2013年6月19日水曜日

ショパンのノクターン(遺作)

 
 昨日のフルートのレッスンでは新たにトリルと、ロングトーンの練習をする。なんといっても元来肺活量が少ない。それでも水泳、フルート、自転車の有酸素運動のお蔭で少し肺活量も増えた。一番高いレの音でロングトーンを吹くと9秒しか続かない。意識して練習して長く吹けるようしよう!

 その後は、モーツアルトのK.511をさらう。ちょっとリズムのみだれもある。だが、何とかその曲を終えると、先生から秋に行われる発表会の楽譜をいただく。ソロの曲はショパンのノクターン(遺作)。それに全体合奏の楽譜もいただく。他にはアンサンブルもある。それは後日いただくことにする。

 このソロの曲を「本当に吹く?」と思うと楽譜を戴いて嬉しかった。レッスンを終える頃、ソロの曲を吹いてもらうようお願いする。何と最後まで吹いてくださった。その前にボイスレコーダをON にする。次のレッスンの人と先生の吹かれるフルートを身近で聞き入る。もうなんといっても先生の吹かれるフルートは素晴らしい!2人で聞きいってしまった!

 ショパンはピアノの詩人。その曲をフルートで吹く。ピアノ曲のアレンジだからなのか楽譜を見ると装飾音とトリルがどちらも6箇所ずつある。吹いていただいた後、先生から「遺作」の意味を聞く。ショパンが存命中なのに「遺作」として発表されたらしい。秋までショパンのこの曲を上手く吹けるように練習しよう。先生は大丈夫と励ましてくださるけど……。上手く吹けるよう今日から練習、練習!頑張ろう!

 先ほどまでフジコ・ヘミングのピアノでYOU TUBEにアップしていた。ところがタブレットで遊んでいると山形由美の演奏がある。フルート演奏に切り替えてブログにアップしよう。

2013年6月18日火曜日

合唱etc.

先ほど汗と涙を流しながらお墓参りをして帰る。

今にも大雨になりそうな今朝のお天気。姉から昨夜、今日の墓参りはいかれないとの電話が入る。大雨になる前に一人で墓参りをする。母に「大丈夫、元気で頑張ってるよ!」と報告すると涙が出る。もう一人になれたはずなのになぜか涙がとまらない。

家に着くと隣の集会所にいた人から挨拶される。涙顔を見られるのも体裁が悪い。ハンカチを出して「暑いですね」と言ってしまった。

昨日も暑い日だった。朝早くからJRとバスに乗って合唱に行く。昨日の合唱は習っている会場でのロビーコンサート。会場に着くとすでにその準備は終わり、来ていただく人たちへの飲み物などの用意をする。

しばらくすると合唱は始まった。前半と後半のはじめの2曲は前に立って歌い、それ以外は着席して歌う。エアコンが入っていても会場は暑い。歌う人はどの人も着飾っている。余計暑かっただろう。

無事2時間の合唱も終わると、合唱の人たちは練習室に入ってしばし休憩。合唱の世話人の手作りのデザートや市販のお菓子を囲んでお茶を飲む。とにかくこのサークルは何もかも始めてのこと。人のするとおりついていくだけ。

それが終わるとその中の11人で和食のお店でお昼を食べる。最近サークルに入った人は私を含めて3人。話をしているとどんな人たちの集まりかわかってくる。

誘ってくれた友だちはこのサークルの先生と同級生。同じく同級生がほかに3人いる。その人たちの学校は所謂、お嬢さん学校。私はその出身ではない。だが、同じ学校と思われたらしい。

同年齢よりかなり上の人が大半を占める。だが、どの人も所謂オバチャンではない。前に座っておられた人も80歳目前とか。それでも英語を習っておられ、いきなり英語で名前を聞かれる。その聞き方も以前学校で習った言い方では失礼らしく、丁寧な言い方で話される。すぐに英語で返答する。

他の人にもそれぞれ聞いておられた。今頃の80歳は若い!そう思った。特にその人は顔もかわいいが、話し方もかわいい。いつまでもかわいく!見習わなくてはいけない。

食事を終えると友だちとの前夜の約束はご破算となる。他の人の車に乗せてもらって最寄のJR駅で降ろしてもらう。優しい人たちに感謝!

今日は午後からフルートのレッスン。少しフルートの練習をして出かけよう。今日も元気で!

