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2019年1月7日月曜日

夜はテレビ三昧

 今朝、ダグニーさんのblogを見ると、友人のエレナが更新している。それによると「日曜日の最新ニュース」のタイトルで入院中のダグニーさんの様子が綴られる。今週中に医師の決定が出るようだ。食欲はあり、デザートなどを食べたそうだが、ブログのホームシックに罹っているという。どういっても毎日、ブログを更新されていたから無理もない。ともあれ、早い回復を願うばかり。

 昨夜のNHKスペシャル「サグラダ・ファミリア 天才ガウディの謎に挑む」を見た。サグラダ・ファミリアは7年余り前のスペイン旅行で出かけた。この建設に携わる日本人の彫刻家、外尾悦郎氏ともレストランでばったり遭遇。一緒に写真も撮ってもらった。サグラダ・ファミリアの上層部へエレベータで見学。その後の話で見学しなかった組は外尾氏と一緒に地下に眠るガウディのお墓などを見学したそうだ。これを聞いて少し残念な気持ちになったことを思い出す。

 番組クルーは次のようにHPで述べている。

★今回我々は主に、教会最大のシンボルとなるイエスの塔の建造の様子を中心に取材しました。そこには、効率や機能性を追究する現代建築とは違う価値観でものを考える、作り手たちの姿がありました。「なぜサグラダ・ファミリアはいつまでも完成しないのか」その疑問への答えを、そんな作り手たちの姿から探っていただくのも……。

 イエスの塔の空洞をどうするか。外尾氏はガウディはどうしようと思ったのか、を考える。行き詰まると地下に眠るガウディに問いかける。ある時、20年来、ガウディの建築資料を探していた考古学者はそれを別の教会から発見する。そこには多くの資料が隠されていた。専門家の資料分析から外尾氏はガウディが目指していたことに気づく。それは「グラデーション」。「貧富の格差」、「社会の分断がない形を作る」ことだと思った。朝日が出る前の空を見上げるとピンクがかった紫の雲が流れる。この「紫」の色がタイルでは出せない。これをタイル技術者に作ってもらう。できた!土、水、空気など自然のあらゆる色をグラデーションで表現する。これをイエスの塔に作ろうと決めた。だが、作業はこれから始まる。

 この放送の前に見たのは日曜美術館。日本画家の田中一村だった。現在、奄美大島で一村の展覧会が開かれている。見に行きたいけど、奄美大島は簡単には行けそうにない。

 今日は朝から太陽が出ている。温かくなりそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年3月12日月曜日

父の祥月命日&日曜美術館「イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年」

 今日は父の祥月命日。いなくなって丸28年になる。一昨日、飾っている父の写真を見ると色褪せている。昨日、写真をケースから取り出して焼き増しをお願いする。以前も他の写真を写真から焼きなおした。もう二度とは父の姿を写真に撮ることはできない。自分が生きている限り、できるだけ両親の供養をしよう。

 写真と言えば、今回の旅で遺影のために写真を撮る、と話した人がいる。その気持ちが伝わったのか久しぶりに自分の写真を4枚撮る。撮ったのはコアラを抱っこした写真、南太平洋をバックにした写真、掌に鳥を乗せた写真、そしてイギリスからオーストラリアに移住した夫人が毎日同じ場所に座って故郷に想いを馳せたという場所で写した写真。今回の旅はどういっても飛行時間がこれまでの旅よりも短かく、疲れることもなくて写る気になったのかもしれない。

 そうはいっても「遺影」を考えることはない。多分これからもそういうことは考えない。まずは「生きる」ことが最優先になる。

 話は変わって昨夜の日曜美術館。「イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年」と題された番組。HPには「愛らしい少女の肖像『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』。ルノワールの代表作は、ナチスによる略奪など想像を超える物語を秘めていた。一枚の絵を多面的に語り尽くす。ルノワールの代表作『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』。裕福なユダヤ人富豪の令嬢を描いた肖像画には、想像を超える激動の物語が秘められている。モデル・イレーヌの家族を襲ったホロコーストの悲劇。ナチスによる肖像画の略奪。そして戦後、奇跡的な肖像画の再会。ピアニスト・西村由紀江さん、カメラマン・渡辺達生さん、多摩美術大学教授・西岡文彦さんが、それぞれの視点から名画が秘めた『美の物語』を語る」とある。

 またもやナチス、と目が釘付けになる。ドイツはポーランドに侵攻して以降、次々とヨーロッパ全土を戦争へと導く。当時はヒトラー政権の時代。ヒトラーは美術家になりたかったらしい。それゆえヒトラーはユダヤ撲滅と西洋の美術品を略奪して壮大な美術館を建設するという2つの夢を抱いた。略奪した美術品は数十万点にも及び、いまもなおそのうちの数万点は所在不明らしい。

