2020年8月7日金曜日

セレンディピティ

 ここ1,2年は司馬作品の小説を読むことが多い。だが、以前は本と言えばほとんどエッセイを読んでいた。その中に外山滋比古のエッセイもある。昨日のニュースで外山滋比古の訃報を知る。ネットニュースには〈外山滋比古さん死去。96歳=ベストセラー「思考の整理学」〉の大見出しがある。人生の大先輩の書かれたエッセイは参考になることが多い。外山氏のエッセイもいろいろと読んだ。最近は著者のこれまでの作品を編集者が編集しなおして発行されている。

 外山氏の本で知ったキーワードに「セレンディピティ」がある。改めてこれを電子辞書で引くとイギリスの作家ホレス・ウオルポールの造語だそうだ。ウオルポールの寓話に出てくる主人公のSerendipにこのような発見の能力があったことによるという。なお、Serendipはスリランカの旧称。

 デジタル大辞泉によるとセレンディピティ(serendipity)は「求めずして思わぬ発見をする能力。思いがけないものの発見。運よく発見したもの。偶然の発見」とある。身内でなくても本で知った人の訃報を聞くと寂しさが募る。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月6日木曜日

『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』

 『スッキリ中国論 スジの日本、量の中国』(田中信彦 日経BP社、2018年)を読んだ。著者の妻は中国人。スジと量で日本と中国論を述べている。量ではどういっても世界一の国土と人口を有する中国、これを見てもどんな国も量では及ばない。またいつものように気になる箇所をメモしよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★中国語では学歴のことを「文化水平」と表現する。この場合の「文化」とは日本で使われてる「文化」(カルチャー)とは使い方が違う。ここでの「化」は「機械化」とか「近代化」という時の「化」である。つまり手でやっていた作業を機械でやるようにするのが機械「化」であるように、「文」でないものを「文」の状態にすることが「文化」である。……「文化水準」とは「“文”化された程度」という意味である。……中国社会の学歴とは「野蛮」からどれだけ「文」に近づいたかを示す指標なのである。
 必死で勉強して高い「文化水平」を手にし、社会から尊重されて、権力を持ち(もしくは権力との関係を深め)、それらのリソースを利用して資産を増やし、「面子」=「量」の競争における勝利を目指す。そういうレースに向かって、誰もが――自分の人生観や能力、嗜好の違いなどをほとんど顧慮せずに――挑戦していく。社会の競争の方向が単一だから、勝った人には、結果として名誉や地位、学歴、権力、金銭など全てのものが手に入る――という構造になっている。……単一な価値基準の下での競争では、必然的にほとんどの人は負けることになる。227-229p

★中国社会がどうしてこのような体質を持つようになったのか、そこにはさまざまな要因があるが、1000年以上続いた「科挙」という試験制度による人材選抜の仕組みが決定的な影響を与えていることは間違いない。230p

2020年8月5日水曜日

IT社会

 所属する研究会から研究史料が届いた。先日は同じ研究会から「オンライン Teamsを利用」しての研究会開催を知らされる。zoomを利用してのオンライン飲み会は芸能人などの開催をネットで知った。「オンライン Teams」とはどんなものか興味がある。これに参加するには大学のIDなどがいるらしい。会員であればメールを送ればそれも取得可能だ。試してみたい気もするがパソコン画面を通しての研究会参加にためらいがある。

 ネットを見ると送り主不明の謎の種が郵便で自宅に送られてくるとか。ウイルスでなく種とは、なんとおかしな世の中だ。ウイルスでもなく種でもないが、昨夜は久しぶりに怪しい携帯メールが入る。ネット社会は目に見えないヒト・モノ・コトとのつながりがある。これは恐怖感そのものだ。こういうことに対してわが身を守ろうとする。だが、メールアドレスをどうやって知るのだろう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月4日火曜日

ネット記事

 カープが低迷している。ネットニュースに黒田氏のインタヴューがある。低迷理由を個人攻撃に向けず、頑張っている選手を中心に……、と個人的見解を述べる。これを読めば希望も湧いてくる。心無い解説者は低迷理由を監督以下の個人攻撃に向ける。ファンとして記事を読んでなんと腹立たしいことか。

