2017年11月14日火曜日

セムガエ

 


 ブータン展に出かけて一番大事なことを忘れている。それは「セムガエ」という言葉。セムガエとはゾンカ語で「心地いい」の意。幸せの国ブータンであれば「幸せ」の意もあるかもしれない。毎日心地よい生活とは日本で言えばストレスのない社会にあたりそうだ。

 BSシネマで「ひまわり」を見る。有名な映画であっても見るのは初めて。「ひまわり」の主題曲は哀愁を帯びる。画面一面に広がるひまわり畑。その地下には戦争で亡くなった無数の遺体が埋められている…。「ああ、戦争は何と残酷、そしてなんと悲惨」とこの映画の中に出てくる。確かに。それでも「残酷」で「悲惨」なことは今でも世界のどこかで毎日のように起きている。昨日はイラン・イラクの戦争ではなくマグニチュード7.3の大地震発生。自然災害や戦争、いずれにしても怖ろしい!しかし、それはいつどこで起きてもおかしくない!

2017年11月13日月曜日

ブータン展に出かける

 広島県立美術館で開催中のブータン展に出かける。手元のチラシには「見るだけでしあわせになれるかも」とあり、「しあわせに生きるためのヒント」とも書いてある。この展覧会は日本・ブータン外交関係樹立30周年の記念事業だそうだ。

 ブータンに出かけたのは広島アジア大会の前年である1993年。今から24年前になる。外交関係樹立が30年前ということはそれから6年後に出かけている。当時はブータンに観光できる人数も年間数千人と制限があった。今はどうだろう。ともあれ、ブータンに関心を持ち、ブータン語(ゾンカ語)を習っていた3人で展覧会に行く。なぜブータンに関心を持ったのかといえば我が町が広島アジア大会でブータンを応援したことによる。

 21年ぶりに再会した一人に今更ながらなぜブータンを…と聞く。すると広島アジア大会でブータンのテコンドー選手と意気投合し、1年後にブータンでその人と再会したそうだ。当時はまだネットのない時代。手紙で連絡し合ったという。ともあれ、これは微笑ましいお話。もう一人はブータンに一緒に行った人でその後も九塞溝に出かけた。それ以来5年半ぶりに会う。3人ともブータンつながりで何の違和感もなく楽しく過ごす。

 2人はブータンの衣装である「キラ」や「ゴ」をお土産に買って帰ったという。もっぱら敷物を買ったものとは大違い。美術館を出ると近くのレストランでランチ。次回の話題も出る。お昼をいただいた後は隣接する縮景園のお茶会に出席。もらったチケットをみると「もみじ茶会立札席会」とある。昨日はお天気にも恵まれて園内は人であふれている。芝生広場での茶会は着物姿も多く見かける。久しぶりの茶会。説明を聞きながらお茶をいただく。チケット、ありがとう。

 展覧会会場で展示されていた「しあわせに生きるためのヒント」からここに抜粋しよう。

※常に自分のこころを見なさい。そして、こころが乱れていたら、こころをコントロールするのです。それが幸せに生きるコツです。

※幸せになるコツは、今の自分に満足することです。

※あなたがいいこころを持っているなら、将来の心配はいりません。みんなが助けてくれるでしょう。

※教員の仕事は生徒に生き方を教えることなのです。

 帰宅途中、わが家の前で近所の人に出会う。「元気でやっている?」と声をかけられて立ち話をする。年に数回も会わない人だけど昨日は意外な話が聞けた。「どこかへ出かけている?」と聞かれてポーランドの話をする。何と、その人のお父さんの弟さんはポーランドとブルガリアの外交官だったという。広島のとある市で育ち、山を3つ売って東京外大に入学。ロシア語を学ばれている。興味深いお話なのでその人のおじさんの名前を教えてもらう。後でネットで調べるとある、ある。もうびっくり。何でもヒトの話は興味を持って聞くものだと改めて思った。もしも、ああ、と軽く聞き流していたら話はそこで終わってしまう。

 ソ連兵につかまって10年の捕虜生活であっても、ロシア語ができたために割と優遇されていたらしい。その後日本に帰国されて亡くなられたそうだ。その人に旧姓を問うとその外交官と同じだった。親の兄弟だから当たり前だけど、珍しい姓だ。

 それにしてもネット社会。かなり古いお話でも誰かがネットにアップしている。他にもブータン語で知り合った人の娘さんの名前を探すとこれもすぐにわかった。

 ともあれ、昨日はいろんなことがあった一日。楽しく過ごす。それにしても今月は普段はない行事が多い。この後もまだ行事がある。その合間にコンサート情報を目にする。来年のことだけどチケット、早めに買う!?

