2022年11月22日火曜日

楽譜 

 先日のホームコンサートで楽譜の話が出た。話を聞くまでは楽譜といえば紙の楽譜だけと思っていた。ところがこの頃の楽譜は紙だけでなくデジタル化もあるという。ホームコンサートのお宅にはハープ3台とグランドピアノ2台などの楽器がある。その中のグランドピアノ2台をピアニストと主宰者が何曲か連弾された。その時、話された中に楽譜がある。主宰者は紙の楽譜、ゲストのピアニストはタブレットの楽譜だ。

 演奏を聴いているときは楽譜のことは気にならなかった。ところが家に帰ってネットで調べるとデジタル化された楽譜の件が多数ある。コロナ禍になって広響の会員をやめて以降、本格的なコンサートを聴く機会が減った。そのためもあるのか音楽関係の情報に疎くなっている。その時にデジタル楽譜を知って驚いた。プロの交響楽団はデジタルの楽譜を使用して演奏しているのだろうか。それが気になる。今週末にオペラを見に行くのでその際、演奏者の楽譜を見るようにしよう。

 楽譜のデジタル化を知ってますます世の中が進化していると感じた。個人的には視力もよくないので紙の楽譜が何かと便利だ。ところがデジタル化された楽譜は風など吹いても楽譜が飛ばされる心配がないらしい。が、照明の影響の不都合もあるとか。すべてがよい事ばかりではないのかもしれない。今回、ピアノ譜の付いた楽譜を貰ったが個人的にフルートのパート譜に細工しなおして演奏した。それを横で吹かれるフルーティストに見られてしまい細工した旨の話をした。これは紙の楽譜だから簡単にできること。デジタル化の楽譜は初めからタブレットにそれ用の楽譜が入っているのだろうか。それともタブレットに紙の楽譜を取り込むのだろうか。

 そういえばゲストのピアニストについてプロフィールを調べた。プログラムにも記してあったが音大で博士号を取得されていた。なんとその論文がWEB上で読める。が、自分自身、音楽家でもないので読んではいない。もう一人のゲストであるフルーティストは音大の非常勤講師をされている。お二人とも素晴らしい方たちだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月21日月曜日

ホームコンサートへ

 今朝の地元紙の週刊誌見出しを見る。そのなかに80代を元気に超えた現役医師の趣味として管楽器がある。管楽器は呼吸と肺機能を高めるため趣味としていいようだ。個人的にそれを趣味として30年続けている。木管楽器のフルートである。フルートを吹きだして胸囲が増し、風邪もほとんど引かず、もう20数年、内科ともご無沙汰だ。すべてはフルートを吹くお陰!?

 昨日、某宅でホームコンサートが開催された。ゲストはピアニストとフルーティスト。そのフルーティストに2名が加わって「花は咲く」を演奏した。フルーティストの人と個人的に話したことはない。が、あいさつすると「フルート・フェスティバルで会いましたね」と話される。その時、言わなくてもいいのに「以前、姪と一緒にテレビ局で働かれていた」旨、話すと、姪の名を聞かれた。返答すると「ああ!」と言って覚えておられた。姪が東京で働く以前のことである。

 そんなこともあってフルートも楽しく吹かせてもらった。が、数人での演奏になれておらず、自分の音色が聞き取れずにいたが途中から聞こえるようになった。人前で吹くのはかなりのプレッシャーがある。何日も前から気が付けばフルートを吹いていた。昨日も出かける前から音出しをする。

 コロナ禍とあって聞く人もそれほど多くない。久しぶりに出会う人たちもいた。演奏曲の大半は知った曲が多い。演奏楽器の主はハープ。これとフルートが奏でる「グリーンスリーブス」は相性抜群。次回のコンサートは来春になるとか。お土産にケーキをいただいて帰る。

 帰宅後、姪にフルーティストとの話を電話ですると姪も覚えていた。要らぬことを話したので姪に怒られると思ったらそうでもなかった。フルート・フェスティバルに何度か参加したことや姪のテレビ局時代の話は懐かしかった。時はあっという間に過ぎていく。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月20日日曜日

