午前中は都市ガスの人が来ると連絡がある。待っていると10時に点検にやってきた。すぐにそれも終わると買い物に出かけた。
家を一歩出ると秋祭りも本番とあって祭りの号砲が打ち上げられたり、神輿、獅子、鬼が集会所周辺に集まりにぎやかだ。当然大人も子供も集まってくる。
その横を通って自転車で外に出た。
お昼からは近くの人が鬼を見にやってきた。ところが鬼は午後になると神社で舞う獅子の奉納についていく。そのため全くその姿を現さない。結局その人は鬼を見ることが出来なかった。
祭りといえばその人の住む地区では同じ町内でも御幣をさげないという。この御幣、集会所にいた人にその名を教えてもらってはじめて知った。
縄に挟んだ御幣は町内会から各家に配られ家の周りを囲む。我が家もそれをしないといけないがこの何年かは全くやっていない。これも多分魔よけの神事であると思うのだが…。
その人の住む町内会は御幣のかわりに奉納と書かれた旗をあちこちに立てていた。その人によると、それを世話する人がいないからではないかという。その人もお世話が出来ないから町内会を脱退したといっていた。
我が家も3月まで町内会の当番だった。1年間といっても親を介護しながら町内会の世話は大変だ。脱退したい気持ちもよくわかる。
祭りも終わってその人と一緒にパソコンを見ているとメールが入っていた。先日ブータンに関するメールを送った人からである。
大学に勤務するその人によるとブータンの国王の結婚式の報道は新聞全紙に載ったという。また国王后は庶民からといわれているがそうではなくかなりの家らしい。またその模様は大フィーヴァーだとか。
国王の日本訪問についてその人のメールを勝手に引用させてもらう。
「王様は当初5月に来日の予定でしたが、震災のために延期になってました。ひとりで来るはずだったのが、新婚旅行になったわけで大歓迎、素敵ですね。しかも来月??急な話なので、われわれが出席できるようなレセプションはできるのかな。…」
いずれにしてもブータンの国王夫妻が来日すればその情報も入るだろう。
久しぶり今夜は静かな夜になりそうだ。
2011年10月16日日曜日
2011年10月15日土曜日
秋祭り
今日と明日は地元の秋祭り。土曜日というのに朝早くから子供たちの声がにぎやかだ。
我が家の前には町内の2つの地区の集会所と小学校がある。行事がある日は朝からにぎやかだ。特に今朝は秋祭りとあって子供神輿と獅子と鬼を追っかける子供たちの声がする。
獅子は最終日地元の神社で舞を舞う。そのため祭りの1ヶ月前から夜毎練習を繰り広げる。
祭り本番前の今日、獅子は地区の家を一軒ずつ舞って歩く。昔からの家は座敷に上がって舞ってもらう。その獅子のうしろのすそを持つ子供たちや笛やシンバルを鳴らす大人も共に歩く。今、午後8時過ぎ。我が家の前をとおって獅子舞はよその家に行った。遅い時間まで各家を舞って歩く。小さい子供たちもほんとにご苦労さんだ。
誰もが獅子のうしろを持つことはできない。いくら遅くなってもそれが出来ることは子供にとって喜ばしいことかもしれない。
ともあれ、朝から家の周辺はにぎやかだ。
午後、近くの人が逃避しに来るようにとTELしてくれた。祭りの喧騒から逃れるように夕方まで友人宅にいた。
それなのにまだ獅子はやってこない。獅子が我が家の玄関前で舞い終わるまで家の中でじっと我慢の子だ。いつ来るかとお金を用意して待っている。
ブログを書いていると家の外が静かになった。出てみると雨が降っている。今夜は獅子は来そうにない。
それにしても田舎だなあと思う。近くの人の地区は同じ町内でも祭りらしさは何もない。明日はその鬼を見に我が家に来るとその人はいってたが…。
我が家の前には町内の2つの地区の集会所と小学校がある。行事がある日は朝からにぎやかだ。特に今朝は秋祭りとあって子供神輿と獅子と鬼を追っかける子供たちの声がする。
獅子は最終日地元の神社で舞を舞う。そのため祭りの1ヶ月前から夜毎練習を繰り広げる。
