2011年3月31日木曜日

納骨法要

今日はアサちゃんの「お引越し」の日。目覚めると同時にアサちゃんに「今日は引越しの日です」と報告。

連絡が届いているかどうかわからぬが、その行事のためなんとなく気ぜわしい朝となる。

四十九日法要のためお寺に着くと「アサちゃん」の塔婆があるのに気づいた。塔婆はお寺の配慮から彼岸法要として作られている。午前11時から法要が始まり、それが終わると納骨法要のため墓所に出かける。墓石を動かして「アサちゃん」に鎮座してもらう。その瞬間寂しさが頭をよぎった。その後はすばやい納骨法要の仕度をする。持参してきた「アサちゃん」の塔婆を墓の後に立てた。

それを終えると寺から共に墓まで来ていたお上人はお経をあげる。アサちゃんはその瞬間からここで永久の眠りにつくことになった。

墓を去るとき、アサちゃんに向かって「じったんと喧嘩せんのんよ。また来るね」と大きな声でいってその場を後にする。そばでそれを見ていたお上人は何を思っただろう。

ともあれ四十九日法要、納骨法要は今日無事終わった。一抹の寂しさはあるものの「アサちゃん」は納まるべきところで眠りについた。これで気持ちも一安心。

明日から4月。昨日から日中も春らしい気候である。本格的な春になったのかどうかわからぬが、ともかく春になるのは間違いない。そのうち桜の花も咲くだろう。それに伴い生活リズムを心機一転して頑張らねば…。

5日から本格的にフルートを再開する。また中旬にはシャンソンのレッスンも始まる。

アサちゃんを介護していたときから仕事はしていない。これからも仕事をする気は毛頭ない。仕事をしない分、時間はたっぷりとある。まだまだ人生は長い。とはいっても老いるのも早いはず。時間を無駄にしないようやるコトを見つけて楽しく過ごしたい。

その前に家の中や外を奇麗にしなくては…。今日庭の木を切ってもらうようシルバー人材センターにお願いした。来週にはそれもあって忙しくなりそう…。

2011年3月30日水曜日

四十九日法要を前にして

明日は四十九日法要をお寺で行うことにしている。先日来からお寺に2度も法要についての問い合わせのTELをした。

寺に持参するものとしてお花、果物,菓子などがある。先日花屋に行くとお寺には前日に持参するよう…にと教えを請うた。今日花屋で用意された花を受け取りにいくと、なんとも見事な花束になっていた。花屋があらかじめ予算を教えてくれるとき、高めのほうにしたからだろう。

アサちゃんにとって四十九日法要は一度きりのもの、その花束を見て高い金額にしてよかったと思った。

花を自転車のかごに乗せてお寺に持ち込むと、お上人の奥さんはこの花を法事の後どうするかときく。お寺に…といっていると客を見送った後、お上人がやってきて、墓に活けようという。

納骨時の墓に活ける花は、お寺から帰るとき再度花屋に寄って買うつもりであった。その旨お上人に告げるとそれはしなくてよいという。果物籠と菓子箱は明日持参する旨告げて寺を後にした。

帰路花屋に寄り、墓に活ける花は不要になったと告げると、アサちゃん宛てのフラワー・バスケットが来ているという。我が家に配達することになっていたが自転車でもって帰ることにした。

それから夕飯を済ませるとまだ時間は6時前だった。今日は昨日までと違って春の訪れを感じさせてくれる暖かさだ。何かをしようと思い立ち、箪笥の引きだしを片付けた。

片付けるたび写真が出てくる。目を引いたものがその中にあった。1枚の写真がプラスチックのケースに入っていた。アサちゃんの夫の写真である。若かりし頃の新兵姿の写真であった。その裏には本人の字で写ったときのことが3行書いてあった。きっとアサちゃんと知り合った頃の写真なのだろう。

アサちゃんを7年間介護しているときどうして知り合ったのか聞いたことがあった。「慰問で…」といったことを思い出す。そのときに受け取ったのが今日大事にしまってあった写真だろう。

