2022年9月7日水曜日

台風11号が去って

  30年以上買ったったままで読まずにいた『街道をゆく』シリーズ数冊が家にある。その最後となる「耽羅(たんら)紀行」をやっと読み終えた。「耽羅紀行」の「耽羅」とは韓国の済州島である。本を手にしたとき、この意味がつかめず電子辞書で調べる。が、その掲載がない。パソコンで調べるとそれは済州島とある。済州島を電子辞書で調べると最後辺りに「耽羅」と載っていた。

 自分の中では韓国はいつでも行かれる国とのイメージがあった。それなのに今日までとうとう行かずにいる。コロナ禍になって韓国がいくら近い国であっても所詮外国である。(とうとう行かずじまいでこの世を去る?)と考えるのも嫌だ。いつか必ず機会を見て行くようにしよう。

 司馬遼太郎の『街道をゆく』はどのシリーズをとってもとても詳しく書いてある。このシリーズにある引用文献や参考文献をすべて読むと莫大な量になる。司馬遼太郎は文献を読みながら書いている。たとえ引用文献や参考文献を読もうとしてもその文献を探すだけで読むまでにはなかなか至れそうにない。それくらい聞いたこともないような文献である。

 せめて凡人はそこまでしなくても『街道をゆく』シリーズ全読破を目指そう。とはいえ自分自身は生きてるうちに司馬作品全読破を目指している。1冊読み終えるたびに『司馬遼太郎全仕事』の一覧をコピーして読んだ順に蛍光ペンでその作品を消していく。この時は読むときと同じくらい至福の時だ。そしてブログの下書きにも司馬作品読書一覧表に記している。

 台風11号は大きな被害もなく通り過ぎて行った。今日は最高気温34度と暑くなる。ただ朝晩は気温も下がって幾分過ごしやすくなっている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月6日火曜日

『街道をゆく』 (十九)「中国・江南のみち」

 台風11号が接近している。今のところ雨はそれほど降っていないが、時に強い風が吹く。ただただ無事に台風が通過するのを願うばかりで落ち着いて何もできない。

 家に積読のままにしていた司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズの数冊を読み終えた。このシリーズは何十巻とあり、まだ読んでいない巻もこの際、ついでに読み終もうと思っている。ついでに……、とはいえ簡単に読める本ではない。まだ読み終えていない『街道をゆく』シリーズを読み終えようとすれば1年以上かそれ以上はかかりそうだ。目下のところ司馬作品全読破が今の大半の生き甲斐なのでこれはこれで楽しくなりそうだ。

 以下は『街道をゆく』 (一九)「中国・江南のみち」(司馬遼太郎 朝日新聞社、昭和62年第1刷)から気になる箇所の抜粋である。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「羌」(きょう)という中国西北角住んで古代、粗放な牧畜をしていたチベット系の勇敢な民族は、周の王室とも血縁上の関係があったが、秦の人民の多くはこの「羌」の農耕化したものではないかと思われる。いまなおその末孫たちが、羌(ちゃん)族として四川省などに住む。(9p)

★粽(ちまき)については、楚の屈原が汨羅(べきら)に身を投じたことをひとびとが哀しみ、この日にこれをつくって食べるというのは本家の国でいまもおこなわれる。日本でもわりあいすたれない。いうまでもないことだが、菖蒲が尚武の音に通ずるということで、日本では武者人形をかざったり鯉幟をあげたりする。このことは、中国にはない。(78-79p)

★故河上徹太郎は、岩国の人である。氏に「独立のこと」という随筆がある(『河上徹太郎全集』第五巻)。……吉川広嘉は、錦川にかかる橋がしばしば氾濫で流れるため、構造をどうすべきかで悩んでいたのだが、独立からその話をきき、――西湖の石橋の絵がありますか。ときくと、独立は長崎にあります、と答えた。すぐさま飛脚を出し、とりよせて広嘉にみせると、この殿様は案(つくえ)をたたいて笑んだという。この程度のヒントで、名橋錦帯橋ができた。(94p)