祭り本番前の今日、獅子は地区の家を一軒ずつ舞って歩く。昔からの家は座敷に上がって舞ってもらう。その獅子のうしろのすそを持つ子供たちや笛やシンバルを鳴らす大人も共に歩く。今、午後8時過ぎ。我が家の前をとおって獅子舞はよその家に行った。遅い時間まで各家を舞って歩く。小さい子供たちもほんとにご苦労さんだ。
誰もが獅子のうしろを持つことはできない。いくら遅くなってもそれが出来ることは子供にとって喜ばしいことかもしれない。
ともあれ、朝から家の周辺はにぎやかだ。
午後、近くの人が逃避しに来るようにとTELしてくれた。祭りの喧騒から逃れるように夕方まで友人宅にいた。
それなのにまだ獅子はやってこない。獅子が我が家の玄関前で舞い終わるまで家の中でじっと我慢の子だ。いつ来るかとお金を用意して待っている。
ブログを書いていると家の外が静かになった。出てみると雨が降っている。今夜は獅子は来そうにない。
それにしても田舎だなあと思う。近くの人の地区は同じ町内でも祭りらしさは何もない。明日はその鬼を見に我が家に来るとその人はいってたが…。
2011年10月14日金曜日
ブログから…
今日は一日雨。それでも午前中は小雨だったので自転車で買い物に行く。午後は歩いて予約していた本を借りに図書館に出かける。雨なので本を借りるとすぐに家に帰った。
今日の予定は晴れていたら県立美術館の「ウクライナの至宝展」に行くつもりだった。雨なのでそれは後日に行くことにして、家で本を読んだり、フルートの練習をして大人しく過ごした。だが、時間をもてあます。そういう時はパソコンで遊ぶ。そして人のブログを読ませてもらったりする。
先ほど先日聴きにいった古澤巌のブログを拝見していると「呉公演」と題してたった3行書いてあった。ここに勝手に一部を引用させてもらうと、
「贅沢に全ての壁が木で被われている、とても音響の良いホール。
この度のツアーでは二度目の広島。明るく、凄く盛り上がる。楽しいコンサートを、いつもありがとう。」
と書いてある。
呉市文化ホールに行った人はよく音響効果が良いという。公演の始めに演奏者2人も言っていた。ブログにも書いてるくらいだから本当に音響が良いのだろう。広島では廿日市市の「さくらぴあ」も良い。その点、市内のホールは…。
ブログといえば、便利な機能も多い。我がブログの気に入ってる機能はタイトルのほかにカテゴリーを表示できる。そのカテゴリーをクリックすると瞬時に項目ごとにジャンル分けできる。それは本当にすばらしい。無料で投稿させてもらってさらに書いた項目の分類もできて…。
その中でも我が「本」のカテゴリーは読んだ本がすぐわかる。そのためわざわざ読書ノートのようなモノを作らなくてもその機能で充分だ。
だが、読書に関しては読んだ本すべてをブログに投稿すると、全人格が出るようで怖い。そこで今日気づいたことがあった。
これまで本のカテゴリーでブログに載せたくないものはワードに書いて保存していた。それを今日からはブログの「下書き」にしておくとブログに反映されないことがわかった。
いつも思うのだけど利用しているブログのGoogleはどうやって利益を得ているのだろう。世界一の検索機能のGoogleだが…。広告収入だろうと思うけど、我がブログは何にもそのような効果はない…。
まあ、あんまり考えずGoogleのお世話になればよいのかも…。
今日の予定は晴れていたら県立美術館の「ウクライナの至宝展」に行くつもりだった。雨なのでそれは後日に行くことにして、家で本を読んだり、フルートの練習をして大人しく過ごした。だが、時間をもてあます。そういう時はパソコンで遊ぶ。そして人のブログを読ませてもらったりする。
先ほど先日聴きにいった古澤巌のブログを拝見していると「呉公演」と題してたった3行書いてあった。ここに勝手に一部を引用させてもらうと、
「贅沢に全ての壁が木で被われている、とても音響の良いホール。
