小寒も過ぎ年賀状も出揃った感がある。そんな中、今朝2枚の寒中見舞いを受け取る。
1枚はエレクトーンを習っていたときの人。お母さんを亡くされていた。その文面には「是非お会いしたいです!!」と書いてある。すぐにTELした。久しぶりに声を聞く。
昨年、互いに母親を亡くしていたと知る。彼女は私よりもずっと若い!また亡くなられたお母さんも私の母よりも20歳も若い。電話で聞く言葉すべてがよくわかる。互いの親の緊急入院の時期も数日違いでほとんど同じ。当時、同じ気持を共有していた…。彼女は一人娘。私もそう思われていたみたい。3人姉妹の真ん中なのによく人から一人娘?といわれる。
彼女は相変わらずボランティア活動で頑張っている。もうすぐにでも皆に会いたい!と話は盛り上がる。早速日程を調節して皆で会う準備をしよう。
もう1枚は年賀葉書に「寒中御見舞い 春よ来い!」と書かれた賀状。葉書には一般的な年賀の文はなく、寒中見舞いとして出されている。
差出人は青年海外協力隊でブータンに行き、それを本に書いた人。ブータンといえばこの人がすぐに頭に浮かぶ。
元日、母の訃報を知らせていない人からいつもどおり年賀状を受け取る。毎年ブータンに関する写真年賀状を下さる人から元日に年賀状が来なかった。「何故?」と気になっていた。それも今朝の葉書きを見て納得する。
この人は東京の大学で図書館業務に携わっている。そのためか、文面には3.11の震災後から今日まで「津波により全壊流失した図書館の再建まで支援活動続行中」と書いてあり、図書館の復旧活動をされている様子が伝わってくる。その経緯をこの葉書で知った。
葉書は昨年4月8日に撮影された気仙沼の写真が印刷されていた。
年賀状に替えて、寒中見舞いにされた理由もわかってきた。
そして葉書きの最後には手書きで「11/17ホテルニューオータニで歓迎レセプション ブータン国王とお会いしました!」とある。以前メールで「レセプション参加は…!?」と書いてあった。それが参加できたとのこと。本当によかった!
寒中見舞いとしては先日もらった社会人大学時代の友人も年賀葉書に「寒中お見舞い申し上げます」と書いてある。若い人なのに私とのことを「不思議な御縁を感じました」と記してもらい、優しい気持が伝わってくる。
また寒中見舞いとは少し異なるが、フルートの先生の年賀葉書には「新年のご挨拶を申し上げます」とあり、旅行友だちも「本年もよろしくお願いいたします」とある。共にめでたい言葉は書かれていない。この人たちも震災を考慮されたのだろう。
初春、訃報の知らせを兼ねて寒中見舞いを出した。だがそれは差し出した人に今朝のような感動を与えただろうか。ふと思う。
2012年1月10日火曜日
2012年1月9日月曜日
エレクトーンの友だちと…
昨夜遅くまで電話で話す。当然寝るのは遅い。さすがに今朝は早い起床とならず、TELで起こされる。
電話の相手はエレクトーンを習っていたときの人。暮れに、以前それを習っていたときの別の人から訃報のハガキを受け取る。すぐにその人にお悔やみのTELをした。その時、習っていた4人で新年に会おう、と話し合う。
その連絡をとるため、習っていた人には寒中見舞いに会いたい旨、一筆書き添えた。
今朝、電話をもらったのはそのうちの一人。
電話はそれほど早い時間でもない。昨夜寝るのが遅かったため電話があったときは完全に寝ていた。すぐに起きて電話に出る。声はまだ寝起きの声。申し訳ない。
TELくれた人と話すのも13年ぶり。懐かしいというよりすぐ返事をもらって嬉しかった。前回会ったとき、子供さんは小学校の高学年。その子供さんも昨年、東京の大学を卒業して大手の企業に勤めているという。今朝は電話をくれた人自身の話や家族の話、そして4人で泊りがけで出かけたことがある彼女の親戚宅の話と話題は尽きない。市外電話なのに1時間くらい話しただろうか。
これで2人と連絡がついた。残る1人は、年賀状が来なかった。多分家に不幸があったと思われる。寒中見舞いに皆で会いたい旨、書いたのでその返事を待つことにしよう。
それにしても、と思う。エレクトーンを習っていた頃はまだ20代と若かった。今朝の話でも「20代だったよね」と聞かれて…。彼女も大学を卒業したばかりでとっても笑顔が可愛かった。
その後、13年前に4人で彼女の家に出かけて楽しく遊んだ。皆、それぞれ立派な母親になっていろいろと活動している。今朝の人は家にエレクトーンの先生に来てもらって継続して習い、もう一人はドイツリートをやり、連絡を待ってる人は原爆資料館で英語のボランティアガイドをやっている。会って話せばもっといろいろやってるだろう。それを聞くのも楽しみだ。
そしてまた思う。いくら母親になっても皆、夢を追いかけているなあと。電話で話して、いつまでも好きなことを追いかけ続けているのがよくわかる。それは聞いていても気持がいい。
その3人とは少しばかり軌道から外れた私だが…。
〇〇子ちゃん、今朝は電話ありがとう!近いうち4人で必ず会おうね!とっても楽しみにしています!
