2017年11月7日火曜日

「感傷的なワルツ」チャイコフスキー 

 文春オンラインに小池真理子の新しい小説の記事がある。本のタイトルは『感傷的な午後の珈琲』。この「感傷的な…」とタイトルにあるように小池の好きな曲がチャイコフスキーの「感傷的なワルツ」だそうだ。この人の本は一冊も読んだことがない。それなのにこの曲に関心を抱き、動画を探す。フルートの演奏がアップされていた。

 以前、チャイコフスキー曲集をさらったことがある。先日、このブログ開設からこれまでのフルートでさらった曲をワードにまとめた。しかし、この曲は曲集になかったのかさらっていない。きれいな曲なのでアップしよう。

 『感傷的な午後の珈琲』ならぬ月曜日の午後のプール。プールに入るとすぐに声をかけられる。1年余り前に出会って以来、会わなかったスイミングクラブ時代の人だ。その人は午後3時過ぎから泳ぐらしい。1時過ぎに来て1時間泳いで帰るので会うことはなかった。昨日は3時から会議があり、早めに来たという。それにしてもスポーツマンは泳ぎもうまい。「一っ飛び」という言葉があるように25mプールは「一泳ぎ」の感がある。20数回水を掻いて25mを泳ぎ切るものと数回か10回程度で泳ぎ切るのとではその速さも大ちがい。
 

 ましてや後ろからついてこられると気がせいて泳ぎを楽しむどころではない。それが嫌なので泳ぎが速い人の前では泳がない。それでも、どうぞ、と泳ぐように声をかけられる。有難いのかどうかわからないなりに泳ぎ始める。久日振に1キロ泳ぐ。どうであれ、やっぱり泳いだ後は気持ちがいい!

2017年11月6日月曜日

2017年日本画教室作品展



薔薇 8M
 

 習っている日本画教室の作品展に出した3点の絵。絵ハガキにしてもらった。絵は下手だけど絵ハガキをスキャンして記念にブログにアップ。上は昨年バスツアーで出かけた湧永庭園で写したバラを本画にしたもの。真ん中はお正月に買った小さめの葉ボタンを作成。ななつぼしテントウムシは先生のアイデアをいただいて絵に入れる。下は日本画を習い始めて翌月に教室でスケッチしたのを4年後に本画にする。食べられない小さな枝付きの柿を持ってきてくださった人はもういない。いつも教室に絵となるモチーフを持ってきてくださった。究極は庭に植えてあるかなりの数の梅の木で作ってくださった梅干し。大きな甕で梅干しにされていた。教室の人みんなに何キロかずつくださった。しかし、その人はもういない。絵のタイトルは「思い出の柿」。やさしかったその人をしのんで絵のタイトルにする。

 1年に一度、描いた絵をスキャンする。その度に、やり方を忘れそうになる。昨日も「さて、どうやって…」としばし考えてプリンターに向かう。パソコンのスキャンを立ち上げるとすぐにスキャンできた。しかし、これをブログにアップする際の絵の大きさに迷う。それでも何とかブログにアップできた。次にプリンターを使うのは年末の年賀状作成の時。ほんまに、頭を使う。

 やっと秋らしいお天気になった。昨日は予定していた行き先を取りやめる。今日は予定通りに行動しよう!
葉牡丹 SM

思い出の柿 8Ⅿ

2017年11月5日日曜日

「ピグマ」

 自宅最寄り駅からJRに乗る。空いた席に座ると周りは外国の家族。横には3歳くらいの女児がいる。「こんにちは!」と声をかけると「こんにちは」と返答する。2,3度繰り返していると母親に「こんにちは、しか日本語はわからない」と日本語で話しかけられる。どこの国?と問うとウクライナの人だった。ウクライナ人と結婚し、広島で暮らしている知り合いがいる。そう話すと広島とは関係ないツーリストだった。

 3年間、日本にいて日本語を覚えたようだ。今はウクライナ在住らしい。どこから広島へきてどこへ行くのかと尋ねるとタブレットのようなもので「すみや」と日本語で書いてくれる。日本語で話していても今一歩、この「すみや」が何かわからない。そうするうちに広島駅到着。感じがいいご家族だった。

 そういえばウクライナ、と聞いた時、ソ連に出かけた話をする。今思えばウクライナとソ連はいい関係ではない。ポーランドの話をするとウクライナは元ポーランド領のためか、家から60キロ先がポーランドと詳しく話してくれた。ワルシャワとは500キロ離れているとか。

 今年はポーランドに出かけて以来、あのあたりのことに関心がある。今、図書館で借りている本は『エリーザべト・ニーチェ』と『物語ポーランドの歴史』。たまたま昨夜読んだ本にウクライナは元ポーランド領ウクライナとあった。