この度のツアーでは二度目の広島。明るく、凄く盛り上がる。楽しいコンサートを、いつもありがとう。」
と書いてある。
呉市文化ホールに行った人はよく音響効果が良いという。公演の始めに演奏者2人も言っていた。ブログにも書いてるくらいだから本当に音響が良いのだろう。広島では廿日市市の「さくらぴあ」も良い。その点、市内のホールは…。
ブログといえば、便利な機能も多い。我がブログの気に入ってる機能はタイトルのほかにカテゴリーを表示できる。そのカテゴリーをクリックすると瞬時に項目ごとにジャンル分けできる。それは本当にすばらしい。無料で投稿させてもらってさらに書いた項目の分類もできて…。
その中でも我が「本」のカテゴリーは読んだ本がすぐわかる。そのためわざわざ読書ノートのようなモノを作らなくてもその機能で充分だ。
だが、読書に関しては読んだ本すべてをブログに投稿すると、全人格が出るようで怖い。そこで今日気づいたことがあった。
これまで本のカテゴリーでブログに載せたくないものはワードに書いて保存していた。それを今日からはブログの「下書き」にしておくとブログに反映されないことがわかった。
いつも思うのだけど利用しているブログのGoogleはどうやって利益を得ているのだろう。世界一の検索機能のGoogleだが…。広告収入だろうと思うけど、我がブログは何にもそのような効果はない…。
まあ、あんまり考えずGoogleのお世話になればよいのかも…。
2011年10月13日木曜日
ブータン国王の結婚
NHKの午後7時と9時のニュースでブータンの第5代国王の結婚式の模様が放映された。
ブータンといえばすぐに思い出す人がいる。その人に早速その報告を兼ねてメールを送った。メールを送る際、メールアドレスがわからなくなっていたので、今年戴いた年賀状を見た。メールアドレスの書いてある下に、手書きで「今秋ブータン国王(もちろん第5代)が来日される情報が入りました」と書いてある。
7時のニュースで来月国王夫妻は新婚旅行を兼ねて来日されると放送していた。
さすがにそう年賀状で知らせてくれた人は青年海外協力隊でブータンにいっただけあって来日の情報も早い!
9時のニュースではブータンの現在の様子が放映された。
ブータンに行ったのは1993年。その映像を見るとだいぶ以前と様子が違っている。それでもキラなどの民族衣装は今でも着用されている。
国民の幸福を追いけるブータンもニュースではその「幸福度」を図るものさしの難しさを伝えていた。経済優先がブータンにも押し寄せているのかもしれない。18年前に行ったとき、ブータンに入国できる外国人の数も年間3000人くらいだったと思う。それが今は10万人に増やそうとしているという。宿泊料金もシンガポール資本で建設されたホテルは外国の富裕層をターゲットにして1泊900ドルという。日本円に換算すると7万円前後になる。
ひろしまアジア大会でブータンを応援したときのメンバーの娘さんはブータンの人と結婚し、ブータンの観光事業で成功していると聞いたことがある。
最近はそのお母さんと連絡を取っていないのでその後の事情はよくわからない…。
メディアは小国ブータンを取り上げた。今日一日だけは日本人の関心もブータンに向いたかもしれない。
今日家に遊びに来た友人が先ほどニュースでブータンをやってるよとTELしてきた。友人も見ていたようだ。
ともあれ国王の結婚はおめでたい!
ブータンといえばすぐに思い出す人がいる。その人に早速その報告を兼ねてメールを送った。メールを送る際、メールアドレスがわからなくなっていたので、今年戴いた年賀状を見た。メールアドレスの書いてある下に、手書きで「今秋ブータン国王(もちろん第5代)が来日される情報が入りました」と書いてある。
7時のニュースで来月国王夫妻は新婚旅行を兼ねて来日されると放送していた。
さすがにそう年賀状で知らせてくれた人は青年海外協力隊でブータンにいっただけあって来日の情報も早い!
