2022年8月7日日曜日

「海軍士官はスマートであれ」


  原爆の日の昨日、3週間ぶりに日本画教室へ行く。原爆が落とされた8時15分にサイレンが鳴る。8月6日は毎年、サイレンとともに祈りの一日が始まる。原爆の歌はいい歌なのに作詞作曲した人たちの政治的な思想が込められているとしてあまり歌い継がれない。ところが、昨日、テレビでこの曲をヴァイオリンで演奏していた。原爆の日に相応しい曲と思うが世の中、思想信条でことは簡単ではないのかもしれない。

 さて日本画教室。コロナの新規感染者が県内で最多を更新している。住んでいる町の隣町では89人の新規感染者が出ている。一つの町でこれほど多くの感染者が出るとJRに乗るのも怖さが付きまとう。コロナ禍の前に買っていたマスクにガーゼがついている。暑い中、マスクをすると顔がべたつく。試しにそのガーゼをつけるとマスクの中がべとつかない。これはいいアイデアと気づいて以前、国から支給されたガーゼのマスクを裁いてガーゼだけを利用しよう。

 来月は日本画作品展が開催される。葉書よりも小さい絵を展示するコーナーを設けるそうだが、これには参加せず、例年通り、F6サイズの絵を2点展示する。絵を習っているといっても家では全く描く気がない。教室の人とこの点が大いに違う。元々、絵心がなく、ただ習いに行っているだけで自分としては由、と思っている。これじゃ、うまくならないと言われそうだが教室で楽しく描ければそれだけでも御の字である。

 昨夜は待望のBSのテレビ、新・街道をゆくを見た。「三浦半島記」だったがこの『街道をゆく』(42)は司馬遼太郎が亡くなる1年前に旅した場所だそうだ。そしてこの「三浦半島記」で司馬の『街道をゆく』は終わる。

 番組後半の横須賀では正木生虎海軍大佐の話題がある。司馬は陸軍に従事したが横須賀での取材で海軍と陸軍の訓話の違いに気づく。司馬は海軍の生き残りの人たちに話を聞いた際、正木大佐の証言である「海軍士官はスマートであれ」が訓話にあったと知る。この「スマートとは?」と今回の旅人である岡田は正木の次男と三男に会って話を聞いた。それは「自分を律して相手の心を考える」ことだと。司馬はこのことを「心のスマートさ」=「品格」と書いている。

 正木大佐の三男である成虎は父と同じく海上自衛隊勤務の後、今は横須賀で子供たちにボランティアで船上生活について教えている。

 三浦半島記で取り上げた鎌倉と横須賀だが、横須賀へはまだ行ったことがない。まだまだ日本のあちこちへ行きたい気持ちはあるがさてそれはいつになる!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年8月6日土曜日

新番組

 昨日午後、BSで5月に放送された「街道をゆく」の長州路・肥薩のみちを再度見る。お昼にテレビを見ることはあまりないが改めて見てよかったと思う。それは番組もそうだが、放送後になんと「新・街道をゆく」が今夜9時に放送されるという。早速、番組のHPで調べると次のように書いてある。

〈岡田准一 司馬遼太郎に思いをはせて鎌倉へ!新・街道をゆく 三浦半島記 8月6日(土)[BSプレミアム・BS4K]後9:00 司馬遼太郎さんの歴史紀行作品を映像化し、大きな反響を呼んだ「街道をゆく」(97年放送)が、20年余りの時を経て復活!〉

 これを見てマンネリ気味の生活に新たな光が射し込んだようで嬉しくなる。今朝の地元紙番組欄を見ると新・街道をゆくの掲載がある。今回は「三浦半島記」。昨日、今夜は三浦半島記を取り上げると知って、閉館まじかの図書館へ出かけてこの本を借りる。

 話を番組に戻すとこれまでBSにかぎらずNHK総合でも再放送が多かった。これはコロナ禍で取材などに制限があったことにもあるだろう。ところが、今夜のBSを見ると新・街道をゆくの前やその前の番組も新たな番組だ。それほどテレビを見るほうではないが興味をそそられる番組である。それにしても朝から暑い!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年8月5日金曜日

「街道をゆく」から

 テレビの番組欄を見ると午後に「街道をゆく」の再放送がある。(また、続きが始まる?)と一瞬期待したが、再放送だった。改めてネットでNHKの「街道をゆく」HPを見ると今回の番組しか放送予定がない。

 「街道をゆく」の新たな放送はなくても相変わらず『街道をゆく』を読んでいる。今は番組で放送されていない「街道をゆく」で30年以上も前に買ってそのままにしていた文庫本である。昨日、『街道をゆく』「中国・江南のみち」を読み終えた。次に読むのは司馬が江南の旅の最後にでかけた「中国・蜀と雲南のみち」を読む。1981年から82年にかけて「週刊朝日」に連載されたのが昭和62年(1987年)に文庫本化されている。初めての外国である中国に出かけたのが1986年。旅から帰って読もうとしたのか『街道をゆく』の文庫本を10冊近く買っている。が、その当時に読まずにいて積読のままにしていたということは今ほど興味が持てなかったのかもしれない。

