2012年11月15日木曜日

美味しいビールを飲むために

今朝は今秋一番の寒さだとか。だが、外の日差しは暖かそう。

風(ブログ?)の便りで知ったとか、風邪気味のモノを元気付けてもらうメールを受取る。「美味しいビールを飲むために女子会耐久レース開催のためにも元気いっぱいー!と宣言してくれるのを待っています」。何とありがたい。

元気になるには笑いが一番。メールにはどこかで見つけたのだろう、「女子会 お酒入れば オヤジ会」の川柳も添えられている。そしてこれは女子会のこと(?)、と書いてある。

なんとうまい表現、「おおっ!」とうなづいてしまった!

「川柳」はユーモアとペーソスに溢れ、以前は狂句といわれていたとあって低俗にみえるとか。しかし、思わず川柳を習おうと思った。いつか、必ず「川柳」の教室に入ろう!

メールをもらった後、女子会の忘年会を、と思い、一斉メールを送信。来月はまた4人で女子会の忘年会をしましょう!楽しみにしています!

何やかやといってはこれから飲み会の季節になる。飲み会といえば今日はボジョレ・ヌーボ解禁の日。今朝の新聞折込にも何件かのチラシにそう書いてある。

家ではアルコール類をほとんど口にしない。だが寒くなる季節、ワインは体にいい!?

今日は、夕方からフルート定例会に出かけて「美味しいビール」を飲む。その前にデパートによってボジョレ・ヌーボを買って帰ろう!

さあ、今日も笑いで風邪を吹き飛ばし、元気を出そう!

2012年11月14日水曜日

「一君万民」主義

今日から明日にかけて寒くなるとか。日中の気温も段々と下がっていく。それとともに冬眠しそう。

ところが今朝の地元紙を読んでいると冬眠している場合じゃない。しっかり目を見開いて前に進まないといけない。

歴史学者與那覇潤氏は新聞の大見出し「橋下現象考」で述べている。まだ30歳過ぎの若い学者。それによると橋下氏は「左右自在な『一君万民』」とある。「一君万民」とは「中国の儒教主権に起源を持つ『一君万民』主義」で決断力を重んじる体制だとか。

今、「日本の社会は『西洋化』に失望し『中国化』」しており、「自らの意志と民意を同一視し、政敵に厳しい中華皇帝の専制にも似た、現代の一君万民といえるでしょう」と橋下氏について述べる。

これを読むと「中国化」になりそうな政権は政治に介入して欲しくない。

自民から民主政権に移行する際も、国民は言葉のあやに騙された。

言葉といえば橋下氏も「維新」の言葉のイメージとともに出てきた。だが昨日の地元紙の同じコラム欄で歴史学者の色川大吉氏は明治以降の維新という言葉は傷らだけであるという。それは大正期で見れば犬養首相が暗殺された五・一五事件と議会政治にとどめをさした二・二六事件の「昭和維新」である。

このように「維新はテロリストのため、軍による政党政治の廃絶のためと、基本的に右旋回のために使われてきた。だから、本当の維新は一回きり。」だと色川氏は述べる。

橋下氏のかかげる維新は維新ではなく、統治の発想、支配者の発想があるという。

政治に疎い。それでも今朝のコラムにある日本の社会が「中国化」するのだけは避けたい。

先ほど與那覇氏の本を図書館に2冊予約した。専門は日本近現代史。與那覇氏はツイッターをしている。今日からこの人のツイッターを読むようにしよう。

話は変わって昨日の講義で新たなことを習う。動詞「線過去」の活用形。この活用は規則変化が大半で不規則変化は3つの動詞だけ。先生は5分で講義は終わった、といっては「楽勝ですね」を繰り返す。

「楽勝じゃない」と思いながらも講義を聞く。すると講義後、先生から「来週、中間試験をします」と突然の報告。学生からのブーイングで結局12月はじめの火曜日に決定。教室も大講義室に変更しての試験となる。

