2022年9月14日水曜日
迷惑メール
怪しいメールに間違いない。そうわかっているがとりあえず国税庁のHPで確認すると以下のような注意を促す文がある。
★「未払い税金のお知らせ」などの件名で、支払の催促や差押の予告に関する内容など、国税庁からの連絡を装った不審なメールが送信されていることを把握しました。
怪しいメールといえばほかにもたくさんある。利用していない銀行のクレジット決済やアマゾンなどの通販決済などが大半を占める。これらの迷惑メールはOCNの迷惑メールとして処理される。が、時にその網をくぐって受信メールに入ることがある。その時は迷惑メールとしてその都度報告する。
一昨日はパソコンではなく携帯電話にもあやしいメールが入った。ところが携帯の迷惑メールの報告はその処理方法がわからずにいた。が、携帯の使い方のガイダンスで調べるとその方法がわかった。早速ドコモへ迷惑メールとして報告。
便利さを求めて使っているパソコンなどの電子機器も時によっては悪用されるケースも多々ある。怖い世の中になかった。とくに今朝の国税庁のメールは本物と信じそうになった。ナニゴトも悪知恵の方が善よりも優る世の中なのか、かなり疑ってかからないとひどい目に遭いそうだ。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2022年9月13日火曜日
『街道をゆく』(二十)「中国・蜀と雲南のみち」
9月も中旬になったというのに連日33度の暑さが続く。この暑さ、まだまだ収まりそうにない。日本の四季は春と秋がなくなって夏と冬だけになるのだろうか。そんなことを思ってしまう。着る服もこう暑くては何とか涼しい格好で、との思いしか浮かばない。結果、毎日同じような格好をしている。
買ってそのままにしていた『街道をゆく』数冊を読み終えた。まだ読み終えていない『街道をゆく』は図書館で借りて読むようにしよう。
以下は『街道をゆく』(二十)「中国・蜀と雲南のみち」 (司馬遼太郎 朝日新聞社 昭和62年)から気になる箇所をメモしたもの。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
★新中国成立以後、食糧増産の大方針は、草原の開墾をも大きなプログラムに組み入れた。モンゴル人には昔からの禁句(タブー)として、――土をひっくりかえす。ということがある。鍬で耕せば、ひっくりかえされた土がたちまちに乾いて、やがて風塵の季節に風が天へ舞いあげてしまい、あとはかつての草原の草も生えず、砂漠になってしまうのである。……内蒙古から発したその砂漠化はいまでは北京周辺にまでおよんでいるという話をきいているが、私はその実否について張和平さんに質問しなかった。かれが農業問題の専門家であるならともかく、かれが研究したこともないテーマでこの良友をくるしめたくなかったのである。(69-70p)
★伝統的な中国社会にあっては、君子、あるいは士大夫や読書人などとよばれるひとびとは、精神を労する人ということで、肉体を労するひとびとより上位に置かれる。「君子」というのは、孔子が興した儒教にあっては高度の道徳性をそなえた理想的人格ということだが、同時に官僚という意味もある。……君子の反対語が小人だが、基本的には、庶民、労働者という意味である。……杜甫は、常時は官にいなかったが、知識階級であるという点で、君子であった。すくなくとも労働などをして小人に身をおとすなど思いもしない階級に属した。……君子の「志」は、治国平天下ということになっている。……儒教国家の知識人がもつえたいの知れぬ、あるいは伝統としてごく自然な尊大さが、わが杜甫にもうかがえる。むろんこのことは杜甫個人の人格論ではなく、杜甫においてみることができる伝統的な中国の一側面である。(132-134p)
