2023年12月14日木曜日

『88歳、しあわせデジタル生活』

 図書館で予約していた『88歳、しあわせデジタル生活』(若宮正子 中央公論新社、2023年)の順番が回ってきた。デジタルとはラテン語の指から来ているとか。この本で初めて知った。携帯の機種変更後には電話の受信や切断に手こずっていたが、いまはそれにも慣れた。時にスマホに触れても何の作動もしないことがある。この本によるとシニアがスマホに触れるとき、指が乾燥して作動しないらしい。その不便さを著者はアプリを開発して世に出た時、専門家の会合に出席してその旨を話したそうだ。しかし、いまだにそれは改善していないという。

 著者は御年88歳だそうだが、初めてパソコンを買ったのが30年前の58歳の時だそうだ。世の中にウインドウズ95が発売されたのが1995年だからそれよりも2年ほど前になる。個人的にパソコンを買ったのは2000年。職場でパソコンを使っていたが使い始めのころは何もわからず大変だった。その苦労が報われたのか個人で購入したパソコンは1台目から今の4台目まで設定は自分で行っている。とはいっても最近のパソコンは1台目の時とは違って設定もかなり楽になっている。

 スマホに関しては持つようになったのが昨年なので人よりも格段に遅かった。とはいっても10年くらい前にタブレットを買っていたのでスマホに替えた時点で思ったよりも戸惑いはなかった。ただタブレットは電話の機能がなかったので、スマホの電話では手こずった。

 いろいろとこれまでの個人的なデジタル遍歴を思いだしながらこの本を読んだ。ただひとつ興味をもったのがスマホでのピアノ演奏。先ほどアプリを探して試みるとピアノ演奏ができた。

 本の最後に著者は以下のように書いている。

★江戸時代のように古くからの体制を守ることが重視される世の中であれば、変化を避けて、何ごとにも慎重であることに意味はあったでしょう。しかし現代は、群雄割拠の戦国時代よりも、鎖国の世を終わらせた明治維新の頃よりも、私たちが経験した戦後の変革期よりも、さらに変化が目まぐるしい時代です。いま、AIの台頭によって、世の中の常識や価値観が大きく転換しようとしています。その流れの中で、「新しいものは何だか怖い」などためらっている場合ではないのです。そう、シニアだって、自立しなくっちゃ。テクノロジーの力を借りて。テクノロジーが進化すればするほど、それを使いこなす人間の力が必要になります。デジタルと共存して生きていくには、こちらも人間力を高めなくてはなりません。そのためには、これまでの知識や経験に加えて、新しく「学び直す」ことも必要になっていくでしょう。

 なにも、難しいことはありません。そんなに心配しなくても大丈夫です。なによりデジタルは、楽しいです。使ってみれば快適です。年をとって不自由になっていく暮らしを、時には優しく、時には頼もしくサポートしてくれる素晴らしい相棒です。(186-187p)

 話は変わってパソコンのメールにあやしいメールが入ったことがある。偽のOCNメールが入りパスワードを決められた日までに変更する旨、届いた。その時、疑いもせずパスワードを変更した。その直後、こういったことはこれまで一度もなかった、と気づいた。すぐに 再度パスワードを変更した。今回の偽メールはえきネットだ。前回のことがあるのでこれはすぐにおかしい、と気づいて迷惑メールとしてOSNに送信。

 デジタル社会も便利なようだが、その反面、騙す人が後を絶たない。これも個人の責任で対処していくしかない!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年12月13日水曜日

『街道をゆく』(八)「大和丹生川(西吉野)街道」

 新春の2月、奈良の美術館行きを予定している。宿は法華寺近くをすでに予約済み。1泊2日の予定だが法華寺近くを見るとそばには平城京跡公園がある。今年4月、吉野山に出かけた。新大阪駅から奈良駅までおおさか東線に乗ると沿線沿いが広く開けてくる。(これは何?)と奈良駅で合流した人に聞くと平城京宮跡だという。