2013年6月17日月曜日

通信機器の話題ほか

北欧に行く寸前に「ジパング倶楽部」入会の手続きをする。旅行から帰ると倶楽部から会員手帳が送られてきた。入会する前は、JRを利用して旅をしよう。そして道連れにタブレットを持参しよう。そう思っていた。

ところがいざその手帳を手にしても、なかなか行動に移せない。なんといっても暑い!寒いより暑い方が好きだった。それなのにいつの頃からか暑さにも弱くなる。

とはいってもいつか時間を見計らって一人でふらふらと外に飛び出そう。その時は当然タブレットと会員手帳を持参して・・・。

さてタブレット。かなり慣れてきた。今や、パソコンはブログ投稿に利用し、後はすべてタブレットで遊ぶ。これじゃ、高いおもちゃになる。それでも、それほど物欲がないモノにとっての楽しみと思えば安い買い物だ。

昨年の総務省の調査によるとスマホの世帯普及は5割、タブレットも15%に上昇している。当然各自宅のパソコンは下降気味となり59.5%。インターネット利用率は79.5%だとか。

今やネットは欠かせない。それでも利用していない世帯が2割もある。これには驚く。

今日はこれから合唱に出かける。人前で歌うらしく早めの集合となる。その後は皆で食事をして友だちから昨夜電話で依頼されたことのお手伝いをする予定。

忙しい朝だけど今日も元気を出して、さあ出発!

2013年6月16日日曜日

新刊紹介記事を見て

梅雨には紫陽花がよく似合う。我が家の狭い庭を陣取る糸杉と伊呂波もみじ。その隙間に居座る紫陽花2種類と新顔のレモンの木。糸杉は父、レモンは母のように大事に育てている。いつまでも枯れずに、と願って・・・。

雨上がりの今朝、うなだれている紫陽花を切って花瓶に活ける。束の間の花だけど初夏を感じる。

昨日は雨の中、思い切って泳ぎに行く。平日でなく土曜日のプール、人は多い。だが大人用のプールで泳ぐ人は少ない。多ければ500メートル泳いで帰るつもりだった。だがどうにか1キロ泳ぐ。

家に帰るとしばらく、鼻水はでない。だが夜になるにつれて鼻水との格闘になる。これから夏に向かうとプールの水が冷たく感じられる。風邪とは思えないのに鼻水が出る。何故プールに入ると鼻水が出るのだろう。

今朝地元紙を読むと、山形孝夫氏の新刊案内が大きく出ている。よく知っている人の記事はいつ見ても嬉しい。とはいっても実際にお会いしたことはない。ただ随分前にある機関誌の巻頭言に書かれていた先生の文章に感動し、手紙を出す。すると本を送ってくださった。今でも感謝している。

今朝新聞に出ていた著書は『黒い海の記憶』(山形孝夫 岩波書店、2013年)。この本を紹介している批評家の若松英輔は「生者が死者に抱く悲しみは、喪失の感情ではなく、むしろ新しき出会いの深い悦びの表れだ」と説く。

このことは2年前に新聞記事を見て感動してメールを送り、戴いた返信メールに書いてあった北海大学の中村岳志氏の言葉と通じる。

いい記事を見て朝から気持がいい。

明日は合唱の日。友だちは人前で歌うので正装で行くと話していた。さて何を着て行こう?後で着ていく服を考えよう。今日も元気で!さあ行動開始!

2013年6月15日土曜日

「寝くじをくる」

2,3日、暑い日が続いている。今日は昨夜から降り続く雨で少しは涼しい朝だった。

昨朝は暑さのため寝苦しく、睡眠時間が短かい。朝食を済ませると朝寝をする。午後も暑くエアコンをつけるとまた眠る。

よく眠ると元気が沸いてくる。私にとって一番の弱点は寝不足。子供が「寝くじをくる」ように、眠たくなると元気がなくなる。その癖は大きくなってもなおらない。

先ほど電子辞書で「寝くじをくる」を調べると辞書に掲載されてない。方言?と思い、ネットで検索するとあった、あった。どうもこれは広島の方言らしい。

会社に勤めていた頃、面白くないことがあると、その矛先を母にぶっつけたこともある。そのたびに母は「早よう、寝んさい!」と言っていた。寝不足は私にとっては大敵だ。そのためか眠られない人の気持ちが分からない。

最近の寝不足は先日の旅行くらいで、ほとんどそこまで陥らない。だが昨日は一日中眠たかった。それでも朝寝や昼寝をすると元気になってくる。夕方からはわかちゃんと久しぶり近くのお店に出かけて楽しく夕飯を食べる。

午後5時、外の陽射しはまだきつい。お店に入ると先客はいない。しばらくすると人も増えてくる。ビールを飲みながらしゃべっては食べる。最後に細巻きを4品注文する。その時、若い女性がやってきて注文をとる。だがその言葉遣いが少しぎこちない。