★漢文では、田と畠(畑)の区別がなく、粟を植えても瓜をうえても、田である。……漢字文明が、水田地帯長江流域(楚・呉・越)で発生せず、水田のない黄河流域で発達したからであろう。……日本では、タとハタケを厳密に区別した。……このため、畠も畑も日本製文字で中国にはない。 (99-100p)

★樋というのは、りっぱな漢字だが、しかし中国においてはある種の樹木の名をさし、日本でいう「ひ」や「とい」の意味はまったく持たない。……(中国には、樋がなかったのか)過去形にしたのは、ごく最近に建った屋根つきの公共建造物や新築アパートなどには、といが設備されているからである。古い民家は、実見したかぎり、例外なしといっていいほどそれがない。(101p)

★「行」をあん(ハン)というのは、ひょっとすると、杭州あたりの土着の音だったかもしれない。……日本では奈良朝以来「行」は呉音で「ぎょう」漢音で「こう」だけで済んできた。鎌倉・室町期に、南宋とひんぱんに交易したために「あん」という音まで入りこんでしまった。(113p) (注:例として行燈、行脚などがある)

★中国人には中華思想があるという。たしかに、歴史的には存在した。「華夷の別をたてる」というのは、歴史的中国の伝統思想で、価値はすべて華(文明)であることのみに集約される。「華」の内容のほとんどは倫理的慣習のことで、武力や科学文化を指さなかった。夷(非文明)もまた、人種論ではなく、漢民族のもつ倫理的価値を持っていない集団および状態をさしている。歴史的な漢民族というのは、夷のひとびとを禽獣にひとしいものとしてきた。繰りかえすようだが、中華思想には人種論は含まない。 (125p)

★新中国は、仏教については寛容であったが、中国的迷信の卸し問屋の道教については、これを根絶した。宗教とはいいがたいほどに迷信化し、科学主義をたてまえとする政治原理にとても適わなかったからである。道教は、福・禄・寿を願望とするどぎついばかりの現世利益の心を庶民の暮らしに浸透させていた。したがって、道観もまた、朽ちるがままになっているが、他の目的に使われている。たとえば、蘇州城内の代表的な道観だった玄妙館は博物館になっているし、他にもそういう例が多い。(181p)

★「尊」というのは、元来、酒器から出ている。……この「尊」に酒を盛って先祖を祀るところから、尊いという形容詞や尊ぶという動詞が派生した。「爵」も、殷・周のころの酒器であった。……王が、諸侯の僚臣の身分に応じ、それぞれ等級に適った「爵」をあたえた。酒器としての「爵」をあたえる相手の等級には、殷のころは侯・爵・伯の三等級で、周になると侯・公・伯・子・男の五等級が存在した。明治の日本は、一八八四年(明治一七年)に華族令第十条をさだめ、西洋のまねをして侯爵、公爵、伯爵、子爵、男爵の五爵をつくったが、名称は周の古制からとった。制度は西洋にとり、名称は古中国からとって、一方では封地をとりあげられた旧大名をなだめ、一方では維新の勲・元老にいい気分をさせるというふしぎな制度だった。この場合、「爵」というのはもともと酒器であったことはわすれられた。(248-249p)

★私にとってこのたびの中国の旅の目的は、寧波(ニンポー)を見ることであった。べつにだいそれた欲はないが、この古い町と港のにおいを嗅げればいい。むろん、海も見たい。さらに、運さえよければ、この古い河港から海へ出てゆく――あるいはもどってくる――ジャンクのさまざまを見たかった。寧波・寧波港は日本歴史ときわめてふかい関係をもつにもかかわらず、残念なことに、ここまで足をのばす旅行者がすくなく、さらには、日本人の学者で寧波研究を主題に選ぶ人がすくない。寧波は、唐・宋のころ、「明洲」とよばれていたことは、よく知られている。(263-264p)

2022年9月5日月曜日

「変化のある生活」

 9月3日のpresidenton-lineに和田 秀樹は〈「70代以降は1カ月でも油断したらアウト…」急に要介護になる人に共通する"ある失敗"〉を書いている。それによると老化の最大の“敵”は「意欲の低下」があるという。それには脳機能、運動機能を維持して「使い続ける」ことが重要らしい。70代から80代に向けて元気に過ごすことができるかどうかは「70代においていかに意欲の低下を防ぐか」にかかっているとか。そして「70代に一気に老け込む人の典型は、仕事をリタイアしたときから、あらゆる活動をいっぺんにやめてしまうというケース」があるという。これには前頭葉が関係する。「前頭葉の老化を防ぐには、『変化のある生活』をすることがいちばん」だそうだ。
 