 メモとして http://www.saturn.dti.ne.jp/~ohori/sub33.htm 

2017年11月12日日曜日

仮住まいの日本画教室

 今朝の地元紙に『闘う文豪とナチス・ドイツ』の新刊紹介記事がある。著者は池内紀。「ナチス…」、やたら目につく。是非とも読もう。池内氏はドイツ文学者。講演を聞いた時もドイツの話は出たけどナチスについては詳しく話されなかった。

 講演といえばその人に興味や関心があれば聞きに行く。ところが関心を持って聞いてもその後に悪いことで新聞沙汰になる人がいる。先日来からにぎわす某生物学者。2度ほど講演を聞いている。時の人のように一時はメディアを賑わした。ところが、表と裏の顔があるのかよくない話題でメディアを賑わす。なぜ、と今もってそうなるのかわからない。表面的には穏やかな人に思える。

 話題を換えて昨日の日本画教室。昨日からしばらく教室が変わる。市内のメインストリートに面したビルの6階の教室になった。同じフロアに別のグループの日本画教室もある。しかし、部屋の間仕切りがなく、落ち着きなく画を習う。わが家で実ったレモンを持参。仮住まいの教室で大きな本画の作成はやめてしばらくは小さめの絵を描く。年中、絵の道具を教室に置いている。仮住まいではそれも困難。家から道具一式を持参して画を習う。

 中旬にある日本画展の打ち上げを兼ねた絵の交換会。まずはそれ用の葉書絵を作成する。その前に実ったレモンを皆に渡してレモンと落ち葉の絵を描く。横では先生も描かれている。先生の絵を見て我が絵と比べると何ということ。なぜこうも違う?

 ともあれ30人余りで絵を交換し合う。しかし、自分で描いた絵は手元に置いておきたい。そう話すと、写真やカラーコピーで保存を、と教えてもらう。スキャンもいいかもしれない。教室が終わると珈琲タイム。先生から交換会でカレンダープレゼントの話を聞く。先生は描かれた絵をカレンダーにしてくださるという。この秋、めでたく「院友」の仲間入りをされた。みんなでお祝いしたお返しの意味もあるようだ。いずれにしてもおめでたいお話。また先生の絵をカレンダーにしていただける。これもありがたい。

2017年11月11日土曜日

BS1スペシャル「サハリン残留 家族の歳月」を見る

 番組紹介によると「かつて日本領だった南サハリン(樺太)に、戦後半世紀以上も取り残されていた日本人がいる。サハリン残留日本人。歴史に翻弄されながら、国も民族も越えて生抜く家族を描く」とある。さらに詳細を見ると「かつて日本領だった南サハリン(樺太)に取り残され、戦後も帰国出来なかった日本人がいる。サハリン残留日本人。1990年代に帰還事業が始まり、今も帰国が続く。ソ連参戦後の混乱で、引き揚げ船に乗れなかった女性や子供たち。戦後は、生き延びるため、現地の朝鮮人やロシア人と家庭を築いた。家族は日本、韓国、ロシアの血が混じり複数の言語が飛び交う。歴史に翻弄されながら、国境も民族の壁も越えて生抜く家族の姿を描く」とある。

 最近テレビで頻繁にこういったドキュメンタリー番組を見る。そのほとんどは先の戦争に絡んでいる。戦争といえば日本では、特に広島では原爆投下だけが問題になることが多い。しかし、世界では他にも悲惨な戦争に翻弄された人々がいる。サハリン、言葉では知っていても詳しいことは知らずにいた。日本を離れて日本以外の国に住む。それは自分が好んで彼の地に出かけたのだろうか。それが気になる。たとえ好んで幸せに住んでいたとしても戦争という状況になればすべてモノゴトは一変する。

 戦争に負けて、日本にもすぐには還れずその地にとどまる。押し寄せるロシア兵。ただ生きることのために親切にしてくれる朝鮮の人と結婚する。そのほとんどの女性の年齢は14,5歳から17歳くらいまで。何も知らずに生きるために生活を共にする。時には先に結婚していた日本人の夫を残していっしょになった人もいる。ところが国が変われば習慣も変わる。憎い日本人妻を目にしてアルコールが入れば叩かれたとか。ただ日本人が憎かったそうだ。帰国事業が始まっても日本に戻らず、韓国に渡った日本人妻もいる。他にもロシア人と結婚した人もいた。

