今日は日中もグッと冷えて晩秋の寒さになってきた。急に寒くなるとあの夏の暑さが偲ばれる。
午前中、区役所に出かけ用意していた提出物を出す。その後、同じ建物内にある図書館に行く。予約確保の本を受取り、新刊本をみると『高齢社会につなぐ図書館の役割 高齢者の知的欲求と予科を受け入れる試み』(溝上智恵子ほか 学文社、2012年)が目に付く。
現役を離れて高齢社会を生きているモノとしては、図書館は恰好の遊び場所。最近は図書館内で本を読むことも少なくなった。だが、図書館で借りては家で読んでいる。また、借りるといってもわざわざ図書館まで足を運ばなくてもネットで予約も可能。便利な世の中になっている。
借りてきたこの本はまだ読んでいない。だが、タイトルからすれば利用者側からの本でなく、貸し出す側からのようだ。いずれにせよ、いつか年を重ねて歩行困難になる時がきても、本を読みたいという欲求は誰にでもあるはず。
そうなっても本を借りて読めるシステムがあれば、本を読むという楽しみも保たれる。そういう面でこんな本が出版されることはありがたい。
今日午後からは、先ほどまで幼馴染と話をする。幼馴染は家に入るなり、茶封筒を開けて見せてくれる。春ごろ開催された中学校の同窓会に出席した人から中学時代の名簿をコピーして送ってもらったという。
同窓会やクラス会に一度も出席したことがないと幼馴染に話すと彼女もそうだという。話しながら名簿を見る。何十年ぶりで目にする名前。さすがに中学3年の時のクラスの人たちの名前と顔は覚えている。だが、他のクラスの人たちの中にはわからない人も多い。
全体的に県外などに在住している人は少なく、近郊に住んでる人が大半を占めている。この辺りも田舎の様相が漂う。地元志向?
近郊に住んでいるといっても中学の頃とは違って、どの人も「おじん」「おばん」になっているはず。先日出席した人と話してもほとんどの人の顔と名前が一致しなかったと聞いている。
そういう意味では一度くらい懐かしい顔を見てもいい!?でも、多分同窓会にはこれからも出席しないだろう。そうすれば皆に忘れ去られるかもしれないが・・・。
ただ、一人だけ会いたい人がいる。その人は30歳くらいのとき、街中でバッタリ出会ったことがある。地元の音楽大学を卒業した女性。その人と会ったとき、当時女性は24,5歳で大半の人は結婚していく時代だった。
ところが30歳で一人でいるというと何を習っているのかと聞かれた。当時、お稽古事入門(?)で何でも習っていた。そういうことをしていてはいけない、と習うモノ・コトを考えるように厳しく促してくれたのがその女性だった。
多分そう話した本人は、私が今でもそのことを感謝しているとは知らないはず。
30歳頃にそう聞いてカルチゃーショックを受けたこともないかのように、今も変わらず一人でいる。これじゃ、その人と話した価値がない!?。だが、当時と今ではまるで考え方は違っている。それだけでもその人に感謝。
いつか会う日も来るだろう!そう思って毎日を元気に・・・。
2012年11月1日木曜日
2012年10月31日水曜日
岩国へ行く
楽しい一日も暮れようとしている。今朝は、お寺のお世話をしている人から電話がある。先日、県北の比婆山に行くことを誘われる。だが講義を休めず、いつかどこかへつれて行って、とお願いする。今朝はどこへ行くかの電話だった。
ところが今日は岩国の友人と会う約束をしている。その旨告げると、来週近郊の山へ行こうとなった。
しばらくすると、宅急便を配達するとの電話が入る。すぐに来てもらって届いた荷物をあける。先日デパートの通販で注文したものだった。すぐに着てみると、なかなかいい感じ。それを着て岩国へ行く。
最寄のJR駅に向かう途中、友人へのお土産を持っていないことに気づく。すぐに家に戻り、また駅へと出直す。それでもどうにか予定の列車に間に合った。
和木駅で友人の車に乗り、そのまま宇野千代生家へ行く。いつも岩国へ行くたび、一度は行きたいと思っていた。思いがけず連れて行ってもらって大感激。
生家に展示してある書籍を見ると即売もある。友人は『行動することが生きることである』の宇野の著作をみて、それは私のことだという。「そう?」と思ってその本を手にする。
宇野の本は『生きていく私』と『天風先生座談』を読んだことがある。もう随分前のこと。生家で友人の言葉に誘われて手にした『行動することが生きることである』を早速購入する。
最近はもっぱら本は図書館で借りたものを読んでいる。久々の購入となった。
友人から言われてみて我ながらよく動き回っていると思う。今日もよく動き回った。とはいっても、今日は友人の車に乗っての移動だけれど・・・。
生家を後にすると友人の自宅を訪問する。お昼を用意してくださっていたようであり難くいただく。何とお盆にはビールもある。友人は運転があるので飲めない。一人申し訳なくいただく。
いつもブログを読んでもらっているようで私からビールが欠かせない?食事もビールも美味しかった!