 それが30年以上も経って興味が持てないどころかのめり込んで読んでいる。人間、いつどういう風に変わっていくのか本人にもわからない。が、気づいたときが吉日と思い直してせっせと読んでいる。

 昨日読み終えた「中国・江南のみち」が最初に中国に出かけた地であり、いつもにもまして興味深く読んだ。読みながらこの個所は知っておくべきことと何ヵ所も付箋紙を貼る。後でパソコンへの入力が大変だけどこれもただの遊び人のせめてもの大仕事と思っている。

 暑さ寒さも彼岸まで、とはいえまだ彼岸まではだいぶある。その前に立秋がある。7日頃からのようだがまだまだ暑さは衰えそうにない。というか、日本の各地で何らかの災害が起きている。せめて気持ちだけは穏やかに……。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年8月4日木曜日

アルビノーニのアダージョ


 連日猛暑日が続いている。東北辺りでは線状降水帯が発生して大雨特別警報が発令され、今は警報になっている。40度前後の暑さも大変だが、警報級の雨の降り方の怖さもよくわかる。これをもたらす線状降水帯というキーワードは以前からあったのだろうか。この先どうなるのやら、と思うが気にしてもどうにもできない。

 6月ごろから昔さらったアルビノーニのアダージョを吹いている。吹きながらICレコーダに録音する。2か月近く吹いていると吹き始めた6月よりも今の方がちょっとだけうまく吹けている。何でもいいからせめて1曲くらいはいつでも暗譜で吹けるようにしていたい。今は飽きもせず、このアダージョと司馬作品を読むのが欠かせない日課になっている。というか、フルートは吹かずにいて久しぶりに吹くと立ち眩みがする。それくらい息がいる。また憑りつかれたように読んでいる司馬作品を読まずにいると頭が錆びつきそうでそれが怖い。

 ゴールウェイの演奏するアルビノーニのアダージョ、再度、アップしよう。吹いている楽譜はゴールウェイとは難しさで雲泥の差がある。が、ネットで探した楽譜を写譜して吹いている。それにしてもフルートの神様が吹くフルートの音色のなんと美しいことか。
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年8月3日水曜日

向日葵の種

 熊谷市では予想最高気温が41度とか42度になるとのメディアの報道で地元でない人が最高気温を見に訪れているという。広島は連日35度前後の猛暑日だが、40度以上の気温は体温を超える。わざわざそれを体験しに各地から人が訪れるとはなんという平和!?

 暑くても午前中に一度、外に出るようにしている。とはいってもスーパーや図書館へ行くくらいで遠出はしない。図書館へ予約確保の本を受け取りに行くが館内ではマスク着用となるため行くのもためらいがちになる。いくらエアコンが効いているといってもマスクをつけての読書はきつい。というか館内の設定温度が高いのかもしれない。

 本を借りるとさっさと家に帰って部屋のエアコンで本を読む方が快適だ。当然マスクはつけない。

 ひょろっとうなだれて咲くコスモスが数個、紅色の花をつけた。もっと元気に咲いてくれればいうことはないのだそれがない。1本、大きく伸びた向日葵の花を見ようと幹を手でもって傾けたらまだ花は満開ではなかった。隣町は向日葵の町として力を入れている。先日のテレビによると町内の公園に植えていた数百本のヒマワリが全滅したとのこと。この犯人は猿だとか。改めて向日葵の種を撒いて咲かせるという。

 向日葵の種は外国などに出かけるとお土産で売っている。3,4年前、シルクロードを旅した友だちからその種をお土産にもらった。が、どうやって食べるのかわからず、会ったときに教えてもらった。種を歯で噛んで中身を出して食べるそうだ。歯で噛めば歯が折れそうなので申し訳ないがくれた人に返したことがある。

 旅のお土産と言って思い出す。外国、特に辺境の旅では果物を干したものがお土産として売られている。バナナ、イチジク、梅干し(日本のようなものではない)、ナツメヤシや向日葵の種などである。モロッコに行った際、お土産に買うものがないので大きなスーパーでナツメヤシの干したのを購入した。ところが家に帰って口にする際、異物(虫?)に気づき捨てたことがある。人にお土産としてあげなくて幸いだった。

 どんな環境下で干しているのか、買う側にはわからない。物珍しいモノであっても口にするものは買わない方がよさそうだ。暑い日は続く。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年8月2日火曜日