 番組でテレビに映し出される人々の年齢は戦後72年のようにそれより上の人たち。子どもや孫であっても同じ家族なのに言葉がまるで異なる。すべては戦争によるこのような悲劇。ニュースを挟んで2時間の番組。見ていてまだまだ知らない戦争の後遺症(?)を知る。

 年齢的には自分とそれほど大差ない人たち。いろんな人生を垣間見る。そしていろいろと考えさせられる。

 気分を変えて昨日もレモン10個を取る。葉っぱをつけたままナイロン袋に入れていると家の前を親子が通る。持っていたレモンを4,5歳くらいの男児に渡すと喜んでくれる。葉っぱはとげがあるのでレモンだけを渡す。レモンを持った男児は「何、何?」と母親と話しながら帰っていく。

 1個では悪い気がする。それでもやっぱり、今日も1個ずつ日本画の人に渡そう。

2017年11月10日金曜日

紅葉の季節に

 先日の日本画教室作品展。ブログで知って見に来てもらった人と数年ぶりに対面する。新たになった広島駅。お互い市内に住んでいてもなかなか会う機会がなかった。めまぐるしく様変わりする広島駅で久々に会う。

 陽気に誘われて集合時刻よりも2時間半早めに家を出る。向かう場所は縮景園&県立美術館。カメラ片手にまずは縮景園に入る。日よりもいいのか園内では結婚写真の前撮りをしている。紅葉しかけた木々から落ち葉が舞い散る。その上を歩きながら真っ赤に染まった葉っぱでなく、黄色から赤くなりつつある落ち葉を探す。先日まで家のあたりで探していたよりも黄色い色が鮮やか過ぎる落ち葉もある。

 先日来から借りている図書館の落ち葉の本。そこに描かれた落ち葉。これを見て紅葉真っ盛りよりも徐々に赤く染まる葉っぱの美しさにハッとする。園内で葉っぱを集めて歩く姿を人はどう思う!?時には枝にカメラを向けてアップにして写す。絵を習い始めて絵のモチーフをカメラに写す楽しさを知った。もう少しすると宮島の紅葉も美しくなる。その時は宮島へ出かけよう。

 縮景園の園内入り口(出口?)から美術館へ入る。目指すは児玉希望の所蔵作品。美術館の児玉希望のミニガイド本の表紙絵は「暮春」。第11回の帝展特選受賞作だそうだ。大きな絵で緑色の木々や葉っぱが画面いっぱいに描かれている。素晴らしい絵だった。児玉亡き後、遺族が所蔵作品を県立美術館に寄贈。そのため多くの作品が展示されている。

 絵を堪能した後、歩いて駅に向かう。昨日の携帯万歩計は1万歩を超える。よく歩いた。その後に飲むビールは美味。久々に会ってもそこは昔からの友だち。何の違和感もない。ましてやこちらの近況はブログでわかっている。友だちは今でも現役で頑張っている。これも元気の秘訣だそうだ。素晴らしい!「エキエ」にできたスターバックスで食後の珈琲。若者であふれている。お昼の老舗のデパート内はジジババが多い。その多さと比べると広島駅は若者が多い。これも時代の移り変わり!?

 ともあれ、楽しい一日を過ごす。今朝、遅く起きてテレビ欄を見ると萩本欽一、欽ちゃんの文字が…。テレビを見るのが遅くなってあまり話を聞かれなかった。それにしても70代後半での大学3年生の欽ちゃん。朝から欽ちゃんのテレビを見て一日が楽しくなる。素晴らしいかな、欽ちゃん!!

