気温の変化が激しい。今日は昨日よりもかなり下がりそう。体調管理に気をつけよう。
昨日は県立美術館で開催された日本画家であり、日本美術院代表理事でもある田淵俊夫氏の講演を聞きに行く。日本画の先生に誘われての講演会。知らない世界を垣間見たようで楽しかった。
まずは日本画の材料から話は始まる。席は前から2列目。だが、慌てて家を出たため筆記用具を忘れる。せめてキーワードは覚えようと思って聞いていく。だが、覚え切れない。ひとつ隣の知らない人に鉛筆を借りる。
日本画の材料である岩絵の具。黄色や紫はない。少ない数の材料。これを混ぜていろんな色を出していく。ところが次第に外国からの影響を受け、絵の具の材料も「天然の材料」から「合成のもの」が入る。それはいつの間にか「人工の材料」に取って代わる。しかし、昨日の先生は「天然の材料」にこだわり続けて絵を描かれている。
日本画に興味を抱いたアメリカのフェノロサが来日。日本画の一回目のコンクールの審査員として来日したフェノロサは狩野派のリーダー狩野芳崖の絵に見とれ、彼を支持する。
日本画の廃れていく様子を見てショックを受けたフェノロサは日本画の復興を決意する。 当時の日本では日本画は「第二芸術」だった。それをフェノロサは危惧した。芳崖亡き後、欧州を視察した岡倉天心は国立美術学校の必要性を痛感し、フェノロサと共に1888年日本美術学校(現、東京芸大)を設立。
田淵氏が学ばれた頃の芸大は志望者の1位はグラフィックデザイナー、2位は油絵、3位が日本画だった。ところが最近はそれが逆転して日本画ブームが起きているという。
ここでまた私のエゴがでる。何でも自分が習っているモノ、コトは流行っているとの錯覚がある。まさに今、その日本画がブームにあるとは…。
現在の東京芸大の日本画の入学試験の倍率も油絵とは雲泥の差があると聞く。 これからの日本画として、自らアンテナを張り巡らせて情報を収集し、自分の世界を築いていけばいいらしい。この言葉は大いに励まされる。そして、先生は講演の最後に「感動する絵」を描いていけばよいと話される。
日本画を習って半年。まだまだひよこ。昨日の講演は本当によかった。講師の人柄もあるだろう。会場は聴衆で超満員。館長も講師紹介の時、久々に会場を満たしたと話される。
講演後、日本画の先生と合流。6月に長野へ行くメンバーの一部の人を紹介される。まだまだ日本画はヨチヨチ歩き。この人は誰?と先生に質問する人もいる。それも当然。
講演後、他のギャラリーの絵を見る。果物や筍のデッサンを見ると、自分で描いた筍も満更でもない、とまたここで自己満足の世界。こうでなくちゃ、絵も描ききれない。
昨日は他にも夜はBSで映画「ナンガバルバット」を見る。今から23年前のお盆頃、ナンガバルバットのふもとにあるギルギット、フンザへ出かけた。これまで出かけた海外では私にとってはいちばんの秘境。今でもツアーはあるのだろうか。
23年前ということは当然今よりも23歳若い。たった7人のツアー。どの人の顔も今でも鮮明に覚えている。 イスラマバードからフンザまでの断崖絶壁をラウンドクルーザーは走る。中国とパキスタンとの国境のクンジュラフ峠のふもとの世界の桃源郷、フンザへ向かう道。その前年、父がなくなったこともあり、断崖に仏像が刻まれているような錯覚を覚えた。とはいっても旅は最高に楽しかった!
映画はまるで旅のシーンと同じ。来る日も来る日もホテルの椅子に座って8000メートル級のナンガバルバットの雪山の頂きを眺めた。時には皆で寝そべって夜空の星を眺めた。この雪山を見るために何度かフンザへ来るという山男もいた。
ナンガバルバットを目指す人たちはギルギットに滞在する。ここにはバザールもある。パキスタンの人の顔つきにもなれず、日本のツアーの人について歩いた。しかし実際のパキスタン人はとてもやさしい。
この時の模様をビデオに編集して送ってもらっている。いつかDVDにしよう。昨夜、旅で一緒だった米子の友だちに電話すると通じない。今夜もまた電話しよう。
それにしても、若かった。一人で成田まで行き、辺境のツアーへ参加したと思うと感慨深いモノがある。今はもう当時ほどの気力や冒険心?はないのでは、と思ったりする。
平凡な毎日に見る昨夜のような映画。雄大な景色に心も洗われる。昨日は日本画と映画で本当にいい一日となった。今日もいい日にしよう!