9時のニュースではブータンの現在の様子が放映された。
ブータンに行ったのは1993年。その映像を見るとだいぶ以前と様子が違っている。それでもキラなどの民族衣装は今でも着用されている。
国民の幸福を追いけるブータンもニュースではその「幸福度」を図るものさしの難しさを伝えていた。経済優先がブータンにも押し寄せているのかもしれない。18年前に行ったとき、ブータンに入国できる外国人の数も年間3000人くらいだったと思う。それが今は10万人に増やそうとしているという。宿泊料金もシンガポール資本で建設されたホテルは外国の富裕層をターゲットにして1泊900ドルという。日本円に換算すると7万円前後になる。
ひろしまアジア大会でブータンを応援したときのメンバーの娘さんはブータンの人と結婚し、ブータンの観光事業で成功していると聞いたことがある。
最近はそのお母さんと連絡を取っていないのでその後の事情はよくわからない…。
メディアは小国ブータンを取り上げた。今日一日だけは日本人の関心もブータンに向いたかもしれない。
今日家に遊びに来た友人が先ほどニュースでブータンをやってるよとTELしてきた。友人も見ていたようだ。
ともあれ国王の結婚はおめでたい!
2011年10月12日水曜日
『日本の活路』
渡辺利夫、三浦朱門『日本の活路』(海竜社、2009年)を読んだ。これは先日広島で開催された拓殖大学のオープンカレッジでもらったものである。読んでみると先日の渡辺氏の講演内容が更によく理解できた。
『日本の活路』と題されている本だが、その頭には「どうする気鋭対論どうなる」がついている。さらに本の帯の「活路」の周りには「政治力、軍事力、外交力、経済力、教育力」が書いてある。その「五つの国力」から日本の進むべき路とは何かを三浦朱門と渡辺利夫が解き明かし、論じたのが本書である。
まず日本の政治力については三浦の奥さんである曽野綾子は前ペルー大統領フジモリ氏を日本でかくまったことから話し始める。そのときフジモリについて相談した人が渡辺氏という。だが結果的にフジモリは日本を離れペルーに住む。彼は日本人ではなくペルー人だと…。「家」よりも「国」が大事な日本人だというのである。
三浦は渡辺にフジモリについて相談した理由を「日本では外国語を勉強する人は、外交官からはじまって、往々にしてその国のファンになってしまいます。…中国語をやると中国が一番いい国となってしまう。しかし、渡辺先生だけは、国際関係論を学んでも、いつでも基軸が日本にある。朝鮮半島でも中国大陸でも、日本という基軸でものを考えることができる。」という(14-15p)。
30年近く前、初めて中国語を学んだ。三浦のいうように当時は相当中国にのめりこんだ。短波のラジオを買って北京放送を聞いたり、便りを出したり…。その果ては初めての海外である中国旅行から続けて4度も中国ばかり行った。それくらい中国にのぼせていた。だが今では中国を知れば知るほど…。
渡辺は日本の歴史を特徴付ける用語法として「多様性」をあげている(24p)。それは「地方分権的で、多様な、あるいは『多中心的な』社会であったがゆえに、日本の力は非常に強く、しなやかなものになった」と考え、「日本はヨーロッパにも対抗できるような力になり得た」という(25p)。それには明治維新と廃藩置県があった。その辺りは韓国の「ソウルへの一極集中」と違うという。
だが日本が多様な存在から成り立っているという見方も表向きであって、「日本全体を他国と比較してみた場合の決定的に重要な特徴は、それが『同類社会』であったこと」という(36p)。
戦後アメリカが持ち込んだとする日本の民主主義についてそうではないと両者はいう。渡辺は幕末の「公儀輿論」が民主主義の出発点であり、五箇条のご誓文の「万機公論に決すべし」につながるという。この「『万機公論に決すべし』というのは、民主主義、立憲政治の根本ですし、それがさらに枢密院や貴族院の廃止に伴う普通選挙へ、という流れになって日本の近現代史を貫いていきます」(41-42p)と述べ、こうして日本が民主主義化していくプロセスのベースは既に江戸時代にあったという。
冷戦が崩壊後、世界各地で他を抹殺して自分のみが生き延びようという姿がある。旧ユーゴスラビアの7つの国への分裂などがあり、中国も同じく分裂の可能性は大だという(49-50p)。