 話は変わって昨日の日本画教室。次週から2,3か月、教室の場所が変わる。仮の教室は部屋も狭いらしく、机も会議用らしい。これまでは会議テーブルを3つくらいくっつけたような大きな机一つに一人が絵を描いている。これからしばらくは不自由を強いられるらしく、本画に仕上げるのでなくもっぱらデッサンになる。昨日は先生に頂いた葉書に絵を描く。これまでデッサンしたものをはがきにトレース。それを「ピグマ」というペンでえどる。しかし、「ビグマ」がなにものかを覚えておらず持参もしていない。

 仕方なくボールペンでえどる。この上に、水彩絵の具で色をつける。教えてもらった通りに色を塗ってそれをぼかす。巧くできたと喜んでいるとそうでもないらしい。先生曰く「余白を残して塗るように」。他にも持参していたはがきサイズの画仙紙に同じくデッサンした絵を色付けする。これは墨で線をえどり、その上に色づけする。二つの方法を習う。これは自宅でも場所を取らずにできそう、と思わず先生の前で声が出る。寒くなって家にいるようになった時、たまには家でハガキに絵を描く。これは楽しいかもしれない。それにはまずデッサンから。カメラ持参で街に出てデッサンになるものを探す!?いいかもしれない。

 そういえば絵を習い始めてすぐに教室から八ヶ岳にスケッチ旅行をした。その際、ハガキや「ピグマ」、絵を描く道具一式を先生に頂いた。昨夜、それを取り出す。せっかく先生に用意してもらっていてもしまい込んでいては宝の持ち腐れ。次週から教室へ持参しよう。

 なお、ハガキに描いた絵は今月中旬にある日本画展打ち上げの交換会に使う。先生曰く「うまく描けた絵を人にあげるように!」。今まで人さまに自分の絵をあげたことがない。音楽と違って絵は形として残る。自分で描けば絵に愛おしさがでる。手元に置いておきたい気もある。昨日、日本画展の図録と自分で描いた画の絵ハガキを受け取る。ところがなぜか、我が8Ⅿの絵は図録もハガキもSMと間違って表記されている。これは残念!

2017年11月4日土曜日

「知らないことを知る喜び」

 NHKの「らららクラッシック」でドヴォルザークのチェロ協奏曲が流れる。チェロ奏者の長谷川陽子の曲の解説がある。チェロ演奏のなかでは難しい曲だそうだ。ともあれ、この題名を忘れまいとブログにアップする。

 昨日は他にもいい番組があった。高知県の四万十川近くで鍛冶屋職人を目指す関東から来た若者がいる。年収1000万円の技術者から転身して初めて作った一丁の斧。自ら作った斧を5000円で地元の人が購入する。チップとして1000円上積みされた。ひと月の生活費にするにはかなりの数を作って売らねばならない。鍛冶屋の親父さんは初めての弟子を前にして悪戦苦闘して教え込む。しかし、実の息子3人は誰も鍛冶屋を継いでいない。

 次に見たのは「人生レシピ」。新聞の番組欄でフランス語を学ぶために大学院入学や藝大に入学の記事を見る。知り合いに英検1級で大学に入り直し、大学院でフランス語を専攻した人がいる。もしかしてその人?と思ってネットで先に検索すると年齢が違っていた。それでも興味を持って番組を見る。

 尾崎という女性は63歳。岡山大学大学院受験までの4か月間、猛勉強をする。43歳で合格。4年後に大学院卒業。受験前、四国の香川県からわざわざ岡山の大学まで出向いて教師に直接会っている。また1時間半かけて通学したそうだ。「学び直しとは?」と聞かれて「自分の世界が広がる。知らなかった世界がわかる」と話す。

 もう一人の藝大入学の女性は55歳。元地方のアナウンサーで作家やライターをしている。小さい頃から憧れた音楽への夢。若い頃音大に入ると親に話すと拒否されて語学の大学に進む。それでも常に音楽の世界に触れていた。プロとかアマとか関係ない。ちゃんと勉強したいとの思いが昂じて藝大受験3度目で見事合格。46歳だった。その人にとっての「学び直しは?」と聞かれて「新しい世界が広がって新しい人生が始まった」という。

 他にもゲスト出演の伊藤麻衣子は現在早稲田大学博士課程で学んでいる。45歳で大学入学だとか。伊藤は言う。「乗り越えた時の達成感はたまらない」。
 
 この人たちを見ていて思った。同じくこの人たちよりも10歳くらい歳を取ってから再度大学生になった。若い頃に公立大学受験に失敗し、私立の短大に入った。当時は誰もが大学に行く時代ではない。短大で学ぶだけでもありがたいコト。しかし、卒業後社会で働き始め、しばらくするとこれではいけない、との気持ちが芽生える。その当時は働くことが優先し、勤務後は好きな習い事をやっていた。