 どこかへ出かけるとき、街中よりも広々とした何もない空間がいい。平城京宮跡へ行ってみたくなった。YOU TUBEを見ると多くの人が動画をアップしている。今更ながら奈良の何もわかっていない、と知る始末。暇さえあれば奈良の案内を見たり動画を見たりしている。その合間には司馬作品を読む。

 そして最近、ひょんなことからコンビの芸人のそうじゃない方を応援している。応援するきっかけは最近のことなのに忘れてしまった。多分、何かを見て魅かれたのだろう。片方は売れているがそうではない方が懸命に頑張る姿を見ると応援したくなる。今朝、ふと思いついてその人のX(ツイッター)のフォロワーになろうとするが、それにはGmailなどの登録が必要だ。これに躓く。

 以下は『街道をゆく』(八)「大和丹生川(西吉野)街道」(司馬遼太郎 朝日新聞社、1999年第10刷)から気になる箇所をメモした。

★「この山奥はわれわれ住民にとっても沃土であるだけでなく、下界のひとびとにも貢献しています」それは水だという。材木の容積谷を「石(こく)」であらわすが(材木一石は十立方尺)杉の木というのはその根と根がかかえている土壌に水をたっぷり貯える性質をもっている。鎌田さんによれば、杉の木は一石あたり一石(一升の百倍)の水を貯えているそうで、その意味では杉山というのは貯水のための一大スポンジのようなものであり、これによって日照りがいくらつづいても谷水は絶えることがなく、それが河川を通じて下界に豊富な水を提供している。「下界から感謝して貰わんならん」、と鎌田さんはいう。西吉野村の住民はその杉を植えたり、育てたりして、下界のための水を守っているのです、と村長さんだからこのあたりは冗談ではなく本気で言い、決して下界から孤立しているのでなく、大いに役立っているのです、というのである。(292p)

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年12月12日火曜日

『人はどう老いるのか』

 世の中は情報にあふれている。パソコンやスマホでまず目にするのはネット記事。昨日、パソコンで見た現代ビジネスに久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を抜粋している。それによると〈「今が一番幸せ」と思えたら勝ち...最高の「定年後」を迎えるコツ 『人はどう老いるのか』〉がある。それによると以下のように書いてある。その一部を記そう。

★不平や不満を言う人は不幸な人です。幸福な人は文句を言いません。幸福かどうかは自分が感じることですし、すべては比較の問題ですから、どんな状況でも人は幸福にも不幸にもなれるわけです。実は今がいちばん幸福なんだと気づけば、これからどう老いるべきかということも考えずにすむでしょう。幸福に浸っているときには、人はあれこれ考えないものですから。

 これを読んで最後に記した「幸福に浸っているときには、人はあれこれ考えないものです」に共感する。ナニゴトも考えどおりにはモノゴトが運ばない。それよりも頭にひらめくモノ・コトを大事にしてそのとおりに行動する。これが自分にとっては一番悔いのない生き方、と思えるようになった。

 ネット記事で目にする「幸福」「老い」「孤独」などのキーワード。見ないようにしようと思っても眼に入る。それくらい老いてきた!?とはいっても若い時のような心配事が全くない。これはなぜ!?年老いて元気であれば大概のことは乗り越えられる。年金が少ないじゃどうじゃと言っても生きている限りは振り込まれるので生活に困ることはない。また、ささやかながらも行きたいところへ旅ができる。これは自分にとっては幸せなことかもしれない。

 昨日、早速、図書館に久坂部羊『人はどう老いるのか』を予約した。順番が回ってくるのはまだかなり先になりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年12月11日月曜日