2017年11月9日木曜日

「限りある人生大切に」

 今朝一番のニュースでタイのアユタヤ遺跡に行く途中、バンに乗った日本人4人の交通事故死を知る。アユタヤ遺跡は8月に出かけたばかりなので記憶に新しい。そこで起きた交通事故で人生が終わるとはなんと悲しいことだろう。

 今朝の地元紙の投書欄に「誰もが皆、もう一方の臨終の瞬間にあるのですよ」と不幸に参加した人が僧侶から聞いたことばを書いている。人生を1本の棒にたとえ、生まれて以降、今は棒のどのあたりにいるかと問われる。右端が生まれた時とすれば誰もが自分の年齢から左端の棒の位置を示すだろう。ところが僧侶は今の年齢に関係なくすべての人は「臨終の瞬間」に位置しているという。

 日常の生活で人が亡くなるニュースを目にするたびに、自分は元気だから関係ない、と思うことがある。そうではなく、誰もがいつだって何が起きてもおかしくないらしい。

 旅のカタログが送られてくると目にする記事はこれまで出かけていない国になる。アジアで言えばネパール、フィリピン、アフガニスタン…。眼が行くのはネパール。しかし、なぜかこれを見て引っかかることがある。それはヒマラヤ遊覧飛行。遊覧飛行と言えばナスカ地上絵。ペルーで体験した。乗る前、4人乗りのセスナ機が落ちたら…と思うと怖くて祈る気持ちで乗った。乗ったはいいけど怖さがあったのか乗り物酔いを起こす。生きた心地がしなかった。

 大きな飛行機ならまだしも小型機は怖い。最近でも日本でヘリが墜落したとのニュースがある。ということでネパール行きは考えてしまう。考えてまで行くのもどうかと思うと行く気が起きない。フィリピンとアフガニスタンは怖いイメージがあり、話題にすらできない。

 今朝の新聞投書のタイトルは「限りある人生大切に」。大切になりすぎてしまうと以前の自分に戻りそうでこれまた怖い。石橋をたたきすぎて渡ってしまう。これはよくない。さてどうしよう…。

 ここで余談。先のインドネシアの旅で飛行機を降りる際、機内で団長に言われて笑いが起きる。それは「坊さんと友達になったら人生も終わりよの~」。旅先で3人のお坊様と知り合ったと話したことからそういわれてしまった。言われてみればこれは当たっている。人の最期で執り行う人はお坊さん。確かに人生はこれで終わる!?とはいってもまだまだ人生が終わらんように長生きしよう!!

2017年11月8日水曜日

賑やかな女子会!

庭に咲いた菊

 母がいなくなって植えた菊。植えたといっても姉と義兄が手入れしてくれたわが家の狭い庭。そこに菊の芽をさしてくれた。植え始めはレモンの木も大きくなく、菊も咲いていた。ところがレモンの木も大きくなり菊の陣地はレモンの日陰となって花も咲かなくなる。それでも横からの日光に向かって菊は細い枝を伸ばす。ひょろひょろ菊に支柱を置くと蕾がついた。花でも何でも日光は欠かせないと知る。レモンの木も日光のさすほうに枝を伸ばす。

 40個以上は実をつけているレモン。先日、レモン3個をレモン搾りで絞る。どういっても結構力がいる。これじゃ、いっぺんにレモンを取って搾るのは大変。今週末の日本画教室に持参して皆に画のモチーフにあげよう。

 絵のモチーフといえば落ち葉。学校の校門に大きな桜の木がある。今はそれも散りつつある。先日「落ち葉」の絵本を図書館で借りる。絵本といってもなかなかの出来栄え。これを見てさらに落ち葉に関心が湧く。美大出身の人が描いただけあってきれいな落葉ではなく虫食いの落ち葉や様変わりしつつある紅葉の落ち葉を描いている。これをまねしてそんな落ち葉を拾い集める。先日仕上げたばかりの落ち葉の本画。週末の教室に再度落ち葉を持参してもっと丁寧に描こう。

 落ち葉ではないけれど昨夜の女子会のドレスコードは「紅葉」。皆、それぞれ「紅葉」に趣向を凝らして…。それにしても相変わらずの楽しいメンバー。久々に涙を流して笑ってしまった。どういっても今回はサプライズがあるとの連絡がはいる。さて、それは…。何と何とそれはお店はカラオケ店でないにもかかわらず何部屋かカラオケが備わっている。これを見てびっくり。NO.4さん、いつも趣向を凝らしてもらって感謝、感謝!そして幹事役もありがたい。

 それにしてもこの4人のメンバー。若いときから、人によっては学生時代の頃からの楽器仲間。長年の付き合いでも皆元気で若い。そして楽しい。どういっても飲んで食べてしゃべって笑って歌って聞いて、時にはタンバリンもたたいてと忙しくもあり賑やかなこと。楽しかった!さて次回は!?まあ、こうやって元気に過ごして人生大いに楽しみましょう!それにしても互いの歌声を聞くのは初めてだった!
今年のレモン