2021年9月7日火曜日

プラグアダプター

  昨夜はドライヤーに振り回されて大変だった。夕飯後、早めにお風呂に入る。髪を洗ってドライヤーへと急ぐ。最近ドライヤーの調子が良くなかった。案の定、温風は出ずに冷風のままだ。ついに壊れた、と思った。この時点ではこれでやっと新たなドライヤーが使えると妙な安心感があった。ところが、ところが……。8年前に海外でも使用できるドライヤーを買っていた。しかし、最近では海外旅行先でもドライヤーが完備されている。わざわざ日本から持っていくこともない。買ってから一度も使わずにいた。

 新たなドライヤーを箱から出して使用しようとした。だが、プラグが日本のコンセントにマッチしない。さあ、これからが大変。これには海外旅行用のプラグアダプターが使える。そう思ってアダプターを使おうとするが昨夜に限って行方不明だ。目覚まし時計や充電器などの旅行用のポーチに入れていたはず。が、探してもない。他にも旅行用品を入れている袋を出して探すがそこにもない。ついにはキャリーバッグ、リュック、ショルダーバッグなどの中を探すがない。

 箪笥の某所も探す。探しているうちに片づけの感じになってきた。ついでに、とタンスの一か所の物をすべて出した。雑魚が多い。不要の物を思い切って処分となる。この間、既に1時間半が経過。そこにマイクロSDカードが1枚出てきた。もうアダプター探しはやめようと思った。マイクロSDカードはまとめて別の一か所にしまっている。出てきた1枚をそこに入れようと箱を開けた。そのとき、プラグアダプターが目に入る。出てきた!と喜んでドライヤーのプラグとつないだ。その時、プラグアダプターは海外旅行用だから日本では使えないとやっと気づく。それなのに、プラグアダプターを探していたとはなんと間抜けなことだろう。

 やっぱり新しいドライヤーはダメか、としばしドライヤーのプラグを見る。何とそのプラグは海外用と日本仕様が両方ともくっついていた。くっついたプラグを離すと日本仕様のプラグだ。

 これでドライヤーが使えるとプラグをコンセントに差し込む。が、温風が弱い。おかしい、と思ってドライヤー本体をよく見ると日本仕様と海外仕様のボルト数の表示がある。日本仕様の方にすると本来のドライヤーになった。この間、2時間弱。

 長年、海外旅行用のポーチに入れていたプラグアダプター。ところが今やコロナ禍で海外旅行どころか日本でさえも旅行は無理。そう思ったのかプラグアダプターをマイクロSDカードなどのカメラや携帯関係の箱にしまっていた。これからはしまう場所を変えないようにしよう。そうしないとどこにしまったのか忘れてしまう。

 てんやわんやの2時間で着ない服や要らないものをちょっぴり処分できた。そして壊れたドライヤーも……。

 ともあれ今日も元気で楽し過ごしましょう!

2021年9月6日月曜日

やっぱり司馬作品!

 図書館に予約した本を確保するまで家の本を読んでいた。読みながら、やっぱり司馬作品が読みたくなる。図書館のネットの「予約した資料」20冊のうちから1冊の予約を取り消す。その代わりとして司馬作品の『新史太閤記』(上)を予約する。この本を借りる人がいなくてすぐに予約確保ができた。昨日、図書館でこの本を受け取る。豊臣秀吉を題材にした本は先日まで読んだ『国盗り物語』全4巻などに秀吉が頻繁に登場する。そのためか秀吉誕生からの『太閤記』は興味を惹かれるのか読みやすい。

 2年9ヶ月前、初めて司馬作品である『坂の上の雲』を読み始めた。そのころは、ただ字面を目が追いかける状態だった。何頁読んでも登場人物や描写場面が理解できずに大変だった。その本の3分の1くらいまで読まないと何が書いてあるのかわからない状態だった。ところがそれも次第に慣れて今では司馬作品を読む面白さというか楽しさがわかりだした。残りの我が人生をかけて司馬作品全読破を夢見ている。楽しみがわかりだしただけでも自分にとっては御の字だ。

 人は何歳になっても自分がハマるものがある、ということを教えられたのが司馬作品。ちょっと大げさな表現になるかもしれないが、本当にそう感じている。これから先もどんな楽しみが待ち受けているのか誰にもわからない。そのためにも、自分が「これっ!」と思ったことは惜しまずに挑戦し続けよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年9月5日日曜日