その後は、車に乗って小瀬川湖畔へドライブ。ところどころは紅葉も見られ、絶好の秋日和。春に連れて行ってもらった山奥にある感じのいいカフェでケーキとコーヒーのティータイム。
カフェを出ると山道をドライブしながら、いろいろと話をする。友人と会うといつも話が弾む。今日もそうだった。友人の誘導尋問(?)というか言葉の魔術で話が弾む、弾む。
今日もいい言葉を聞いた。友人から「ここまで言い当てる?」と思えるほどずばりと言われる。それを聞いて改めて自分で気づくこともある。
友人はスペイン語を習い始めた私に刺激され、英語を学んでいるという。以前は岩国基地の米軍の奥様に習っていたとか。少しは人にもいい影響を与えていると思えばブログ投稿も由としよう。ただ投稿でビールの話が多すぎる!?マアそれも由とさせてもらおう!
〇〇様
今日はお昼をご馳走になりました。また宇野千代生家にも行きました。そしてカフェでは手作りのネックレスも頂きました。さてこのネックレス、いつ、どこへ着けて行きましょう?そして小瀬川湖畔のドライブも気持ちよかったですね。他にもいろいろと楽しい話をしていただきありがとうございました。忘れていました。先日投稿した昇地三郎の『小さきは小さきまゝに』(梓書院、2001年)もいただきました。ほんとうに今日はありがとうございました!
ところが今日は岩国の友人と会う約束をしている。その旨告げると、来週近郊の山へ行こうとなった。
しばらくすると、宅急便を配達するとの電話が入る。すぐに来てもらって届いた荷物をあける。先日デパートの通販で注文したものだった。すぐに着てみると、なかなかいい感じ。それを着て岩国へ行く。
最寄のJR駅に向かう途中、友人へのお土産を持っていないことに気づく。すぐに家に戻り、また駅へと出直す。それでもどうにか予定の列車に間に合った。
和木駅で友人の車に乗り、そのまま宇野千代生家へ行く。いつも岩国へ行くたび、一度は行きたいと思っていた。思いがけず連れて行ってもらって大感激。
生家に展示してある書籍を見ると即売もある。友人は『行動することが生きることである』の宇野の著作をみて、それは私のことだという。「そう?」と思ってその本を手にする。
宇野の本は『生きていく私』と『天風先生座談』を読んだことがある。もう随分前のこと。生家で友人の言葉に誘われて手にした『行動することが生きることである』を早速購入する。
最近はもっぱら本は図書館で借りたものを読んでいる。久々の購入となった。
友人から言われてみて我ながらよく動き回っていると思う。今日もよく動き回った。とはいっても、今日は友人の車に乗っての移動だけれど・・・。
生家を後にすると友人の自宅を訪問する。お昼を用意してくださっていたようであり難くいただく。何とお盆にはビールもある。友人は運転があるので飲めない。一人申し訳なくいただく。
いつもブログを読んでもらっているようで私からビールが欠かせない?食事もビールも美味しかった!