日本画教室へ

 相変わらずカタバミを描いている。花を描くのは久しぶりで、これまで描いていた樹木の点描写のようには描かない。点描写が気に入っていたのでちょっと寂しい気もするが写真を見て描いている。カタバミの花は小さい。それをいかにも大きな花のごとく描いている。葉っぱと花の色合いは描いていてもすがすがしい。が、彩色は上手くできない。ぼかしもそうだ。

 サムホールに描くカタバミの花。サムホールの絵は習っている教室がある区民文化センターの区民祭りに展示する。近年コロナ禍で区民祭りも行われず、出品しないままになっている。しかし、来年の始めにある区民祭りは開催されるようだ。

 行楽日和は続き、今年の秋が長く感じられる。いいことだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月19日土曜日

「人生行路難し」

 (人生長く生きているといろいろあるなあ)、と感じるこの頃である。昨日は母の月命日。お墓に参ろうとすると、墓地に上がる石段に車が止まっている。墓を建てるのだろう、と思ってわが家の墓地に行くとなんとそこが工事現場だ。この何か月か気になることがあった。それは隣の墓地でも同じである。我が家の墓地に工事関係の物が置かれている。先月お墓に参った時、隣の墓地の穴は整えられていた。昨日はその後の工事らしく、お墓の一部を外して墓地の穴を整備されていた。

 工事の人の話を聞いて我が家も穴が空いていた旨、話すと材料が残るので無料で直してあげるという。それは困ると話すと金額を言われた。それを渡すと我が家の穴が空いていた場所を見てくださった。足で踏まれるとまた穴が見えだした。スコップで触るとさらに穴は深くなる。墓地の水の通り道が関係あるとか。さっきの金額では少ないと思ってさらに渡す。何も整備しないとお墓が傾くらしい。隣のお墓はその修理らしい。

 工事には3人来られていた。名刺をもらうと地元のよく知られた業者で感じがいい。何か困りごとがあれば、と親切に言ってくれる。我が家のお墓はお寺の紹介で他の町から来てもらった業者だ。昨日は墓地に行っただけでお墓参りをせず、業者に墓地の整備をお願いしてその場を去った。水の通り道もなんとかしてくれるようだ。

 その足でお宮の方へ行く。義兄にこの旨、電話すると業者と同じことを言う。水の通り道云々だ。姉にも電話する。何かコトが起きると納得するまで人に話を聞いてもらいたい。昨日は姉と義兄に面倒を掛けた。また近いうち、墓地の様子もかねてお墓参りをしよう。

 昨年から今年のはじめにかけて屋根の瓦が1枚外れて屋根の工事で大金を払った。この秋は墓地、と思ったがお墓に関しては我が家は跡継ぎがいない。墓地のことを考えるのは自分自身が元気でいるから思えること。もしも体が悪ければ自分自身のことだけで墓地のことまで気にすることはできないかもしれない。そう思ったりした。何か問題が発生して困難にぶつかる。これを打破するには元気がいる。そう感じた。そう思えばこれくらいのことで(まっ、いいか)、となった。そして偶然にもお墓参りで親切な業者に出会えてよかった。

 改めて電子辞書で「人生」を調べると「人生行路難し」がある。長く生きていてそう感じる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月18日金曜日

喪中はがきが届く季節になった

 年賀状欠礼はがきが届く季節になった。今年もこれまで2枚届いた。が、うち1枚は長年付き合いのある姉妹の妹さんの訃報だった。はがきを見て(えっ、まさか?)と驚いてしまった。すぐに電話をかけると不在。時間を経て電話をするも通じない。喪中はがきは50代になってから届くようになった。この年代で亡くなる人は癌によることが多い。60代もそうだ。が、50代、60代の喪中はがきはどちらかといえば本人よりも親の訃報である。

 親世代の訃報は年齢的なこともあってわかるが同世代の訃報はすぐには信じられない。自分自身の死を考えたこともなく、それよりも親の年齢を超えるほど生きると思っている。幸い今のところは元気でどこかが痛いとか悪いところがない。と言いながらも人から見れば十分老いぼれていると思われるかもしれないが。

 喪中はがきは受け取らなくても配偶者が亡くなった、と先月、電話をかけてきた人がいる。また訃報ではないにしても昨日は友だちから体の調子がよくない旨、電話があった。その人は市内在住でなく、遠くなのですぐには伺えない。春になったら桜を見に行く、と言って電話を切った。