アサちゃんはもういない。何も教えてくれるものもいない。だがアサちゃんの大事にしていたその意志を継いで写真を仏壇に飾ってあげよう。もう少し大きく伸ばしたモノにして…。アサちゃんの横においてあげよう。

もう一つ出てきたものがあった。アサちゃんの長女がたった1週間くらい前に話したものである。もうそれを見てびっくり。すぐにTELにて知らせてあげた。

それは長女が生まれたところがわかるものであった。相続登記で家族の謄本などを取り寄せたが、生まれた場所までは書いてなかった。出生した際の届出者は記入されていたのだが…。

今日出てきたものは生まれて何ヵ月か後の種痘接種の証明書である。呉市長名で発行された書類であった。

本当に貴重なものだ。明日、アサちゃんの長女は四十九日法要にやってくる。そのときそれを渡すことにした。それを聞いて長女も驚いた様子であった。

少しするとTVドアホンがなった。なんともうひとつフラワー・バスケットが届いたのである。これは近くに住む人が業者を通して届けてくれた。それには暖かいメッセージも添えられていた。

アサちゃんを喪くして、いろいろなヒトの行為を考えさせられる。ヒトに対する振る舞い方に気づかされる。時に嫌な気持ちにさせられるヒトもいた。だがほとんどのヒトは優しい言葉や行為を示してくれる。真の知人とはそういう人だ。大事にしたい!

ともあれ明日はアサちゃんの四十九日法要。明日はまたアサちゃんの納骨もある。

おかしいものでお骨のある間はアサちゃんは居ないのにいるような気持ちにさせてくれる。明日からは本当に一人ぼっち?いやいや、まだまだアサちゃんは我を見守っていてくれるだろう、きっと…。寂しくないように…。

2011年3月28日月曜日

シェラトンホテル広島

今日シェラトンホテル広島がオープンする。

昨夜朋友にTELすると、4月5日に勤務先の大学の入学式の仕事で市内にくるという。それが終わり次第ランチをする話がまとまった。その場所はシェラトンホテル広島。

シェラトンホテル関連のホテルは国内で宿泊したことはない。だが、何度か旅行を共にしたことがあるその人によると海外では宿泊したことがあるという。言われてみればシェラトンという名前は広島にオープンする以前からよく聞く名前。だから泊まったことがあるかもしれない。

昨夜早速そのホテルのHPを見ると、ランチの料金は2700円とある。朝食が2400円、ディナーが3700円。3食の料金体系はそれほどの差がない。

一人になってわずらわしい話も耳に入ってくる。アサちゃんはそんな時愚痴をこぼすモノに向かって必ず「そんなモンがどうなるん、ほっときんさいや!」と投げ出す言い方を口にした。時には「ほっとけ!、ほっとけ!」とわずらわしいヒトやコトに対してそう言っては励ましてくれた。

今つくづくそう思う。アサちゃんの年齢まで生きるとなるとまだ30年以上もの年月が待っている。その間を楽しく生きるには「面倒」なヒトやコトはどうでもいい。ほんとうに「ほっとけ!」、「ほっとけ!」である。

こういう気持ちでわずらわしいことを避けてアサちゃんも生きてきた。だからこそ長生きをしたのだろう。

「ほっとけ!」といつもアサちゃんが言っていたことをふと昨夜眠る前に思い出した。その考えは本当に気持ちを爽快にさせる。

世の中は何が起きてもめまぐるしく変わっていく。その時流に流されながらも気持ちをしっかり持って楽しく生きてゆきたい!わずらわしいヒト、コトはそれこそさっさと水に流して・・・。

この先、生活リズムが本格的になる頃には期限切れとなっているパスポートを早く申請しよう。 そして中国四川省と広島の空路が開設予定の九寨溝へ出かけよう。その時はランチを共にするその人と中国の知人に会いに行こう・・・。