電話の相手はエレクトーンを習っていたときの人。暮れに、以前それを習っていたときの別の人から訃報のハガキを受け取る。すぐにその人にお悔やみのTELをした。その時、習っていた4人で新年に会おう、と話し合う。
その連絡をとるため、習っていた人には寒中見舞いに会いたい旨、一筆書き添えた。
今朝、電話をもらったのはそのうちの一人。
電話はそれほど早い時間でもない。昨夜寝るのが遅かったため電話があったときは完全に寝ていた。すぐに起きて電話に出る。声はまだ寝起きの声。申し訳ない。
TELくれた人と話すのも13年ぶり。懐かしいというよりすぐ返事をもらって嬉しかった。前回会ったとき、子供さんは小学校の高学年。その子供さんも昨年、東京の大学を卒業して大手の企業に勤めているという。今朝は電話をくれた人自身の話や家族の話、そして4人で泊りがけで出かけたことがある彼女の親戚宅の話と話題は尽きない。市外電話なのに1時間くらい話しただろうか。
これで2人と連絡がついた。残る1人は、年賀状が来なかった。多分家に不幸があったと思われる。寒中見舞いに皆で会いたい旨、書いたのでその返事を待つことにしよう。
それにしても、と思う。エレクトーンを習っていた頃はまだ20代と若かった。今朝の話でも「20代だったよね」と聞かれて…。彼女も大学を卒業したばかりでとっても笑顔が可愛かった。
その後、13年前に4人で彼女の家に出かけて楽しく遊んだ。皆、それぞれ立派な母親になっていろいろと活動している。今朝の人は家にエレクトーンの先生に来てもらって継続して習い、もう一人はドイツリートをやり、連絡を待ってる人は原爆資料館で英語のボランティアガイドをやっている。会って話せばもっといろいろやってるだろう。それを聞くのも楽しみだ。
そしてまた思う。いくら母親になっても皆、夢を追いかけているなあと。電話で話して、いつまでも好きなことを追いかけ続けているのがよくわかる。それは聞いていても気持がいい。
その3人とは少しばかり軌道から外れた私だが…。
〇〇子ちゃん、今朝は電話ありがとう!近いうち4人で必ず会おうね!とっても楽しみにしています!