その後は、車に乗って小瀬川湖畔へドライブ。ところどころは紅葉も見られ、絶好の秋日和。春に連れて行ってもらった山奥にある感じのいいカフェでケーキとコーヒーのティータイム。
カフェを出ると山道をドライブしながら、いろいろと話をする。友人と会うといつも話が弾む。今日もそうだった。友人の誘導尋問(?)というか言葉の魔術で話が弾む、弾む。
今日もいい言葉を聞いた。友人から「ここまで言い当てる?」と思えるほどずばりと言われる。それを聞いて改めて自分で気づくこともある。
![]() |
| 友人からいただいたネックレスと購入した本 |
〇〇様
今日はお昼をご馳走になりました。また宇野千代生家にも行きました。そしてカフェでは手作りのネックレスも頂きました。さてこのネックレス、いつ、どこへ着けて行きましょう?そして小瀬川湖畔のドライブも気持ちよかったですね。他にもいろいろと楽しい話をしていただきありがとうございました。忘れていました。先日投稿した昇地三郎の『小さきは小さきまゝに』(梓書院、2001年)もいただきました。ほんとうに今日はありがとうございました!
2012年10月30日火曜日
どんよりした日はコツコツと・・・
冷え冷えとした朝を迎える。明日からグッと気温も下がり、最低気温は10度を切るらしい。朝食後、洗濯を済ませるとエアコンをつけて先ずはパソコンと遊ぶ。
先日次に行く予定の場所に旅仲間を誘うと昨日その返事が届く。その人は3年前に出かけたという。誘った人はチベットで知りあった人。1人参加の人で知り合って20年くらいになる。
いろんなところへ旅するうち、いろんな人と知り合う。年賀状だけの付き合いの人もいる。だが、それだけの人も便りを出すとすぐに昨日まで会っていたかのように返事が届く。葉書には行く先のお土産も書いてある。季節はアーモンドの花の咲くころ出かけたとか。次に出かけるときは誘ってくださいと書いてある。行く先々で知り合った人は国内・国外を問わず、どの人も皆いい人たちだ。
ラオスに一緒に行った人もアーモンドの花の咲くころ出かけている。その人もいいところだと話していた。すべては催行されるかどうか。まだかなり先の話なのでただ楽しみにして待つことにしよう。
今朝のNHK・FMからはその国を誘うかのようにエキゾチックなイスラームの音楽が流れる。
昨日は少しずつ作っているスペイン語の単語帳の続きをする。今は動詞を中心にやっている。「主な動詞」をノートにまとめる。これはかなり時間を要する。まだまだ終わりそうにない。スペイン語を日本語に書くだけならばすぐに出来る。同じするなら現在形、過去形、再帰動詞など一目でわかるようにしよう。
昨日は他にもフルートの練習をする。最近買ったICレコーダでレッスン時に録音している。家で聞くといい練習になる。吹けないところは決まってくる。そこを練習すると何とか吹けそう。頑張ろう!
頑張ろうといえば今朝、人のツイッターを見ると、冷え冷えとした太陽のあまり出ない日は「コツコツと仕事するに限る」と書いている。
今日は昼前から講義を聞きに行く。私にとっては「コツコツと仕事するに限る」ならぬ「コツコツと勉強するに限る」!?今日も一日元気よく!
先日次に行く予定の場所に旅仲間を誘うと昨日その返事が届く。その人は3年前に出かけたという。誘った人はチベットで知りあった人。1人参加の人で知り合って20年くらいになる。
いろんなところへ旅するうち、いろんな人と知り合う。年賀状だけの付き合いの人もいる。だが、それだけの人も便りを出すとすぐに昨日まで会っていたかのように返事が届く。葉書には行く先のお土産も書いてある。季節はアーモンドの花の咲くころ出かけたとか。次に出かけるときは誘ってくださいと書いてある。行く先々で知り合った人は国内・国外を問わず、どの人も皆いい人たちだ。
ラオスに一緒に行った人もアーモンドの花の咲くころ出かけている。その人もいいところだと話していた。すべては催行されるかどうか。まだかなり先の話なのでただ楽しみにして待つことにしよう。
今朝のNHK・FMからはその国を誘うかのようにエキゾチックなイスラームの音楽が流れる。
昨日は少しずつ作っているスペイン語の単語帳の続きをする。今は動詞を中心にやっている。「主な動詞」をノートにまとめる。これはかなり時間を要する。まだまだ終わりそうにない。スペイン語を日本語に書くだけならばすぐに出来る。同じするなら現在形、過去形、再帰動詞など一目でわかるようにしよう。
昨日は他にもフルートの練習をする。最近買ったICレコーダでレッスン時に録音している。家で聞くといい練習になる。吹けないところは決まってくる。そこを練習すると何とか吹けそう。頑張ろう!