試験と聞いて、紅葉を見に行くどころではなくなった。なんといってもノートをまとめなければ・・・。かなりのプレッシャーになる。

講義後、いつものように市内へ移動する。広島駅で気分を変えてティータイム。

昨日のレッスンでまた先生に家で練習していて気づいたことを話す。その吹き方でもいいらしい。レッスン曲をさらってもらうとき、前の週に習った方法で吹くとよく吹ける。その度、習うということはこういうことなんだと気づかされる。

昨日も曲の次のレッスン箇所の吹き方の方法を習う。自分では考えもつかない練習方法を教わる。言われてみて、確かにその方が効率的。

もしかしたら、フルート以外の、どんな勉強でも学習方法で学力の差が出ているのかもしれない。

ちょっと風邪気味だけど、さあ今日も元気を出して!

2012年11月13日火曜日

ささやかな楽しみ

今朝はこれから雨になるのだろう。空が暗い。

昨日は今日と違って気持ちよい一日だった。午前中、買い物を済ませ、自転車に乗って幼馴染の家に行く。そこに自転車を置いて2人でひまわり畑まで歩く。

ひまわりは夏の花。ところが、昨日のひまわりは曰くつきのひまわりで100本ほど刈り取った後に植えてある。新聞記事でそれを見て早速見に行った。

「いわくつき」とは誰が聞いてもわかる大事件に絡んでいる花。これ以上は書かないことにしよう。一般のひまわりよりも背丈は低い。だが花は大きい。

秋のひまわり
ひまわりを見終わると、昼食に行く。わかちゃんの決めた目的地を探していくと定休日。もう一箇所も定休日。かなり歩いているのでお腹もぺこぺこ。隣の隣の町まで歩いていた。

来た道を引き返し、真新しいお好み焼き屋を見つける。久しぶりに広島風のお好み焼き屋に入る。普通のお好み焼き屋と違って店内は広くてきれい。3月に開店したという。

お昼時なので近くの会社員風の人もいる。食べ終えて店を出ようとすると店員は双子のピチピチギャル。何とかわいい、と思ってしばし立ち話。彼女たちの父親が出前をするという。

店を出て途中一箇所お店によってわかちゃんの家に行く。そこでティータイム。3時間もおじゃまする。相変わらず、他愛ない話をして分かれる。

お昼を多く食べると夕食が7時半になる。いつもより遅い夕食。あっという間に一日が終わる。

今日は火曜日。忙しい一日が始まる。これからいつもの如く、講義を受けて市内へ移動してフルートのレッスンを受ける。家に帰ればささやかな楽しみが待っている。

それは夜8時からのラジオ番組。「こうせつと仲間たち」で古澤巌が今夜のゲスト。随分前、古澤のブログを読んで知っている。新聞の番組欄を見るとやはりある。

ほんとうにささやかな楽しみ。さてさてその内容は・・・。

2012年11月12日月曜日

3人と出会う

今朝は昨日の雨と違って清清しい。

昨日は雨の中、区民まつりに出かける。出かけた場所は我が家から数分のところにある区民文化センター。そこでスイミングクラブの人が母子会の即売会をしている。昨日も1年ぶりでその人に出会うと、売り物であるパンをくれる。これでは何のために行ったのかわからない。

パッチワークの巾着、飲み物とさらにパンを購入してその人と立ち話をする。なんといっても彼女は元気がいい。今年春、会社を定年退職。昨日の話では、退職後20社くらい仕事をさがしたという。だが年齢的なこともあって困難を極める。そんな時、スイミングクラブの人に自社を紹介される。今はその会社に勤めているという。勤務状態も正社員だとか。

勤めながら妹さんと交替で92歳のお母さんのお世話もされている。活気のある人と話をしていると本当に楽しい。いつか我が家に来るといってたけど・・・。

その帰りに息子さんと一緒に歩いている近くの人に出会う。久しぶりに会うと、以前は杖ももたずに一人で歩いていた人も今は杖を支えて歩いている。歩ける間はどんな手段でも歩く方がいい。かなり年をとられた感じがする。