2012年1月8日日曜日
ブログ投稿から
小寒になった。さすがに明け方は寒い。それでも日中は日が差して暖かい。遅い眠りから覚め、朝食をおえると一度は自転車に乗って外に出る。
先日ネットで遊んでいると、朝日を浴びるとよく眠れるとか。これを知って妙に納得。おかげでよく眠れるはず。
一度家に帰りパソコンで遊ぶ。今日気がついたことがあった。我がブログに投稿しようすると、どこか触ったのかこれまで見たこともない画面が現れた。その画面には「ガジェットの編集」が何箇所もある。先日、「ブログをモット魅力的に」の画面が出て意味がわからなかった。それが今日の画面でやっとわかる。すぐにその画面を編集すると「ページビューの合計」と「人気の投稿」が編集できた。
たかがブログと思う。だがその機能はすばらしい!他にもいろんな機能があるのだろう。今はここまでの利用で由としよう。
午後、図書館へ予約の本を取りに再度外に出る。家を出たところで近所の人と出くわす。話をしているとその家族はハワイと縁があるという。その娘さんはハワイの人と結婚し、そのお姉さんもハワイの人と結婚しているという。その人の実家は山口。山口と広島はハワイへ行った人が多い。その家はまさにその典型だ。
その人はハワイと縁があってもなかなか行かれないとぼやく。昨年舅を看取り、今は姑さんの介護があるという。介護といえば昨年まで長年の経験済み。だがそれは実の母。姑ではない。その辺りの隔たりは実感として沸かない。
ともあれ、いやいやながらの介護では看る者の体にいいことはない。近所の人が話していても何か自分のことを言われているように感じるとか、さらに一日中食事を作っていると愚痴る。気の毒に思う。自分の時間がないとも…。
時間は皆同じように与えられている。同じ介護でも我が立場と嫁の立場の違いを見せ付けられた気がした。
「暇ができたら一緒に遊ぼう」といって別れる。「そういってもらうと嬉しい!」といってくれたが…。
気を取り直して図書館に行く。図書館で一人思う。どんなに介護で忙しくても図書館に出かけていた、と。また一日一度は自転車で家を出て外の空気を吸っていた、と。それを人に当てはめることはできない…。
先日ネットで遊んでいると、朝日を浴びるとよく眠れるとか。これを知って妙に納得。おかげでよく眠れるはず。
一度家に帰りパソコンで遊ぶ。今日気がついたことがあった。我がブログに投稿しようすると、どこか触ったのかこれまで見たこともない画面が現れた。その画面には「ガジェットの編集」が何箇所もある。先日、「ブログをモット魅力的に」の画面が出て意味がわからなかった。それが今日の画面でやっとわかる。すぐにその画面を編集すると「ページビューの合計」と「人気の投稿」が編集できた。
たかがブログと思う。だがその機能はすばらしい!他にもいろんな機能があるのだろう。今はここまでの利用で由としよう。
午後、図書館へ予約の本を取りに再度外に出る。家を出たところで近所の人と出くわす。話をしているとその家族はハワイと縁があるという。その娘さんはハワイの人と結婚し、そのお姉さんもハワイの人と結婚しているという。その人の実家は山口。山口と広島はハワイへ行った人が多い。その家はまさにその典型だ。
その人はハワイと縁があってもなかなか行かれないとぼやく。昨年舅を看取り、今は姑さんの介護があるという。介護といえば昨年まで長年の経験済み。だがそれは実の母。姑ではない。その辺りの隔たりは実感として沸かない。
ともあれ、いやいやながらの介護では看る者の体にいいことはない。近所の人が話していても何か自分のことを言われているように感じるとか、さらに一日中食事を作っていると愚痴る。気の毒に思う。自分の時間がないとも…。
時間は皆同じように与えられている。同じ介護でも我が立場と嫁の立場の違いを見せ付けられた気がした。
「暇ができたら一緒に遊ぼう」といって別れる。「そういってもらうと嬉しい!」といってくれたが…。
気を取り直して図書館に行く。図書館で一人思う。どんなに介護で忙しくても図書館に出かけていた、と。また一日一度は自転車で家を出て外の空気を吸っていた、と。それを人に当てはめることはできない…。
2012年1月7日土曜日
新しい時代が来る!?