 当時の画風は印象派時代。ルノワールはイレーヌの両親から娘の絵を描くことを依頼される。しかし、イレーヌの両親はルノワールの描いた絵を見て他の人の描いた絵の巧さと比べ、気にいらない。パトロンと思ったのも束の間、イレーヌからの依頼は減少していく。イレーヌ一家はユダヤ人だった。強制収容所に送られ、絵も没収される。のちにアメリカはナチスが略奪した美術品の奪還を任務とした。それはナチスドイツに兵器を搬入して、その代金で印象派の美術品の購入(取り戻すこと)となったのである。収容所で生き延びたイレーヌはパリに戻り、91歳でスイスで亡くなる。イレーヌの絵もベルリンで発見されて手元に戻る。だが、イレーヌは自分が描かれた絵を3年後に売り渡す。買い取ったビュールレはプライベート・コレクションの自分の美術館で保管する。

 ルノアールがいま生きていればどう思うのだろう。この美少女の絵は世の人々の注目を浴びている。東京で展示後、福岡に回って来る。その時は見に行こう。それにしてもなぜイレーヌは自身の肖像画を手放したのだろうか。昨夜の番組でもこれを問題にしていたが…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年3月5日月曜日

「芸術はすべて心である。芸術修行とは心をみがく事である」

 午前3時過ぎ、大きな雷の音で目を覚ます。その後も降り続く雨。今日中は止みそうにない。こういう日は家でおとなしくせよ、との暗示かもしれない。

 地元紙にはせてある三越のチラシ。フランスフェアと銘打っている。普通ならば美味しそうなメニューやスイーツも今はそれさえも感じられない。オーストラリアで洗礼を受けた肉類とスイーツ。もう「ごっつあんです」の心境でしばらくは食べたくない。

 機内で出たパン、というかスイーツ。賞味期限を見ると11月となっている。もったいない気持ちが昂じて持ち帰る。画像左のクッキーは60gでエネルギーは1210カロリー。右は90gで1230カロリー。これは機内食ではなく単なる機内でのおやつ。成人一人当たりのエネルギーはこれらの1個に少し上乗せしたカロリーで十分賄える。家で食べようとするが「毒を食べる」ような気持ちに襲われる。

 シドニーの街中ではお昼休憩を利用してジョギングに励む会社員の姿を多く目にした。現地ガイドは肥満気味のオーストラリア人は今やアメリカを抜いて世界1,2位を争っているという。「そりゃ、そうでしょ」、と思わず言いたくなる。ゴールドコーストとシドニーのスーパーへ出かけた。パン売り場を覗くと食パンであれ、菓子パンであれ、サンドイッチもそうだけど手に取るとズシリと重い。ついつい、エネルギー量の表示を見てしまう。

 我が家の朝食の食パン1枚は176キロカロリーと表示がある。1斤は6枚入りで全部食べても1056キロカロリー。ということは機内で出されたおやつ(?)は食パン1斤以上のカロリーになる。日本の食卓で食パン1斤を食べる人はお相撲さんのように体を使う人であれば可能かもしれない。しかし一般の人はせいぜい1枚か2枚の消費で十分だろう。

 また、甘さが半端ではない。元来、甘いものが苦手とあってはほんまに口に入れるものが「毒」になりそうだ。現地ガイドは話す。スーパーの特売は砂糖など甘いものが売り出されるらしい。安いとあればつい買ってしまう。スーパーはこれで売り上げとなる。まるで鼬ごっこだ。お昼のジョギングをしなくても、「食」の面で節制すれば…と思うけどこれも余計なおせっかいかもしれない。

 ということでしばらくは肉類やスイーツ類はご法度となりそうだ。以下は成人一日当たり―のカロリー量から。http://muuum.com/calorie/1010.html (参照)
女性 
  軽い   中程度  やや重い 重い
20代 1800kcal 2000kcal 2400kcal 2800kcal
30代 1750kcal 2000kcal 2350kcal 2750kcal
40代 1700kcal 1950kcal 2300kcal 2700kcal

男性
   軽い   中程度  やや重い 重い
20代 2250kcal 2550kcal 3050kcal 3550kcal
30代 2200kcal 2500kcal 3000kcal 3500kcal
40代 2150kcal 2400kcal 2900kcal 3400kcal