2011年3月27日日曜日

「メリー・ポピンズ」

昨日は知人に誘われミュージカル・オペラ「メリー・ポピンズ」を観にいった。

会場に行く前、今月末に行うアサちゃんの四十九日法要のお供えを買った。寺に供えるものは菓子類、花、果物などである。菓子類以外のものは家の近くでも買うことができる。ところがしゃれた菓子類はデパートでないと揃わない。それを買っての観劇となった。

会場に着くと人、人、人・・・。長らく家に引っ込んでいたので人の多さにもうびっくり。しばらくすると見慣れた顔の人々が・・・。何人かの知り合いと一緒の楽しい鑑賞である。

「メリー・ポピンズ」の中で歌われる歌はよく知ったものもあればそうでないものもあった。久しぶりにみるオペラであったが、舞台演出にも時代の変化があらわれ、新鮮味を感じた。

例えば、演ずる中で見せるマジック、演技者の空中遊泳、タップダンス、クラシックバレーなどである。時に広島弁も飛び変わったりして楽しい演出を伺わせた。

メリー・ポピンズ役は主役だけあってさすがに声がよくとおる。歌もうまい。劇中の挿入歌もよく知っているものが多かった。それにしても初めて聞くしっとりした曲は何という曲名だったのだろう。

大震災・原発事故と日本は大変な危機に見舞われている。そんな中、主役の紙谷は「よく歌う人は二度祈る(アウグスチヌス)」とパンフレットに引用文を書いて「東日本大震災・がんばれ日本!」と応援している。

来月からシャンソンを習うことにしている。シャンソンは人生の喜怒哀楽を歌で表しているように思う。シャンソン歌手の鳥越さやかは「頑張り続けている全ての女性へ、ふと力を抜いて、自分を愛してあげようと余分な時間を持った時、ぜひ聴いてほしい珠玉の作品である」とフランスの国民的歌手のアンリ・サルヴァドールの歌を評価する。

アンリの曲がどんな曲か定かでないが、そんな人生を表現するシャンソンはさてさて・・・。来月からそれを習うのがどのように歌うのだろう。紙谷のいうように「よく歌う人」になるのだろうか、楽しみだ。

2011年3月24日木曜日

春待つ

3月も後1週間で終わるというのにまだまだ寒い日が続いている。朝方は特に寒い。先ほどラジオを聞くとこの寒さは2月並みの気候とか。寒いはずである。それでも毎日自転車に乗ってあっちこっちに出かけている。

今日の午前中は図書館に出かけた。午後は新年度から始まるNHKの講座を探しに、少し遠方の書店まで自転車に乗って出かけた。NHKテキストの置かれたところに目指していた「NHKテキストナビ2011」なるパンフレットが置いてあった。テキストはまだ購入せず、とりあえずそのパンフをもらって帰った。

パンフを見るとやはり語学講座が主流を占めていた。語学以外にもさまざまな講座が掲載されている。その中で「100分 DE 名著」が気に入った。そこに書かれていた見出しのうたい文句は「そういえばー、あの本のこと、何にも知らずに生きてきた」であった。その詳細は「一度は読んでみたいと思っていたけれど、敷居が高いと思ってなかなか手が出せないでいた。そんな人類の偉大な遺産である名著の魅力を25分×4回の100分で解説します」と書いてある。

4月はニーチェの『ツァラトゥストラ』であり語り手は東京医科大学教授の西研とか。放映時間は水曜日の午前11時半~11時55分の再放送で何とか見られそう。

アサちゃん亡き後、すべては自分のための時間となった。介護をしていたときと比べれば格段の差がある。

その意味では今日新たな興味を引き出すパンフを捜し求めたことは正解だった。

とりあえずは4月からこのTV講座とシャンソン、フルートを中心にした毎日になりそうだ。それに加えて中国語の原書の翻訳を毎日1pづつ課そうと思っている。水泳も開始したいと思っているがさてさて・・・。そして徐々に遠出もしたいとも・・・。