今朝の地元紙を読んでいると、いい記事が掲載されていた。文化欄に東大名誉教授の見田宗介氏が年始インタビューに答えている。
今年は「新しい時代」が到来して「心の成熟が問われる時代」だという。
昨年日本を訪問したブータン国王に対して日本人の多くが共感した。1970年代、前ブータン国王が提唱した国民総幸福量は日本の経済成長期である。その頃、それはほとんど関心がもたれていなかった。それが最近、多くの報道もあって日本人の共感を呼び、日本人の感覚も大きく変化しているという。
3.11後、人間の幸福とは何かを根本に立ち返って考えざるを得なかった。そのうえで、健康、愛情、自然が基本的に大事なことだとする。
貧しい時代、健康を保つために経済成長を必要とした。だがそれも成長し続けると人間も死にいたるように、環境を破壊し放射能も撒き散らす事態になる。
そうならないため成長した大人に必要な成長は、精神的な成熟や心の深さだという。美術や文学、歌やデザインなどのアートの領域は資源も浪費せず、自然環境も破壊せず持続可能なのだ、と。
近代から続いている成長神話という狂気に目覚めよと警告する。そうすれば持続可能な世界が永遠に発展し続けると。
年齢だけは大人として成長している。だが精神的にはまだまだそこまで至らない。物質的なものを求めずして精神的に成長せよということだろう。新聞を読んで理解できても実行は伴ないそうにない。初詣の帰りにもデパートに寄って服などいろいろと買ってしまった。まだまだモノに貪欲だ。アートの領域だけで満足する!?それは到底無理…。
こんなこといってたら新聞を読んだ価値がない!?せめてこの人の本を読むことにしよう。図書館で『社会学入門』を予約したけど…。
今年は「新しい時代」が到来して「心の成熟が問われる時代」だという。
昨年日本を訪問したブータン国王に対して日本人の多くが共感した。1970年代、前ブータン国王が提唱した国民総幸福量は日本の経済成長期である。その頃、それはほとんど関心がもたれていなかった。それが最近、多くの報道もあって日本人の共感を呼び、日本人の感覚も大きく変化しているという。
3.11後、人間の幸福とは何かを根本に立ち返って考えざるを得なかった。そのうえで、健康、愛情、自然が基本的に大事なことだとする。
貧しい時代、健康を保つために経済成長を必要とした。だがそれも成長し続けると人間も死にいたるように、環境を破壊し放射能も撒き散らす事態になる。
そうならないため成長した大人に必要な成長は、精神的な成熟や心の深さだという。美術や文学、歌やデザインなどのアートの領域は資源も浪費せず、自然環境も破壊せず持続可能なのだ、と。
近代から続いている成長神話という狂気に目覚めよと警告する。そうすれば持続可能な世界が永遠に発展し続けると。
年齢だけは大人として成長している。だが精神的にはまだまだそこまで至らない。物質的なものを求めずして精神的に成長せよということだろう。新聞を読んで理解できても実行は伴ないそうにない。初詣の帰りにもデパートに寄って服などいろいろと買ってしまった。まだまだモノに貪欲だ。アートの領域だけで満足する!?それは到底無理…。
こんなこといってたら新聞を読んだ価値がない!?せめてこの人の本を読むことにしよう。図書館で『社会学入門』を予約したけど…。
2012年1月6日金曜日
宿のカタログから
暮れに市内のホテルに投宿した。そのホテルを予約した会社から宿のカタログが送られてきた。
そのカタログの宿泊地域は中国、四国の地方版。午前中、幼馴染と送付されてきたカタログについて話す。すると、それを利用して松江に一緒に行こうという。松江は4月の終わりでまだ先の話。それなのに、必ず松江について行くという。
新年6日目。今朝はそのカタログを見ては遊ぶことばかり考える。だがこのカタログ、安い割には唯一欠点がある。一人で宿泊可能の設定がほとんどない。これは残念!すべて一流のホテルや宿なのに…。
その点、海外ツアーなどは以前に比べて一人の設定が増えている。国内はバスツアーの参加者が多い。そのため今日送られたカタログには一人で泊まれる設定が少ないのだろうか。
いくら旅好きでも、国内のバスツアーは余り好きでない。とはいっても一人でバスに乗ってどこまでも行くのは好き。だがバスツアーは考えてしまう。それはなぜ!?
それにしても、と思う。以前海外に出かけていた頃は、何社からも旅のカタログが送られていた。今はカタログは1社のみ。年賀状も相変わらず日本特殊旅行だけ。世の中の移り変わりを感じる。これから動き出すとまたいろいろ送付されるかもしれない。というよりも今はネットの時代。もうどんなカタログも必要ない!?