今の大きさにまで中国の版図を築いたのは大清帝国であり、それをそのまま中華人民共和国が引き継ぎ国家(nation)の観念を導入した(51p)。
その中国は世界の屋根といわれるチベット高原を人民解放軍は完全に制圧しようとするがそれは容易ではないという。すなわち「帝国維持コスト」が掛かりすぎ、それに中国は耐えられなくなるというのである(52p)。
台湾についても「小なりといえども、あれほどの成熟した国、技術力を持った国を同質化しようとする場合のエネルギーには、膨大なものがあります。」と述べている(53p)。だから、中国の分裂という厄介な問題が日本の周辺にはあるという(53p)。
軍事力については今の中国の取っている覇権的行動が政治でいう「フィンランド化」現象であり、東南アジアで起こり始めているという(88p)。
この現象についてはよく知らないので後で調べよう。
その東南アジアは1600年代、世界の物産が行き交う世界的物流の海洋であった。それを上手く表現する言葉として「物を作るのはイギリスと日本、作ったものを売りさばくのはアラビア商人と中国商人」がある(119p)。
その東南アジアを日本は戦後賠償をODAや留学生受け入れで援助した。だから東南アジアの対日好感度は高いらしい(121p)。
そんな日本は政策と思想が貧弱となりポピュリズム(大衆迎合主義)に陥った。そして安全保障という学界は人気がなく、あらまほしき秩序を描きたいという国際関係論とか国際政治学や国際経済学は「東アジア共同体」を中国と一緒にやろうと秀才たちが呼びかけることに警告を促す。それよりもむしろ安全保障の問題を論じて日本は東アジア共同体に飲み込まれるなと警告する(130-131p)。
さらに渡辺は「ポストモダニズム」に対してもその幻想から脱却せよと呼びかける。「アジアの国々に対する日本人の理解を妨げているのは、じつはそういうポストモダニズムの感覚です。アジアというと何となく親近感を覚える。お互いに理解し尊重し合えば日本とアジアの関係はうまくいくと、はなからそう思ってしまう。これこそ異文化理解を妨げる最大の要素です。」と(140p)。
それを表現して渡辺は「『アジアは一つ』(岡倉天心)に対して、『アジアは一つひとつ』、あるいは『アジアは一つずつ』」だと氏の造語で述べている(141p)。
経済力からは中国人のもつものの考え方に対して「権威に対して従順であろうとする傾向がある」という(148p)。それを三浦は何でも他の国のモノをコピーする加工貿易の国だと(149p)。だから渡辺は中国経済脅威論に根拠はないとする(146p)。
教育力からは教育について渡辺は「文章の磨き方」という講座を学部開設以来持っているという。それには「すべての学問は、数学であれ、物理であれ、その元にあるのは表現したり読み取ったりする言語能力だろうと思います。」と言語能力に対する危機意識をもっている(195p)。
渡辺氏は言語能力云々がいえるだろうと思う。これまでも著作物に対していろいろと受賞している人だ。
教育については学界・官界に今も根を張るマルクス主義を非難する(201p)。それについては『新脱亜論』(文藝春秋)で書いたようで早速読みたいと思っている。マルクス主義の発信源は東大らしく、文科省に対しても地方を監督・指導する強い権限を与えよという(208p)。
この本を読んで日本のことを知っていないと改めてよくわかった。それも仕方がない。何といっても体育に次いで歴史が嫌いだったから…。嫌いな歴史でも興味がある時代は近代である。歴史を理解するにはその辺りから読んでいくしかないのかも…と思う。それにしても遅まきながら嫌いだった運動と歴史に目覚め、水泳と中国近代について張り切っている。そう考えるとこれからどんなことに関心が向いていくのかヒトゴトのようにワガコトが楽しみだ。
『日本の活路』と題されている本だが、その頭には「どうする気鋭対論どうなる」がついている。さらに本の帯の「活路」の周りには「政治力、軍事力、外交力、経済力、教育力」が書いてある。その「五つの国力」から日本の進むべき路とは何かを三浦朱門と渡辺利夫が解き明かし、論じたのが本書である。
まず日本の政治力については三浦の奥さんである曽野綾子は前ペルー大統領フジモリ氏を日本でかくまったことから話し始める。そのときフジモリについて相談した人が渡辺氏という。だが結果的にフジモリは日本を離れペルーに住む。彼は日本人ではなくペルー人だと…。「家」よりも「国」が大事な日本人だというのである。