機内で出されたおやつ(?)
これ以外にもスイーツがいろいろと出た

 話は変わって昨夜の日曜美術館。不染鉄を取り上げる。番組を見るまでこの人について全く知らなかった。番組紹介欄によると「去年の夏、東京で初めての回顧展が開かれ、美術関係者の注目を集めている日本画家、不染鉄。人生の足跡を明らかにしながら、不染鉄の郷愁あふれる幻想の風景世界を紹介する」とある。その内容は「去年の夏、東京で初めての回顧展が開かれ、美術関係者の注目を集めている日本画家、不染鉄(1891~1976)は人生の中で出会った風景を、生涯繰り返し描いた。生まれ育った寺院のイチョウの木。漁師として暮らした伊豆大島の村落と海。奈良・西ノ京に住んで見た古都の情景。番組では、晩年不染鉄と絵葉書の交流をした女性などの証言によって、人生の足跡を明らかにしながら、不染鉄の郷愁あふれる幻想の風景世界を紹介」とある。

 銀杏の大木の根っ子の部分の絵が画面に映し出される。お寺の生まれであったらしく仏像とは親しんで育つ。木の根っ子にその仏像を加えて描いている。この絵に惹かれてしまった。不染が絵の弟子あてに送った絵ハガキは100枚。それには絵もさることながらご自身の心境も添えられている。これらをまとめれば1冊の画集となりそうだ。晩年はあばら家に住んでいた。しかし、ウキペディアによると奈良女子大学の学生たちとの交流を楽しみつつ、悠々自適の晩年を送っている。番組で取り上げられた「芸術はすべて心である。芸術修行とは心をみがく事である」を信条とし、「いヽ人になりたい」という言葉を残した。

 番組で登場した絵ハガキの持ち主はもしかしたら奈良女子大学の学生だったのかもしれない。それにしても「いヽ人になりたい」、この言葉は素晴らしい!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年2月12日月曜日

日曜美術館「山口蓬春 絵に年をとらせるな」を見る

 昨夜のNHK日曜美術館は「山口蓬春 絵に年をとらせるな」。有名な人であっても番組を見るまでどんな人かも知らずにいた。番組のHPには「『蓬春モダニズム』と呼ばれる洗練された日本画で戦後画壇のスターとなった山口蓬春。近年人と作品の調査が進み、常に新しい表現を模索し続けた生き方が注目されている。昭和を代表する日本画家山口蓬春。近年、葉山にある記念館で日記や手紙などの整理が進み、人と作品に新しい光が当たろうとしている。注目されるのは『絵に年をとらせるな』という言葉。蓬春は常に新しい表現を模索し続けた。大和絵で華やかなデビューを飾るが、戦争中藤田嗣治とともに新しい表現を模索する。戦後、『蓬春モダニズム』と呼ばれる絵で画壇のスターとなるが、それにも飽き足らず事物の本質を描こうと変わっていく… 」とある。

 戦時中、画家は国の方針で戦争に関する絵を強制的に描かされる。山口も香港を舞台にした都市の絵を描く。しかし、その絵は見るモノによっては傷付いた香港の都市に映る。戦後になると山口の絵はモダニズムの世界にかわる。モダニズムとは過去を排除して新たな世界へ、と千住博。一人の画家の絵であってもそれまでとは全く画風をかえて描く。

 山口蓬春の美術館は「山口蓬春美術館」として神奈川県の葉山にある。番組HPを見ると「葉山へ 山口蓬春を巡る旅」として美術館巡りの旅がある。 http://www.nhk.or.jp/nichibiblog/400/289666.html(参照)

 今朝の新聞に旅のチラシがある。それは国内の旅が大半でそのほとんどはこれから春になり、桜を巡る旅が多い。桜の季節といえば母や母の娘3人、そして母の孫たちと出かけた身延山の枝垂れ桜を思い出す。これはわが家から一番遠くで見た桜だった。しかし、それも時季的に遅く、散る間際の桜だった。これほど遠くでなく桜は近場で見ることが多い。

 日曜美術館HPで葉山の旅を見ると行きたくなる。それでなくても以前尾道の美術館で知った奈良の万葉文化館、それと日本画を習い始めて知った岡山県井原市の華鴒大塚美術館、と行きたいところが待っている。

 元気なうちにと思うけどやりたいことが多すぎて一度には出かけられない。元気を維持してボツボツと気の赴くままに旅に出る。憧れるけどさてさて…。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年1月29日月曜日

NHK日曜美術館《クリスティーナの世界》から

 今朝は昨日と打って変わって日差しがある。この様子だとプールで泳げるかもしれない。昨日は社会人大学生の頃、共に学んだ院生だった人と久しぶりに会う。どういっても親子、いやそれ以上の年齢差がある若い人。前回会ったときはまだ子供さんは誕生していない。その子供さんも今年4歳になるとか。4,5年ぶりに会って話をする。