2014年4月28日月曜日
2013年4月30日火曜日
映画「リンカーン」を見る
夜半から降っていた雨も今はあがり、日中は晴れになりそう。このごろは毎朝起きると先ずはレモンの木の蕾を見るのが楽しみ。一昨年と昨年と一つだけ実をつけたレモン。さてさて今年はいくつ実をつけるだろう。今朝のレモンは雨上がりとあって葉っぱには小さなナメクジが・・・。
昨日は春らしいお天気だった。そういう日は部屋にいるのがもったいない。友だちに誘われて市内中心部にある映画館へ行く。昨日は祭日のため到着時はすでに満席。それでも人がずらーと並んでいる。友だちはそれを見越して予約券を購入ズミ。お蔭でゆっくり映画を見る。
昨日の映画は「リンカーン」。映画館へ入るのも10数年ぶりかそれ以上になる。デパートの8階にあるその映画館の優雅な雰囲気はこれまでイメージしていた映画館を覆す。新たにできたものでなく内装を替えただけでこうも変わる!?
館内で映画を見ながら飲食でき、座席もゆったりしている。このくらい飛行機の座席があれば旅も快適だろう。200名強くらいしか一部屋には入らない。それが2部屋ある。
これまで余り映画を見たい気持ちにならなかった。だが昨日の雰囲気にかなりのめり込む。家でみるTVの映画とはスケールも違う。
映画のタイトルはもちろん元アメリカ大統領からつけたもの。だが、リンカーンが命をかけて夢見た真の「自由」の意味を余り知らなかった。映画を通して少しはわかる。もらったチラシに寄ると「『偉大な指導者が求められる今こそ、この物語を知ってほしい』という願いをこめたスピルバーグは、家庭人としてのリンカーンのヒューマンな葛藤にも迫り、ひとりの人間の夢が本当に世界を変え、苦難に満ちた時代に崇高な光をもたらしていった軌跡を感動的に描き上げた。その並々ならぬ執念が結実した本作は、もはや一国の歴史や政治といった概念をはるかに超え、かけがえのない未来への希望をめぐる伝説として、観る者の心を揺さぶってやまない。そう、この驚くべき<世界を変えた28日間>の物語には、21世紀の私たちに宛てた輝かしいメッセージが刻まれているのだ。」と書いてある。
「家庭人としてのリンカーン」のところは「自由」のために“多くの命”が戦争で失われる。だが大統領でもあり、家庭においては息子ロバートの父でもある。志願する戦場に息子を送らなければならないその苦悩がよく描かれていた。そしてその裏には妻との葛藤もある。妻は当然わが子を戦場に繰り出したくはなかった・・・。
映画を見た後、お昼を食べに行く。だが本通りを抜けて紙屋町へ向かうほど「菓子博」の人出のためか人ごみに巻き込まれる。目的のお店も様変わりしており、再度八丁堀へ向かって三越で昼食をとる。そこで長居をしたあと、店内を見て歩く。普段一人で入らない売り場でも2人だと心強い。友だちは高級な売り場にディスプレイしてある薄い白のレースのあるブラウスとモネの絵画から抜け出たような薄いベストを購入。春らしくてとても似合っている。それは春だけでなく、秋のフルート発表会に着て出ても丁度いい。
そのフルート、今日は夕方からレッスンがある。その前に、旅行社へ寄って残りの旅行費を振り込もう。それまではしばらくフルートの練習をして・・・。そして今日も元気で!
昨日は春らしいお天気だった。そういう日は部屋にいるのがもったいない。友だちに誘われて市内中心部にある映画館へ行く。昨日は祭日のため到着時はすでに満席。それでも人がずらーと並んでいる。友だちはそれを見越して予約券を購入ズミ。お蔭でゆっくり映画を見る。
昨日の映画は「リンカーン」。映画館へ入るのも10数年ぶりかそれ以上になる。デパートの8階にあるその映画館の優雅な雰囲気はこれまでイメージしていた映画館を覆す。新たにできたものでなく内装を替えただけでこうも変わる!?