三浦は渡辺にフジモリについて相談した理由を「日本では外国語を勉強する人は、外交官からはじまって、往々にしてその国のファンになってしまいます。…中国語をやると中国が一番いい国となってしまう。しかし、渡辺先生だけは、国際関係論を学んでも、いつでも基軸が日本にある。朝鮮半島でも中国大陸でも、日本という基軸でものを考えることができる。」という(14-15p)。
30年近く前、初めて中国語を学んだ。三浦のいうように当時は相当中国にのめりこんだ。短波のラジオを買って北京放送を聞いたり、便りを出したり…。その果ては初めての海外である中国旅行から続けて4度も中国ばかり行った。それくらい中国にのぼせていた。だが今では中国を知れば知るほど…。
渡辺は日本の歴史を特徴付ける用語法として「多様性」をあげている(24p)。それは「地方分権的で、多様な、あるいは『多中心的な』社会であったがゆえに、日本の力は非常に強く、しなやかなものになった」と考え、「日本はヨーロッパにも対抗できるような力になり得た」という(25p)。それには明治維新と廃藩置県があった。その辺りは韓国の「ソウルへの一極集中」と違うという。
だが日本が多様な存在から成り立っているという見方も表向きであって、「日本全体を他国と比較してみた場合の決定的に重要な特徴は、それが『同類社会』であったこと」という(36p)。
戦後アメリカが持ち込んだとする日本の民主主義についてそうではないと両者はいう。渡辺は幕末の「公儀輿論」が民主主義の出発点であり、五箇条のご誓文の「万機公論に決すべし」につながるという。この「『万機公論に決すべし』というのは、民主主義、立憲政治の根本ですし、それがさらに枢密院や貴族院の廃止に伴う普通選挙へ、という流れになって日本の近現代史を貫いていきます」(41-42p)と述べ、こうして日本が民主主義化していくプロセスのベースは既に江戸時代にあったという。
冷戦が崩壊後、世界各地で他を抹殺して自分のみが生き延びようという姿がある。旧ユーゴスラビアの7つの国への分裂などがあり、中国も同じく分裂の可能性は大だという(49-50p)。
今の大きさにまで中国の版図を築いたのは大清帝国であり、それをそのまま中華人民共和国が引き継ぎ国家(nation)の観念を導入した(51p)。
その中国は世界の屋根といわれるチベット高原を人民解放軍は完全に制圧しようとするがそれは容易ではないという。すなわち「帝国維持コスト」が掛かりすぎ、それに中国は耐えられなくなるというのである(52p)。
台湾についても「小なりといえども、あれほどの成熟した国、技術力を持った国を同質化しようとする場合のエネルギーには、膨大なものがあります。」と述べている(53p)。だから、中国の分裂という厄介な問題が日本の周辺にはあるという(53p)。
軍事力については今の中国の取っている覇権的行動が政治でいう「フィンランド化」現象であり、東南アジアで起こり始めているという(88p)。
この現象についてはよく知らないので後で調べよう。
その東南アジアは1600年代、世界の物産が行き交う世界的物流の海洋であった。それを上手く表現する言葉として「物を作るのはイギリスと日本、作ったものを売りさばくのはアラビア商人と中国商人」がある(119p)。
その東南アジアを日本は戦後賠償をODAや留学生受け入れで援助した。だから東南アジアの対日好感度は高いらしい(121p)。
そんな日本は政策と思想が貧弱となりポピュリズム(大衆迎合主義)に陥った。そして安全保障という学界は人気がなく、あらまほしき秩序を描きたいという国際関係論とか国際政治学や国際経済学は「東アジア共同体」を中国と一緒にやろうと秀才たちが呼びかけることに警告を促す。それよりもむしろ安全保障の問題を論じて日本は東アジア共同体に飲み込まれるなと警告する(130-131p)。
さらに渡辺は「ポストモダニズム」に対してもその幻想から脱却せよと呼びかける。「アジアの国々に対する日本人の理解を妨げているのは、じつはそういうポストモダニズムの感覚です。アジアというと何となく親近感を覚える。お互いに理解し尊重し合えば日本とアジアの関係はうまくいくと、はなからそう思ってしまう。これこそ異文化理解を妨げる最大の要素です。」と(140p)。
