昨日は台風の影響で泳ぎに行くことを断念。外にも出られず家で借りてきた本を読む。この本は定年後の有り余る時間を男性をターゲットにして書いている。定年より前にリストラにあい、すでにその年齢も越してしまった。だが、興味半分で読む。
男性は一般に定年後10万時間の自由な時間があるとか。女性は平均寿命が男性より長い。それよりはるかに長い年月を自由に生きることになる。以下はいつもの如く思いつくままに記そう。
『定年、そして10万時間』(上鵜瀬孝志 角川学芸出版、2010年)を読んだ。
この本の筆者は団塊世代の生まれ。この団塊世代はどの時代も知らない、すさまじい体験をしている。とにかく人数の多い時代を生きてきた。
小学校の1学級の人数は50人以上で今の30人体制とははるかに異なる。常に競争を強いられ、「君たちの一生は競争だ」といわれて育った。
この競争は勉強の面でも当てはまる。中学になると試験が終わる度に廊下に成績の順位が張り出される。だから、誰が頭がいいとか悪いとか、今でもすぐに思いだせる。
地方的な傾向かと思ったら筆者もこの本で書いている。
「中学校では各学期ごとに行われるテストの結果順位が、大きな帯状の用紙に名前と点数を書いて校舎の壁に張り出されたのです。・・・そうすると誰に勝ったか負けたかは一目瞭然ですから優越感と劣等感が入り乱れ、ライバル意識メラメラ、火花パチパチ。それが学校側の狙いだったのでしょうが、・・・」と現在だったら問題となるようなこともその当時は誰も何も言わなかった。22p
「永年にわたって潜在化されたライバル意識は還暦を迎えてもいっこうに衰えることをしりません。」23p
「団塊世代は、時代の変化を敏感にとらえ、新たな流行をうみだし、70年代・80年代の消費拡大を牽引した偉大なる消費者なのです。」32p
「いまもって好奇心だけは衰えることのない団塊世代です。」33p
だが、その世代もすでに還暦を迎え、定年後の人生をしみじみと考える年齢になった。
筆者は、その定年後の有り余る時間を1日14時間半自由になる時間とした上で、それを10万時間とする。(10万時間÷定年後の男性の平均寿命19年間÷365日=約14時間半)
定年後の“脱・会社モード”への意識構造改革として友だちの力の必要を述べる。だが、その友だちも受験戦争以来、団塊世代の専売特許で競争意識は止まらない。それを、定年を機会に止めたいという。172p
そのためには「まずもって、自分の過去は語らず、人の過去も聞かず、でもって仕事としがらみのない人づき合いを始めるといいでしょう。気軽な友人が出来ると会社モードはいつしか消えてしまい、自分もさっぱりとするはずです。」173p
そして友だちは年金だという。定年後は病気にならない手立てとして、気ままに楽しく生きることしかない。「そうした生き方でたいせつになるのが、何はなくても良き『友だち』の存在です。」208p
そして年金額を当てにできないとする筆者は「友だちは年金」という結論に至る。209p
この友だちとして“知り合い以上、親友以下”の関係性がいいらしい。その上で普段の付き合い方を4点あげている。211-212p
①決して、相手のプライベートエリアに踏み込まない。
②おカネの貸し借りはしない。
③皆で集まったとき、優劣・序列を作らない。
④誘って断られても、「そうか、今回はダメか」くらいの軽い気持ちで受けとめる。
団塊の世代はかつての学びは競争に勝つためだった。だが、これからの学び直しは、「協奏」して共に楽しみ、ついでに互いを高めあうことにある。214p
それには、この向学心を利用して社会人大学生や社会人大学院生になると、学問もさることながら、思いもよらない世界が広がるという。216p
これは経験済みなのでよくわかる。入学式に出席したことや、学生証を手にしてチョッピリ誇らしかったこと。今もその学生証は大事にとってある。そして卒業式や修了式で若い学生に混じって参列するようにとの周囲の言葉に恥ずかしさを覚え、父兄席で参列したことを。
だが、楽しいことばかりではなかった。大金を費やして大学に通うことは心身ともに大変なこと。何故、今、大学で学ぶのかと何度、自問自答したことだろう。
とはいっても自分で決めたこと。「研究会」やゼミへ出席する憧れもあった。毎日は充実していた。筆者も書いている。「サラリーマン時代には味わえなかった充実感と高揚感は、生涯学習センターや巷のカルチゃーセンターでは得られない、最高学府ならではのものです。」217p
通っていた6年間は、今、思い出してもバイタリティーに満ち溢れていた。家の用と勉学でままならない時間配分をよく切り盛りした。あの、6年間はどう思っても人生で一番充実していた時間であり、楽しい時間だった。
そして、よくも体を壊さなかったと我ながら感心する。時間がなくても睡眠時間8時間と勉強の時間3時間は確保した。今、自由な時間が有り余るほどある。何ともったいないことだろう。
その、定年後の学びを「競争」ではなく「協奏」だと筆者はいう。「すべての『学び』はこうでなくちゃいけません。」とも。218p
