2023年12月28日木曜日
ウオッシュレットのタンク
2023年12月27日水曜日
『街道をゆく』(八)「種子島みち」
これから先の最高気温を見ると14度前後の日が続く。昨日の11度の最高気温は暖かく感じた。ましてや14度前後でお天気もよいとなればいい年末年始となりそうだ。
昨日、プールに行くと下駄箱付近に来春4月からのプール利用条件変更の張り紙がある。利用しているプールは市の施設でなく隣町のプールだ。この10年近く隣町のプールを無料で利用している。改定後は400円となるとか。たとえ400円になっても自転車に乗って行ける距離にあり、利用者も少ないのでありがたく利用したい。このプールを利用する前は区のスポーツセンターのプールを利用していた。そこは隣の駅にありJRに乗って泳ぎに行っていた。泳いだ後の濡れた重い荷物を持っての移動は大変だった。そのころ、利用者から今のプールを教えてもらう。
泳ぐことに目覚めて早40年が過ぎた。水泳教室で正式に泳ぎを習ってからも20数年になる。水泳は一人で泳げるし、また泳ぐことは楽しい。ましてや何歳になっても泳げる。大の運動嫌いだったが水泳は自分に合っていたのか長く続けている。
以下は『街道をゆく』(八)「種子島みち」(司馬遼太郎 朝日新聞社、1999年第10刷)から気になる箇所を記そう。
★元来、薩摩藩というのは武士に学問は要らないと言いきる風があったほどにそういう気分の薄い藩であった。ただ種子島だけは例外とされていた。この島だけが好学の風を強くもっていたというのは、どういうわけであろう。『鉄砲記』にも、西村織部丞について、「頗ル文学ヲ解ス」と、わざわざその旨を書いている。室町末期にあっては京都あたりでも学問をしている者といえば五山の禅僧か公家の一部ぐらいのものであった。種子島という僻陬の小さな島で「頗ル文学ヲ解」している人間がいたというのは、織部丞が特異例であったというより、そういう風土があったのではないか。(407p)
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2023年12月26日火曜日
勢いづいて
最低気温マイナス1度の冷たい朝を迎える。ところがお昼近くになって数日ぶりに気温は高くなる。急遽、お墓へ参ろうとなった。外に出ると暖かく感じる。お墓につくと参る人がいた。話す人の声がする。家族のようだ。暖かくなった、と上着を手にして家族に話している。
墓地に着くと着ていた薄手のダウンを脱いだ。それくらい暖かい。墓参り後、勢いづいてプールへ行こう、となった。1日に2つの用事はしないようにしている。が、今朝までの冷たさを思うとせっかくの好天気を逃すことはない。年内にもう1回泳ごうと計画していた。ちょうどよかった。
お墓参りの後、我が家に着くと12時を過ぎている。軽くお昼を食べるとすぐに自転車でプールへ。いつもとは違う道を通ってプールに急ぐ。中に入ると泳いでいる人は3,4人と少ない。水中歩行の人は8,9人が輪になって歩いている。プールの中は寒さ知らずで泳いでいても心地いい。10往復(500m)泳いだ。そのほとんどは背泳ぎである。
家に着くと勢いついでに家では調理しない鶏のから揚げに挑戦する。スマホで作り方を調べると味付けにマヨネーズやショウガなどを入れるようにとある。スマホのレシピ通りに作ってみるとお店で買って食べるくらいに美味しくできた。
寒い季節に勢いづくとブログの投稿が晩くなる。こんな日は本を1頁も読んでいない。たまにはこういう日があっていい!?
ともあれ今日も(あと少しだけど)元気で楽しく過ごしましょう!
2023年12月25日月曜日
M-1を見る
昨夜のM-1グランプリは令和ロマンが優勝した。8千人余りから残った10人が頂点を競う。決勝進出の3組のうち、さや香以外の2組は昨夜初めて知った。その1組が優勝した。この頃の漫才は医師もいれば70歳過ぎて吉本の養成所に入った「おばあちゃん」(芸名)など様々な人がいる。優勝した令和ロマンは慶応出身とか。
数年前からM-1を見るようになった。その中で一番感動した芸人はミルクボーイ。この時のM-1は本当に面白かった。芸人であればM-1のトップに立つのが夢に違いない。しかし、トップはたったの1組で残る何千人という人たちは敗者となって悔しさを味わう。この悔しさがバネになっていつの日か芽を出す人もいるだろう。日の当たる人だけでなく悲哀を味わった人たちをなぜか応援したくなる。
応援している芸人のツイッターや動画を2週間くらい前から見るようになった。なぜこの人に魅かれるのかを自分なりに分析する。その芸人曰く「人間模様が好きだ」とか。
ヒトの生き方に関心がある。これは「人間模様」と似ているかもしれない。人の一生はM-1であれば頂点を極めた瞬間だけではない。それは人生の一瞬の通過点であり人の一生から見ればどんな人生になるかわからない。そう思えるようになったのも自分自身が年齢を重ねた結果わかること。これだけでも長生きしてよかったと思っている。
そう考えるとどんな人でもまっすぐな、いわゆるいい人生を送ったかと問えば決してそんな人はいないだろう。そう思えて以降、自分の歩んだ人生もまんざらでもないと思えてきた。人を羨ましく思うこともなくなった。まだまだ長生きすると考え方も変わるかもしれない。いろんなことを経験して命が尽きれば自分の人生は大成功!?