 まずは街中でのランチ。初めてのお店は感じが良くて食事も美味。まるで同い年、と錯覚するほど話していて違和感がない。食事後は八丁堀の院展を見る。その後は場所を替えてカフェタイム。外は寒くても感じがいいカフェでまたもや話が盛り上がる。というか一方的にしゃべった感じで申し訳ない。年齢差はあっても某先生の同じ講座を受けたことで違和感なくお話しできるのは本当に幸せ。時に固有名詞が出なくて即座にその人のスマホで検索。名前がわかればまた話が弾む。

 話していると気分はもう完全に社会人大学生時代に戻る。当時は今ほど悠長な日々でなく、時間に追われる毎日だった。しかし、それも今となっては懐かしい。時間に追われていたからこそ頑張れることもあった。話の中に出てきたあの人、この人。話せば話すほど共通の話題に結び付く。

 社会人大学生を卒業して今春で丸11年になる。院生修了後は丸9年。ということは同時代に学んだ若者は今年33歳になる。もう立派な大人になってそれぞれ家庭もあるだろう。

 昨日会った若い人も女児の母であり、妻であり、さらに一社会人として頑張っている。今は時間に追われる日々に違いない。そんな忙しい中、長い時間付き合ってもらって申し訳ない。そう思いながらも本当に楽しい時間は過ぎていった。〇〇小姐、非常感謝!そして〇〇〇ちゃんの写真、本当に可愛かった!

 忙しい毎日にも関わらず、中国語を学び続けているとのこと。これも素晴らしい。若さは追いつけないけどせめて気力だけでも若者に追いついて…。ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 またもブログ投稿後に気付く。昨夜のNHKの日曜美術館を忘れている。何気なく見ていると日曜美術館「ワイエスの描きたかったアメリカ」に《クリスティーナの世界》が映し出される。
  
 番組HPによると「2017年に生誕百年を迎え、注目を集めるアメリカの国民的画家、アンドリュー・ワイエス。力強く生きる移民の姿を描き続けた。今ワイエスの絵が問いかけるものとは。建国以来およそ240年、世界中から多くの移民が渡ってきて活力を生み出してきた国、アメリカ。そうした移民の姿を描いたある画家に今注目が集まっている。アンドリュー・ワイエス。2017年に生誕100年を迎え、記念切手が発売され、記念展覧会では多くの人を集めている。かつて彼は『アメリカ人にアメリカとは何かを示したかった』と語った。言葉の裏に込められた意味とは?作品から読み解く」とある。

 この「クリスティーナの世界」の絵、足が悪くて少女は歩けない。しかし、這ってでも歩こうとする。これを見ていてドキッとする。ワイエスはこの番組で初めて知る。辞書で調べると『広辞苑』にも掲載がある。途中から番組を見たので再度見たい!そして本物の絵も見てみたい!
お昼のランチ

2017年9月25日月曜日

ゴッホの「靴」

 「あの日あの時あの番組」を見ていると100歳の双子で世の中に華々しくデビューしたきんさんぎんさんの姿がある。今、当時の映像を見ても話す言葉はユーモアにあふれ、またかわいい。その後は日本画家奥村土牛を見る。亡くなる寸前まで富士山に魅了された画家だった。テレビに映る土牛を見ているとその表情からゴッホを思い起こす。また、人が亡くなる寸前の顔とでもいうのか、父の顔もこの人を見て思い出す。

 土牛は歩けなくなってもご自宅の2階から家族に支えられて富士山を眺める。これを見て富士山を描こう、富士山の近くまで行ってスケッチしようと生きる希望を捨てない。最後の富士山のスケッチはその日が雨にもかかわらず本人の強い希望で家族に伴われて出かける。何歳になっても、たとえ体が不自由であっても自分がこれっと思えることがあることは素晴らしい。何が何でもこれだけは人に譲れないというかやり遂げたいと思うことが今のところない。

 裏を返せば一つのことに集中しなくても何でもできる可能性があるということ!?そう思うことにしよう。

 話は変わって秋の法要の塔婆を取りにお寺へ出向く。久しぶりに古いお上人と出会う。2,3年前、ひょんなことで小学校時代の他の学校の同級生の人たちの輪に入った。その時、知り合った人は歯科医であり、某寺の御住職だ。お上人はその人がお寺に来られた際、私のことが話題になったと話される。知り合ったきっかけを話していると話が長くなる。これを見かねたお寺の若住職夫人は長話をするようにとお茶を出してくる。一度だけしか会っていない知り合いは鈴木三重吉の活動をしている。なぜ?と思ったら、三重吉のお墓は知り合いのお寺にあった!

