだ読みたいのだと思われる。係りから借りている本の返却延長を促され言われるままにする。
夕方はスペイン語を習いに出かける。GWなので生徒も半分くらいと少ない。先生は先に進まず、これまでのことを再度教えてくださる。昨夜のハイライトは“Casa Blanca”。これはスペイン語で「白い家」の意味。この「カサブランカ」はユリの花にもあり、また、モロッコにもカサブランカがある。他には何とアメリカの「ホワイトハウス」もスペイン語で「カサブランカ」だった。いわれてみれば「ホワイトハウス」は英語の「白い家」だから当然かもしれない。
ほかに英語の「大学」の“University”はスペイン語では“Universidad”。終わりの“ty”を“dad”にすれば大体、スペイン語になるらしい。
木曜日のスペイン語講座は木曜日が平日ならばどの週もある。今月は5回もある。それなのに授業料は安い。そのためか習う人が段々と増えてくる。
昨夜、講義後エレベータで3人が降りる。その人とバス停に向かいながら話をする。何故スペイン語を・・・と聞くと友だちからさそわれたという。その友だちの名前を聞くと広島で活動しているジャズボーカリストだった。顔は知らないけれども名前はよく知っている。どんな人かとさらに尋ねると「派手な人がいるでしょ?」とその人は言う。
フラメンコを習っている人は派手という程でもない。もっと「派手な人」、と思い出しても思いつかない。来週、「派手な人」と会うのが楽しみだ。
「派手な人」の名前を家に帰ってPCで検索するとHPとブログに行きついた。それを見てその人のひととなりが大体わかってきた。国籍などもHPに書いている。ブログも3日分読むと大体その人がどんな人かわかる。
「派手な人」は昨夜のその友だちによるとクラスのものが皆、本人のことを知っているみたい、と話したという。だが、私は知らなかった。ナニゴトも本人だけがそう思うだけで他人は人のことをそれほど感知していない。自分が思うほど誰も人のことを思っていない。
自分自身を見ても大人しく見られていると思ったりする。だがそれも独りよがり!?
このクラスの人たちが忘年会をしたらどんなに楽しいだろう。とはいっても派手な人もフラメンコの人も学んでいるときはどんな人かもわからない。ということはどんな人であってもその本質(この語彙は余り使わない方がいいかも・・・。レジュメで使用してひどく追及されたことを思い出す。)は変わりがないのかもしれない。
GWの予定はない。これからプールへ泳ぎに行こう。今日も元気を出して!
2013年5月2日木曜日
植物公園で
GWというのにいつまでも寒い。今朝は電気ストーブでなくてエアコンの登場となる。今日は最高気温18度で最低気温は7度の予報。だが、これくらいの気温は絶好の行楽日和で外を歩くには丁度いい。
昨日は近所の友だちと植物公園へ出かける。自宅最寄駅からJRに乗り、五日市駅で下車して植物公園行きのバスに乗り換える。五日市駅前のデパートでお昼の食べ物を調達してバスに乗る。乗客は何と5人。これでは採算が合わないだろう。
前回は母が好きだったゼラニウム展を一人で見に行った。だが調べずに出かけたため特別展は終了していた。今回は2人で行ったので広い園内を隅から隅まで歩く。途中、休憩展望台へ行く。そこから瀬戸の島々を見下ろす。望遠鏡の前で地図の案内板を眺めていると、一人で観光中の女性が横にやってくる。そして地図を眺めて「宮島!?」とつぶやく。
何度かその声を聞いて日本人ではないと思い、声を掛けると中国人だった。中国語で話していると同行者が日本語で話すように諭す。相手が日本語で話したがっているということらしい。
中国の湖南省の“サンザ”という。この地名は定かでない。広島市内の江波に住んでいる中国人の友だちを頼って6日間、フリーで中国から観光に来ている。明日はその友だちと関西に出かけて2,3日遊んだ後、上海へ帰るらしい。仕事は上海の空港勤務で日本語はかなり話せる。今回の旅費を尋ねると、日本円で9万円とか。
その友だちが来年結婚するので、その結婚式に再来日するとも話していた。団体旅行ではビザの相互免除がある。だが、その人は個人の観光なのでビザを持っていると見せてくれた。