「できます、やります、なしとげます。団塊世代は何でもやってみようという気概が高いのです。」と筆者はこういう。210p
さらに、趣味について「趣味をもつ、あるいは趣味に興ずるということは、退屈しのぎや気分転換と言う程度ではなく、目的ある一日を創造できるのです。・・・趣味は、『思わぬ世界への入り口』なのです。日々の暮らしだけでは絶対に出会うことのない人と知り合いになれて、同時に活動の領域も間違いなく広がります。早い話、飲む相手と、飲む場所が、それまでとは違ってきます。」223p
漫画家の東海林さだおに3つのユニークをあげて日記を書くのを趣味に・・・とすすめている。その3つとは以下のこと。
①いじけるのが好き
②耐えるのが好き
③木山捷平(ちくま日本文学全集)が好き
その例として、最近のブログをあげる。「日記は、一種の忍耐というか、辛抱がなければ維持できません。耐えることが好きな人にはうってつけでしょう。」1225p
言われてみればそうかもしれない。忍耐強い!?さあどうだろう。どうであれ、自分にはあっている!?
筆者は、趣味発掘のポイントをまとめていう。
①「受身」から「働きかけ」への精神で、趣味を聞く・話す積極性。
②好きな・あるいは好きだった「もの」「こと」の確認と再調査。
③若いころにやりたいと思っていたこと。やっていたことへの再チャレンジ。
④誘われたら、試してみる向上心と好奇心。
このいずれかを持ってすれば新しい世界が開けると筆者は述べる。231-232p
そして最後に筆者は「時代は猿から象へ」だという。すなわち「見ざる、言わざる、聞かざる」から「見る象、言う象、聞く象」へとほとんどの団塊世代はこうなりきっているらしい。252-253p
2013年8月31日土曜日
2013年8月29日木曜日
旅のチカラ
最近、女優自身による自分史というか私小説というのが流行るのだろうか。悪く言えば自身による暴露本!?
昨日は岸恵子が「ゆうどきネット」に出演し『わりなき恋』を書いた話などしていた。少し前は有馬稲子が自分史を書いて話題となる。今日は「徹子の部屋」に安部公房との関係を書いた山口果林が出る。 いずれもいわゆる「恋愛」ではない。それを自分史として書物で発表する。これも世の流れか。
これとは少し意味合いが違う。それは先日、姜尚中が自死した息子の名を世に残したいとして『心』を書いたとテレビで話す。
女優は自らを表現するのが仕事。それを文章という手段で書き残す。また作家も文章として表現することが生業。共に自らが生きた証を文章として残す作業は同じ表現方法だろう。
俗に言う名の知れた人たちだから、読む側も興味半分で読むのだろうか。ご多分にもれずミーハーなところがある。そうかといって、本を買ってまで読む気はない。本は図書館の予約リクエストで予約する。
相変わらず、岸恵子の本も二百数十名の予約待ち。 とはいってもこのヒトもそうだけど有馬稲子のときも人間の品性が見受けられる。同性が見てもいやらしさがまったくない。このあたりにも人気があるのだろう。
さて話は変わって昨夜のBS「旅のチカラ」。辻井伸行のフランスのセーヌ川の光景を即興曲で表現する。これは見ていてどう表現すればいいのかわからないほど感激する。辻井の持っている神業に近い表現力。
どこかヒトより欠けたところを持ち合わせれば、それ以上というかその何倍もの素晴らしい器官を神様はお備えになる!? たとえ目が不自由でも体全体でその地の光景を感じ取り、それを音で表現する。
当然、五線譜を紙に書き取るわけではない。じっと耳を済ませて、その光景の隅々までを説明する係りのヒトの言葉の中で掴み取る。もう素晴らしいの一言。 フランスの画家からは筆を手でつかんで絵を描くことも教えてもらっていた。それにしても彼の頭の中はどんな風になっているのだろう。
体の不自由な人たちと海外で一緒になったことを思い出す。海外に行き始めのころ、出かけた中国では夫婦とも耳が不自由だった。添乗員はツアー客への連絡をその人たちにはすべて筆記して渡す。
さらに20年近く前に出かけたイランの旅。この旅では東京から一人参加の女性がいた。その人は両足の膝から下が義足だった。飛行機で隣り合わせになる。座席に着くや否や、義足の話をされた。
だが、どの観光地も皆と同じように歩かれる。大型バスに乗る時は先ず、松葉杖をバスの中に投げ込み、這うようにして乗車される。 だが、決して人の手を煩わされず、すべてなんでもされていた。東京在住で車の運転もされるとのことだった。
他には、10数年前の南アの旅では家族4人ともが聾唖者だった。若い娘さん2人とその両親。このときは、なぜかその人たちと話す度、涙が溢れることもあった。 この3組の人たちはどのヒトも健常者以上にお元気で、活き活きして旅をされた。
旅に出て、いろんな人たちに出会う。これは貴重な体験。 これこそ旅のチカラ!?そういえば、スリランカの旅で知りあった宮崎の方丈様から先日、冊子が送られて来る。いろんなヒトから元気をいただく。ありがたい。
今朝は台風の影響かはっきりしないお天気。今日も元気を出そう!