 ここにある「変化のある生活」とはほど遠い生活をしている。これもすべては「コロナよ、お前が悪い」、との考えはよくない!?コロナ禍であっても「変化のある生活」をしなくてはいけないようだ。

 20年前に仕事はリタイアしたが、幸いリタイア後すぐに考えを切り替えて新たなことを始めた。それは社会人大学生だった。現役の若い学生に交じって50代半ばでの学生生活は今となってはいい思い出だ。どういっても50代から60代にかけて6年間学んだことは我が人生で一番充実していた。これに加えて母の介護も加わったが……。今思い出しても大変な日々だったにもかかわらずよく乗り越えたと思う。

 リタイア後はあらゆる活動をやめてしまうどころか、新たなことに挑戦する意欲があった。何かに夢中になる、これが一番幸せ、と思っている。せいぜい「変化のある生活」を楽しむ!?頭に浮かんだ思いつきというかセレンディピティ、これを大切にしてゆきたい。そうすれば「変化のある生活」は可能だ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月4日日曜日

日本画教室へ

 日本画教室に出かける。山にある神社へと続く道を描いている。描き始めて何週間か経っが、彩色については先生に聞いて描く。ある程度描き終えるたび、先生が見に来られると(良くなった!)と思わず自画自賛。(自分で褒めずに誰が褒めてくれる?)と思いながら、下手な絵を描いている。教室のある人は寝るのを惜しんで一心不乱に描くそうだ。どういってもその人ははがき大程度の小品を昨日の時点では22枚出品するとか。他にも大きな作品の展示もある。

 先週、教室が終わってからカフェに入り、その人がなぜたくさんの絵を展示するのかを聴いている。人それぞれ生き方は異なる。その人らしい生き方を聞くと作品数の多い意味もわかる。外野としては何も言えず、ただただ感心するばかりだ。先生もそう話されていた。

 作品展も近づいてきた。先日2枚の絵をそれぞれ額に入れた。額に入れるにも結構体力がいる。額を入れる段ボール箱は毎年のことなので大事にしまっている。それを出して額に絵を入れて箱詰めする。梱包作業は年々、体に堪える。とりあえず画材屋さんがいつ取りに来られてもいいように用意した。

 これから先1週間の天気予報を見ると33度の日々がつづく。今日も最高気温33度の予想だ。ただ、気持ち程度ほど最低気温が低くなっているのか夜は過ごしやすくなった。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月3日土曜日

水で育てる観葉植物

 NHKの趣味の園芸を見ていると土を使わずに水に差すだけで観葉植物が育てれるという。花などを水に入れて育てることはある。が、(観葉植物を?)とテレビに見入ってしまった。何か月か前までは部屋の中にベンジャミンを置いていた。20年以上も育てていたが大きくなりすぎ、また下手な剪定をしてしまって外に出すと枯れてしまった。剪定時の小枝を水に差していたら根が生えた。それを以前、ベンジャミンを植えていた鉢に植え替えた。今では30㎝くらいの高さまで成長し青々と元気に育っている。この鉢植えは土で育てている。

 昨夜の水だけで観葉植物が育てられると知ってやる気が出た。水、それも水道水がいいらしい。何と胡蝶蘭さえも水だけで栽培可能という。それも何か月単位でなく年単位でも育てられるそうだ。なお、水は毎日変えるのではなく、なくなれば足す程度でいいらしい。以前からアイビーなどは水に差して育てているがこれからはもっと大きな葉っぱ類を育てたくなった。ただ、(肥料は何を?)と気になるけど番組ではそこまで話は出てこなかった。「NHK趣味の園芸」8月号にこの詳細が掲載されている。

 先日来から暗唱の「想い出のサンフランシスコ」。出だしというかセリフのような箇所は覚えていないが歌の部分は暗唱できる。以前の動画とは違う動画を探すと女性が歌っていた。サンフランシスコには想い出も何もないが一度は行ってみたい。往年のヒット曲(エターナル)は歌うだけで気持ちが和らぐ。

