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2023年1月28日土曜日

「山と原野とスケッチと~農民画家 坂本直行~」

 昨日、Eテレの日曜美術館「山と原野とスケッチと~農民画家 坂本直行~」をNHKプラスの見逃し配信で見る。また夜にはNHKのBSで「山と原野とスケッチと~坂本直行さんをめぐる旅~」を見る。同じ日に同じ人を扱ったテレビを見るのはめずらしい。が、興味をもってどちらも見た。坂本直行はテレビの番組欄ではじめて名前を知った。その名前が坂本龍馬と関連していると知って関心を抱く。坂本龍馬の本名は直柔(なおなり)というらしい。それで坂本家の子孫である父の弥太郎は息子すべてに「直」をつけている。しかし直行自身は坂本龍馬と関係があるとは誰にも話さなかったという。

 2つの番組は一部違う個所もあったがほぼ似ていた。人の生き方に興味がある。坂本直行の生き方も当然興味を持ってテレにを見た。直行の父である弥太郎は満州で鉄道敷設の際の枕木などをあつかう材木商で財を築いた。その子供の長男は満州鉄道の技官、次男は大学教授、そしてその下に直行がいる。しかし、人生はいいことばかりではない。直行が学生時代から魅せられた登山に夢中になっている頃、父は経済破綻に陥る。

 仕送りもままならぬようになると直行の生き方も変わってくる。直行は開墾した原野を耕して農業をしながら好きな絵を描いていた。その頃、彫刻家の峰孝が彫刻のモデルを探しに訪ねてきた。峰は直行の絵を見て感動し、是非とも札幌で個展を開催させようと奮闘する。直行が絵を本格的に描こうとしたのは56歳。札幌に出てからである。札幌の展示会で絵はすぐに売れ、普通であれば一列に展示するところを縦3列に作品を並べても売れたという。

 ほかにも六花亭の主人と直行との馴れ初めもある。六花亭の包装紙に花の絵が描かれている。これは直行が描いた花の絵をモチーフにしている。さらに子供向けの本の表紙の絵も無償で直行が描いた。そのくだりや登山などについては映像が流れる。NHKの番組HPによると以下のようだ。

 〈北海道土産の「花柄のお菓子の包装紙」でおなじみの画家・坂本直行。北海道を南北150キロに渡り貫く雄大な「日高山脈」に魅せられ、日高の山々が見渡せる原野を耕しながら絵筆をとり続けた農民画家として知られる。坂本龍馬の一族の末裔ゆえの家との確執。開墾生活での壮絶な自然との戦い。とりつかれたように登った北海道の山々。貴重なスケッチやエッセイ、映像を味わいながら、「山と原野」を愛した画家の生涯に迫る〉

 またNHKの北海道放送局でも以下のようにある。

〈釧路で生まれ、十勝の原野を開墾しながら絵を描き続けた画家・坂本直行(1906~1982)の足跡を辿るシリーズ「山と原野とスケッチと」。北海道の山や草花をこよなく愛し描き続けた“チョッコウさん”は、どんな人生を歩んだのか。生涯で1000枚以上描いたともいわれる「原野と日高山脈」の絵には、どんなメッセージを込めたのか。シリーズで直行さんの魅力に迫ります〉

 何年か前、高知の龍馬記念館では坂本直行展を開催している。昨年秋、坂本龍馬記念館へ初めて出かけた。が、その頃は直行を知らなかった。またその時は時間がなくて記念館を思うように見ていない。春になれば再度土佐へ行こう。
 
 どこかへ行こうと思うと元気が出る。昨日は先日申し込んだ日帰り旅に加えて同じ旅行社に1泊2日の旅を申し込んだ。しかし、日帰り旅と日程が重なるため日帰り旅の日程を変更。今朝は寒いわりには日差しがまばゆい。遊びに行こうと思えば気持ちが晴れる。元気なうちはいろんなことに興味をもって外へ出よう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年6月21日月曜日

「アウシュビッツ 死者たちの告白」

 昨夕、<NHKドキュメンタリーセレクション「アウシュビッツ 死者たちの告白」>を放送していた。見始めた時刻は番組が終わる数分前。テレビ番組の中でドキュメンタリーを好んで見ている。(見られずに残念)と思いながらも先に夕飯を食べる。食事後、NHKプラスで番組を調べるとすぐに番組のアップがあった。番組HPには以下のように書いてある。