昨日は岸恵子が「ゆうどきネット」に出演し『わりなき恋』を書いた話などしていた。少し前は有馬稲子が自分史を書いて話題となる。今日は「徹子の部屋」に安部公房との関係を書いた山口果林が出る。 いずれもいわゆる「恋愛」ではない。それを自分史として書物で発表する。これも世の流れか。
これとは少し意味合いが違う。それは先日、姜尚中が自死した息子の名を世に残したいとして『心』を書いたとテレビで話す。
女優は自らを表現するのが仕事。それを文章という手段で書き残す。また作家も文章として表現することが生業。共に自らが生きた証を文章として残す作業は同じ表現方法だろう。
俗に言う名の知れた人たちだから、読む側も興味半分で読むのだろうか。ご多分にもれずミーハーなところがある。そうかといって、本を買ってまで読む気はない。本は図書館の予約リクエストで予約する。
相変わらず、岸恵子の本も二百数十名の予約待ち。 とはいってもこのヒトもそうだけど有馬稲子のときも人間の品性が見受けられる。同性が見てもいやらしさがまったくない。このあたりにも人気があるのだろう。
さて話は変わって昨夜のBS「旅のチカラ」。辻井伸行のフランスのセーヌ川の光景を即興曲で表現する。これは見ていてどう表現すればいいのかわからないほど感激する。辻井の持っている神業に近い表現力。
どこかヒトより欠けたところを持ち合わせれば、それ以上というかその何倍もの素晴らしい器官を神様はお備えになる!? たとえ目が不自由でも体全体でその地の光景を感じ取り、それを音で表現する。
当然、五線譜を紙に書き取るわけではない。じっと耳を済ませて、その光景の隅々までを説明する係りのヒトの言葉の中で掴み取る。もう素晴らしいの一言。 フランスの画家からは筆を手でつかんで絵を描くことも教えてもらっていた。それにしても彼の頭の中はどんな風になっているのだろう。
体の不自由な人たちと海外で一緒になったことを思い出す。海外に行き始めのころ、出かけた中国では夫婦とも耳が不自由だった。添乗員はツアー客への連絡をその人たちにはすべて筆記して渡す。
さらに20年近く前に出かけたイランの旅。この旅では東京から一人参加の女性がいた。その人は両足の膝から下が義足だった。飛行機で隣り合わせになる。座席に着くや否や、義足の話をされた。
だが、どの観光地も皆と同じように歩かれる。大型バスに乗る時は先ず、松葉杖をバスの中に投げ込み、這うようにして乗車される。 だが、決して人の手を煩わされず、すべてなんでもされていた。東京在住で車の運転もされるとのことだった。
他には、10数年前の南アの旅では家族4人ともが聾唖者だった。若い娘さん2人とその両親。このときは、なぜかその人たちと話す度、涙が溢れることもあった。 この3組の人たちはどのヒトも健常者以上にお元気で、活き活きして旅をされた。
旅に出て、いろんな人たちに出会う。これは貴重な体験。 これこそ旅のチカラ!?そういえば、スリランカの旅で知りあった宮崎の方丈様から先日、冊子が送られて来る。いろんなヒトから元気をいただく。ありがたい。
今朝は台風の影響かはっきりしないお天気。今日も元気を出そう!