絵の具の溶き方

 昨日のブログ投稿後に思い出す。それは絵の具の溶き方である。10年前、人に誘われて始めた日本画。日本画のことは何もわからずに始めたので道具一式を先生にお任せして購入した。その中に水干絵具がある。購入した絵具は1箱に20色入り、他にも違う色が2箱あって、計3箱60色ある。この60色のうち、10年習ってもまったく使っていない絵具がある。その大半は茶系だ。

 本格的に本画を描く人は水干絵具ではなく岩絵の具で描かれる。水干絵具を膠で溶いていると先生からなめらかでなく粒が残っていると言われる。先日溶いたのは胡粉を混ぜた絵具だ。10年も習っているが今回は厳しく先生から言われる。絵皿に入れた絵具を中指でつぶして膠を混ぜて溶く。その時、粒が残っていた。絵皿を斜めにして絵の具が溜まっていない上部を見ると溶けてない絵具が粒として残っている。これを溶くようにと厳しく言われる。その甲斐あってか絵の具と膠はきれいに溶けた。

 先生に「100号くらいの大きな絵を粒子細かく溶くのは大変?」と問うと岩絵の具は水干絵具と違ってすぐに溶けるとか。また水干絵具を使用しても乳鉢を使うので大変ではないそうだ。

 話は変わって今朝のゴミ出しで通りの向かいの家に住む94歳の一人暮らしの人を久しぶりに見た。真向かいの家の人であっても年に一度も会うことはない。お元気そうだ、と思って眺めるだけで話は出来なかった。が、94歳でひとり暮らしは立派だ。背中はかなり丸くなっておられたが、ときに車が止まっているので娘さんたちが来られるのだろう。

 朝から一人元気で頑張っておられる姿を見て見習わなくてはいけないと発破をかけられた気がする。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年12月10日日曜日

途中で投げ出した柘榴の絵

  昨日午後は日本画教室の日。出かける前から前日の泳ぎ疲れか勢いが出ない。描いているのは柘榴。この柘榴に手こずる。以前、柑橘系のスダチを描いたことがある。しかし、うまく描けずに挫折した。丸いものは描きやすそうだが本画にするのは難しい。柘榴を描きながらそのことを思いだす。柘榴の丸い形が思うように描けない。途中で投げ出してしまった。

 (次は何を)、と先生に写真を見てもらっ。F6のパネルに、はるか先に見える仏通寺の多宝塔の風景を描こうとした。が、多宝塔がぼやけているので建築書関係の書物で詳細を調べるようにと言われる。結果、二〇三高地に出かけた雪景色をサムホールで描くことにした。先生は描こうとした柘榴の写真を見てこのモチーフが気に入られた様子で写真が欲しいと言われる。

 ティータイムになった。自販機へ皆の飲み物を買いに行った。席に戻るとサムホールのパネルが自分のと違っている。先生曰く「柘榴を描くからサムホールを交換した」と。別にどのサムホールで描いても気にしないので箔を貼ったサムホールと交換した。

 先生はデパートの個展で柘榴を描かれたことがあった。今回描こうとした柘榴は自分でも面白く写真が撮れたと思っていた。先生はその柘榴が描きたいそうだ。教室で描かれるかどうかを問うと家で描くとのこと。柘榴をどういう風に描かれるか見てみたかった。残念!

 ということで次週からは二〇三高地の雪山を描く。この写真はカラーで写していてもまるでモノクロ写真のようだ。地塗りも胡粉を多めにして塗った。次週は白黒に見える写真を3分割して地塗りに手を加える!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年12月9日土曜日

プールへGO~

 この秋は気候も良くて外に出歩くことが多かった。そのためプールから遠のいていた。昨日、お天気の良さにつられて急遽、自転車に乗ってプールへ行く。自転車に乗ると言っても半分は押して歩く。午後になって急にプールへ行こうとなった。そのためプールへは1時半くらいについた。プールに入ると遅く来た割には泳ぐ人が2,3人しかいない。浅いプールに至っては誰も泳いでいない。気を良くして泳ぎだす。まずはクロールから泳ぎ始める。しかし、久々のプールはクロールで泳ぐときつい。その後は背泳ぎで泳ぐ。前回からのプールから間が空いた。500mのところ400m(8往復)で泳ぎをやめる。背泳ぎだと顔は天井に向いており、ただ水に浮かんで泳げばいい。いくら泳いでも泳ぐのは楽だが泳いだ後に疲れが出そうなので400mで泳ぎをやめた。