 それは<第二次世界大戦中、ユダヤ人の大量虐殺が行われたアウシュビッツ強制収容所。ガス室跡の地中から“謎のメモ”が見つかった。最新技術で解読したところ、書いたのは同胞をガス室へ誘導する役割や死体処理などを担ったユダヤ人特殊部隊「ゾンダーコマンド」のメンバーだったことがわかった。人類史上類を見ない大量虐殺の陰で“裏切り者”と呼ばれた男たち。密室の中で何が行われていたのか。75年の時を超え、よみがえる真実に迫る>とある。

 ユダヤ人特殊部隊「ゾンダーコマンド」は自分の意志で役を担った人々ではなく、アウシュビッツ強制収容所へ送られたユダヤ人の中から、コマンドとして使えそうな強健な人たちから選んでいる。選ばれた、といってもその任務は地獄図そのもの。ガス室へと運ばれる人たちにシャワーを浴びせてあげるといつわって裸にする人。その人たちを部屋に閉じ込めて毒ガスをシャワーのように浴びせる人。ガスに火をつける人。こうして亡くなった人たちを処理する人などと収容所の役割は細かく分かれる。この任務を担う人たちがゾンダーコマンドだった。

 ユダヤというだけでナチスから迫害を受け、その人たちは同胞から死へと追いやられていく。コマンドにはナチスが後々の記録を残さないようにとあらゆる地のユダヤ人やソビエトの捕虜だった人もいた。彼らは口封じのためにいずれは殺されると自らを悟る。収容所の地下を掘り起こすうち、瓶や紙箱に入ったメモが見つかる。だが、その文字は何が書かれているか判読できない。が、最新のデジタル技術で文字が解明された。イディッシュ語の文字を見るとイニシャルがある。そこには同じイニシャルの文字があった。

 瓶に埋めた人はガス室へと運ばれる人が持っていた紙と筆記具でその悲惨さを書いて土中に埋めた。紙に書いて土に埋めた人の娘がギリシャで生存していた。その父はナジャリ。1971年に54歳で亡くなる。

 ナジャリの父が土に埋めた瓶の中には「復讐のために生きたい!」とあり、さらに「人は自らが生きるためにどこまで残酷になりうるのか。そして他者の痛みもどこまで無関心でいられるのか」と書いてあった。ナレーターは「ごく普通の人たちの告白が時を超えて私たちにいつまでも突き刺さる」と述べる。そしてメモの最後には「ここにはすべてが記されているのではない。真実はもっと悲劇的で計り知れないほど恐ろしい。メモはいくつも埋められている。探し続けてほしい。まだまだ見つかるはずだ」と書かれてあった。

 自分自身が生まれるちょっと前に起きた悲惨な出来事。亡くなった人は600万人とも言われている。数年前にポーランドを旅行し、アウシュビッツ収容所を訪れた。悲惨な現場に立ってもまた昨夜のような悲惨なテレビを見ても涙の一滴も出ない。それはなぜ?あまりに悲惨すぎると感覚をなくすのだろうか、自分でもよくわからない。ただ、昨晩の寝つきの悪いこと。1時まで寝られなかった。

 人は空腹になると我を失い、残酷なことができる。と、生き延びたコマンドは話した。彼はドイツ語が話せたためにユダヤとの懸け橋となって生き延びた。

 広島に落とされた原爆では10数万人が亡くなった。アウシュビッツの600万人には及ばないものの人の命に数は関係ない。旅で知り合ったポーランドの人たちは皆、親切だった。旅行中のフリータイムに公園のベンチに一人座ってイベントを見ていた。その時、隣に座ったポータランドの女性と話をした。ままならない英語での会話だった。しばらくするとその人は席を外した。何と近くのお土産物屋に行ってマグネットを買ってきてくれた。お返しに日本から持ってきた飴玉を渡した。申し訳ない気持ちだった。ワルシャワと書かれたショパンの像のマグネット。今でも大事に使っている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年4月27日土曜日