 本など読んでも決して批評など悪く書いてはいけないと教わった。プロで活躍した選手であればあるほど悪くは言えない。逆に、スポーツ記者と名乗るほど悪く書く。これはどんな業界にも当てはまりそうだ。

 絵でも音楽でも自分自身がやってみればむやみやたらと人の批判はできない。自分自身がやってもいないモノ・コトに関して簡単に批判する。ましてやこれが記者の書いた記事かと思えるような文もある。それは著名人のツイッター、インスタ、ブログを見ての記事だ。朝から吠えてはいけない。

 とまれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月3日月曜日

コロナ禍での運動

 いつも見ている人のブログにコロナ禍の間、お腹周りの鎧達をどうにかしようと思って筋トレとウオーキングを続ける話題がある。テレビ出演の疲れもこの2つのおかげで楽になったという。コロナ禍前までのジム通いは長続きしなかったようだが、筋トレとウオーキングは続いてるらしい。

 コロナ禍で懸念したことは運動不足。自分の中では唯一、運動らしいものは水泳。だがコロナでプールが閉館となった時から自転車に乗るのをやめて歩いて買い物に出かけている。真夏となった今も歩いて出かける。暑い盛りに自転車に乗るのは大変。その点、歩いていくには日傘がさせる。これだけでも少しは暑さ対策になる。

 8月になった。梅雨明けと同時に暑さも半端でない。気温35度の炎天下に自転車に乗ってプールに急ぐ。これは結構ハードな運動になる。ということで8月のプールは休みにしよう。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月2日日曜日

今年の日本画作品展中止

 来月下旬に予定されていた日本画教室の作品展の開催中止が決まった。今年で29回目となる作品展。コロナの感染者が日に日に増えて作品展開催を懸念されたようだ。今、描いている筍が竹になる絵を出品しようとした。だが、これは来年の作品展に出す予定。

 それにしてもコロナはどうなっている!?いつ収束となるか全くわからなくなってきた。今朝の地元紙によるとコロナ禍前の状態には永久に戻らないかもしれない、との評論家の声がある。気長にコロナの状況を把握するしかなさそうだ。

 教室の作品展出品者の年齢は年々高くなっている。コロナ禍になる前までは自分自身の年齢をそれほど意識していなかった。ところが、コロナでいろいろと制限される生活になると一挙に年齢が気になりだす。人は何歳になってもやろうと思えばやることができる。ところがそれも年齢的に制限されるモノコトもある。これが曲者!

 先生曰く「来年、生きていれば作品展に出品します」、との生徒さんからの声があるとか。長年絵を習っている人も習う年数に応じて年を取っていく。年を取っての1年は若い時の1年とは違って見える。これは実感する。過行く日々が愛おしい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2020年8月1日土曜日

『菜の花の沖』(一)

 長い梅雨もやっとあけて本格的な夏がやってきた。8月になった。今年はコロナでなんだか気分的にも無駄な月日を過ごしている気がする。だが、75年前の日本はコロナ禍とは比べられないほど悲惨な日々であったに違いない。父母たちの生きたあの時代を思うとき、今、コロナで思い通りにならない日々を悔やんではいけない。

 『菜の花の沖』と並行して『老人と海』や半藤一利の本を読んでいる。この3冊は全く関係ない本と思える。だが、『老人と海』を読んでいると老人が大物の魚と格闘する心理描写は『菜の花の沖』の嘉兵衛の心理と重なる部分がある。『菜の花の沖』の著者である司馬遼太郎は歴史小説をたくさん書いている。半藤一利の『歴史に「何を」学ぶのか』を読んでいると司馬遼太郎の話題もある。
 
 暑い日に家でおとなしく本を読んでいる。ただ1冊だけの本よりも気分転換を兼ねて3冊を同時に読む。以下は『菜の花の沖』(一)(司馬遼太郎 文藝春秋、2012年第10刷)の気になる箇所の抜粋から。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★義叔父の喜十郎は都志本村の弥吉を訪ねて名前を相談し、菊弥(キッキャ)をやめて嘉兵衛と称することに決めた。……「これで嘉兵衛になった」
 喜十郎が、剃刀の柄で嘉兵衛の新品の月代を一つたたいていった。27p