向日葵

横を向いて咲く向日葵

背が高すぎて花を写せない
  百円ショップで買ったコスモスと向日葵の種を春に撒いた。コスモスは20本くらい育ち、向日葵は3本だけ芽を出した。ところがいずれも大きく育ったのはいいのだが、雨の日が多すぎてひょろ長く伸びた。コスモスは雨が降るたびにわが身を支えきれずに傾いている。起こそうとするがそれもつかの間のことですぐに倒れこむ。向日葵はたった3本大きくなった。が、雨がやみ、連日猛暑日が続くと背丈がぐんぐん伸びて1本は2mを越えた。

 初めて向日葵を咲かせたので記念にとデジカメで写す。2m越えの向日葵の花を写そうとするが背が高くて写せない。真っ青な空に向かって咲く向日葵の花を写せず下から写した。きっと大きな花をつけているに違いない。他の2本は背丈がそれほど高くない。が、向日葵の花は太陽に向かって咲くらしく隣の駐車場に向かって咲いている。電子辞書で調べると向日葵の花は真正面に向かって咲かず顔を横向きにして咲くらしい。道理で写した写真も横向きだ。

 今年、人生初のコスモスと向日葵を植えたが、もうちょっと立派な花を咲かせるにはまだまだ何かが足りない。どちらかといえばコスモスを咲かせたかった。我が家のコスモスは幹と葉っぱばかりが育って花はひょろっとうなだれて咲いている。もっと風になびいても斃されてもすぐに元通りに回復するコスモスを育てたい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年8月1日月曜日

『民衆史に狼火を 追悼色川大吉』

 昨年9月初旬に色川大吉の訃報を新聞で知った。その日までこの人の本は読んだことがなかった。が、新聞に報道される追悼記事を読んで色川の本を読みたくなる。なぜ、訃報記事でそういう気になったのかは自分のことなのにはっきりと覚えていない。ただ、追悼文の何かに惹かれてこの人の本を読もうと思ったことに間違いない。

 それ以来、何冊か色川の本を図書館で借りて読んだ。その矢先に『民衆史に狼火を 追悼色川大吉』(三木健編 不二出版、2022年)が出版された。図書館にリクエストして、この本を借りて読む。リクエストする前は本全部が追悼文で埋め尽くされているとは知らずに借りた。亡くなられてから出版されるまでにメディアで取り上げられた記事や出版を機に特別に追悼文を寄こした人たちの文章で1冊の本になっている。

 読んでいてどの追悼文も文としては大差ない。それでも2人の文に目が留まる。それは色川大吉の最期を共にした上野千鶴子と鎌田慧の「忘れ得ぬ言葉」(34)である。自分自身、なぜ訃報記事に目が留まったかをこの鎌田氏の文を今読んで、「この記事に惹かれた……」と気づかされた。それは次のようである。

〈戦前、密命を受けてチベットに潜行、敗戦を知らないままにラサにたどり着いた西川一三は、後に『秘境西域八年の潜行』を書いた。会った印象を「風雪に洗われた仙人のようだった」と『わたしの世界辺境周遊記』に書いた色川さんは「人間最後まで一人で生きてゆく気概がなければ」とする彼の言葉が、「自戒」という。〉(99p)

 西川一三著の『秘境西域八年の潜行』上下2巻は以前に買って読んでいた。中国にのぼせて以降、1992年夏、15回目となる海外旅行はチベットだった。チベットも中国に属するがいわゆる中国とは文化や言葉など何から何まで異なり辺境に位置する。人生初の高山病体験もチベットだった。ラサの空港に到着後、コスモスが咲いているのを見て嬉しくなり、はしゃぎすぎてすぐに高山病でダウン。2日間ほどホテルで寝ていた。そんなつらい体験をしてもチベットは魅力があった。

 『秘境西域八年の潜行』を書いた西川と色川は会っていた。そしてその人から刺激された言葉である〈「人間最後まで一人で生きてゆく気概がなければ」とする彼の言葉が、「自戒」という。〉、このくだりの新聞の訃報記事を読んで自分自身、色川に惹かれていったのだろう。西川のあの2冊の本も折を見て再度読み返えそう。

 もう一人は上野千鶴子の文である。その一部を記そう。

〈色川さんは人間としてほんとうに上等の人でした。しかも、少年らしい純粋さや正直さを持ちあわせていました。それだけでなく、生きることの哀しさと孤独をよく知っている、おとなの男でもありました。感傷的でドラマに泣き、知己の死に慟哭する姿を、わたしに見せました。この人の晩年に、共に時間を過ごすことができたことは、わたしにとってえがたい幸運でした。多くの人が色川さんの晩年がこんなに豊かで幸せだったのは、上野さんのおかげだね、と言ってくださいます。ですが、同じように幸せなのはわたしの方でもありました。〉(184p)

 これを読んで自然と涙がこぼれてきた。「生きることの哀しさと孤独をよく知っている、おとなの男でもありました」のくだりはいい表現、と思う。

 朝から太陽がぎらぎら照りつける。暑くなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしっましょう!

 追記 この本は上野千鶴子が写した色川大吉が表紙を飾っている。また色川氏と上野女史が写った写真は本文に収めてある。