今日も”Que sera, sera ”で

  今朝はちょっぴり秋を感じる。昨日は日本画教室の日。教室のある区民文化センターに着くとひっそりしている。コロナの緊急事態宣言発令中で利用する部屋は日本画教室だけ。この状況は次週も同じだろう。静かな環境の中で絵を描く。が、教室の人も2名欠席でさらに静かだ。11月に日本画教室の作品展が街中で開催される。今年の作品展は昨年開催されなかった分と今年のとを合わせて大々的に行われるようだ。各自出品する作品も一人5mの範囲まで展示できるとか。F6の大きさの絵を2点出す予定にしている。が、今年は会場もいつもの倍くらいの広さらしく、どんどん出品を、と先生は話される。

 F6の絵が2点でも作品を簡単に持ち運べない。業者に絵の搬入を予約する、と決めれば2点も3点もそう違わない。そう思ったら3点出品に、となりそうだ。が、個人的には今年の作品展に全く関心が向かない。というか、絵を習い始めて一番とも思えるほど作品展に気が向かない。

 これまで出品していない絵は3点以上ある。が、出すとしても3点になりそうだ。どういっても気が乗らない。とはいっても作品展はまだ2か月先のお話。今からあれこれと思い煩うのはやめよう。そう、そんなときはいつも”Que sara,sera”で、なるようになる!?この歌、1番の英語の歌詞は覚えた。次は2番を覚えよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年9月4日土曜日

次に読むのは……

 まだまだ気候は落ち着きそうにない。真夜中、午前2時前に鳴り響く緊急エリアメール。広島市からの避難指示だ。その後すぐに隣町のサイレンが鳴りだし、町内放送がある。寝る前にこういうことになるとは予測せずに寝た。目覚ましを用意して寝ても、すぐに消してまた寝る始末。それにしてもこれから先、何かあればすぐに緊急エリアメールが入る!?ありがたいはずなのになぜか有難迷惑に思えて仕方ない。すべては寝不足がそう思わせる!?

 図書館で借りた司馬作品を読み終え、家にある本を読み始める。2冊手に取ると買ったままで読まずにいた本だ。1冊は1997年増刷の『物語西遊記』。もう1冊は白川静著の1991年発行の『孔子伝』。どちらも難しくて読まずにいたのだろう。司馬作品を読み始めて買った当時は難しいと思った本も今は読めそうだ。

 1990年代は今から30年くらい前になる。それより7,8年前の1982年から中国語を習い始め、中国に関することに関心を抱いていたのだろう。と、家にある本を手にして当時の気持ちがよみがえる。人生これから、と思って、難しくて読み損ねた本をこれから気長に読んでいこう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年9月3日金曜日

『国盗り物語』(三)

 雨が降り続く。今日の最高気温は25度の予報だ。涼しくなった。図書館で借りた司馬遼太郎の『戦雲の夢』を読み終えた。これで手もとには図書館で借りた本がなくなった。今日から図書館の予約確保の連絡が入るまで家にある本を読もう。以下は『国盗り物語』(三)(司馬遼太郎 文藝春秋、平成二十六年第百三刷)からいつものごとく気になる箇所を記した。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★道三は夜ふけに帰城し、寝所にも入らず、燈火をひきよせ、すぐ信長へ手紙をかいた。…自分の人生はくれようとしている。青雲のころから抱いてきた野望のなかばも遂げられそうにない。それを次代にゆずりたい、というのが、この老雄の感傷といっていい。老巧匠に似ている。この男は、半生、権謀術数にとり憑かれてきた。権力欲というよりも、芸術的な表現欲といったほうが、この男のばあい、あてはまっている。その「芸」だけが完成し作品が未完成のまま、肉体が老いてしまった。それを信長に継がせたい、とこの男は、なんと筆先をふるわせながら書いている。(117-118p)

★稲葉山城のくわしい様子がわかった。義竜は斉藤の姓をすて、一色佐京大夫という名乗りにあらためた。土岐姓を名乗らず、母深芳野の生家である丹後宮津の城主一色家の姓を冒したのは、土岐姓復帰は道三を討ってからのことにしようという魂胆なのであろう。が、寡兵の名目は、「実父土岐頼芸の仇、道三入道を討つ」ということにある。(200p)

