広響第362回定演を聞きに行く。昨夜は「時期音楽総監督、下野竜也の”祈り”」と銘打って以下の曲が演奏される。
♪ ペンデレツキ シャコンヌ(ポーランド・レクイエムより)
♪J・Sバッハ シャコンヌ(パルティ―タ第2番ニ短調 BWV1004より)
♪マルティヌー オーボエ協奏曲 H.353
オーボエにセリーヌ・モワネを迎える。モワネのアンコール曲として同じくオーボエ協奏曲ニ短調第2楽章も演奏された。
♪ブリテン シンフォニア・ダ・レクイエム OP.20
最後の曲の作曲者のブリテンは生まれ故郷のイギリスから兵役逃れのため、アメリカに渡る。時は第二次世界大戦勃発の年。翌年の1940年は日本の皇紀2600年。オリンピックと万博という大行事を開催する予定にしていた。ところが1937年からの日中戦争が終わらず、どちらも中止となる。しかし、何らかの形で奉祝行事をと持ち出されたのが海外の作曲者に依頼する「奉祝楽曲」。
アメリカで収入の得られなかったブリテンはこの話に飛びつく。戦争の恐怖を感じてアメリカまで逃げてきたブリテン。「鎮魂交響曲」を完成させて日本に送る。この曲は現在の貨幣価値にすれば1000万円相当となる作曲料を受け取る。だが、戦争の不吉さを強調し過ぎたことと曲の題名がキリスト教的であったために1940年の東京でのお披露目はご法度となる。以上はプログラムからの抜粋。
舞台を揺るがすかのようないきなりの大きな音で曲は始まる。これぞまさに戦争音楽。聞いていて怖い。だがそれも静けさを取り戻し、いつしか安らかに終わりを告げる。いい演奏会だった。
演奏の途中の休憩時間、近づく人がいる。「わかる?」との声。たいがいの人は自分を名乗らず「わかる?」で会話が始まる。ここはフルネームで返答すると「素晴らしい!」とのお言葉。まだまだ頭は大丈夫、と言いたい。連れの人は?と名前を出して聞いてくる。「一人よ!」と返答すると相手は「〇〇さんも来てるよ」。だが、聞いてもその人はわからない。
相手の口から出るのは以前、スペインへ演奏旅行に出かけた人たちの名前。旅行は同行しても演奏には参加していない。もう5年前のことになる。レクイエムとこの人たちとの関係は切り離せない!?来月に開催されるその人たちの演奏会のリーフが昨日のプログラムにはせてある。年に一度のその人たちが出演する定期演奏会に外野で参加する。一年はあっという間に過ぎていく。今日も元気で!午後は日本画教室へ。
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