 それでも満足感は得られない。日々流されていく毎日。時は過ぎて、街中でばったり出会った高校時代の同級生の言葉にハッとさせられる。その人は音楽大学でピアノを学んだ人。その人との立ち話での一言でこれまでとは全く異なることに方向転換を図る。まずは語学、36歳の時だった。中国語の世界。これまでとは全く異なる人たちの集まりだった。職業もバラバラでかなりの刺激を受ける。

 外国、へ行くという発想もその時まではなかった。しかし、習い始めて4年後、初めて中国へ出かけて自分の知らない世界を知った。これが病みつきとなり、いろんな語学に手を出す。当時、広島はアジア大会目前の時期。いろんな外国語講座を学べた。講座でいろんな人たちと知り合う。楽しかった。しかし、どんな時でも中国語は学び続けた。

 これが昂じて会社リストラをきっかけに働くという選択肢はなく、再度大学へ行こうと思った。リストラされて2週間後、大学募集のパンフを目にする。この時、神様はこの世にいらっしゃると実感する。

 願いは叶うモノだ。無事大学合格をネットで見たときは本当に嬉しかった。ところが入学して丸1年後の2年生になるとき、母が大腿骨骨折で入院する。その後の5年間は地獄の日々だった。親の入院で4か月間付き添い、病院に寝泊まりして大学に通った。2年生は教養課程であり、毎日何時間も出席せねばならない。ましてや病院内では勉強できない。時間を見つけては自転車で我が家に帰って勉強し、夜は病院で寝る。これが4か月続いた。それでも病気することもなく張り切って大学生活を過ごした。今、思ってもどこからこのエネルギーが出ていたのだろう、と不思議である。

 昨夜のテレビを見ていてどの人もそれぞれ異なる厳しい環境の中で学んでいる。今は何だってできる環境にいる。それなのに…。昨日のテレビで気合を入れなおそうと思いつく。

 

 自分にとっての「学び直し?」と問われればこの3人と共通する。交流する人々の世界が広まったことは大きい。これまで知り合えなかった人々と知り合う機会が増えた。他にも年齢は関係ない、何だってやれる、との思いが強くなった。これは自分にとって大切なことである。さらには「知らないことを知る喜び」を知ったことが大学で学び直したことの一番よかったことかもしれない。

2017年11月3日金曜日

曲軒

 スウェーデンの105歳のダグニーさん。昨日は他の地に講演に出かけたようでブログはなく、今朝「ホームスイートホーム」のタイトルでアップされている。105歳であってもいろいろと取材に応じ、ブログも毎度、画像付きのアップがある。今朝はこの時季なのか大きなかぼちゃの画像だ。聴衆の前で話す、この日のために最高の体調にしていたそうだ。健康を長く保つためのお話をされている。

 毎朝、ダグニーさんのブログを見てその人との年齢差は親との年齢差よりも多いと気づく。ぐずぐずした生活はしておれない。昨日はプールで泳ぎそびれる。昨日と今日の2日間、プールのある某会館は他のイベントが入っていて利用できない。今週のプールは月曜日までお預けとなった。

 一昨日、山本周五郎の自伝的な番組があった。なんとこの「山本周五郎」は勤めていた主の名前をペンネームにしている。なぜ、それを…と思ったら主の人間性に惹かれて名前を使用したという。他にも番組の中で「曲軒」が何度も出る。これは「へそ曲がり」の意らしい。山本周五郎はとてつもなくへそ曲がりだったそうだ。そのことを尾崎士郎は山本周五郎を称して「曲軒」とした。

 番組で何度も出る「曲軒」。文字がわからない。辞書で調べてもない。ネットで調べてやっとわかる。テロップで出ていたようだが注意して見ずにいて文字がわからなかった。

 文字を知らべる、といえば辞書がいる。今朝の地元紙に「広辞苑」の宣伝がある。14年前、中国語対応の電子辞書を購入。その際、紙の媒体の辞書はもういらないような気がした。その後も5年前にスペイン語対応の電子辞書を購入。2つの電子辞書を比べると、以前の中国語対応辞書の醜さがわかる。前のは古くなりすぎて画面も見にくく、調べる環境にない。電子辞書は所詮、電気器具だ。年々、使っていると消耗する。そう感じて以来、紙の媒体の辞書はほかさずに大事にしようとした。とはいってもスペイン語対応電子辞書の機能は優れものだ。時に応じて紙の媒体の辞書と電子辞書を使い分ける、これに尽きるようだ。

2017年11月2日木曜日

怖い情報!