頑張ろうといえば今朝、人のツイッターを見ると、冷え冷えとした太陽のあまり出ない日は「コツコツと仕事するに限る」と書いている。
今日は昼前から講義を聞きに行く。私にとっては「コツコツと仕事するに限る」ならぬ「コツコツと勉強するに限る」!?今日も一日元気よく!
2012年10月29日月曜日
泳いだ翌日は・・・
今日も気持いい朝を迎える。昨夜は泳いだ後にしては鼻水も出ずによく眠られた。
JR最寄り駅で下車してプールへ歩いていく途中、今風の若い女性から挨拶される。雑誌のグラビアから抜け出たようなメイクで、服装もメイドカフェもどきの恰好だ。カメラを持参していたならば写真に収めたかったほど。
「こんにちは!」と挨拶されて「ええっ!」と驚く。だが、とっさに返答の声にならず会釈だけで通り過ぎる。その女性の一番の印象は右目あたりを黒い点や線でまるで絵を描いているようにメイクしているところ。とはいっても「ねえちゃん」ではなく、AKB48風のかわいい女性だった。もしかしたらハローインへ行く!?
プールに着くと、女性の下駄箱に靴はない。更衣室に入ると誰もいない。プールへ入っても女性はいなくて男性が2,3人いた。
秋分の日を境に、プール利用者はぐっと減る。暇人といえどもプールに出かける曜日をある程度決めていた。だが、日曜日でもプール利用者は少ないので、その必要もなさそう。
1時間プールにいると最後には2人だけになった。1人で泳ぐのも何となく体裁が悪い。1キロ泳ぐとすぐに泳ぐのを終える。少ない日は歩く人もほとんどいない。そのためプール内は静まり返っている。
昨日もクロールと背泳ぎで1キロ泳ぐ。その大半は背泳ぎで泳ぐ。クロールは顔を水につけるので息継ぎだけでも運動になる。その点背泳ぎは息継ぎは関係ないので楽。
人が少ない日は、ビート板を持って泳ぐ練習もする。それで泳ぐと進まない。25メートルのなんと遠いこと。いかに足を使ってないことか。1往復でうんざりする。
家に帰ると、先日友人宅で来客と話していたチューリップに刺激され、翌日買ったものを庭に植える。狭い庭なので花同士がケンカしそう。10個のうち1個は鉢植えにする。
2人の話を聞いているとチューリップは花が大きくない方がきれいらしい。そのため花が咲いた翌年からは植え替えをせずにそのままにしておくと花も小さくなるとか。
陶芸家の家に来ていた人はフラワーアレンジメントの先生をしているとかで花について詳しい。「ほととぎす」もそのとき初めて知った。帰りにはその花と秋名菊をもらって帰る。
秋名菊はGWに出かけた中国で自生して生えているのを教えてもらって初めて知った。今辞書で調べると中国原産とある。季語は秋。どうりで中国で見た時は花が咲いていないはず。
その花を活けると、お店で買う花とはまた違った趣がある。豪勢な花ではないけれど、可憐さが漂う。それがまたいい。
明日からまた動き回る日々が続く。今日は自転車でフラット出かけた後は家でおとなしくフルートの練習と勉強(?)をしよう!