2013年8月28日水曜日
「豚もおだてりゃ木に登る」
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| ご当地観光列車 |
昨日は午後からフルートのレッスンに出かける。出かける前に、友だちに電話して誘ってもらったピアニストのチケットを予約する。ところが、友だちは一日中、研修があるらしく、夜、再度自宅へ電話する。
電話で話しながら女子会の話も出る。すぐに携帯メールで一斉送信。だが、忙しいのだろう。未だに返信がない人もいる。先の話なので、ゆっくり待つことにしよう。
昨日のフルートのレッスンでは久しぶりソノリテから始まる。このごろはチューニングの♪ラ♪も少しはあうように音が出る。ところが、何かの弾みでその音もおかしくなる。先生によるとマウピースと口の微妙な距離で音が異なるとか。 これは目から鱗。フルートと口との距離をすこしとること。忘れないようにしよう。
我ながらいい音が出るときがある。ところがそれも油断すると泳ぐ際のアップアップする時のように、音がまったく続かなくなる。 これが曲を吹いている時になると、それこそアウト。困ったことになる。
昨日は、そのことを先生の言葉から実感する。 ちょっとした「気付き」でいい音が出せるなら、いつもそうなるように練習するしかない。
これは体で覚えるしかないらしい。 体で覚えるといえば芸大の高校に通う新山理理愛の話を先生から聞く。彼女は等身大の大きさの自身に見立てたものをダンボールで作り、気になる箇所の注意点を書いているとか。 若い新進のフルーティスト。さすがにヒトよりも努力している様子が伝わってくる。
今年は基本的な「立ち方」を先生から「改造(?)」されて背筋もぴんと張り、いい音が出るようになったと一人悦に入る。またロングトーンも以前より長く吹けるようになる。
先生によれば、水泳が功を奏しているとのこと。 フルートを吹くのにいいから水泳を始めたわけではない。泳ぎたい一心で始めた水泳が、結果的にいい面にでればこれも嬉しいこと。「豚もおだてりゃ木に登る」ではないが、性格はいたって単純。
それゆえヒトから褒められると何歳になっても嬉しい。何でもできる気がしてくる。浮き足立たず「年齢を考えろ!」といわれそうだけど、それでもやっぱり嬉しい。
フルートの帰り、JRに乗ろうとすると例の列車が向かいのホームに入ってくる。すぐに携帯で写す。他にも線路を走る化粧を施された車両を見る。またいつか乗れたらいい。
やっと涼しくなってきた。暑くて動きが鈍っていた体も動きやすくなる。今日も元気を出して頑張ろう!
♯動画は発表会のアンサンブルで吹くバッハの“Arioso”♭
2013年8月27日火曜日
「人生は旅の途中」
今日は一昨日までとは打って変わって涼しい朝を迎える。だが、日中は34度の予想。湿度が低くカラッとしたお天気になるらしい。
昨夜は一日遅れでわかちゃんの誕生日を祝う。しょちゅう会っている2人。だが、お盆も間にあって1ヶ月ぶりに会う。いつもの如く飲んで食べて楽しく過ごす。
それにしても今朝は一気に秋を感じる。秋といえば行楽の季節。毎日が日曜日のモノにとっては、暇さえあれば遊ぶ計画を立てている。
先日も10月に行われるコンサートに誘われる。ところが10月は大きな行事を2件入れているため、身動きが取れない。だがその2件も催行されるかどうか怪しい。
というのも先日旅行社から送付されたパンフを見ると、10月に出かけようと予約した旅行地の記載がない。説明会でも出席者は少なかった。当てにならない旅行を優先していると、もしも催行されなければ予定が狂ってしまう。
そう思っていた矢先、今朝、友人から他の旅行日程の詳細が届いたとの電話がかかる。何と、その出発日と催行が危ぶまれる予約した旅行の帰国日が同じ。なんとも皮肉。
すぐに友人からの旅行を優先する。これも催行決定ではなさそう。 友人が誘ってくれる旅行はある学会が組むツアー。それに異端者が加わる。まだでかけたこともない国であり、俄然行く気になる。
友人の電話を切るとすぐに旅行社に電話する。旅行の行き先を考え直す旨告げて予約しているツアーをキャンセルする。
また今朝は、他にも昨日、旅行社の募集記事を見てパンフを請求するとそれが送付されてくる。 これを見ると、「人生は旅の途中」のキャッチコピーがある。
そう人生は旅。今はその途中。いくら元気でいても、そのうち年相応に衰えていくだろう。そう思うと何も急がなくてもいいモノを元気なうちにあちこち出かけようとの気持ちが募る。
暇さえあれば送られてくる旅行社のパンフを眺める。だが、そのうちのどれくらいの数が催行されるのだろうか。折角、行く気になってもなかなか催行されない!?
どうなるかもわからない旅の予定を立てて、毎日を過ごす。これもある種の夢。ともあれ今日も元気に過ごそう!