いきなり中国語で「中国の方ですか」と話すとそうだという。続けて「中国の何処から?」と尋ねると重慶の出身だった。四川省の重慶と広島市は友好都市。それを中国語で話すと当然知っていた。

四川省の人は他の都市と違って丸い顔つきをしている。その人もまん丸い顔で、広島市内の私立大学の留学生だった。身近な所に中国人が住んでいる、と実感する。

今朝の地元紙を見ると4年余り前に修了した大学の来年度の募集要項が載っている。それを見ると過去5年間、社会人の応募者がゼロで来年度は募集しないとある。

10年前、入学して再度大学生になった。その制度ができたのは入学する1年前。メディアなどでも取り上げられる。だが今朝の新聞のようにこの5年間応募者がいないとは・・・。

それもそうかもしれない。学ぶには経費も付きまとう。ましてや世の中、不景気風が吹いている。それどころではないのかもしれない。

それにしても会社をリストラされた後、再度大学で学ぶという、いい経験をさせてもらった。もし、その頃辞めていなければ、そのチャンスもなかったことになる。

今日は一日雨になりそう。平日に泳ぎに行こうと思った。だが月曜日は合唱がある。雨の日だとプールに出かける人も少ないかもしれない。さてどうしよう。

ともあれ今日も一日元気を出そう!

2013年6月14日金曜日

『玄侑宗久の生きる力』

今朝の地元紙によると13日未明、岡山と広島は今年初めて最低気温が25度以上を超える「熱帯夜」とある。今朝は暑すぎて早く目が覚める。現在の部屋の気温は窓を開けていても28度3分、湿度60%。今日も一日暑くなるのだろう。

昨日も暑い一日だった。午後にはエアコンなしでは何をしようと思っても暑くてたまらない。エアコンをつけて本を読んだりフルートを吹いて過ごす。

夕方からスペイン語の講座へ出かける。昨夜、先生は名簿を見て指名されるとき「〇〇さんはいない・・・」と小さい声でつぶやき、他の人を指名される。先生の前から2列目に座っていても教室での存在は薄い!?

途中質問するといることに気付かれ、「すみませんでした!」。これを聞いて笑うに笑えない。

授業の始まる前、後に座っている人と話をすると、近いうちメキシコへ出かけるという。どうも旦那さんの転勤に付き添うようで3年間の滞在らしい。そのためにスペイン語を習っているのだろう。

その点、暇つぶしに習うモノとは大分差がある。教室で知り合った隣の席の人は今からすぐにでもフラメンコが踊れるような恰好をしている。そう話すと、着ている服も暑さ対策のためのようだった。

今夜はお互いの都合がつかず会わずにいたわかちゃんと久しぶりの夕食会。美味しいものを食べてビールを飲んで暑さを吹き飛ばそう!

図書館で借りた『玄侑宗久の生きる力』(六耀社 2012年)を読んだ。本の裏表紙には「ソリストとは― 時流や流行にとらわれず、自分の信じる道を進み、一つのスタイルを築き上げた人。信念ある行動でまわりの人を巻き込み、一つの大きなムーブメントをつくり出した人。」とある。これはたぶんこの本の「ソリストの思考術」編纂委員会のことばだろう。シリーズとなっており、さまざまな人が出版している。

筆者は作家であり、僧侶である玄侑宗久。本の構成の半分は自身のこれまでの歩みから僧侶と作家の二足の草鞋を履くまでの葛藤を述べ、後半はその経験から生きる力の源を禅の教えを通して述べている。だが、二足の草鞋を履いている著者であってもすべてを二元論に分ける必要はないという。

「そもそも、世の事象の多くはきっちり二つに分けられるものではなく、矛盾に満ち満ちている。矛盾や混沌をそのまま受け入れるのが人生であり、そこから生きるための大きなエネルギーが生まれる。禅ではそんな風に考える。」17P

またいつものように気に留めるところをメモしよう。

「仏教では、どんな状況にあっても変わらない真理など認めていない。自分というものも、状況の中で絶えず形を変えるもの、ゆらぐものだと、とらえている。」23p

「今起こっていることは未知であり、それを既知のもので処理しようとしても、まったくの的ハズレである。基本的な指針はあってもかまわないが、何か事に当たったら、そこでゆらいで改めて重心を探さなくては、今を生きることにはならない。だから仏教では物事を絶対化せず、ゆらぎを繰り返すことを『風流』として讃えている。」25p

「心の活発さを重視する禅にとって『風流』つまり『揺らぎ』こそが新しい心の発生源である。そうなると、非日常でこそ人は最もゆらぐことにも気づく。死も病気も怪我も歯痛も、それによって普段の人柄がゆらぐなら、風流でめでたいことなのだ。」26p