★信長は耳次を座敷にあげて対面し、そのたずさえてきた密書を広げた。遺書である。しかも、美濃一国の譲状であった。読みおわるなり信長は、「ま、まむしめっ」と世にも奇妙な叫び声をあげた。信長は立ちあがった。蝮の危機、蝮の悲愴、蝮の末路、それは信長の心を動揺させた。それもある。しかし亡父のほかはたれも理解してくれる者のいなかった自分を、隣国の舅だけはふしぎな感覚と論法で理解してくれ、気味のわるいほどに愛してくれた。その老入道が、悲運のはてになって自分に密書を送り、国を譲る、というおそるべき好意をみせたのである。これほどの処遇と愛情を、自分はかつて縁族家来他人から一度でも受けたことがあるか。ない。(232-233p)

★(生涯つきあってもよさそうな男だな)と、光秀は、興奮しきった気持ちのなかで、それを思った。細川藤孝。のち、幽斎と号し、その子忠興とともに、江戸時代肥後熊本で五十四万石を食む細川家を興すにいたる。その忠興の妻が光秀の娘で、洗礼名ガラシャと言い、のちの別の事件で世に知られるにいたるのだが、いまの光秀にはこのときの因縁が遠い将来(さき)にどう発展するかまでは、むろんわからない。(299p)

★(来る年も来る年もこのように歩きつづけていて、ついにおれはどうなるのだろうか)と、ふと空しさを覚えぬこともない。人の一生というのは、ときに襲ってくるそういう虚無とのたたかいといってもいい。(346-347p)

★(髪を売ったのか)と、光秀は気づき、この暮らしの悲惨さに慟哭したい思いがした。(壮夫の質はむしろ凛冽としている。しかしその壮夫も妻をもち子をなし、その家族が貧に落ちるとき、もはや凛冽たる気は保てぬ。本当の貧が、志、気節をむしばみ、ついにただの貧夫になりさがってしまう)とおもった。そういうとき、(かならず他日、天下を取ってやる)という思い以外に、この惨状のなかで自分の精神の毅然とした姿勢をまもる手はなかった。光秀は、気持ちがみじめになればなるほど、そのことを想った。念仏僧が念仏をとなえ西方浄土の阿弥陀如来を欣求する気持に似ている。弥陀の御名をとなえつづけるそのことに憧憬(あくが)れ、そのことを念じ、そのことを成就できる道を考えつづけた。一年で、病は去った。が、まだ病後の衰えが回復せず、本復とまではいかない。そのとき、越前に戦雲がおこった。(396-397p)

★「堺へも行く」信長は、命ずるだけである。……「いったいなんの目的で京や堺に参られるにござりまする」……(京にいる将軍に会いたい)それが目的の一つ。(堺で、南蛮の文物を見たい)それが目的の二つ目である。むろん彼を駆り立てているエネルギーはこの男の度外れて烈しい好奇心であるが、その好奇心を裏付けているずっしりした底位もある。他日、天下を取るときのために中央の形勢を見、今後の思考材料にしたいのだ。(380-381p)

★この松明の虚陣を張らせて全軍を壊滅から救った織田方の一将校というのは、秀吉であった。この日一隊を率いて殿軍(しんがり)にいた木下藤吉郎秀吉であった。さらに、信長を危地におとし入れた美濃軍の功名きわまるこの戦術は、「十面埋伏の陣」と、いわれるもので、その立案者――だと尾張方面に伝聞された人物は満十七歳の若者でしかない。若者は美濃不破郡にある菩提山城の城主で、竹中半兵衛重治といった。(418p)

★(あの男は、失敗するごとに成長している)いや、光秀の越前からの観察では、信長は、成長すrためにわざと失敗している、としか思えぬほどのすさまじさがある。(432p)