昨夜は一日遅れでわかちゃんの誕生日を祝う。しょちゅう会っている2人。だが、お盆も間にあって1ヶ月ぶりに会う。いつもの如く飲んで食べて楽しく過ごす。
それにしても今朝は一気に秋を感じる。秋といえば行楽の季節。毎日が日曜日のモノにとっては、暇さえあれば遊ぶ計画を立てている。
先日も10月に行われるコンサートに誘われる。ところが10月は大きな行事を2件入れているため、身動きが取れない。だがその2件も催行されるかどうか怪しい。
というのも先日旅行社から送付されたパンフを見ると、10月に出かけようと予約した旅行地の記載がない。説明会でも出席者は少なかった。当てにならない旅行を優先していると、もしも催行されなければ予定が狂ってしまう。
そう思っていた矢先、今朝、友人から他の旅行日程の詳細が届いたとの電話がかかる。何と、その出発日と催行が危ぶまれる予約した旅行の帰国日が同じ。なんとも皮肉。
すぐに友人からの旅行を優先する。これも催行決定ではなさそう。 友人が誘ってくれる旅行はある学会が組むツアー。それに異端者が加わる。まだでかけたこともない国であり、俄然行く気になる。
友人の電話を切るとすぐに旅行社に電話する。旅行の行き先を考え直す旨告げて予約しているツアーをキャンセルする。
また今朝は、他にも昨日、旅行社の募集記事を見てパンフを請求するとそれが送付されてくる。 これを見ると、「人生は旅の途中」のキャッチコピーがある。
そう人生は旅。今はその途中。いくら元気でいても、そのうち年相応に衰えていくだろう。そう思うと何も急がなくてもいいモノを元気なうちにあちこち出かけようとの気持ちが募る。
暇さえあれば送られてくる旅行社のパンフを眺める。だが、そのうちのどれくらいの数が催行されるのだろうか。折角、行く気になってもなかなか催行されない!?
どうなるかもわからない旅の予定を立てて、毎日を過ごす。これもある種の夢。ともあれ今日も元気に過ごそう!
2013年8月26日月曜日
『言葉が立ち上がる時』
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| 広島県観光キャンペーンのJR車両 |
先日、居酒屋風に思えた車両に乗る。だが、写真に収められず残念だった。ところが、一昨日乗った車両が同じ車両だった。前回は呉線上りで今回は山陽本線上り。乗車前、携帯で写す。4両編成の車両か8両編成かは覚えていない。それでも、車両のすべては異なるアートで施されている。全体を写せなくて残念。
今朝は明け方まで降り続いた雨もあがり、とても涼しい。現在の部屋の気温26度、湿度65%で電波時計は快適を示す。まるで台風が通り過ぎたような気候だ。だが、日中は気温も上がるのか、それともこのまま秋に突入するのか。さてさて・・・。
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| 居酒屋風!? |
言葉への旅に出よう。心に決めた。
いのちの息づかいを映す言葉は、どこから生まれてくるのか。
その言葉が沸き出てくる源は、どこにあるのか。
・・・その泉を探し出して、畔(ほとり)に立つ事ができたなら、生きることと死ぬことについてより深く理解することができるようになり、自分自身の生の証を立てるうえで確かな文脈をつかむことができるようになるに違いない。・・・これは、言葉によるルポルタージュであり、書々周遊の旅であり、生と死をめぐる人生哲学の旅でもある。
この底辺には筆者の次男、洋二郎の25歳の若すぎる自死がある。彼には心の病があり、傍で見ていた筆者は息子に手を差しのべることも出来ず、機の熟する時をひたすら待つ。だが、その熟し柿も落ちていく。そう、自死である。13~15p
またいつものように気になるところを記そう。
・もしある人が、すばらしい感受性を持っているとか、他者に対する思いやりが深いとか、あるいは失敗にくじけないねばり強い感性を持っているなど、何らかの秀でた面の持ち主だったなら、そのような感性や性格を育んだ原点は、記憶の古層に刻まれた幼少期の体験にあるに違いないと、私はとらえている。・・・人格形成の原点になるような体験の記憶というものは、意識されようがされまいが、記憶の古層の中で生き続けるものなのだ。28p