これまで中国へ10回出かけていると告げると吃驚された。本来ならば、いつでも行きたい国。だが、最近の日中関係もあって行く気が起こらない。そういうことを彼女に話せず、鳥インフルエンザのことを話す。だが、何の心配もしていない様子でこれには驚く。どこまでその情報が中国国内で報道されているのだろう。
それにしても広島市内から外れたこの地までよくやって来た、と思うと同時に、羨ましい。中国国内を一人で出かけるのは怖い!彼女はスマートフォンで写真を撮っている。「写してあげよう」とそれを持って写真を撮ろうとする。だが、シャッターを押せない。何しろスマートフォンを触ったことがない。教えてもらって写真を撮ってあげる。
日中の関係がどうこうあっても昨日の彼女のように日本が好きな人もいる。政治的に何もなければ個人的には中国はまだまだ魅力ある国。国と国の摩擦が解消されたら再度中国へ行こう。
帰りのバスに乗るまでの間、公園入り口の売店で変わった品種のゼラニウムを見つける。ペチュニアのような花だけど花弁が大きい。大きなその鉢植えと小さなゼラニウムを購入する。それを持って帰りのバスに乗る。公園内に4、5時間いた。よく歩いた。
自宅最寄駅に着いたとき、同行者と夕飯を食べる。夕方6時、風は冷たい。近くのお店に入って食べて飲んで楽しく過ごす。
今日は夕方のスペイン語まで自転車に乗って買い物に出かけよう。その前に図書館へ予約の本も取りに行こう。GWは読書三昧!?今日も元気で!
昨日は近所の友だちと植物公園へ出かける。自宅最寄駅からJRに乗り、五日市駅で下車して植物公園行きのバスに乗り換える。五日市駅前のデパートでお昼の食べ物を調達してバスに乗る。乗客は何と5人。これでは採算が合わないだろう。
前回は母が好きだったゼラニウム展を一人で見に行った。だが調べずに出かけたため特別展は終了していた。今回は2人で行ったので広い園内を隅から隅まで歩く。途中、休憩展望台へ行く。そこから瀬戸の島々を見下ろす。望遠鏡の前で地図の案内板を眺めていると、一人で観光中の女性が横にやってくる。そして地図を眺めて「宮島!?」とつぶやく。
何度かその声を聞いて日本人ではないと思い、声を掛けると中国人だった。中国語で話していると同行者が日本語で話すように諭す。相手が日本語で話したがっているということらしい。
中国の湖南省の“サンザ”という。この地名は定かでない。広島市内の江波に住んでいる中国人の友だちを頼って6日間、フリーで中国から観光に来ている。明日はその友だちと関西に出かけて2,3日遊んだ後、上海へ帰るらしい。仕事は上海の空港勤務で日本語はかなり話せる。今回の旅費を尋ねると、日本円で9万円とか。
その友だちが来年結婚するので、その結婚式に再来日するとも話していた。団体旅行ではビザの相互免除がある。だが、その人は個人の観光なのでビザを持っていると見せてくれた。
これまで中国へ10回出かけていると告げると吃驚された。本来ならば、いつでも行きたい国。だが、最近の日中関係もあって行く気が起こらない。そういうことを彼女に話せず、鳥インフルエンザのことを話す。だが、何の心配もしていない様子でこれには驚く。どこまでその情報が中国国内で報道されているのだろう。
それにしても広島市内から外れたこの地までよくやって来た、と思うと同時に、羨ましい。中国国内を一人で出かけるのは怖い!彼女はスマートフォンで写真を撮っている。「写してあげよう」とそれを持って写真を撮ろうとする。だが、シャッターを押せない。何しろスマートフォンを触ったことがない。教えてもらって写真を撮ってあげる。
日中の関係がどうこうあっても昨日の彼女のように日本が好きな人もいる。政治的に何もなければ個人的には中国はまだまだ魅力ある国。国と国の摩擦が解消されたら再度中国へ行こう。
帰りのバスに乗るまでの間、公園入り口の売店で変わった品種のゼラニウムを見つける。ペチュニアのような花だけど花弁が大きい。大きなその鉢植えと小さなゼラニウムを購入する。それを持って帰りのバスに乗る。公園内に4、5時間いた。よく歩いた。
自宅最寄駅に着いたとき、同行者と夕飯を食べる。夕方6時、風は冷たい。近くのお店に入って食べて飲んで楽しく過ごす。
今日は夕方のスペイン語まで自転車に乗って買い物に出かけよう。その前に図書館へ予約の本も取りに行こう。GWは読書三昧!?今日も元気で!