そのカタログの宿泊地域は中国、四国の地方版。午前中、幼馴染と送付されてきたカタログについて話す。すると、それを利用して松江に一緒に行こうという。松江は4月の終わりでまだ先の話。それなのに、必ず松江について行くという。
新年6日目。今朝はそのカタログを見ては遊ぶことばかり考える。だがこのカタログ、安い割には唯一欠点がある。一人で宿泊可能の設定がほとんどない。これは残念!すべて一流のホテルや宿なのに…。
その点、海外ツアーなどは以前に比べて一人の設定が増えている。国内はバスツアーの参加者が多い。そのため今日送られたカタログには一人で泊まれる設定が少ないのだろうか。
いくら旅好きでも、国内のバスツアーは余り好きでない。とはいっても一人でバスに乗ってどこまでも行くのは好き。だがバスツアーは考えてしまう。それはなぜ!?
それにしても、と思う。以前海外に出かけていた頃は、何社からも旅のカタログが送られていた。今はカタログは1社のみ。年賀状も相変わらず日本特殊旅行だけ。世の中の移り変わりを感じる。これから動き出すとまたいろいろ送付されるかもしれない。というよりも今はネットの時代。もうどんなカタログも必要ない!?
2012年1月5日木曜日
「プラスとマイナスの生活」~挫折から立ち上がる~
今日は広島経済大学の2回目の特別講義を聞きに行く。
大学近くのJR駅に降りると地面に雪が残っている。それは屋根にも。住んでいる町に雪は降っていない。明け方寒くても日中は太陽が燦燦と差していた。同じ市内でもその温度差はかなりあると雪を見て感じる。
前回、講義間際に会場に入った。そのため遅刻厳禁と言い渡される。今日は早めに家を出る。大学に着くと正月5日なのに学生で溢れかえっている。3年前まで通っていた大学は10日過ぎから授業は始まったと思う。ところが最近は1期15回の講義が祭日などで足らなくなると国から厳しい通達があるとか。3年の間にこうも変わるのかと思った。4月から通学する予定なので余計気になる。
講義が始まるまでカフェに入る。学生に混じって昼食。だがその要領がわからない。何度も学生に聞いてやっと食事に…。3年前まで通っていた大学の学食はこの大学と比べられないほどの広さ。その場所も各学部ごとにある。そのため、かなり勇気を出さないと学食にありつけない。院生時代は食事は学食でなく大学内のレストランへ行っていた。そのときは若い大学生を誘ったり、社会人の人と一緒に食事をした。とはいっても学部時代は広い大学内の決めた場所(川が流れ、花が咲き乱れる大きな松の木の下)に行って弁当をたべながら情報交換して…。
今日はカフェで昼食。横には中国人留学生が…。食事後、会場へ移動。
今日の講師は川村妙慶という人。京都の真宗大谷派のお坊さんとか。大学の名に「経」がついている。この文字とお経の「経」を重ねて話を進める。今日のテーマは「プラスとマイナスの生活」~挫折から立ち上がる~。
話の中で2つ気に入った言葉がある。
1つは「正」、そして2つ目は「三毒」。
「正」は「一」度立ち「止」まってスタートすると「正」とか。よく、迷ったときは「原点に戻れ」といわれる。まさにこのことだと聞いて思う。
「三毒」は煩悩、貪欲、瞋恚(しんい、怒りのこと)。この3つを発すると体から毒が出るから病気になると聞いたことがある。
今日のテーマのプラス・マイナスについていわゆる「世間」(娑婆)がプラス・マイナスを比べる世界。だからその「世間」から出ることが「出世」であり、それは「世間の常識に流されない人」だという。この出世こそが「仏の教え」だというのである。
今日の講演は前半は僧侶らしく仏教の話、後半は講演者自身のことからそのテーマを話す。