 家に着くとまずはティータイム。運動をした後に飲む珈琲と和菓子。この組み合わせはちょっと変かもしれないがささやかな至福のひとときだ。来週も暖かくなりそうなので泳ぎに行こう。

 暖かいといえば今日は19度で明日は20度の予想だ。このくらいの気温が一番過ごしやすい!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年12月8日金曜日

「自分の愛読書があって、大好きな音楽でもあれば、孤独な時間も悪くはない」

  図書館に予約した『孤独を越える生き方』(五木寛之 2023年1月、NHK出版)を読んだ。この本は五木寛之がNHKラジオに出演した際のインタヴューをまとめた本である。100頁にも満たない薄い本だが気になる箇所をメモしよう。

★最近の高齢者は元気な人がたくさんいます。いくつになっても趣味の会などに参加して、新しい楽しみを見つけ、友達を増やしている人もたくさんおられるようです。そういう人は決して孤独ではないですよね。それはそれですばらしいことだと思います。しかし私は、煩わしい人間関係をどんどんそぎ落としていって孤独でいることも、年齢を重ねた者の特権ではないかと感じるときがあるのです。一人の時間、孤独でいることは、人生を豊かにしてくれるボーナスのようなものかもしれないと思うときがありますね。(24p-25p)

★同じ時代を駆け抜けてきた仲間たちが、一人、二人と姿を消していく寂しさはあります。……しかし、自分の愛読書があって、大好きな音楽でもあれば、孤独な時間も悪くはない。要は考え方次第なのではないでしょうか。例えば、身近な草花を観察するだけでも豊かな時間を持つことができます。……生身の人間は去ってしまうけれど、文化や自然は私たちを置き去りにすることはありません。むしろ、年齢を重ねるごとに近づいてきてくれるのです。(25-26p)

 上にあげた中でも「自分の愛読書があって、大好きな音楽でもあれば、孤独な時間も悪くはない」のくだりは自分にもあてはまる。愛読書といえば司馬遼太郎の作品だ。司馬遼太郎にハマって今月で丸5年になる。年老いても自分を変えさせてくれるような出来事が起きるものだと司馬遼太郎にハマってつくづく思った。これから先も元気で生きていればどんな生き方の変化が起きるかはわからない。そう思うと老いることも悪くはない!?昨日、TVER で見た徹子の部屋のゲスト、滝沢カレンは500歳まで生きたいと話していた。この気持ちわかる気もする。

 一昨日の某交流会で400gもある大きなレンコンを貰った。レンコンは買って調理することがない。(これをどうやって食べる?)としばし考える。くれた人は会に参加する独身女性に毎回ご自宅で取れたものを持って来てくださる。何のお返しもしないのにいつも頂くばかりだ。

 いただくといえば先日の四国の旅で中津万象園を見学した際、バスガイドからここで売られているお土産の話を聞いた。梅や栗で作られた和菓子である。普段、お土産はほぼ買わないが和菓子は好きなので栗と梅の和菓子をそれぞれ一箱づつ購入した。それを見ていたツアーの人が後でそれよりもハタダのどら焼きが美味しい、と言ってバスの中で一つくれた。人が何を買ってもいいはずなのにしきりにどら焼きをすすめる。家に帰って食べると食べ応え充分のどら焼きだった。しまいには広島市内の〇〇に一年の何月から何月まで売っているから買うように、とまで勧められる。もらったどら焼きは確かに美味しかった。とはいえ、わざわざ街中に出てどら焼きを買う!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!