お昼を済ませ、雨も止んだようなので玄関の前の落ち葉を掃く。するとまた人に出会う。向こうからニコニコした顔で話しかけられる。その人は母を車椅子で外に連れ出す頃知り合った。毎日のように車椅子で連れ歩く姿をみて、その人から「介護者の集い」に参加するよう何度か誘われる。だが、それは介護する側の参加だった。親を家で介護するモノは当然いかれない。そのことがきっかけでその世話の会長をしていたその人からポストに「お知らせ」の案内を入れてもらったりした。

昨日のその老紳士をみてビックリする。かなり年老いておられる。しばし玄関前で立ち話をする。

自転車に乗っていて何かとぶつかって転倒し、頭を打つ。1ヵ月半入院して元気に帰ったのもつかの間、動作の異変に家族が気づく。すぐにネットで調べる。頭から少しずつ血液が出て脳を冒す。すぐに救急病院で即日2箇所頭に穴を開けて手術し、10日間で退院。元気になったという。

話し方や歩き方は以前と同じ。だがこの人も杖を頼っている。今年81歳とか。

退院後、自分の信念で3箇所の会の会長職を自ら断った、と誇らしげにいう。人から止めろといわれる前に止めたという。それも潔い。

品のいい老紳士で、分かれるとき「気をつけて帰ってください」と話すとこちらにまた戻ってくる。

この「気をつけて・・・」はよくないらしい。その人は当然とがめたりはされない。笑いながら以前勤務していた頃の話を出してそれがいけないことを説明される。

その言い方ではなく「転ばないようにして歩くんですよ」のように具体的に話すほうがいいらしい。これも言われて初めて気づくこと。会社などでも電話の応対で「お疲れ様です」の応対云々を聞いたことがある。それと同じことかもしれない。朝から「お疲れ様です」とは何事かと・・・。

そういえば、親がなくなったとその人に話すと長い間親を介護したと褒められる。そして介護は自分への介護だとも話される。自分自身が年老いていくということが介護を通してわかるらしい。

仕事を離れて家にいるようになって10年。近所で知っている人も段々といなくなっていく。誰もが年老いていくのだからそれも仕方ない。元気なうちにどんどん外へ出て行こう。

昨日の老紳士も、海外の話をされていた。遠くの海外からせめて行ったという。その点は似ている。いつも連れ立って行っていた奥さんも今は行かないと言われるらしい。海外でどこかいいところがあったら知らせて欲しいといわれたけど・・・。

話は変わって、今朝Yahooを見ていると「県立図書館閲覧・貸し出し廃止検討、再考求める声広がる/神奈川」とある。県立図書館まで経費削減するとは驚くばかり。

大半の本を図書館で借りて読むモノとしてはもしこれが広島だと大変なコト。せめて公の機関は文化面だけでも経費を削減して欲しくない。そう願う。

2012年11月11日日曜日

一雨ごとに冷たく

久しぶりシトシトと冷たい雨が降っている。これから寒い季節に向かって、一雨ごとに寒さも増していくのだろう。

昨日は、今日の雨を見越して一日早く泳ぎに行った。正午過ぎに家を出る。プールに入ると、「久しぶりじゃね」と声をかけられる。先週、泳がなかったので久しぶりに泳ぐと思われたのだろう。

声をかけて来た人は毎日泳いでいる。以前、脳梗塞から半身不随になったらしい。それなのに毎日プールで歩くと、体も元のように治ったという。今では水中歩行と水泳でプール滞在時間1時間を目安に毎日来ているらしい。

水泳は体にいい。だけど、週に一度でも運動した感じになる。それを毎日するとは、なかなか大変。

昨日も1キロ泳ぐ。プールにいる人が少ないのでビート板で泳ぐ練習をする。足を蹴って泳げば前に進む。だがかなり大変。ビート板は一往復しただけで、あとはクロールと背泳ぎを交互にして泳ぐ。

泳ぐときあまり足を使っていない。意識して足をつかって泳ぐと少しは早く泳ぐことが出来る。もう一度教室に入って習ったら早くて、きれいなフォームで泳げるようになるかもしれない。でも、あまり欲張らず、泳げるだけでいいと思って泳ぎに行こう。