講演者の自宅はお寺。その寺の住職である父親が高校生のとき亡くなる。その時大勢いた門徒はいなくなる。残された兄と妹。妹とは今日の講演者。兄は引きこもり、妹はアナウンサーや芸能活動をしながら僧侶に。その後、出身地の門司に帰ると、TVクルーがその妹宅をTVで放映する。それを見た元門徒が寺の再建を試み,その寺の門徒に戻る。時に兄も僧侶となり、寺は元のようになっていく…という話。すなわちそれが「プラスとマイナスの生活」で挫折から立ち上がったというわけ。
話を聞いていて今一歩、感動が沸いてこない。来週はさてさて…。
大学近くのJR駅に降りると地面に雪が残っている。それは屋根にも。住んでいる町に雪は降っていない。明け方寒くても日中は太陽が燦燦と差していた。同じ市内でもその温度差はかなりあると雪を見て感じる。
前回、講義間際に会場に入った。そのため遅刻厳禁と言い渡される。今日は早めに家を出る。大学に着くと正月5日なのに学生で溢れかえっている。3年前まで通っていた大学は10日過ぎから授業は始まったと思う。ところが最近は1期15回の講義が祭日などで足らなくなると国から厳しい通達があるとか。3年の間にこうも変わるのかと思った。4月から通学する予定なので余計気になる。
講義が始まるまでカフェに入る。学生に混じって昼食。だがその要領がわからない。何度も学生に聞いてやっと食事に…。3年前まで通っていた大学の学食はこの大学と比べられないほどの広さ。その場所も各学部ごとにある。そのため、かなり勇気を出さないと学食にありつけない。院生時代は食事は学食でなく大学内のレストランへ行っていた。そのときは若い大学生を誘ったり、社会人の人と一緒に食事をした。とはいっても学部時代は広い大学内の決めた場所(川が流れ、花が咲き乱れる大きな松の木の下)に行って弁当をたべながら情報交換して…。
今日はカフェで昼食。横には中国人留学生が…。食事後、会場へ移動。
今日の講師は川村妙慶という人。京都の真宗大谷派のお坊さんとか。大学の名に「経」がついている。この文字とお経の「経」を重ねて話を進める。今日のテーマは「プラスとマイナスの生活」~挫折から立ち上がる~。
話の中で2つ気に入った言葉がある。
1つは「正」、そして2つ目は「三毒」。
「正」は「一」度立ち「止」まってスタートすると「正」とか。よく、迷ったときは「原点に戻れ」といわれる。まさにこのことだと聞いて思う。
「三毒」は煩悩、貪欲、瞋恚(しんい、怒りのこと)。この3つを発すると体から毒が出るから病気になると聞いたことがある。
今日のテーマのプラス・マイナスについていわゆる「世間」(娑婆)がプラス・マイナスを比べる世界。だからその「世間」から出ることが「出世」であり、それは「世間の常識に流されない人」だという。この出世こそが「仏の教え」だというのである。
今日の講演は前半は僧侶らしく仏教の話、後半は講演者自身のことからそのテーマを話す。
講演者の自宅はお寺。その寺の住職である父親が高校生のとき亡くなる。その時大勢いた門徒はいなくなる。残された兄と妹。妹とは今日の講演者。兄は引きこもり、妹はアナウンサーや芸能活動をしながら僧侶に。その後、出身地の門司に帰ると、TVクルーがその妹宅をTVで放映する。それを見た元門徒が寺の再建を試み,その寺の門徒に戻る。時に兄も僧侶となり、寺は元のようになっていく…という話。すなわちそれが「プラスとマイナスの生活」で挫折から立ち上がったというわけ。
話を聞いていて今一歩、感動が沸いてこない。来週はさてさて…。
2012年1月4日水曜日
三箇日が過ぎて
穏やかな新年を迎えた。ブログのデザインも一新。すべてを新たな気持というよりも昨日に続く今日であるように、と願う。そして元気で楽しくをモットーに、よく遊び、よく学んで毎日を過ごしたい!これがささやかな今年の希望。
お正月3日間、お天気にも恵まれた。これまで行ったことがないところへも初詣に行った。墓参りもすませ…。これで気持の上では元気な1年がおくれそう。