とりあえず4月からの生活リズムは何とか確保できそうだ。その前にアサちゃんの四十九日法要が待っている。2日前からその準備で気ぜわしくなってきた。お寺で法要を行うのだから何もしなくてもよいと思っていた。ところが念のため、お寺にTELすると準備するものがあるという。

先ほどからそれをネットで検索すると詳細に書かれた記事があった。果物、花、菓子などのお供えがいるとのこと。当然、お布施も。

それが終われば我が行動も本格的な開始となる。そのときには春らしい穏やかな気候となるだろう。桜の花も咲いて・・・。

2011年3月22日火曜日

思いやり

アサちゃんが亡くなって早くも1ヶ月以上経つというのに、今日も会社に勤めていたときの知人から「お供」が郵パックで送られて来た。

アサちゃんは自分が亡くなったときの遺言に「香典はもらうな」があった。送ってきた知人にその旨話をすると、「香典ではなくお供え」だという。確かに言葉使いとしては違っているが金銭をいただくということでは同じことだ。

知人はそれと一緒に107歳になる母親が毎朝食べるという東京の「かりんとう」も送ってくれた。

それにしても今年108歳になられるその母親はその年で「かりんとう」が好物とは本当に元気な人だと思う。住んでいる区の最高齢のみならず、市、県、国の最高齢にぜひともなって欲しい。心からそう思う。

人への思いやりは昨夜かかってきたTELにもあらわれていた。

その知人は我がアサちゃんを亡くしたことへの気持ちと毎日どうしているかということも思いやってくれた。そして音楽会への招待をしてくれた。

さらに先日は学生時代の知人が絵手紙を寄こしてきた。それには母親を10年前に亡くした気持ちと共に、毎月その命日には墓参りに行くと書いてあった。当然アサちゃんを喪った悼みも書いてあった。その返事には暖かくなったらゆっくりあって話をしようと書いて出した。

日本は東北関東の大地震の模様を連日メディアで報道している。それを聞く度、どうしようもない気持ちに襲われる。そんな毎日の生活で、人を思いやる言葉や行為は本当にすばらしい!

そんな毎日の中、今日は久しぶりにゆっくりと街中に出かけた。最初は、県立美術館で開催中の「二紀展」を見た。その後、デパートを2店見て周った。まず、その店にしか置いていない「アナゴ飯」を買った。次の店では持参してきたデパートの商品券でコート、和食器、ソーラー腕時計を買って帰った。

本来の目的は春らしい服を買うつもりだった。ところが長くデパートで買うという機会がなかったため、どんな服を買っていいのかさっぱりわからない。 今日の購入はあきらめた。

仕事を止めて8年半になる。その間、ほとんど服というものに無頓着であった。ところが4月からは新しい習い事をはじめる。気持ちを新たにして少しは自分のこともかまうようにしよう・・・。

2011年3月21日月曜日

カギ

今朝、新聞を取ろうと思って玄関のドアを開けると、鍵孔に鍵がついたままになっていた。それを見てもうびっくり!昨夕から鍵孔に鍵をつけて寝てしまったらしい。

まるで泥棒にどうぞ入ってくださいと言わんばかりのことをしていたことになる。

アサちゃん亡き後、一人暮らしになってしまった。ガス、水道、電気などのライフラインは十分気をつけるようにしているつもりであった。それなのに一番大事な「カギ」を外につけたままにしていたとは本当に情けない。

アサちゃんが亡くなって1ヶ月以上になる。そろそろ平常の生活を取り戻したと思っていた。ところが今朝のあの有様。まだまだ精神的には落ち着きを取り戻していないことを改めて知った。

アサちゃんの齢まで生きるとなると一人暮らしはまだまだ長い道のりになる。今からボーとしていたらと思うと先が思いやられる。アサちゃんはきっと今日の様子をみて「ボーっとしとったら駄目よ」というにちがいない。

大事には至らなかったからいいようなもの、気を引き締めて毎日を過ごさなければ・・・。