★四川省滞在中、四川の犬は太陽を見ると吼える、ということわざを横川氏からきいて、ことばのおもしろさを知った。いくら蜀の犬でも太陽を怪しんで吠えないと思うのだが、そういう言いまわしによって、蜀の曇天がイメージとしてひろがるのである。もっとも、帰国後、「蜀犬日ニ吠ユ」ということばは、すでに唐の中期の文章家の韓愈(七六八~八二四)がつかっていることを知った。見聞や見識の狭い者が卓れた言行に接したとき、それが理解できず、疑って怪しみ攻撃することをいう。韓愈そのひとは蜀にきたことがなかった。かれがそういうたとえをつかっている以上、蜀の雲霧のはなはだしさが、知識としてひろく知られていたにちがいない。(151-152p)
★心に貪りが生ずれば満ち足りるということがない、ということを「望蜀」(ぼうしょく)という。『後漢書』の「献帝紀」に、曹操のことばとして出てくる。……そのとき「人間というのは、足りるということがないために苦しむのだ。われわれはすでに隴(ろう)(いまの甘粛省)を得た。この上なお蜀を望むか」といったという。(152p)
★滇(てん)王嘗羌(しょうきょう)は漢の使者に対し、漢ト我ト孰レガ大ナルヤ、とたずねた。『史記』の筆者はさらにつづけて、夜郎侯が漢の使者に会ったときも同じ質問を発した、と書いている。自然がその社会を閉鎖しているがために、かれらは外界を知らず、みずから大なりと思ってる。そういうユーモアが行間にこめられているために、「夜郎自大」という慣用句がここからおこり、こんにちにいたるまで、中国でもわが国でももちいられている。(163p)
★清朝自身が、東胡とよばれる満州ツングースによる征服王朝であるため、夷や胡、虜、狄といった異民族呼称をきらい、雍正帝の十一年(一七三三)勅命によって禁止し、夷族は彝族と書かれるようになった。彝は『周礼』(しゅらい)に出てくるふるい文字で、宗廟をまつるとき酒を盛ってささげる器のことで、雅字である。彝章といえば「守るべき法則」であり、彝倫といえば人間が守るべきモラルのことで、文字としてとびきりいい。(168p)
★歴史というのは、民族呼称という面でも厄介なものである。辛亥革命(一九一一年)は清朝を斃して共和制体を樹立したかがやかしいものであるが、そのスローガンが「減満興漢」(異民族である満州人を滅して漢民族を興隆させる)であったため、異民族への否定的要素をふくんでいた。明治維新にもそのことに似た要素がある。明治期、結果として類のないほどに極端な文化革命がおこなわれ、いわば近代主義が昂揚されることになるのだが、維新前後は、それだけでは革命の爆発力になりにくかった。神道や国学ナショナリズムあるいは尊王攘夷といった復古的もしくは士族的排他主義が起爆力の一つになっていた。辛亥革命もまた、合言葉としては減満であり、興漢たらざるをえなくなり、結果として、イ族の呼称まであおりをくらってもとの「夷族」にもどるのである。当時、国民党時代は夷族であった。(169p)
★「イ族のことをロロぞくともいいますが」と、民族学者の松原正毅氏がいうと、老先生の声がにわかに大きくなった。「ロロ、これも蔑視語です:」老先生の顔に、怒りがあらわれていた。しかしながら、不幸なことに、世界中の文化人類学者がイ族のことをLoloとよんで、学術後になっており、世界中の辞書や論文からこの世界語を追いだすことは不可能といっていい。ロロというのは、かつてはイ族自身が自称してたというから、決して蔑視語ではなかった。このことは、漢字が表意文字であるという不都合さからきている。かつて漢族が、ロロ族に対し、玀猓などという悪意をこめた文字をあたえたために、漢字を知るロロ人にとって腹の煮えかえるような蔑視語に変質したにちがいない。表意文字をもつ欧米人の学者にすれば、こういう視覚的印象におそらく鈍感なのではないか。(229-230p)
★アーチは、イタリア半島のティレニア海に面した小地域に密度の高い文化をつくったエトルリアに由来するといわれている。ローマ文明はこれを吸いあげて、城門や橋にアーチを多用した。(241p)
2022年9月12日月曜日
アンダルーサ