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2023年12月24日日曜日
「前頭葉を鍛えることで、ボケるリスクは軽減できる」
ネットを見ると毎日のように精神科医の和田秀樹の記事がある。最近の記事に「前頭葉を鍛えることで、ボケるリスクは軽減できる」とある。さらに「前頭葉の老化で何より注意しなければいけないのは、自発性や意欲が衰退して『感情の老化』が進み、放っておくとボケやすくなって、体や見た目の老化も加速度的に進むことです」とある。
また「年だから仕方がないとあきらめてしまうと、老化はさらに進む?」との問いに対して「そのとおりです。前頭葉は萎縮しても、意識して使うことで機能は保てます。実際、萎縮が同程度進んでいても、気が若く元気な人と老け込んでいる人がいるのはそのため。ボケないためには、意欲的であることを意識して心がけ、前向きな感情を大事にし、頭の切り替えを速くして想像力を働かせること。それが前頭葉の鍛錬につながります」とある。
いずれにしてもモノゴトに対して意欲的に取り組む!?これがボケ防止につながりそうだ。それには自分にとっては旅が一番かもしれない。自発的に旅に行こうという意欲がないと楽しい旅は望めなそうにない。そのためにも心身ともに元気が一番!?年齢は関係ないようだ。
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!
2023年12月23日土曜日
旅の集合時刻
町内会の班長を92歳の人がされている。お宮のお札を配られる際に町内会から寄付を募る。班長さん方は我が家の隣の隣だが寒い季節に来てもらうのも気の毒、とあって寄付金を渡しに行く。その代わりとしてお宮のお札を受け取る。せっかく外に出たからと思って雪の降る中、生協に出かける。これで昨日の歩きは終わる。
朝刊を見ると県北では45㎝の積雪とか。寒いはずである。今朝も冷たい。しかし、日中は8度の予想で明日からは最高気温も10度を超えるようだ。
GO TOの時、一度利用したバス会社から封書が届く。旅の案内だ。中を見ると泊を伴う旅と日帰り旅がある。どれを見ても旅に出かけようという気にならない。バスの旅は新幹線や航空機を利用しないと近場の同じ場所になる。今年5月のコロナ5類移行から自由に旅ができるようになった。そのこともあって5類移行、かなりバスツアーを利用した。その時に思ったことがある。それは集合時刻である。起床時間が遅いので広島駅に8時集合はきつい。せめて8時半でないと参加は無理。
今朝の地元紙に別の旅の案内がある。この会社はほとんど利用していない。というのも集合時間が早い。新幹線利用だと6時台の新幹線乗車だ。これはたぶん、「のぞみ」でなく「こだま」を利用するのだろう。6時台の新幹線に乗車の集合時刻は30分前だから想像するだけでツアー参加は無理というものだ。
歳を重ねると早起きになる、と言われる。が、個人的にはそれはまったくない。ツアー参加も集合時刻を気にしだすと条件が厳しくなる。ましてやこの頃は旅行社によると相席になることもあるとか。いつも利用する会社は1人参加だと他のグループとの相席がない。とはいっても徐々にそれも外れてくるかもしれない。
いろいろと思ううちが楽しいのかもしれないが最終的には自由気ままな一人旅に出かける!?これに尽きるかもしれない。
ともあれ今日も元気で楽し過ごしましょう!
2023年12月22日金曜日
『街道をゆく』(八)「豊後・日田街道」
今朝は今季一番の冷え込みとか。最低気温マイナス1度、最高気温は4度の予想となっている。この先の予想としては来週からは気温も上がって年末年始は16度の最高気温になるようだ。昨夜寝る前にふと頭を過る。寒い時季、今着ているよりももっと他にも着ていたものがあるはずと。起床後すぐにクローゼットを見るとある、ある。今日から冬用に着替えた。
今年最後の眼科へ行く。眼圧は15と17。眼のどこがどうこう悪いわけではないが、生後に目の病気をしていると親から聞いて必要以上に気をつけている。自分の体の部位で一番気をつけているのが眼。視力はよくないが幸いにもいわゆる眼の病気はない。
眼科の帰りに自転車に乗った人から声をかけられる。近所に住む人でいつも威勢がいい。そういえば一昨日はスーパーの入口で同級生とバッタリ出会った。小中高と一緒だった人で今でも働いているらしく時計ばかりを見て話す。話がしたいらしく同級生のいろんな人の名が出る。
年末までに済ませたい行事としてお墓参りがある。暖かくなりそうな来週にお墓へ参ろう。
以下は『街道をゆく』(八)「豊後・日田街道」(司馬遼太郎 朝日新聞社、1999年第10刷)から気になる箇所をメモしたもの。
★天領であった倉敷(岡山県)の場合など「天領根性」という言葉がいまでも残っているくらいで、隣接する備前岡山藩(池田家)領の領民の貧しさを嗤(わら)い、倉敷の豊さを誇るところがあった。倉敷がもし天領でなかったならば、あれほど立派な民家群が今日のわれわれに残されるということはなかったであろう。(226p)
★高取家は、彼女で十一代目である。先祖の高取八山は朝鮮からきた。自発的にやってきたのではなく、豊臣秀吉の朝鮮侵略(朝鮮側の呼称では壬辰ノ倭乱)のときに、諸大名が陶工をとらえて日本に連れて帰るのがはやった。八山もその被害者のひとりだった。かれは黒田長政の手でとらえられ、その家臣にさせられて日本で仕事をし、多くの名品を作った。以後、家系がつづいて彼女の代になっている。(264p)
ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!