 メディアをにぎわす凶悪事件。話題にするのさえ怖い事件だ。事件を起こす犯人は若くて元気な若者なのに仕事をしていない。そのことが底辺にある。今風の言葉で言えばニートや引きこもり。それはいかにも弱々しいイメージが見え隠れする。しかし、それが昂じるとなにが起きるかわからない。これらの人すべてが犯罪者になるとは思えない。だが、犯罪の陰に犯人が不自由と感じる金銭や女性が見え隠れする。

 美容院に行くとやはりこの事件が話題になる。これ以上書くと書くのが嫌になる。話題を換えよう。

 一昨日のフルートのレッスンで「建具」の話をする。しかし、話をし始めてしばらくすると「たてぐ?」と問われる。先生との年齢差は18歳。最早、建具は死語と化した!?昨日美容院の3人に「たてぐ」の話をすると3人ともわからないとのこと。しばらくして1人がやっとわかってくれる。やっぱり「建具」は死語?

 先日のパンフルートのコンサートに誘ってくれた人は全員が歌う唱歌のある曲を知らないと話す。この時も、ええっとびっくりする。唱歌でさえも最早世代間格差がある。
 
  時代によって変化する死語や歌の世界。これは仕方がないとしても凶悪事件が時代によって変化する。それもますます凶悪事件として進化する。これはどういう風に捉えれば時代について行けるのだろう。怖い!怖い!
 
 気を取り直して動画は今朝のFMから「エデンの東」。ゆったりとしたいい曲だ!

2017年11月1日水曜日

フラッタータンギング(奏法)

 一昨日から広島駅は南北自由通路が全面開通した。改札口の対面には「エキエ」がオープンし、人込みでごった返す。フルートのレッスン前にお店に入りたい気もするが帰りに…とあきらめてバス停に向かう。バスを待っていると外国人夫妻がパンフをもってあっちこっちと動き回る。これを見て「どこへ行く?」と英語で問いかけるとパンフの中の平和公園を指さす。目の前のバスを案内するとしばらくして降りてくる。おかしい、と思って再度声をかけるとバスは市内を循環する観光用バスだった。

 ネットで見るとこれには3つのバスがある。広島中心部を回ることができる「めいぷる~ぷ」、2階建てオープントップバス「めいぷる スカイ」、広島が誇る2つの世界遺産を巡る「定期観光バス」だった。

 再度外国人に尋ねるとパンフにある「めいぷる号」で平和公園に行きたい旨、意思表示される。これに乗るには駅北口から出るバスに乗らなければならない。外国人夫妻は真反対の南口にいる。これ以上案内しているとフルートのレッスンに間に合わない。困った、と思っているとバス会社の案内人が近くにいる。その人に声をかけて外国人夫妻の案内を委ねる。広島駅の南北が開通しても南の表口と裏の北口では移動がままならない。ともあれ、バスの案内係りがそばにいたおかげで助かった。別れ際、女性から「ありがとう、マダム!」と言われる。それにつられて私も「いい旅を」、と英語で言う。

 どこの国の人かわからなくても簡単な英会話で物事がうまく運ぶ。家に帰って話した英語はあっていたのかを確認する。通じたので大丈夫だったようだ。

 さてフルートのレッスン。先日、広響の定演でフルートの人が吹いていたブルブルという吹き方。先生に尋ねるとフラッタータンギング、フラッター奏法というそうだ。ネットを見ると「フラッタータンギング(英: Flutter-tonguing)、フラッターツンゲ(独: Flatterzunge)とは、舌の細かい動きにより音を震わせる、管楽器の特殊奏法である。近現代のクラシック音楽作品やジャズで用いられる。ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウスがフルートの特殊奏法として考案し、他の木管楽器、金管楽器に応用した。このため、クラシック音楽においては、ドイツ語による表記が一般的である。省略した形でフラッター奏法、フラッターと呼ばれる場合もある」とある。

 さらに「奏者は息を出しながら、巻き舌のごとく"r-r-r-r-r-r "と発音する。実際は、音の出だしを明確にするために通常のタンギングを行うので "t-r-r-r-r-r "のようになる」とある。

 以前巻き舌が大事と先生に教わったことがある。これと関連するのかもしれない。

 さらっているヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ。曲の中で何度も拍子が変わる。メトロノームに合わせるのが難しくICレコーダで録音して練習していた。ところが昨日、メトロノームのやり方をかえると拍子もうまく取れる。いろいろと進化するこうしたちょっとした音楽関係の器具。正しいやり方で練習開始!?