館内で映画を見ながら飲食でき、座席もゆったりしている。このくらい飛行機の座席があれば旅も快適だろう。200名強くらいしか一部屋には入らない。それが2部屋ある。
これまで余り映画を見たい気持ちにならなかった。だが昨日の雰囲気にかなりのめり込む。家でみるTVの映画とはスケールも違う。
映画のタイトルはもちろん元アメリカ大統領からつけたもの。だが、リンカーンが命をかけて夢見た真の「自由」の意味を余り知らなかった。映画を通して少しはわかる。もらったチラシに寄ると「『偉大な指導者が求められる今こそ、この物語を知ってほしい』という願いをこめたスピルバーグは、家庭人としてのリンカーンのヒューマンな葛藤にも迫り、ひとりの人間の夢が本当に世界を変え、苦難に満ちた時代に崇高な光をもたらしていった軌跡を感動的に描き上げた。その並々ならぬ執念が結実した本作は、もはや一国の歴史や政治といった概念をはるかに超え、かけがえのない未来への希望をめぐる伝説として、観る者の心を揺さぶってやまない。そう、この驚くべき<世界を変えた28日間>の物語には、21世紀の私たちに宛てた輝かしいメッセージが刻まれているのだ。」と書いてある。
「家庭人としてのリンカーン」のところは「自由」のために“多くの命”が戦争で失われる。だが大統領でもあり、家庭においては息子ロバートの父でもある。志願する戦場に息子を送らなければならないその苦悩がよく描かれていた。そしてその裏には妻との葛藤もある。妻は当然わが子を戦場に繰り出したくはなかった・・・。
映画を見た後、お昼を食べに行く。だが本通りを抜けて紙屋町へ向かうほど「菓子博」の人出のためか人ごみに巻き込まれる。目的のお店も様変わりしており、再度八丁堀へ向かって三越で昼食をとる。そこで長居をしたあと、店内を見て歩く。普段一人で入らない売り場でも2人だと心強い。友だちは高級な売り場にディスプレイしてある薄い白のレースのあるブラウスとモネの絵画から抜け出たような薄いベストを購入。春らしくてとても似合っている。それは春だけでなく、秋のフルート発表会に着て出ても丁度いい。
そのフルート、今日は夕方からレッスンがある。その前に、旅行社へ寄って残りの旅行費を振り込もう。それまではしばらくフルートの練習をして・・・。そして今日も元気で!
2013年4月9日火曜日
映画「最高の人生の見つけ方」より
入学式のシーズン。家の前には小学校がある。真新しい服装の親子のほほえましい姿が目立つ。地元のスーパーへ出かけても「ご入学おめでとう」のテープが繰り返し流される。新たなことが始まるこの季節。いくら年を重ねてもやはり春はいい。
昨日は近くの友だちと急遽、夕飯を食べに出かける。相変わらず取り留めのないことを話しては食べる。お店で長居をした後、家に帰るとBSで「最高の人生の見つけ方」の映画を放映している。タイトルに惹かれて映画を見る。いい映画だった。最後に流れる“Say”の音楽。この歌詞が画面に出ている。その言葉にさらに惹かれる。
病室で知り合った2人の男性。その2人は人生の意味を問いかける。「人生の喜こびを見つける」と結論付けた2人は行きたいところへ出かけ、やりたいことをメモしていく。それを次々と実行する。その結果、「赤の他人を救う」ということに人生の意味を見出す。
そして亡くなった1人の弔辞で残った1人は「私たちは互いの人生に喜びをもたらし合いました」と述べる。男性2人の人生最後の旅。あるときは余りにも男性2人の仲が良すぎて互いの家族の顰蹙を買うこともあった。だが、それも理解される。
そして映画の最後で「人生の価値を決めるのは難しい」、と。
テレビを通してみる映画。いい映画だった。もし、これが女性2人だったらどういう風なシナリオになるのだろう。そう思ったりする。
今日は夕方から2週間ぶりのフルートのレッスンへ出かける。今日から教室も新たな場所で始まる。新入生の気持でフルートのレッスンを受けよう。今日も元気を出して!
以下はネットで検索した英語の歌詞を引用したもの。
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