泳いだ後は、2,3時間家でゆっくりする。

一昨日、幼馴染のわかちゃんと夕飯を一緒に食べる約束をする。家の近くにいい食べ物屋がないと思っていた。ところが、昨夜はわかちゃんが行ったことがあるというお店に一緒に行く。バス道路沿いのビルの2階にあるお店だった。

中に入ると感じがいい。そして店内も広い。そこで2人で盛り上がる。人と食事をすることはボケ防止になると何かで読んだことがある。ひとりで暮らしていると、食事も自ずと一人で食べることが多い。

その点、わかちゃんが近くに住んでいるのであり難い。気軽に一緒に食べたり、飲んだりできる。我が家に来て貰って食べるのとはまた違って外での食事は楽しい。

今日は住んでいる区の区民まつりが開催される。例年、スイミングクラブの母子会の人が即売会をしている。これからその人に会いに行こう。そして何か買って帰ろう!雨は相変わらず降り続いている。

2012年11月10日土曜日

「人生の心の勝負は51対49になったら御(オン)の字」

「牛乳が飲みたい!」という声で目を覚ます。母の夢を見ていた。久しぶりに聞く母の声。それはまるで「早よう起きんさいや」と言われているようだ。今朝も起床時間が遅い。

昨日のブログでペルーの料理が南米一美味しいと投稿した。それ以外にも料理としてはメキシコ料理が世界遺産に登録されていると聞く。それを聞いてビックリ。料理までも世界遺産に登録とは・・・。

朝食をすませてパソコンで遊んでいると郵便物が届く。旅行社から毎月送られてくるパンフだった。中を見ると、お正月の旅の掲載がある。正月明けにバス旅で日帰りツアーを探している。その掲載はほとんどない。他の旅行社のパンフを探そう。

今日送付されてきたのは広島発着。便利といえば便利だが、行きたい場所が限られる。それが少々残念。

旅といえば昨日図書館で借りて読んだ『60過ぎて後悔しないために 50代でしておくべきこと してはならぬこと』(江坂彰 すばる舎リンケージ、2012年)の中で、「多くのひとは、買いたいものはおおかた買ってしまっただろう。ほしいものがあまりないのではないか。これからほしいものは『思い出』だ。旅だとうまいものをいただくとか、趣味の俳句集を自費出版するとか、消費の対象が、『モノ』より『コト』になってきている。貸し借りなしで、自分がしたいことに、できる範囲でお金を遣うようにしよう。」と書いている(93p)。

「思い出」は確かに、かさばらないし、持ち運べるし、いつでも取り出し可能でいいことばかり。そう思えば旅はいい。

幸い、まだまだ元気。いろんなところへ出かけていって「思い出」を残そう。

本には他にも決断の鉄則を2つ書いている。それは、「心が弱っているとき、折れそうになったとき、あせっているときには、決断するな、動くな」ということと、「重要な決断は、なるべく朝にしなさい」ということ、とか(66-67p)。

「夜に深くものごとを考えると、どうしても思考が暗くなる。人生も暗く見えてくる。」(67p)。だから昔から「早起きは三文の徳」といったのだろうと筆者は言う。

早起きは苦手だが、夜にモノ・ゴトを考えない。なにか面白くないことがあるとすぐ寝る癖がついている。そのため、夜、考えることはない。だから余計、よく眠るのかもしれない。

さらに「教養をつけることを、楽しめばいい。」という。それは「役にたてようとするのではなくて、いつか役にたつものととらえておく。いわば無用の用とするのだ。」という。(120p)

習ったモノ・コトすべてを無駄をなくして役にたてようと思えばしんどくなって長続きしないし、楽しみもなくなる。今続けていることはどれも楽しみながらやっている。別にプロになるわけではない。生活の潤いのためにしていること。

ほかにも河合隼雄の言葉を引用して「これからの中高年がすべきもうひとつのこととは、人生の心の勝負は51対49になったら御(オン)の字。」とある。(128p)

半分ちょっといいことがあればそれでよし、とはなんと気が楽。51いいところがあれば49ははずれでよろしいらしい。

これまでを振り返っても自分の思うようには生きていない。むしろ若い頃に思っていた人生とは全く違う道を歩んでいる。若い頃、何も出来なかった。年を重ねるにつれて貪欲になり、何でもしようという気持になった。これだけでもよしとしなければ・・・。

さらに「ピンとひらめくのが知的感性というものだ。好奇心を大切にすることだ。新しいものが出てきたときに、『おやおや』と考えること。そして知ったかぶりをしないで、くわしい人間に聞くことだ。」(139p)と述べている。

知ったかぶりをするどころか知らないことが多過ぎる。ただ好奇心だけは人一倍ある。

今日も元気を出して、今から泳ぎに行こう!