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| 植物公園展望台から見下ろす瀬戸の島々 |
2013年5月1日水曜日
次はモーツアルトK.285b
今朝は気温も下がり3月に舞い戻った感じで最高気温も17度の予報。五月になっても電気ストーブの出番となる。
昨日はお昼を済ませると旅行社に出かけて旅行の残金を振り込む。ビルの21階にある店舗だが、今一歩の応対。振込機を設置しているが、いつもとまどう。昨日もそうだった。それもそのはず、その振込機はカード決済の器械で1円単位は作動しないという。仕方なく、受付で順番を待つ。
どれくらい待つのか尋ねるとその時間はわからないという。これを終えるとフルートのレッスンが待っている。その場所からレッスン場までは歩いていかなくてはいけない。心配しながら待っていると、他の係りが奥から出てきた。その人に自動ではなくカウンターで振込みをしてもらう。どうにか早く終えることが出来た。しかし旅費の高い北欧の旅への言葉は微塵もない!何と淋しい!
この旅行社は大々的に新聞一面に旅行の宣伝をしている。だが、その規模とは裏腹に従業員の態度は今一歩。とはいっても、まだ一度も利用した事がないから、その旅行社への愛着がないのかもしれない。
旅行社を後にしてレッスン会場に向かう。平日でも「菓子博」のためか人出は多い。デパートによって買い物をしてレッスンに行く。昨日はK.298をさらってもらう。新たな教室にはグラビノーバも置いてある。仕上げに先生のグラビの伴奏でフルートを吹く。あるところで躓いていたところもなぜか伴奏がつくとスーッと吹けた。だが、最後のところでリズムを間違える。
それでもどうにかK.298を終えて次はK.285bの2楽章のレッスンに入る。この曲もまたYOU TUBEで聞いて曲の感じをつかもう。
昨日はレッスン後、3人で笑う。先生から東京土産をいただく。先生曰く「つまらないもので、少し・・・」。それを聞いて次のレッスンの人は笑って言う。「つまらないものは要りません!」。ずばりと面白く笑って言われて先生も聞いているものも大笑い。
毎日が日曜日なのでGWの予定は何もない。ただ今日だけはわかちゃんとこれから植物公園へ出かける。今日も一日楽しく過ごそう!そして元気で!
昨日はお昼を済ませると旅行社に出かけて旅行の残金を振り込む。ビルの21階にある店舗だが、今一歩の応対。振込機を設置しているが、いつもとまどう。昨日もそうだった。それもそのはず、その振込機はカード決済の器械で1円単位は作動しないという。仕方なく、受付で順番を待つ。
どれくらい待つのか尋ねるとその時間はわからないという。これを終えるとフルートのレッスンが待っている。その場所からレッスン場までは歩いていかなくてはいけない。心配しながら待っていると、他の係りが奥から出てきた。その人に自動ではなくカウンターで振込みをしてもらう。どうにか早く終えることが出来た。しかし旅費の高い北欧の旅への言葉は微塵もない!何と淋しい!
この旅行社は大々的に新聞一面に旅行の宣伝をしている。だが、その規模とは裏腹に従業員の態度は今一歩。とはいっても、まだ一度も利用した事がないから、その旅行社への愛着がないのかもしれない。
旅行社を後にしてレッスン会場に向かう。平日でも「菓子博」のためか人出は多い。デパートによって買い物をしてレッスンに行く。昨日はK.298をさらってもらう。新たな教室にはグラビノーバも置いてある。仕上げに先生のグラビの伴奏でフルートを吹く。あるところで躓いていたところもなぜか伴奏がつくとスーッと吹けた。だが、最後のところでリズムを間違える。
それでもどうにかK.298を終えて次はK.285bの2楽章のレッスンに入る。この曲もまたYOU TUBEで聞いて曲の感じをつかもう。
昨日はレッスン後、3人で笑う。先生から東京土産をいただく。先生曰く「つまらないもので、少し・・・」。それを聞いて次のレッスンの人は笑って言う。「つまらないものは要りません!」。ずばりと面白く笑って言われて先生も聞いているものも大笑い。
毎日が日曜日なのでGWの予定は何もない。ただ今日だけはわかちゃんとこれから植物公園へ出かける。今日も一日楽しく過ごそう!そして元気で!
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