それを表現して渡辺は「『アジアは一つ』(岡倉天心)に対して、『アジアは一つひとつ』、あるいは『アジアは一つずつ』」だと氏の造語で述べている(141p)。
経済力からは中国人のもつものの考え方に対して「権威に対して従順であろうとする傾向がある」という(148p)。それを三浦は何でも他の国のモノをコピーする加工貿易の国だと(149p)。だから渡辺は中国経済脅威論に根拠はないとする(146p)。
教育力からは教育について渡辺は「文章の磨き方」という講座を学部開設以来持っているという。それには「すべての学問は、数学であれ、物理であれ、その元にあるのは表現したり読み取ったりする言語能力だろうと思います。」と言語能力に対する危機意識をもっている(195p)。
渡辺氏は言語能力云々がいえるだろうと思う。これまでも著作物に対していろいろと受賞している人だ。
教育については学界・官界に今も根を張るマルクス主義を非難する(201p)。それについては『新脱亜論』(文藝春秋)で書いたようで早速読みたいと思っている。マルクス主義の発信源は東大らしく、文科省に対しても地方を監督・指導する強い権限を与えよという(208p)。
この本を読んで日本のことを知っていないと改めてよくわかった。それも仕方がない。何といっても体育に次いで歴史が嫌いだったから…。嫌いな歴史でも興味がある時代は近代である。歴史を理解するにはその辺りから読んでいくしかないのかも…と思う。それにしても遅まきながら嫌いだった運動と歴史に目覚め、水泳と中国近代について張り切っている。そう考えるとこれからどんなことに関心が向いていくのかヒトゴトのようにワガコトが楽しみだ。
2011年10月11日火曜日
フルートの音色
午後、フルートのレッスンに出かけた。
出かけようとすると来月オランダ、ベルギーへ旅行するという人が我が家にやってきた。レッスンに出かけようとしていたのでしばらく外で立ち話をする。
後1ヶ月足らずで海外に出かけようとしているその人は、少々体の調子が悪いという。我が家に来る前、気になるので内科で血液検査をしてもらったとか。
それを聞いて旅に行けば元気になるよと話すと、そうかもしれないといって少しは安心して…。
いつも会うもう一人も同じ頃電話をかけてきた。企業の病院から公の病院へ正式に替わると…。
2人とも我が年齢よりも若い。一人で頑張っているモノが若い人たちを励ましている!なんだかとても変!皆早く元気を取り戻して…思わずいいたい。
気持ちを変えてフルートのレッスンに出かける。先週から新たな曲である。吹くにはそれほど難しい曲ではない。だが、簡単そうに見えてもどの曲も専門からみればそうではない。どの曲もいかに綺麗な音を出すかが求められる。
今日はその音を出すことで先生の忠告から気づいたことがあった。これは多分いいアイデアだと我ながら思っている。
中国語の発音では有気音と無気音の区別が難しい。「pu」と「bu」のように。例えば「不是(bu shi)いいえ」の「bu」は無気音で「プ」ではなく「ブ」の感じで唇を閉じて力をいれず「プ」と発音する。先生に音出しで注意されてるとき、ふと無気音の発音の要領でフルートの出だしの音を吹くといい感じの音が出ると思った。
レッスン中、それに気づき先生にそう話した。そしてそういう風に吹くとやはりいい音が出た。先生もその感じで…といわれる。
今日からこのやり方で少しでもいい音が出るよう練習しようと思う。
何年も習っているフルートだが思うようにいい音がでない。いくら曲をさらってもいい音が出ないと上達も難しい。いまさら…とも思うが同じ習うならやはりいい音が出るように吹きたい。この1年の課題として、いい音が出せるよう頑張らなくては…。
出かけようとすると来月オランダ、ベルギーへ旅行するという人が我が家にやってきた。レッスンに出かけようとしていたのでしばらく外で立ち話をする。
後1ヶ月足らずで海外に出かけようとしているその人は、少々体の調子が悪いという。我が家に来る前、気になるので内科で血液検査をしてもらったとか。
それを聞いて旅に行けば元気になるよと話すと、そうかもしれないといって少しは安心して…。
いつも会うもう一人も同じ頃電話をかけてきた。企業の病院から公の病院へ正式に替わると…。