「掃除三昧、洗濯三昧、読書三昧、温泉三昧、運動三昧、いや、それどころか焼肉三昧だって日本語としてはおかしくない。無心になって没頭できればすべてが『三昧』になり、たとえ長時間の座禅を組まなくても、『ディアーナ』の状態になれるというわけだ。」50p

「禅の基本的な立場は『過去のことは思わない。先のことは憂えない』で、この状態が『遊』。つまり先を予測せず、三昧になって今を遊ぶのが最高の境地である。」60p

「わからないことをあれこれ想定するのは、人間が持つ際限のない欲望だと理解し、分からないまま無心に、今を生きる覚悟を持たなくてはいけない。予断を持たず、言葉で考えず、今を楽しむ。そうすればきっと、『いま』から十分なご褒美がいただけるはずである。」116p

「何か新しいことを一つ始めて、それに三昧になって習慣化すればいい。すると、自分の全体は自然に変わっていく。」123p

「造作もなく平常な、最も尊ぶべき人間の在り方が『無事是貴人』である。」131p

「日常生活で起こる嫌な出来事も方便としてとらえる。」162p

「物事が何の問題もなく進んでいるときと、思いがけないことが起こったとき、どっちがわくわくするだろうか。・・・生身の私がどうゆらぐかだけが問題で、そこには論理やマニュアルは必要なく『予断を捨ててその瞬間を体験できるか』どうかが重要である。気持ちよくゆらぐことができれば、それが本当の『生きる力』ではないだろうか。」166p

「日本人にとっての『仕合せ』は、目標を達成したところに『仕合せ』があるかというと、達成しとたん、それは逃げ水のように逃げてしまう。・・・日本人にとっての『仕合せ』は目標を達成したところではなく、そこに至る過程にある。状況や人に合わせ、当初の予定と違ってゆらいでいるときに最も『仕合せ』を感じるのが日本人なのだ。」169p

「過ぎたことは忘れ、これからは先祖が持っていた柔軟なアレンジ力を取り戻し、いろんな状況に『仕合せ』ながら、日本人らしく気持ちよく『ゆらいで』いきたいものだ。」181p

2013年6月13日木曜日

「小春おばさん、こんばんは」

今朝の地元紙を見ると「中国地方 ギラギラ真夏」と一面に大見出しがあり、「庄原34.6度 6月史上最高」と小見出しがある。広島市内も昨日の最高気温は32度と暑い一日だった。

この暑さは夜になっても下がらず、寝る頃でも部屋の温度は31度。今朝も29度で湿度が60%もある。今日も暑い一日となりそうだ。

先ほど燃えるごみを出すため外に出る。一歩家を出ると左3軒先は旧山陽道、右に向かって5分ほど歩けば区役所や区民文化センターのあるバス通りに出る。その間の通りは道が拡張されて両側の歩道にはハナミズキが植えてある。

ところが何故か、我が家の前のハナミズキは2度も植え替えられたのに、他のものよりも育ちが悪い。もっと葉をつけてくれたならば少しは涼しくなる。そう思って毎日眺める。

昨夜、友だちと電話をする。絵画の話になる。電話を切ると友だちの絵画の先生のHPを探し、ブログを見る。そのブログの書き始めに特徴がある。これが気に入っていつの頃からこういう書き方なのかを探していると、最初のブログに行きつく。だがそのことは書いてない。

今から6年前の最初のブログは以前のブログを改め、新たにその人のお母さんの訃報から始まる。「小春おばさん、こんばんは」の言葉で・・・。そしてその人が母親を亡くした年齢と同じ年齢で私も親を亡くす。またそのブログの人も、その歳まで親と同居されている。

「敏々日記」も前のブログを改め、新たに母がいなくなって開設した。よく似ていると親近感を持ってブログを見る。

だがその人は男性。男性が母親を思う気持ちから「小春おばさん、こんばんは」とブログに書いて母親にその日のことを語りかけるのだろうか。それともブログを訪問する人に対して語っているのだろうか。いずれにしてもこの書き方に感動する。

私も真似して「アサちゃん、おはよう」と書きたい。だが真似をしているようで書けない。

昨日は図書館で借りてきた『玄侑宗久の生きる力』を読む。この本の予約者は多い。長く手元に置けないので一気に読む。だが、軽い本でない。これも近いうちブログにアップしよう。だがなんといっても暑い。パソコンの前にいるだけでも暑い。

暑いとばかり言わず、今日も元気を出そう。そして夕方からはスペイン語を習いに行こう!