・いのちの精神性は、死で終わるものではない。肉体や社会生活の面だけで見ると、人生は死で終わるというのは当然の帰結だろうが、ひとりの人間がどのような生き方をし、どのような言葉を遺したのか、とりわけ重い病気のなかで迫り来る死を前に、どのように生き、何を残したのかといった事柄は、生活と人生を共有した人の心のなかで生き続け、後を生きる人の人生を膨らませる種になることも少なくない。そういう他者の心のなかで生き続けるいのちを、私は「死後生」と呼んでいるのだ。125p
・時折私に向かって、「おやじは作家なら、ほんとうに苦しんでいる人間の心のなかをしっかりと見ているのか」「この家で何が起きているのかを、ちゃんと見ているのか」といった言葉をぶつけてきた。深い水底に沈潜しているような日々を過ごしているがゆえに、人間の本質的な問題ばかりを考えている。純粋さゆえに、彼から投げられる言葉は、手裏剣のように私の心にぐさりと突き刺さってきた。「洋二郎の気持ちはわかるよ」などといった言葉は私から出せない日々だった。生涯かけて考えなければならない課題をもらったに等しかった。127p
・心のなかにあるものを「書く」という行為は、そうしないとカオス(混沌)のままになってしまうものを、一筋の脈絡をつけて整理し、自分も客観的に視るという効果をもたらすことになる。それは、心を前向きにし、次なるステップを踏むきっかけとなる。226p
・血流の脈動する言葉は、ナチスドイツの強制収容所のような特異な状況下に置かれた人でなくても、様々な場で生と死の狭間で苦悩する人々の心に共感をもって受け容れられるのだ。ただ。その前提として、「読む」という行為が、「心の習慣」になっているかどうかが、問われるだろう。231p
・人が限界状況の中に放り込まれたり、死の危機に直面したりした時に生み出す言葉の、何と豊かで素晴らしいことか。そういう感銘を数え切れないほど経験した。豊穣なる言葉の海を生み出したのは、人が人生の中で避けがたく遭遇する喪失体験であり、とりわけ死だ。言葉への旅に一区切りをつけた今、私は確信をもって、そう言い切れるようになった。(あとがき)236p
2013年8月25日日曜日
エキゾチックな音楽を聞きながら
島根県西部の江津では3時間に201ミリの記録的豪雨が降る。数値を言い表されてもどれくらいひどい豪雨かわからない。ところが新聞紙上で見る写真で、その被害の甚大さを実感する。 雨といえば広島でも明け方まで降っていた。これから徐々にお天気も回復して暑さも戻ってきそうだ。
昨夜はスペイン語の講座へ行く。その前に、今日が誕生日のわかちゃんへのプレゼントをデパートに立寄って購入する。夏の誕生日はお花などのプレゼントは一瞬にしてしおれてしまいそう。仕方なく、いつも菓子類になる。
それをもって講座へ行く。昨夜は休みの人が多く先生を入れて5人出席。昨夜の教室は確保できず、1階の交流ラウンジを利用する。他のテーブルに他の講座の人も学んでいる。落ち着かないように思えるけど、逆に落ち着いて学ぶ。先生と他の生徒との1対1のスペイン語の会話は不思議と何を話しているのかわかりやすい。
だが、先生一人がペラペラとスペイン語で話されるとほとんどわからない。多分、日本人の話す話し方で話の内容が聞き取れるのだろう。
今月から参加している人はコロンビアで仕事をしていたとか。それも20年くらいの滞在らしい。現地で長く暮していると言葉もわかるだろう。特に仕事柄、数字は強いとも言われる。
どのヒトも10年、20年習っていたり、現地で暮したり、留学している。その中に混じってわけもわからず座ってスペイン語での話を聞く。さすがにいくらどうでもいいといっても、「頑張ろう」との気持ちが沸いてくる。
それも度が過ぎると学ぶのが嫌になるかもしれない。嫌になっては元も子もない。
ふと中国語を学び始めた頃のことを思い出す。その頃は学校を出てかなり経過していた。その間、今ほど学ぶこともなく、頭の切り替えが大変だった。
今では学ぶコツも少しはつかめる。その意味では頭は老化していても、もしかしたら中国語を学び始めた30年前よりもスペイン語は効率よく学べるかもしれない。
自分にそう言い聞かせて固い頭をほぐしつつ学ぶ。昨夜も4人の生徒は「楽しかった!」との言葉が講座の終わりに出る。
来週まで2ヶ月、臨時でスペイン語を教えてもらった若いペルーの先生。来週は古澤巌のコンサートを聞きに行く。折角の講座も欠席する。ペルー料理を作るとき彼にもお願いしよう、といって昨夜はわかれる。
鬱陶しいお天気だけど、今日も元気で!