JR最寄り駅で下車してプールへ歩いていく途中、今風の若い女性から挨拶される。雑誌のグラビアから抜け出たようなメイクで、服装もメイドカフェもどきの恰好だ。カメラを持参していたならば写真に収めたかったほど。
「こんにちは!」と挨拶されて「ええっ!」と驚く。だが、とっさに返答の声にならず会釈だけで通り過ぎる。その女性の一番の印象は右目あたりを黒い点や線でまるで絵を描いているようにメイクしているところ。とはいっても「ねえちゃん」ではなく、AKB48風のかわいい女性だった。もしかしたらハローインへ行く!?
プールに着くと、女性の下駄箱に靴はない。更衣室に入ると誰もいない。プールへ入っても女性はいなくて男性が2,3人いた。
秋分の日を境に、プール利用者はぐっと減る。暇人といえどもプールに出かける曜日をある程度決めていた。だが、日曜日でもプール利用者は少ないので、その必要もなさそう。
1時間プールにいると最後には2人だけになった。1人で泳ぐのも何となく体裁が悪い。1キロ泳ぐとすぐに泳ぐのを終える。少ない日は歩く人もほとんどいない。そのためプール内は静まり返っている。
昨日もクロールと背泳ぎで1キロ泳ぐ。その大半は背泳ぎで泳ぐ。クロールは顔を水につけるので息継ぎだけでも運動になる。その点背泳ぎは息継ぎは関係ないので楽。
人が少ない日は、ビート板を持って泳ぐ練習もする。それで泳ぐと進まない。25メートルのなんと遠いこと。いかに足を使ってないことか。1往復でうんざりする。
家に帰ると、先日友人宅で来客と話していたチューリップに刺激され、翌日買ったものを庭に植える。狭い庭なので花同士がケンカしそう。10個のうち1個は鉢植えにする。
2人の話を聞いているとチューリップは花が大きくない方がきれいらしい。そのため花が咲いた翌年からは植え替えをせずにそのままにしておくと花も小さくなるとか。
陶芸家の家に来ていた人はフラワーアレンジメントの先生をしているとかで花について詳しい。「ほととぎす」もそのとき初めて知った。帰りにはその花と秋名菊をもらって帰る。
秋名菊はGWに出かけた中国で自生して生えているのを教えてもらって初めて知った。今辞書で調べると中国原産とある。季語は秋。どうりで中国で見た時は花が咲いていないはず。
その花を活けると、お店で買う花とはまた違った趣がある。豪勢な花ではないけれど、可憐さが漂う。それがまたいい。
明日からまた動き回る日々が続く。今日は自転車でフラット出かけた後は家でおとなしくフルートの練習と勉強(?)をしよう!
2012年10月28日日曜日
パソコンと遊ぶ!?
今朝は明け方雨が降っていたのだろうか、新聞はナイロン袋で覆われている。この雨も、次第に晴れると天気予報で知る。
天気の良くないときは家の中でパソコンと遊ぶ。昨夜ふと年賀状の季節が来ると思い、年賀状のソフトを起動させる。ところが何度それを試みても起動しない。
結局そのソフトを削除してしまった。した後で住所録を保存していないと気づく。
1年前に来た年賀状は保存している。とりあえず、それだけの住所はわかる。それ以外はもうアウト。それも仕方ない、と諦めモードに・・・。
パソコンの年賀状ソフトを見ると他にも2つある。それで遊んでいると時間はあっという間に過ぎる。それに飽きると、携帯料金が余っていると思い、東京の姪に携帯で電話する。
元気そうだった。次に予定している海外の行き先を話すと行きたいと言う。連れて行ってあげるというと、勤めているので長期は休めないらしい。働いていたので平日、休めないことはよくわかる。
いつか一緒に行こうと言って電話を切る。話すたび、若い姪から教えられることも多い。
教えられることといえば、投稿したブログの過去のものを閲覧する人がいる。それをトラフィックで逆に検索してみると何の検索キーワードで自分のブログにヒットしたのかがわかる。
それを先ほどすると自分のブログの上段にある人のブログが目についた。もちろんその人を知らない。興味本位で見ていると早稲田の社会学の先生だった。
同じキーワードでブログに投稿してもいろんな人が異なるブログを投稿する。当然といえば当然なこと。人のブログを読んでいると教えられることがある。そういう意味ではパソコンで遊んで、何かを知ろうと思えば知ることができる。また、逆にどうでもいい情報も多い。
今日は雨もあがったようなので、早めに泳ぎに行こう。今日も一日元気よく!