 自分自身、元気と思っていてもこれから先のことはわからない。といって先を気にしていても何もいいことにはならない。その思いがあるのでやりたいことはできるだけ何でもしようと思っている。とはいっても体の調子が悪い人はやりたくても気持ちがついて行かないらしい。その点、気持ちは十分やる気がある。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月17日木曜日

不動院へ行く

 陽気に誘われて不動院へ行く。ネットで行先を調べるとアストラムライン不動院下車すぐとある。我が家からアストラムラインを利用するには運賃も時間ももったいない。(広島駅から?)と探すとバスが出ていた。広島駅に到着後すぐにバスに乗る。10数分バスに乗車後、不動院前で下車する。が、不動院がどこにあるのかわからない。どういっても大通りの上をアストラムラインが走っており、不動院駅もある。

 行きかう人に声をかけると不動院まで連れて行ってくれるという。(どこへ行っても親切な人がいる)と思って歩く。すぐそばにある不動院が目に入らない理由がわかった。それはアストラムラインが視界をふさいでいる!?駅の歩道橋を抜けると不動院が見えた。場所を教えてくれた人とここで別れる。その人は病院に行った帰りのようだが不動院へはあまり行かないと言っていた。


楼門 奥は金堂
 不動院入り口に立って辺りを見渡すが誰もいない。楼門をくぐると左右にりっぱな仁王像がある。しかし、この周囲を金網が施してあり写真に写せない。奥に進むと国指定の金堂がある。境内を見渡すと紅葉の樹木は思ったよりも少ない。が、赤く染まりつつある紅葉を眺めるとこれまた幻想的で美しい。
鎮守社 紅葉の色どりが美しい
 お参りしようとすると鈴紐が数珠になっている。これは初めて見た。お賽銭箱におみくじがある。小吉だった。
護摩堂 数珠になった鈴紐


 
不動明王
 バスやアストラムラインの通りを一歩入ると静かな空間があった。境内は綺麗に整えられており、剪定作業中なのか車が止まっていた。(帰りの道はすぐにわかる)、と気を良くして歩いていたら来たバス停に出ていた。引き返してバス停を探すと目の前にある。広島駅行はすぐに来た。

 広島駅の福屋でお昼をいただく。今回は新たに見つけた和食のお店に入る。美味しかったし、感じもいいので次回もここを利用しよう。食事後はリュックを探す。6階の売り場で気に入ったリュックを見つける。が、(他にも)、と思って2階のバッグ売り場を物色。やっぱり6階のリュックがいいと思って購入する。近場をウロウロちょろちょろするときはこれを背負って……。昨日と違って今日はお天気が良くない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年11月16日水曜日

楊海英の本

 楊海英の『独裁の中国現代史 毛沢東から習近平まで』を読んでいる。楊海英の経歴を見ると『墓標なき草原―内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録』(上下)で司馬遼太郎賞を受賞している。著者と司馬遼太郎は賞で結び付いている。そう知って驚いてしまった。そのこともあるのかこの人の著書をさらに読みたくなる。副題に「毛沢東から習近平まで」とあるように習近平の独裁政治は、というか中国のそれは今に始まったことではなく辛亥革命の頃から関係している。この時期は大変興味があるのである意味、関心を持って読んでいる。

 司馬遼太郎は『草原の記』で当時のモンゴル人通訳のツエベクマさんを題材にした本を書いている。司馬遼太郎は学生時代、モンゴル語を専攻した。そのこともあるのかモンゴルへの入れ込みは相当なものだった。もしも司馬遼太郎が楊海英の書いた受賞作を読んだならばどういうふうに思ったのだろう。ふと想像してしまった。楊海英はツエベクマさんほどではないにしても内モンゴルで生まれて育ち、その後、日本に留学。そして2000年に帰化と苦労している。モンゴルにいたならばこういった著書も決して書けなかったに違いない。

 読みながら、初めて中国語を習ったときのことやそれから後もいろんな中国の留学生に習ったことで中国の現状を知っていると思っていた。が、まだまだ理解不足は否めない。この本を読み終えたならばしばらくは司馬遼太郎と楊の本を並行して読もう。

 秋の行楽日和はまだまだ続く。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記 楊海英は司馬遼太郎賞を2010年に受賞している。これまでの受賞者を見ると錚々たる人たちだ。