それにしてもラジオの「中東音楽紀行」からエキゾチックなイスラーム圏の音楽が流れる。なんと旅情を誘う音楽だろう。
昨夜はスペイン語の講座へ行く。その前に、今日が誕生日のわかちゃんへのプレゼントをデパートに立寄って購入する。夏の誕生日はお花などのプレゼントは一瞬にしてしおれてしまいそう。仕方なく、いつも菓子類になる。
それをもって講座へ行く。昨夜は休みの人が多く先生を入れて5人出席。昨夜の教室は確保できず、1階の交流ラウンジを利用する。他のテーブルに他の講座の人も学んでいる。落ち着かないように思えるけど、逆に落ち着いて学ぶ。先生と他の生徒との1対1のスペイン語の会話は不思議と何を話しているのかわかりやすい。
だが、先生一人がペラペラとスペイン語で話されるとほとんどわからない。多分、日本人の話す話し方で話の内容が聞き取れるのだろう。
今月から参加している人はコロンビアで仕事をしていたとか。それも20年くらいの滞在らしい。現地で長く暮していると言葉もわかるだろう。特に仕事柄、数字は強いとも言われる。
どのヒトも10年、20年習っていたり、現地で暮したり、留学している。その中に混じってわけもわからず座ってスペイン語での話を聞く。さすがにいくらどうでもいいといっても、「頑張ろう」との気持ちが沸いてくる。
それも度が過ぎると学ぶのが嫌になるかもしれない。嫌になっては元も子もない。
ふと中国語を学び始めた頃のことを思い出す。その頃は学校を出てかなり経過していた。その間、今ほど学ぶこともなく、頭の切り替えが大変だった。
今では学ぶコツも少しはつかめる。その意味では頭は老化していても、もしかしたら中国語を学び始めた30年前よりもスペイン語は効率よく学べるかもしれない。
自分にそう言い聞かせて固い頭をほぐしつつ学ぶ。昨夜も4人の生徒は「楽しかった!」との言葉が講座の終わりに出る。
来週まで2ヶ月、臨時でスペイン語を教えてもらった若いペルーの先生。来週は古澤巌のコンサートを聞きに行く。折角の講座も欠席する。ペルー料理を作るとき彼にもお願いしよう、といって昨夜はわかれる。
鬱陶しいお天気だけど、今日も元気で!
それにしてもラジオの「中東音楽紀行」からエキゾチックなイスラーム圏の音楽が流れる。なんと旅情を誘う音楽だろう。
2013年8月24日土曜日
「千日(草履)」
今朝は地元の新聞社から大雨警報がメールで送られてくる。今のところそれほど雨は降っていない。だが、外は暗い。これから大雨になるのだろうか。
それにしてもこのごろの気候は「中間」はないのだろうか。「大雨」といえばこれまで経験したことのない雨が降ったり、暑いといえばこれもかつて記録されたことのない連続の猛暑日となる。
何があっても驚いてはいけない!?
昨日午後は、プールに出かける。お盆を過ぎてのプール。人は少ない。7月から所謂高齢者は施設利用料金が半額負担となった。そのためかどうか高齢者の利用が少ない。
自由に泳げる大人用の2コースのプールで2,3人が泳ぐ。人も少ないと伸び伸びと泳げる。特に背泳ぎはゆったりした気分に浸って泳ぐ。このごろはリカバリーの回数も少なくなっていき、泳ぎも楽になる。
帰宅後は、郵送されてきた「年金記録確認のお願い」を開けて、パソコンと格闘する。だが、これも大変な作業。年金番号だけでは確認できない。「あなたのアクセスキー」が書いてある。この2つの番号で確認できると思いきや、何とその作業の面倒なこと。ましてや、パソコンのない人はどうするのだろう。
学校を卒業してほとんど変化のない生活をしている。またすでに年金も受取っている。だが、暇つぶしに言われたとおり作業を進める。なんとこれまで働いてきた全履歴がでてくる。ましてやその基本となる収入の金額までも出る。
自分の収入だからある程度は覚えている。それにしても働き始めの頃とリストラされた頃の収入の違いの大きいこと。驚いてしまう。景気の動きの激しい時代を生きてきたのだろうか。月収の最初と最後の差は10倍、20倍の違いではない。
泳いだ後は水着の洗濯を済ませると後は何もしたくない。夜、来週コンサートに一緒に出かける友人に渡すJRの時刻をメモしているとその友人から電話がかかる。
これにはいつも驚く、以心伝心、そう思う。また長い時間しゃべってしまった。
その中で「千日」を知る。話をしていて、ある先生の話になる。その先生はミャンマーがご専門。その先生の講演を聞いて感動する。その内容を忘れてしまったけれどもかなり感動する。そのコトを友人にすると仕事柄よくお昼を食べたという。今度機会を見つけてその先生と一緒に食事をしようと友人は言ってくれる。
これを聴いてファンとして恥ずかしくて一緒に食事は出来ない、と話す。話は盛り上がり、その先生について詳しく教えてもらう。予想通りの人だった。
その後、先生の教えておられる大学へ社会人大学生として入学。当然、先生の講義課目を受講する。
その先生はいつも自分自身を「発展途上」と話されていた。文化人類学に興味を持ったのもその先生の影響が大きい。
先生の専門のミャンマー。先生からミャンマーの話を聴いてすぐに出かける。ミャンマーの人々は皆、ゴムぞうりをはいている。昨夜の友人によると広島の県北ではそのゴムぞうりを「千日」と言うらしい。これにはびっくり。
日本人の履物として「藁草鞋」がある。だが、草鞋はすぐに履けなくなり、千日も履くことは無理。だが「千日」はゴムで出来ている。そのため長く、そう、千日履ける。そこからその名が生まれた!?