天気の良くないときは家の中でパソコンと遊ぶ。昨夜ふと年賀状の季節が来ると思い、年賀状のソフトを起動させる。ところが何度それを試みても起動しない。
結局そのソフトを削除してしまった。した後で住所録を保存していないと気づく。
1年前に来た年賀状は保存している。とりあえず、それだけの住所はわかる。それ以外はもうアウト。それも仕方ない、と諦めモードに・・・。
パソコンの年賀状ソフトを見ると他にも2つある。それで遊んでいると時間はあっという間に過ぎる。それに飽きると、携帯料金が余っていると思い、東京の姪に携帯で電話する。
元気そうだった。次に予定している海外の行き先を話すと行きたいと言う。連れて行ってあげるというと、勤めているので長期は休めないらしい。働いていたので平日、休めないことはよくわかる。
いつか一緒に行こうと言って電話を切る。話すたび、若い姪から教えられることも多い。
教えられることといえば、投稿したブログの過去のものを閲覧する人がいる。それをトラフィックで逆に検索してみると何の検索キーワードで自分のブログにヒットしたのかがわかる。
それを先ほどすると自分のブログの上段にある人のブログが目についた。もちろんその人を知らない。興味本位で見ていると早稲田の社会学の先生だった。
同じキーワードでブログに投稿してもいろんな人が異なるブログを投稿する。当然といえば当然なこと。人のブログを読んでいると教えられることがある。そういう意味ではパソコンで遊んで、何かを知ろうと思えば知ることができる。また、逆にどうでもいい情報も多い。
今日は雨もあがったようなので、早めに泳ぎに行こう。今日も一日元気よく!
2012年10月27日土曜日
昨日の話
今朝はいつもより遅い起床となった。午前5時前頃、地震で目が覚める。それに続いて、電話がなる。真っ暗な部屋で鳴り響く電話の音。ナンバーディスプレイを見ると知らない番号。いつまでも鳴り響く。仕方なく、無言で受話器をとると応答なし。おかげで(?)遅い起床となる。
遅い起床は地震と電話だけが原因でなく、昨日、一日よく動いたことにもある。
昨日といえば、スペイン語の講義も大変だった。一番前の席に陣取って先生の話を聞く。「再帰動詞」の講義。ところがそれにも「直接再帰」と「間接再帰」の2通りあり、頭がこんがらがってしまう。
あるところで先生は学生に念を押す。ところがいわれることがわからなくなり、咄嗟に「じゃ、それはどういう時に使うのですか」と質問する。主語が変化して、その動詞をすべて黒板に書いて説明される。だが、黒板に書いてある原形についての説明がない。それを聞く。
講義中、先生から「質問がありますか」と聞かれてもシーンとしている。その静かさの中での咄嗟の質問。思ったときには口から声を発していた。
講義後、先生から「わかりましたか」と聞かれる。日本語のその動詞の意味がわからない旨話すと、先生から「スペイン語で考えましょう。その方がわかりやすいです」と言われる。
確かに先生の言われることがあたっている。日本語に置き換えているとわからなくなる。外国語のニュースを聞いてもそのまま聞いて理解するように。
講義後は疲れた頭を冷すかのように陶芸家が迎えに来てくれる場所まで歩いて移動。広いキャンパス内を歩いていると、まるで山道を歩いているようで気持いい。
陶芸家と合流して、ランチを食べて自宅の工房に伺う。いろんなコトを話す。話していると、来客がある。市内で有名なウッドハウス・レストランの女性経営者だとか。前日も広島市内から男性のレストラン経営者が訪れたらしい。
聞いているとその人の人との付き合いは広い。昨日の来客者に立花隆の講演会で知り合ったと紹介される。
人といえば、話しの中で2人の人の話が出る。昨夜、すぐに図書館へその人たちの本を予約する。
茨木のり子と山野井泰史の2人である。