★(海とは、こうもうつくしいものか)
 沿岸漁業しか知らない嘉兵衛が、朝を船上でむかえたのは、はじめてであった。この光景が嘉兵衛を瞬時ながら詩人にしてしまい、生涯忘れられぬものになった。70p

★(この子は村を抜ける気でいる)
 おらくならずともそのことはわかる。柄杓は「抜け参り」のしるしであり、暗に抜け参りという名目をたてて、村のたれにも言わずに掻き消えてしまうつもりであろう。193p

★南海道(紀州、淡路、四国)は、ことばがきたないことで知られている。このことは、古代以来、そのあたりは南方的無階級意識がつづき、それが土壌になって、その後どういう階級社会がその上に載っても、原文化の体質が消滅しなかったであろうことと無縁ではあるまい。東国のように、上部階級の者に畏れ入るところが薄いため、敬語が十分には発達しなかったのである。……が、嘉兵衛の父弥吉は水呑百姓のくせに、余人に対しては軽い敬語ながらつかっていて、物腰も丁寧だった。227p

★潮汐や風、船舶類の構造とおなじように、嘉兵衛は自分の心までを客観化してしまうところがあった。すくなくとも自分のすべてについて、自分の目からみても他人の目からみてもほぼ誤差がないところまで自分を鍛錬しようとしている。つまり正直ということ出会った。しかし不正直なものほど楽なものはなく、正直ほど日常の鍛錬と勇気と自律の要るものはないとおもいはじめていた。230p

★「くだり物」というのは貴重なもの、上等なものという語感で、明治後の舶来品というイメージに相応していた。これに対し関東の地のものは「くだらない」としていやしまれた。これらの「くだりもの」が、やがて菱垣線の発達とともに大いに上方から運ばれることになる。305p

★家康と徳川官僚はその政治原理において成功した。前時代のような西洋式の帆をもった大船を野放しにしておけば、徳川幕府は二百六十五年もの長い寿命をもたなかったにちがいない。310p

★嘉兵衛がこの世でなにがきらいといっても、侍ほど好かぬものはなかった。(天はなぜかれらに安逸と空威張りをゆるしているのか)ということは、嘉兵衛のこどものころから疑問であった。……戦国末は兵農未分離で、農民が武器をもてば士であり、富裕な農民は郎党を率いる騎乗の士になったし、抜きん出れば侍大将にも大名にもなれた。
 豊臣期の刀狩によって兵農は分離され、江戸期にそれが身分として固定された。……(働かずに威張ってめしを食う連中)と、嘉兵衛はおもっている。340-341p

★このため同心は、嘉兵衛の名も、生国、寄留先、職も聞かずに取り逃がしてしまった。この経験は。嘉兵衛の生涯に影響した。
 こちらが裸の人間としての尊厳をもちさえすれば、相手も身分制や立場の衣装を脱いで裸にならざるをえないという人間関係の初等力学のようなものが、嘉兵衛の腑のなかに棲みついた。――むろん、相手をも、裸の人間として頭の髪から足指の爪先まで尊重するのだ。ということは後年、嘉兵衛にわかってくる。348p

★武力を持った豊臣・徳川氏が、ひとたび天下をにぎると、非武装階級をつくり、武装階級に奉仕させた。それだけのことで、世の制度はあくまでも武装階級がこしらえた仮りもので、万古不易のものではない。すくなくとも、そう思わねば、嘉兵衛のように、内心、佶屈としたものをもっている男には、生きてゆけないのである。349p

★「真艫に帆にあたっている」と、たれもがうれしそうにいった。船乗り冥加というもので、こういう場合は口々に声を出して祝いあうのである。マトモな話ではないとか、マトモな人間とか、あるいはマトモにぶつかってしまったとかいう陸の言葉はこういう船乗り言葉からきたのであろう。380p

★船中の武者とは、船乗りのことである。384p

★いじめる、という隠微な排他感覚から出たことばは、日本独自の秩序文化に根ざしたことばというべきで、たとえば日本語が古い時代に多量に借用した漢語にもなく、現代中国語にも なさそうである。英語やフランス語にもないのではないか。400p(あとがき)