2012年11月9日金曜日

ステレオタイプ

先ほど講義を聞いて帰ってきた。最寄のバス停でバスを待つ間の気持いいこと。秋真っ盛り。このまま遊びに行けばいいのだけれど、咄嗟には無理。

バスを降りてJRに乗ると先ほど図書館で借りた本を読む。今日借りた本はご当地広島の『とっておきのカフェ』。本を読むというよりも雑誌を読む感じ。

それを見ると何と住んでいる町(区)には1件のカフェの掲載もない。道理でカフェが少ないはず、と納得する。

以前と比べてカフェは少なくなっている。街中を見ても、「青山」を筆頭に「ドトール」、「スターバックス」などの全国チェーン店が多い。そのためか、市内で人と会うときはホテルのカフェやラウンジの利用が多くなる。

カフェではないけれど、今日の講義で南米で一番食べ物が美味しいのはペルーだと先生からの話で知る。中でもCeviche(セビチェ)が美味しいらしい。

16,7年前にペルーへ行った。そのときの料理が美味しかったことは覚えている。だがセビチェがどんな料理か全くわからない。

外国へ行くと、特に辺境へ行くと、その国のすべてに偏見をもって話す人がいる。それにはその国の料理もある。辺境だから、貧しい国だから料理も不味いとは限らない。もちろん、その国を旅行する人はそんな考えを持たずに出かける。「〇〇へ行く」と話すと、特に辺境の地に行くと言うと変な顔をされることがある。

食べ物も一つの文化で、辺境の国、発展途上国だから料理が不味いという発想はおかしい。とはいっても南米はペルーしか行ってないので南米の他の国のことはわからない。

南米でなくても、アジアでも同じこと。かなり辺境の地へ出かけると、食べ物云々を言う人がいる。食べ物の好き嫌いは仕方がない。そうではなくて辺境=貧しい国=不味い国とステレオタイプの発想がいけない。そしてそれは、その国へ出かける人までも変に見ることである。

変といえば自分にも当てはまるかもしれないけれど・・・。

とはいっても、食べ物ではいくら辺境趣味でも耐えられそうにない国もある。それゆえ隣国もまだ行ったことがない。これもステレオタイプ!?それならば反省の余地あり。

ステレオタイプといえば語学もそんな感じを受ける。30年前中国語を習い始めた頃にそんな気持を感じた。中国語=劣っている国=何故そんな国の言葉を習う?と思われた気がする。それが例えばフランス語ならばそうではなかったかもしれない。

今習っているスペイン語はヨーロッパの言語だからかあまりそういう風には言われないけれども・・・。

話は変わって、昨日社会人で卒業した学部から、同窓会だよりが送られて来た。中を開けると、同窓会費の欄に「未納です」となっている。何と恥ずかしい!

多分その頃、親の介護などで忙しくしていて後で収めればいいと思ったのだろう。それがそのままになっている。すぐに郵便局へ行って送金する。

便りを読んでいると、未納ならば年末に送付される同窓会名簿を送ってもらえないとある。名簿といっても年齢も異なる人たちが大半。それでも、何人かは消息を知りたい。むしろ、何十年前の中学の同窓生よりも、今の時代の人の方が知りたい。

社会人大学生の人たちとは苦労しながらも若者と一緒に学んで楽しい時代を共有した。それだけでも懐かしい。入学して以来、いつも大きな松の下で昼食を食べた人たち。その人たちと再会できれば、と思ったりする。皆どうしているんだろう。

あれから、5年。講義を受けに行っても誰とも出会わない。当然といえば当然だけど・・・。