 以前に暗唱していたスペイン語歌詞の歌とこの歌を歌うことがしばらく続きそうだ。そしてフルートは相変わらず「アルビノーニのアダージョ」を吹いている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2022年9月2日金曜日

「世界ふれあい街歩き」

 我が家の狭い庭にこの春2本の青じそが芽を出した。種は撒いた覚えがないのでどこからか種が飛んできて芽が出たのだろう。今年は雨の降り方が異常だ。庭に水をまかなくても青じそは新たな葉をつけていく。だが、その半分以上は虫食いだ。それでもこの夏、毎朝のように虫食いでない青じそを何枚も摘む。数日、雨の日がなく青じそも元気がなかった。が、雨上がりの今朝は元気な葉っぱの青じそを何枚か取った。摘んだ青じそはちぎって散らせばどんな料理にも合い、日本の味になる。

 昨夕、何気なくBSを見ると〈世界ふれあい街歩き「インド洋の楽園 タンザニア・ザンジバル」〉を放送していた。タンザニアは大体の見当はついてもザンジバルは初めて聞く。電子辞書で調べるとザンジバルはインド洋に浮かぶ島でタンザニアと同じ国だ。番組HPには「東アフリカ・タンザニアのザンジバル島。アラブやインドとの交易で栄え、石造りの歴史的建物が残る街は世界遺産。海に沈む夕日の美しさは格別で、多くの観光客が訪れる。迷路のような路地は歩いているだけで楽しく、人びとは陽気に話しかけてくる。エネルギーあふれる露店のおじさん、澄んだ目をした元気いっぱいの子どもたち、ビーチで古タイヤを踏み台に跳躍を競い合う若者たち。お互い助け合い優しさにあふれる人たちに出会う」とある。

 路地に入ると生地を売っているお店がある。ミャンマーなどで見られる一枚になった生地を売っている。巻きスカートにするようだ。その生地が巻きスカートの裾辺りになるところに何やら文字が書いてある。(生地には何と書いてある?)と尋ねると「愛する者同士は我慢が必要」とか「人は一人ではない」みたいなことが書いてあるとか。

 Tシャツなどに文字が書いてあるのはよく見かけるが、裾一帯に教訓めいた言葉が書いてあるのを見て驚く。タンザニアの事実上の首都はダル・エス・サラーム(公式にはドドマ)とサラームがついているのでイスラムの国と思ったらやはりそうだった。人々の表情は優しくいい国のようだ。

 タンザニアはまだ出かけていない。が、いつか必ず行こう、と言えるほど簡単には行けそうにない。この近くに位置する南アとジンバブエは出かけた。が、これまで出かけた中で一番遠かった。20数年前のことで当然、今より若かった。タンザニアでなくてもいいからどこかへ行きたい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
 

2022年9月1日木曜日

「なんとかなる」

 ネット記事を見ると〈「企業が取り組むべき「ウェルビーイング」とは? 幸福学の第一人者に聞く〉(2022年6月27日 山岸 裕一)がある。これによると「幸福学の第一人者で、慶應義塾大学大学院のウェルビーイングリサーチセンター長・前野隆司教授に聞いてみました」とあり、「幸せの4つの因子」をあげ、〈この4つの因子が、まるで四つ葉のクローバーのように欠けることなくひとつなぎに関係し合い、これらすべてが満たされているときに「幸せを感じる」〉とある。

 「幸せの四つの因子」は以下のようだ。

1 やってみよう 自己実現と成長という自分に向かう幸せの因子

2 ありがとう 人とのつながりと感謝によって感じる幸せの因子

3 ありのままに 自立と自分らしさに関わる幸せの因子

4 なんとかなる 前向きと楽観に関する幸せの因子

 四つの中に「なんとかなる」がある。自分自身よほど「なんとかなる」に魅せられるのかすぐにこのキーワードが目に入る。このキーワード、プロ野球ヤクルトの野村元監督の奥さんが発したとメディを賑わせたこともあった。先の見えない今の社会にこの言葉は大切かもしれない。
  
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!