昨日、午後4時過ぎ、姪からのメールを受け取る。「無事ネパールから帰ったよ!」と。すぐに携帯電話にTELすると姪の開口一番「貧しい国じゃね。国民は幸せなんかね」。「ブータンと同じかね」と私。
残念ながらネパールには行ったことがない。ネパールに行った人の話を聞くと貧しくて汚い国と聞いたことがある。でもブータンは貧しい国とは思わない。その点、ネパールとは違うかも…。
成田発で行ったと思ったら関空にいるという。お正月にツアーに参加したことがなかったのか、「すごい人たちが参加していたよ」と興奮気味にその人たちの職業を口にする。
働いていた時、ツアーの参加はお正月、お盆、GW。いわゆる休暇のときなので職業のいろいろな人と知り合った。姪もさまざまな人と仲良くなったと電話で話していた。楽しかったとも…。
旅行で知り合った人といえば、今年届いた年賀状にもたくさんいる。一番初めに行った26年前の中国旅行のときの人は京都の大学の先生。当時、共に同じ大学の先生という親子が参加されていた。その人とは学会で広島に来られたとき会ったことがある。教員生活46年目の今年、3度めの定年を迎えると面白く書いてあった。お父さんは既に亡くなられている。
次に古い人はシルクロードに行ったときの福岡と愛媛の人。福岡の人は親子3人で参加されていた。お父さんは10年位前に亡くなられ、お母さんと息子さんは健在。この親子には今でも親切にしていただく。お母さんはさすがにかなりの年齢になられた。それなのにいつも気を使って電話してくださる。まだ母が亡くなった事を知らせていない。寒中見舞いで知らせると驚かれることだろう。この親子3人とは福岡、下関、阿蘇山、山口、広島と何度も互いに会っている。阿蘇山では草千里で馬に乗せてもらったりした。この新年には家で実った珍しいかんきつ類を送ってくださると年賀状に書いてあった。母がいなくなった。このお母さんには長生きして欲しい!私のお手本となるような素晴らしい方。
シルクロードに行ったのは映画「敦煌」が撮影中のときだった。日本の撮影クルーとトルファンのぶどう棚の下で民族舞踊を見たり一緒に写真も撮ったりした。なんといってもツアーの人たちは皆大酒のみ。夕食後はひと部屋に集合して毎晩宴会のように楽しく過ごした。一緒に参加した「お澄ちゃん」今どうしているんだろう。
愛媛の人は男3人で参加。彼らは同じ職場の人。私も「お澄ちゃん」と2人でツアーに参加。その友人と愛媛の新居浜に遊びに行ったこともあった。他の2人はどうされてるのだろう。そして敦煌で買った50センチ平方のでっかい亀の硯は今どうなってるんだろう。今年、年賀状をもらった人とも3人で広島で会ったこともある。たまに電話をもらう。この人も母のことを気にしてくださる。寒中見舞いで知らせるので驚かれるだろう。昨年秋、長年勤めた会社を退職されたとか。
他にもソ連に行ったときの東京の人。浅草に住んでいる某会社の社長さん。毎年海外に行かれている。1昨年母親を亡くされた。今年の年賀状には行った先が書いてない。旅行でビデヲを送られたのはこの人が最初。
さらにチベットで一緒だった福岡の女性。この人も毎年のように海外の話題が書いてある。今年の年賀状には書いてない。チベットは今まで行った旅の中でも最も大変なところ。高山病で這ってホテル中を歩き、やっとベッドに着いて2日ダウン。旅行中、高山病になるためアルコール類はご法度。それなのに旅慣れた人は、その警告を無視。旅行中、高山病で全く観光できない人もいた。
旅行で知り合った人は他にもまだまだいる。皆、長い付き合いになった。もちろん亡くなった方も何人かいる。
姪のネパールの帰国と年賀状から古いことを思い出してしまった。これも年賀状のよいところなのだろう。
やはりお正月は年賀状。それに替えて出す寒中見舞いのハガキ。これを書くのもあんまり楽しいものじゃない。受け取る人はどうなんだろう!?ふとそう思う!