「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」を見る

 先日見たBS1スペシャル「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」。昨夜、見逃がした前半部分を見る。ボルトとダシャ、そして2人を取り巻くオユナの存在。ボルトが離婚した母親から独立して都会に出てマンホール生活を始める。幼い子供ながら、くず拾いでお金にして数年後、故郷の親を訪ねる。相変わらず貧しい生活の親を見て親を引き取る。木造の小さな家。それを希望の家と命名して幸せに過ごす。しかし、ボルトが妻を迎えるとそのうち一家は離散。妻をかばって親を追い出したボルト。これに後悔する。何年もかかって親を探し出し、再度一緒に生活する。ボルトは小学校低学年の勉強をして、自動車のタイヤ修理工場をビルの傍の一角に構える。働き者でお客は絶えない……。https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2357178/index.html?c=archives (参照)

 この番組を見ていて日本で今、60万人とも100万人とも言われる中高年の引きこもりを考える。何もせず家の中に引きこもる。食べさせてくれる人や家があるからできること。もしも、自分一人で生きていくとなるとどんな人生が待っている!?豊かな日本に生まれたからこそできる生活かもしれない。こういう人こそ、この番組を見て奮い立てば、と思ってしまう。まあ、そうはいっても最後は人それぞれ。外野がとやかく言えるはずもない。

 国内の泊りがけから1週間後に海外に出かけた。そこから帰って1週間になる。国内も海外もよく歩き、さすがにお疲れ気味。しかし、今朝5月下旬のバスツアーを見て早くも疲れが吹っ飛びそうになる。5月の初夏の爽やかな風にふれる!?これは気持ちよさそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2019年3月30日土曜日

フルートのメンテから市立大学へ右往左往

 昨夜見た「ドキュランドへ ようこそ!『輪廻(りんね)の少年』」。番組HPによると次のようにある。

★インドのラダック地方。チベット仏教で「高僧の生まれ変わり」とされる少年が、世話役の老人と故郷を目指す旅へ。2017年のバンフ山岳映画祭で最優秀賞に輝いた映像美!
パドマ・アンドゥは「リンポチェ=輪廻転生の高僧」とされる存在。しかし、中国のチベット政策のために、ラダック地方と“本家”との接触は限られ、パドマも“特別な才能”を失っていく…世話役のウルギャンの勧めで、少年は「本来あるべき自分になるために」雪降るチベットを目指してインドを横断する旅に出る。長く険しい道のりの末に、たどりついたチベット仏教寺院。そこで2人が見つけたものとは─

 これは「2017年のバンフ山岳映画祭で最優秀賞に輝いた映像美!」とあるように、まるでドキュメンタリーでなく映画を見ているようだった。番組初めの2分ほど見るのが遅れた。今ネットで検索するとこの動画がアップされている。あとで見よう。

 映像は何処を見ても絵になる。リンポチェの少年のあどけない顔をみていると今,置かれているチベットの状況が悔やまれる。リンポチェを立派な僧侶にするため、老人は極寒の雪道をチベット国境まで目指す。老人とリンポチは時にふざけあったり、時に別れの涙を流したりする場面を見るとチベット問題は何とかならないのかと思えてくる。まだあどけないリンポチェ。彼が15年後に立派な僧侶になって面倒を見てくれた老人に会いに行く姿を見てみたい。その頃にはチベット問題が解決しているといいけど……。

 昨日は朝から忙しく動き回る。午前中は年に一度のフルートのメンテナンスの日。点検を終えると前日から予定した広島市立大学へ急ぐ。はじめていく場所なのでネットでバスの時刻を調べる。バスセンターからだと12分で高速バスで到着。下車後、大学が目の前に見えてもさてどちらへ……。同じバスを下車した学生に野田弘志展を問うと近くまでついてきてくれた。今度4年生になる油絵を学ぶ女性だった。今は、就活らしく、静岡県から出てきて広島で学んでいるという。画家になる?と問うとなるようだった。それもどこかに属してやるようだ。

 市立大学は県内の大学としては割と新しい大学で出かけるチャンスがなかった。だが、広島の中心から12分で到着、とは交通の便がいいところに建っている。また、芸術やIT関係が強みの大学で日本画の院展入選者もこの大学の卒業生が多くいる。校内に入るとレンガ色とベージュの色彩を帯びた建物が並んで建つ。これは誰のデザイン?と思えるほど落ち着きある雰囲気を醸し出す。今は春休みだろうか、学生の姿はほとんど見えない。