ミャンマーで見かけたゴムぞうり。その頃アジアを学ぶ塾に通っていた。一年の締めくくりにレポートを提出する。ゼミ担当の先生から「日本履物博物館」を教えてもらう。それがきっかけで「みんぱく」を知るようになる。
その頃、「千日」を知っていればもっとましなレポートを出せたかもしれない。今ではそれもすべて懐かしい!
今日は気分を現実モードに戻そう。そして雨にも負けず頑張ろう!
それにしてもこのごろの気候は「中間」はないのだろうか。「大雨」といえばこれまで経験したことのない雨が降ったり、暑いといえばこれもかつて記録されたことのない連続の猛暑日となる。
何があっても驚いてはいけない!?
昨日午後は、プールに出かける。お盆を過ぎてのプール。人は少ない。7月から所謂高齢者は施設利用料金が半額負担となった。そのためかどうか高齢者の利用が少ない。
自由に泳げる大人用の2コースのプールで2,3人が泳ぐ。人も少ないと伸び伸びと泳げる。特に背泳ぎはゆったりした気分に浸って泳ぐ。このごろはリカバリーの回数も少なくなっていき、泳ぎも楽になる。
帰宅後は、郵送されてきた「年金記録確認のお願い」を開けて、パソコンと格闘する。だが、これも大変な作業。年金番号だけでは確認できない。「あなたのアクセスキー」が書いてある。この2つの番号で確認できると思いきや、何とその作業の面倒なこと。ましてや、パソコンのない人はどうするのだろう。
学校を卒業してほとんど変化のない生活をしている。またすでに年金も受取っている。だが、暇つぶしに言われたとおり作業を進める。なんとこれまで働いてきた全履歴がでてくる。ましてやその基本となる収入の金額までも出る。
自分の収入だからある程度は覚えている。それにしても働き始めの頃とリストラされた頃の収入の違いの大きいこと。驚いてしまう。景気の動きの激しい時代を生きてきたのだろうか。月収の最初と最後の差は10倍、20倍の違いではない。
泳いだ後は水着の洗濯を済ませると後は何もしたくない。夜、来週コンサートに一緒に出かける友人に渡すJRの時刻をメモしているとその友人から電話がかかる。
これにはいつも驚く、以心伝心、そう思う。また長い時間しゃべってしまった。
その中で「千日」を知る。話をしていて、ある先生の話になる。その先生はミャンマーがご専門。その先生の講演を聞いて感動する。その内容を忘れてしまったけれどもかなり感動する。そのコトを友人にすると仕事柄よくお昼を食べたという。今度機会を見つけてその先生と一緒に食事をしようと友人は言ってくれる。
これを聴いてファンとして恥ずかしくて一緒に食事は出来ない、と話す。話は盛り上がり、その先生について詳しく教えてもらう。予想通りの人だった。
その後、先生の教えておられる大学へ社会人大学生として入学。当然、先生の講義課目を受講する。
その先生はいつも自分自身を「発展途上」と話されていた。文化人類学に興味を持ったのもその先生の影響が大きい。
先生の専門のミャンマー。先生からミャンマーの話を聴いてすぐに出かける。ミャンマーの人々は皆、ゴムぞうりをはいている。昨夜の友人によると広島の県北ではそのゴムぞうりを「千日」と言うらしい。これにはびっくり。
日本人の履物として「藁草鞋」がある。だが、草鞋はすぐに履けなくなり、千日も履くことは無理。だが「千日」はゴムで出来ている。そのため長く、そう、千日履ける。そこからその名が生まれた!?
ミャンマーで見かけたゴムぞうり。その頃アジアを学ぶ塾に通っていた。一年の締めくくりにレポートを提出する。ゼミ担当の先生から「日本履物博物館」を教えてもらう。それがきっかけで「みんぱく」を知るようになる。
その頃、「千日」を知っていればもっとましなレポートを出せたかもしれない。今ではそれもすべて懐かしい!
今日は気分を現実モードに戻そう。そして雨にも負けず頑張ろう!
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