お正月3日間、お天気にも恵まれた。これまで行ったことがないところへも初詣に行った。墓参りもすませ…。これで気持の上では元気な1年がおくれそう。
昨日、午後4時過ぎ、姪からのメールを受け取る。「無事ネパールから帰ったよ!」と。すぐに携帯電話にTELすると姪の開口一番「貧しい国じゃね。国民は幸せなんかね」。「ブータンと同じかね」と私。
残念ながらネパールには行ったことがない。ネパールに行った人の話を聞くと貧しくて汚い国と聞いたことがある。でもブータンは貧しい国とは思わない。その点、ネパールとは違うかも…。
成田発で行ったと思ったら関空にいるという。お正月にツアーに参加したことがなかったのか、「すごい人たちが参加していたよ」と興奮気味にその人たちの職業を口にする。
働いていた時、ツアーの参加はお正月、お盆、GW。いわゆる休暇のときなので職業のいろいろな人と知り合った。姪もさまざまな人と仲良くなったと電話で話していた。楽しかったとも…。
旅行で知り合った人といえば、今年届いた年賀状にもたくさんいる。一番初めに行った26年前の中国旅行のときの人は京都の大学の先生。当時、共に同じ大学の先生という親子が参加されていた。その人とは学会で広島に来られたとき会ったことがある。教員生活46年目の今年、3度めの定年を迎えると面白く書いてあった。お父さんは既に亡くなられている。
次に古い人はシルクロードに行ったときの福岡と愛媛の人。福岡の人は親子3人で参加されていた。お父さんは10年位前に亡くなられ、お母さんと息子さんは健在。この親子には今でも親切にしていただく。お母さんはさすがにかなりの年齢になられた。それなのにいつも気を使って電話してくださる。まだ母が亡くなった事を知らせていない。寒中見舞いで知らせると驚かれることだろう。この親子3人とは福岡、下関、阿蘇山、山口、広島と何度も互いに会っている。阿蘇山では草千里で馬に乗せてもらったりした。この新年には家で実った珍しいかんきつ類を送ってくださると年賀状に書いてあった。母がいなくなった。このお母さんには長生きして欲しい!私のお手本となるような素晴らしい方。
シルクロードに行ったのは映画「敦煌」が撮影中のときだった。日本の撮影クルーとトルファンのぶどう棚の下で民族舞踊を見たり一緒に写真も撮ったりした。なんといってもツアーの人たちは皆大酒のみ。夕食後はひと部屋に集合して毎晩宴会のように楽しく過ごした。一緒に参加した「お澄ちゃん」今どうしているんだろう。
愛媛の人は男3人で参加。彼らは同じ職場の人。私も「お澄ちゃん」と2人でツアーに参加。その友人と愛媛の新居浜に遊びに行ったこともあった。他の2人はどうされてるのだろう。そして敦煌で買った50センチ平方のでっかい亀の硯は今どうなってるんだろう。今年、年賀状をもらった人とも3人で広島で会ったこともある。たまに電話をもらう。この人も母のことを気にしてくださる。寒中見舞いで知らせるので驚かれるだろう。昨年秋、長年勤めた会社を退職されたとか。
他にもソ連に行ったときの東京の人。浅草に住んでいる某会社の社長さん。毎年海外に行かれている。1昨年母親を亡くされた。今年の年賀状には行った先が書いてない。旅行でビデヲを送られたのはこの人が最初。
さらにチベットで一緒だった福岡の女性。この人も毎年のように海外の話題が書いてある。今年の年賀状には書いてない。チベットは今まで行った旅の中でも最も大変なところ。高山病で這ってホテル中を歩き、やっとベッドに着いて2日ダウン。旅行中、高山病になるためアルコール類はご法度。それなのに旅慣れた人は、その警告を無視。旅行中、高山病で全く観光できない人もいた。
旅行で知り合った人は他にもまだまだいる。皆、長い付き合いになった。もちろん亡くなった方も何人かいる。
姪のネパールの帰国と年賀状から古いことを思い出してしまった。これも年賀状のよいところなのだろう。
やはりお正月は年賀状。それに替えて出す寒中見舞いのハガキ。これを書くのもあんまり楽しいものじゃない。受け取る人はどうなんだろう!?ふとそう思う!
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