一日中、メロディーが耳から離れずにいる曲がある。曲名が判るので楽譜を探す。フルート曲集の40選に入っているエミール・パサールのアンダルーサだ。楽譜のコピーを取りだして吹いてみると何とか吹ける。連日のように吹いているアルビノーニのアダージョ。しっかり暗譜で吹けるがアンダルーサを吹くようになるとアダージョは暗譜で吹けなくなりそうだ。
2022年9月11日日曜日
河骨(こうぼね)
日本画教室で蓮の花を描いている人が2人いる。蓮にちなむ話なのか先生の口から鳳源寺や阿久利姫、枝垂桜などのキーワードが並ぶ。昨日、絵を習いに行く前に司馬遼太郎の『街道をゆく』(二十一)「芸備の道」を読み終えたばかりだ。記憶に新しく話されるキーワードと結びつく。鳳源寺のくだりを再度読むと「池には、睡蓮が七、八個の赤い花を浮かせている。……池の中ごろに架けられた橋の上に立ってみると、橋の下に河骨(こうぼね)が葉を沈ませつつ黄色い花をつけていた。……『三次は、どこというところなしに、いい処ですね。こう、この盆地ぜんたいかもしれません』と、橋の上で須田画伯がつぶやいた」(183p)とある。
この箇所に付箋紙を貼って絵の教室へ出かけた。先生が蓮の話をされた後、河骨について聞くとよく知っておられた。河骨は本を読んで初めて知る。電子辞書で調べておおよその見当はつく。だが、一度でいいから本物を見てみたい。それにしても河骨とはなんと花に相応しくない名前だろう。三次近くに県北の友だちがいる。鳳源寺近くの尾関山は車で連れて行ってもらった。コロナが少しでも落ち着けば鳳源寺の枝垂桜と河骨を見に行こう。
教室では相変わらず林の中の道を描いている。先生は絵に奥行きがないと話される。混色して彩色すると少しは奥行きが出た。次週は木にも奥行きを持たせて彩色する予定でいる。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2022年9月10日土曜日
「小さな庭」
地元紙文化欄「緑地帯」に林原玉枝の「徒然雑草」が連載されている。今朝はその6。毎朝新聞は丁寧に読んでいると思っていた。が、今朝、その6を読んでこの連載を飛ばしていたと気づく。今朝は「わが家の小さな庭は、……」で始まる文の「小さな庭」に目が留まる。「小さな庭」の表現は自分自身が書いている「狭い庭」よりも文としての感じがいい。(狭いと小さいの違いは?)と思って電子辞書で調べると「狭い」は「面積が小さい」とあり、意味としては同じようなものだ。が、狭い庭よりも小さな庭の方が言葉としてきれいに聞こえるのはなぜ?というか自分だけがそう思うのだろうか。
狭い庭と小さな庭は同じように感じても「小さい秋」を「狭い秋」とは言わないようにこの言葉遣いはやはりどこか違うはず。ちょっとした言葉の違いでその意味もニュアンスも異なってくる。どうせなら響きの良い言葉で書きたいものである。
しばらくは林原玉枝の徒然雑草を読むのが楽しみになった。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2022年9月9日金曜日
狭い庭
パソコンを立ち上げるとタスクバーの天気の個所に「白露」の表示がある。「白露とは如何に」と電子辞書で調べる。二十四節気の一つでこの頃から秋の気配が感じられはじめるようだ。地球温暖化、と言われて久しいが季節の変化は変わらずにめぐってくる。
昨日、百円ショップで買った金盞花の種を撒いた。種を撒くには庭の土を整備しなくてはいけない。ナニゴトも思いつくままにする。手袋もせずに大きく茂った2本の青じそを花ばさみで刈ってゆく。1本は根っこから抜き、もう1本は少しだけ種ができるまで残した。この夏はコスモスと向日葵が想像以上に伸びて向日葵は2m以上にもなった。最後の1本の幹を30㎝ずつ切ろうとするが花ばさみでは幹が太くてどうにもならない。仕方なく根っこを抜いた。これがまるで木のように根を張っている。