2人とも我が年齢よりも若い。一人で頑張っているモノが若い人たちを励ましている!なんだかとても変!皆早く元気を取り戻して…思わずいいたい。
気持ちを変えてフルートのレッスンに出かける。先週から新たな曲である。吹くにはそれほど難しい曲ではない。だが、簡単そうに見えてもどの曲も専門からみればそうではない。どの曲もいかに綺麗な音を出すかが求められる。
今日はその音を出すことで先生の忠告から気づいたことがあった。これは多分いいアイデアだと我ながら思っている。
中国語の発音では有気音と無気音の区別が難しい。「pu」と「bu」のように。例えば「不是(bu shi)いいえ」の「bu」は無気音で「プ」ではなく「ブ」の感じで唇を閉じて力をいれず「プ」と発音する。先生に音出しで注意されてるとき、ふと無気音の発音の要領でフルートの出だしの音を吹くといい感じの音が出ると思った。
レッスン中、それに気づき先生にそう話した。そしてそういう風に吹くとやはりいい音が出た。先生もその感じで…といわれる。
今日からこのやり方で少しでもいい音が出るよう練習しようと思う。
何年も習っているフルートだが思うようにいい音がでない。いくら曲をさらってもいい音が出ないと上達も難しい。いまさら…とも思うが同じ習うならやはりいい音が出るように吹きたい。この1年の課題として、いい音が出せるよう頑張らなくては…。
2011年10月10日月曜日
生姜から…
先週はフルートの発表会をはじめなんとなく忙しく過ごした。そのため世間では3連休だが、昨日は家で大人しく過ごす。
いつも家に来るようにと声をかけてくれる近くの人が昨日我が家にやってきた。2人で話しているとあっという間に外は暗くなる。
一昨日講演会に出かけた帰り、三越の各地の銘菓コーナーによった。新入荷として宮城県の「生姜餅」があった。高知県の生姜と宮城の米を材料に作っている。知人にそれを食べてもらうと美味だという。
「生姜」は毎日といっていいほど口にする。炒め物でも何でも必ず生姜をみじん切りにして入れる。いつ頃から生姜を口にするようになったのかは覚えていない。だが、料理をするときは栄養を考える。その癖が生姜にでるのかもしれない。
栄養というキーワードは6月に会った陶芸家の知人が死語だと笑っていっていた。
誰も皆ダイエットを考え、栄養は考えないというのである。
それもそうかもしれない。だが、年寄りを抱えていたとき「栄養」抜きには生活できなかった。今でもその癖は抜けない。一人だから…と適当に食べるコトだけはしない。
そのおかげで元気だ。昨日我が家に来た人に一般検診の血液検査の結果を見せると驚く。すべては基準値内だ。その人はコレステロール値や血圧などが異常を来たす人が多いというのである。
今日は午後その人宅に出かける。その人は体調を崩している。他人に料理を作って食べてもらうことはほとんどないが、今日は何かを作って持っていこう。さてさて何を…。
いつも家に来るようにと声をかけてくれる近くの人が昨日我が家にやってきた。2人で話しているとあっという間に外は暗くなる。
一昨日講演会に出かけた帰り、三越の各地の銘菓コーナーによった。新入荷として宮城県の「生姜餅」があった。高知県の生姜と宮城の米を材料に作っている。知人にそれを食べてもらうと美味だという。
「生姜」は毎日といっていいほど口にする。炒め物でも何でも必ず生姜をみじん切りにして入れる。いつ頃から生姜を口にするようになったのかは覚えていない。だが、料理をするときは栄養を考える。その癖が生姜にでるのかもしれない。
栄養というキーワードは6月に会った陶芸家の知人が死語だと笑っていっていた。
誰も皆ダイエットを考え、栄養は考えないというのである。
それもそうかもしれない。だが、年寄りを抱えていたとき「栄養」抜きには生活できなかった。今でもその癖は抜けない。一人だから…と適当に食べるコトだけはしない。
そのおかげで元気だ。昨日我が家に来た人に一般検診の血液検査の結果を見せると驚く。すべては基準値内だ。その人はコレステロール値や血圧などが異常を来たす人が多いというのである。
今日は午後その人宅に出かける。その人は体調を崩している。他人に料理を作って食べてもらうことはほとんどないが、今日は何かを作って持っていこう。さてさて何を…。
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