帰り際、工房横の広い庭に出て、「ほととぎす」などの花をもらう。チューリップの球根を植えたと聞く。その花が咲く4月、広島市内のデパートで個展があるという。
今日は遅い起床でもうお昼。今から自転車で今日の行動開始。さあ頑張って・・・。
遅い起床は地震と電話だけが原因でなく、昨日、一日よく動いたことにもある。
昨日といえば、スペイン語の講義も大変だった。一番前の席に陣取って先生の話を聞く。「再帰動詞」の講義。ところがそれにも「直接再帰」と「間接再帰」の2通りあり、頭がこんがらがってしまう。
あるところで先生は学生に念を押す。ところがいわれることがわからなくなり、咄嗟に「じゃ、それはどういう時に使うのですか」と質問する。主語が変化して、その動詞をすべて黒板に書いて説明される。だが、黒板に書いてある原形についての説明がない。それを聞く。
講義中、先生から「質問がありますか」と聞かれてもシーンとしている。その静かさの中での咄嗟の質問。思ったときには口から声を発していた。
講義後、先生から「わかりましたか」と聞かれる。日本語のその動詞の意味がわからない旨話すと、先生から「スペイン語で考えましょう。その方がわかりやすいです」と言われる。
確かに先生の言われることがあたっている。日本語に置き換えているとわからなくなる。外国語のニュースを聞いてもそのまま聞いて理解するように。
講義後は疲れた頭を冷すかのように陶芸家が迎えに来てくれる場所まで歩いて移動。広いキャンパス内を歩いていると、まるで山道を歩いているようで気持いい。
陶芸家と合流して、ランチを食べて自宅の工房に伺う。いろんなコトを話す。話していると、来客がある。市内で有名なウッドハウス・レストランの女性経営者だとか。前日も広島市内から男性のレストラン経営者が訪れたらしい。
聞いているとその人の人との付き合いは広い。昨日の来客者に立花隆の講演会で知り合ったと紹介される。
人といえば、話しの中で2人の人の話が出る。昨夜、すぐに図書館へその人たちの本を予約する。
茨木のり子と山野井泰史の2人である。
帰り際、工房横の広い庭に出て、「ほととぎす」などの花をもらう。チューリップの球根を植えたと聞く。その花が咲く4月、広島市内のデパートで個展があるという。
今日は遅い起床でもうお昼。今から自転車で今日の行動開始。さあ頑張って・・・。
2012年10月26日金曜日
「心豊かな老いとは」
今日も寒い朝を迎える。一日ごとに寒さも増してくるのだろう。起床後すぐにエアコンの暖房を入れる。しかしまだ加湿器を用意していない。
身支度を整え、朝食をとりながら朝刊を読む。新聞の目に付く箇所は決まってくる。今朝の地元紙を見ると「くらし」欄に「心豊かな老いとは」と大見出しがあり、「楽しめば周りも明るく」と小見出しがある。
それによると今年100歳以上の高齢者が5万人を突破し、長い老年期を心豊かに過ごすことが問われている。この5万人の内、男性はその1割強で大半は女性の高齢者である。
100歳まで生きられるかどうかわからない。また先のことまで考えたこともない。だが、同じ生きるなら、元気で心豊かに生きたい。その秘訣を放送大学准教授の星薫が応えている。
星は「アンチエイジング」ならぬ「サクセスフルエンジング」に関心を持つことをすすめる。
それをアメリカの大学の研究報告から4つのポイントをあげる。
1 創造的な活動をする
2 学ぼうとする向上心を持ち続ける
3 遊ぶ時間を作る
4 できるだけ多くの人と付き合う
大体当てはまるように思う。しかし1の「創造的な活動をする」は当てはまらない。この活動とは何かを作り出すことらしく俳句やそば打ちなどがあるという。この点については何かを始めるように考えよう。
とはいっても、この4点を義務感からするのではなく、心から楽しいと思ってすることが心豊かに老いるこつだと星は述べる。