昨日は燃えるゴミの日。急遽、抜いたり切ったりした向日葵や草をゴミに出そうとするが収集車が来た後だった。仕方なく、大きなナイロン袋に抜いたものをいれて次回のゴミ出しに用意する。草などを抜いた後は狭い庭が広く感じられる。土をならして金盞花の種を撒く。
昨夕は地元の中学生がマリーゴールドのポットを持って来てくれた。あいにく、留守にしていたのか玄関前に置いてあった。これをポットから出して他の鉢に植え替えた。マリーゴルドは金盞花と同じような色の花で秋に相応しい。
狭い庭でちょっとだけの庭仕事なのに結構草臥れる。ポツンと一軒家の人たちのように生活の大半を自給自足でする人たちにあこがれはあっても、とてもじゃないが自分は無理と思ってしまう。まず、恰好がその雰囲気になっていない。後で手足が虫に刺されてかゆくなる。
とはいえ、自分自身、まさかこの期に及んで花を植えようとか種を撒いて育てようとか思いもしウなかった。それだけでも嬉しい気持ちになる。花を見て気分が悪くなったり怒る人がいるだろうか。たとえいたとしてもそれはその人が変なだけで大半の人は花を見て気持ちが和むはずである。
今、庭にはベゴニアとゼラニュウムが咲いている。どちらも多年草でベゴニアはほっといても時季がくれば花を咲かせる。
今日も最高気温は33度と暑くなりそうだ。この暑さ、しばらく続くようだ。ただ朝晩は涼しくなった。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2022年9月8日木曜日
『捨てない生き方』
世間では「断捨離」がもてはやされている。が、それに異を唱える本が出た。それは『捨てない生き方』 (五木寛之 マガジンハウス、2022年第2刷)である。手もとにある『街道をゆく』を読み終えた。そのとき図書館に予約していたこの本を確保する。借りて一気に読んだ。
捨てないものとして五木は数点、写真を掲載している。そのなかに血液型を調べたときもらった証明書がある。自分自身、両親がB型なので間違いなくそのはずだ。それなのに一度調べたことがある。もちろん捨てずにとっている。五木もB型だ。
何が何でも断捨離に賛成していない。が、だからと言って何でもしまい込む方ではない。なるべく少ないもので生活できれば一番いいのだがあまりにもモノがない生活はすべての欲望を否定するようで楽しみがなくなりそうだ。モノには程度がある。自分に合ったやり方で捨てる捨てない生活ができればいいと思ったりする。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
以下は本から気になる箇所の抜粋。
★依代(よりしろ)とはミディアムのことです。あの世のお告げを人々に伝える恐山のイタコのような存在。神さまと自分を結ぶ。あの世とこの世に橋をかける。そういった場合には、それを伝えてくれる(何か)が必要なんですね。モノは依代となって、記憶や思い出を私たちに伝えます。モノを通じて、噴水がさあっと吹き上がるように記憶や思い出が蘇ってきます。……見えない明日に向かって生きていくうえで、自分を後ろから支え、そして背中を押してくれる力を得る。過去の記憶を噛みしめるとは、そういうことなのだとぼくは思います。……そういう意味で、今まで生きてきた過去の記憶は大変大きな力を持っています。昨日が見えない者には明日も見えないのです。(66-68p)
★簡単にモノを捨て去ってしまうということは、モノにまつわる人それぞれの記憶と合せて、もっと大きな、モノを依代にして甦る私たち全体の時代の記憶、(歴史)というものを簡単に捨て去ってしまうということ。記憶とは、結局、歴史なのです。(164p)
★モノをどんどん捨てていくということは、自分が生きてきた人生、そして、自分が過ごしてきた時代という(歴史)を捨てていくのと同じことのように思います……捨てられないのは、もちろん執着する心があるからでしょう。執着はよくないという話も聞きますが、モノに執着し、ヒトに執着し、イノチに執着するのが人間というものです。(195p)