 5階の芸術資料館に入ると物々しい雰囲気の中、野田弘志の個展会場がある。天皇皇后両陛下の肖像画を描いた画家の絵は写実画。絵画と共に野田のインタヴューの映像が流れる。しばし、このビデオを見る。貸し切り状態の落ち着いた会場で絵を見る。これも至福のひととき。大学という場所が好き。もう何度でも学生をやってみたい。昨日の女子学生と話しているとさらにその思いが強くなる。
広島市立大学

広島市立大学入口
真ん中の建物5階に芸術資料館がある
 

 絵を堪能した後はJR横川駅までバスに乗車。ここまでも10数分と近い。横川で下車後、いつも日本画が終わると皆で行くカフェで一休み。caféを出ると予約している美容院でカット。一日はあっという間に過ぎた。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 ブログ投稿後、野田弘志展でもらったパンフを見ると広島市立大学創立25周年記念、「平成から未来へ野田弘志リアリズムの軌跡展」とあった。

2019年2月11日月曜日

NHKドキュメンタリーを見る

 毎朝ダグニーさんのブログをみる。しかし、パソコンの翻訳機能を利用しての日本語なので今一歩、日本語として理解できないことがある。今朝は「現在」のタイトルのブログ。やはり、何が書いてあるのか日本語は読めても理解に苦しむ。とはいっても、毎日ブログを更新されている。身体は大丈夫だろう、と安心する。

 一昨日夜に見たテレビ。それはすべてドキュメンタリー番組。BS3で「イギリス 白馬の王子さまに会いたい!」を見ていて、この時間はBS1スペシャル「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」を見るつもりだったと1時間後に気付く。そのためマンホールチルドレンは2時間のところ1時間しか見られなかった。

 マンホールチルドレン、は20数年前、アジア塾に通っていた頃、話題になる。グループに分かれて1年間学んだまとめとして発表する時、私たちのグループはモンゴルを取り上げた。そのこともあってマンホールチルドレンに関心を抱く。番組の後半しか見ていないが、番組HPに詳しく載っている。20年くらい前のGWに内モンゴルへ行った。旅行中、一泊はパオに泊った。翌日、目を覚ますと5月というのに雪が降っていた。番組の外モンゴルは出かけたことがないが、内モンゴルよりももっと寒いはず。そんな場所で家から放り出されたマンホールチルドレン。生きていくのも大変だったに違いない。

 政治に翻弄されたモンゴルの子供たちの生きていく場所はマンホールの中。その子供たちを20年にわたって取材する。こういうことは番組でもないらしく、20年後に逞しく成長した3人を取り上げていた。うち1人の女性はマンホールの中で不意の死を遂げる。今はマンホールに許可なく入れないようになっている。その女性の周りには2人の男性チルドレンがいた。アイスクリームを彼女にどちらが先に買ってあげるか、競争したそうだ。だが、今はその人はもういない。

 20年の歳月で残る2人の男性は家や家族を持った。亡くなった女性を弔うため、許可をもらってマンホールに入り、3つ、アイスクリームを供える。今のモンゴルは経済的にも成長を遂げてチルドレン時代の貧しさは感じられない。ただ、マンホール生活だったため学校に行っておらず、文字の読み書きが難しい。2人は近くの小学校に出かけて文字の読み書きを習う。1人は運転手の資格を取るために、もう1人は離れて暮らす娘と自由自在にスマホのチャットをやり取りできるようになるために、と頑張っている。

 初めに見たのはイギリスの白馬の王子。その後にチルドレンを見ると涙失くして見られない。見ていて決して楽しい番組ではないが、頑張っている人たちを見るのが好きなので刺激を受ける。

 次に見たのは「行くぞ!最果て!秘境×鉄道『ボリビア ジャングル列車』」。この番組もシリーズ化されており、毎回のように見る。番組に出るやっくん。番組にピッタリの人だ。やっくんが行く国は一般人はなかなか行かれそうにない。それがまたいいのかもしれない。秘境、この言葉の持つ響きがいい。ボリビアへも行きたい。行かれない国をテレビで見て行った気になる。これもいいかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 なお、番組HPは以下の通り。

★BS!スペシャル「ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡」
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2357178/index.html?c=archives

★イギリス 白馬の王子さまに会いたい!
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92625/2625218/index.html?c=archives

★行くぞ!最果て!秘境×鉄道「ボリビア ジャングル列車」https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92608/2608150/index.html?c=archives