★(信長は、恵まれている。父親の死とともに尾張半国の領土と織田軍団をひきついだ。それさえあれば、あとは能力次第でどんな野望も遂げられぬということはない)うらやましい男だ、と思う。人間、志をたてる場合に、光秀のように徒手空拳の分際の者と、信長のように最初から地盤のある者とでは、たいそうな相違だ。……しかし徒手空拳の身では、いかんともしがたい。……人のつながりというのは妙なものだ。道三の娘濃姫こそ光秀の弱年のころの理想の女性であり、しかもイトコ同士というつながりから光秀の許へ、という佳き縁談も一時はあったと光秀は聞き及んでいる。それが「尾張のたわけ殿」といわれていた信長のもとに輿入れしてしまった。以来、信長は光秀にとってある種の感情を通してしか考えられぬ存在になった。ある種の感情とは、嫉妬ともいえるし、必要以上の競争心ともいえるし、そのふたつを搗きまぜたもの、ともいえる。とにかく事にふれ物にふれて、尾張の織田信長を意識せずにはいられない。(492-493p)

★その男は何が出来るか、どれほど出来るか、という能力だけで部下を使い、抜擢し、時には除外し、ひどいばあいは追放したり殺したりした。すさまじい人事である。このすさまじい人事に耐えぬいたのが、秀吉である。(521p)

2021年9月2日木曜日

ベンジャミン

  室内に観葉植物を置いている。何か月か前に買ったペペロミアは購入当時の鉢が小さくなり一回り大きな鉢に植え替えた。それがさらに大きくなり、別の2つの鉢に挿し木した。が、簡単に根を生やす。これからどんどん大きくなりそうだ。大きくなった、といえば20年以上も前に購入したベンジャミンがある。これまで一度だけ鉢を替えた。年中同じ場所に置いている。が、今でも枯れずにある。

 鉢植えのベンジャミンは鉢が小さいためか木としては太くならない。ただ、葉っぱが茂って枝が伸びる。丸くするのが理想なのに枝が広がったままだ。先日、少しだけ枝を切った。それでも思う形にならない。昨日、暇つぶしもかねてベンジャミンンの剪定(?)に挑戦。ネットで調べると剪定の動画がある。早く動画を見ればよかった、と思いながら切ってゆく。が、あまりにも枝が広がりすぎて丸くならない。

 切ってもすぐに葉が生えるから大丈夫、と動画の人は話す。思い切って枝を切った。今後のベンジャミンはさてどうなる!?

 先日切ったベンジャミンをコップに水を入れて差してみた。3本差したらどれもすぐに根が生えた。しばらくはこのままにして置き、少し大きくなったら鉢に植え替えよう。根が出たベンジャミンを毎日眺めている。緑の葉っぱのベンジャミンを見ていると飽きが来ない。

 室内で育てられる観葉植物はベンジャミンのように20年たっても大きくならず、育てやすい。ところが屋外のレモンは苗木を貰って18年なのに大きくなりすぎた。この秋にはレモンの木は伐採の憂き目にあう予定。せっかく母にと、もらって植えたレモンの木。自分の手ではこれ以上、育てるのは無理!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2021年9月1日水曜日

頑張れ、小窪選手!

 秋雨前線の影響でしばらくは曇り空の日が続きそうだ。が、曇り空で気温は低くても蒸し暑さがある。この気象も来週までのようだがその後は秋空となるとか。

 さっぱりしない気候の中、昨日はちょっとだけほほえましい話題がネットを賑わす。それは元カープの小窪選手。今季、カープを自由契約となり長くフリーの状態だった。だが、本人は現役続行を希望し、九州の独立リーグに誘われて入団した。その時、広島の民放は熊本で野球を続ける小窪選手に電話で近況を聞いた。その様子をラジオで聞いてNPBと独立リーグの違いというか厳しさを垣間見た。一番の違いはユニフォームなどを選手自らが洗濯することだそうだ。

 プロ野球に属していればユニフォームの洗濯などは専門の係がやってくれる。そんな中、またNPBに戻りたい一心で熊本に家族と離れて赴任し、頑張っていた。これを聞いてプロの世界の厳しさを知らされた気がした。ところが昨日のネットニュースで小窪選手のロッテ入団が決まった。と、知って本当に良かった。年齢的には36歳とプロ野球選手としてはピークを過ぎているかもしれない。が、一度、プロ野球を首になっても独立リーグで頑張ってプロに舞い戻る、と思う人は少ないはず。自分の意志を貫き通して頑張る人を見るとつい応援したくなる。小窪選手、頑張れ!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!