今日は午前中、講義を受け、その後大学近くに住む陶芸家に大学まで迎えに来てもらう。合流後、車でイタリアンレストランへ行き、ランチを食べる。初めてのお店だった。大学近くにあるためかお客は女子学生が多い。美味だった。
食事を終えると陶芸家の工房に行く。大きな雑種犬の「又三郎」の出迎えを受け、夕方まで話す。
その人が陶芸家になった謂れなど聞く。陶芸を職業とすることは農家の人が大根を作ることと同じだという。芸術のためでなく、生きるための職業。死ぬまで続けるとその決意を語る。
そんな話を聞くと、甘い考えで生きていると気づかされる。
そう話すと、何十年も会社に勤めていたのだから立派だと褒めてくれる。
会社勤めの頃は確かに大変だった。それほど強気の人間でもないモノが長く会社勤めを続けた。母に何度か会社を辞めたいと愚痴るといつも「次のボーナスまで頑張って勤めんさい」といってその場を励ましてくれた。この繰り返しで何十年も働いてきた。とはいっても、仕事の終わりはリストラだけど・・・。
今、こうしておられるのもそのおかげと思えば母の言葉もありがたい!
何はともあれ、今日の新聞に書いてあるようにどんな状態にあっても、心豊かに暮らすように心掛けよう!
身支度を整え、朝食をとりながら朝刊を読む。新聞の目に付く箇所は決まってくる。今朝の地元紙を見ると「くらし」欄に「心豊かな老いとは」と大見出しがあり、「楽しめば周りも明るく」と小見出しがある。
それによると今年100歳以上の高齢者が5万人を突破し、長い老年期を心豊かに過ごすことが問われている。この5万人の内、男性はその1割強で大半は女性の高齢者である。
100歳まで生きられるかどうかわからない。また先のことまで考えたこともない。だが、同じ生きるなら、元気で心豊かに生きたい。その秘訣を放送大学准教授の星薫が応えている。
星は「アンチエイジング」ならぬ「サクセスフルエンジング」に関心を持つことをすすめる。
それをアメリカの大学の研究報告から4つのポイントをあげる。
1 創造的な活動をする
2 学ぼうとする向上心を持ち続ける
3 遊ぶ時間を作る
4 できるだけ多くの人と付き合う
大体当てはまるように思う。しかし1の「創造的な活動をする」は当てはまらない。この活動とは何かを作り出すことらしく俳句やそば打ちなどがあるという。この点については何かを始めるように考えよう。
とはいっても、この4点を義務感からするのではなく、心から楽しいと思ってすることが心豊かに老いるこつだと星は述べる。
今日は午前中、講義を受け、その後大学近くに住む陶芸家に大学まで迎えに来てもらう。合流後、車でイタリアンレストランへ行き、ランチを食べる。初めてのお店だった。大学近くにあるためかお客は女子学生が多い。美味だった。
食事を終えると陶芸家の工房に行く。大きな雑種犬の「又三郎」の出迎えを受け、夕方まで話す。
その人が陶芸家になった謂れなど聞く。陶芸を職業とすることは農家の人が大根を作ることと同じだという。芸術のためでなく、生きるための職業。死ぬまで続けるとその決意を語る。
そんな話を聞くと、甘い考えで生きていると気づかされる。
そう話すと、何十年も会社に勤めていたのだから立派だと褒めてくれる。
会社勤めの頃は確かに大変だった。それほど強気の人間でもないモノが長く会社勤めを続けた。母に何度か会社を辞めたいと愚痴るといつも「次のボーナスまで頑張って勤めんさい」といってその場を励ましてくれた。この繰り返しで何十年も働いてきた。とはいっても、仕事の終わりはリストラだけど・・・。
今、こうしておられるのもそのおかげと思えば母の言葉もありがたい!
何はともあれ、今日の新聞に書いてあるようにどんな状態にあっても、心豊かに暮らすように心掛けよう!
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