 長話を終えて塔婆をもって自転車で我が家に帰宅。その後、受け取った塔婆とお花をもってお墓に参る。水汲み場で水を入れた後振り向くと名前を呼ぶ人がいる。しばし、誰…!?長年会っていない親戚の人だ。そこでまた長いこと立ち話をする。若くして両親を亡くしていた。都市銀行に勤めているが来年の3月でやめることにしたという。まだ50代前半と定年退職の年齢ではない。50代半ばで会社を辞めた経緯がある。自分のことを話しながら、じっとせずにやりたいことをやるようにと言ってその場を離れる。すべては自分の人生。何があっても楽しく生きるのがベスト!!

 夜、日曜美術館で見たのはゴッホ。これを見て土牛をまた思う。ゴッホも土牛もこれまたいい!司会者はゴッホの「靴」がいいと話していた。しかし、この絵はゴッホらしくない。とはいってもやっぱりこれはいい絵だ!来年1月には今、北海道で開催中のゴッホ展が京都国立近代美術館で開催される。その時は「おとなび」を利用して京都へゴッホを見に行こう!

2017年6月26日月曜日

日曜美術館「青いケシを描く~洋画家・入江一子 101歳のアトリエ~」を見る

 100歳過ぎても第一線で活躍する人たち。昨夜は日曜美術館でシルクロードを描く洋画家入江一子を見て感動する。入江はシルクロードへ30回ほど訪れているそうだ。その究極は入江が76歳の時に青いケシを求めて訪れた四姑娘山。この山は4000ⅿ級の山々が連なっている。今から25年前に入江は訪れた。

 青いケシはブルーポピーと言われ、同じ時期にブータンで見ている。狭い山道を歩いていた時、誰かが「ブルーポピー」といって写真に納めていた。だが、それを見てもカメラに収めなかった。軽い高山病になったこともあり、写真にとろうという気持ちがなかった。今となっては残念な気もする。しかし、この目で見ただけでもよかったと思おう。

 それにしても入江一子、青いケシを求めて出かけた四姑娘山は4000m以上の高地にある。御年76歳で24時間馬に跨り、2日ほどテント生活で探し求める。見つけたときはあまりの美しさにその場で写生し、のちに絵に仕上げる。番組では再度、その記憶をたどって馬に跨る作家と青いケシが咲く山を作品にしていた。

 どういっても101歳の御高齢。100号ぐらいの真新しい画布にデッサンし、彩色していく姿は素晴らしいの一語に尽きる。絵を描くのは体力との勝負と入江は話す。背は曲がり、シルバーカーを押しての移動も、いざ絵を描くとなればしゃきっとした姿勢で椅子に腰かけて筆を動かす。101歳という年齢を生きていることさえ立派なことなのに、さらに大作を描くとは…。

 翻って我が身はさて如何に?紫陽花の季節に日本画が休みの週ぐらい、家で描けば…との気持ちはある。だが、重い腰が上がらない。

2017年5月22日月曜日

日曜美術館「見つめる眼 震える心 由一、劉生 ニッポンの写実画のゆくえ」を見る

 今回の旅に出かける前に偶然目にした日経新聞掲載のリアリズムのゆくえ展の記事。そこに出ていた高島野十郎の「早春」と「蝋燭」の絵。全国巡回中のこの絵は見られなくても高島の所蔵作品を多く所有する福岡県立美術館にいつか行こうと思った。それも旅の最後の博多で時間に余裕があり、迷わず美術館へ出かける。絵を見て満足して家に着く。

 昨日番組欄を見ると日曜美術館に「見つめる眼 震える心 由一、劉生 ニッポンの写実画のゆくえ」と題された番組がある。これには高島の名は記されていない。だが、写実画、に気を取られて放送を見ると高島の絵もあった。見るもの万人を惹きつけるといわれる写実画。皆が見てもわかりやすい点にあるのだろう。

 高橋由一や岸田劉生はよく知っている。昨夜のテレビには水野暁が出ていた。初めて知る人で以前、広島で見て感動した磯江毅とスペインで親交があった人らしい。道理で水野の絵も見るものを惹きつける。

 番組HPを見ると次のように書いてある。「今や誰もがスマートフォンで手軽に写真を楽しみ、テレビや映画にはCGがあふれている。こうした中、絵画で写実を極めると言う事にどのような意味があるのだろうか?名画『鮭』で知られる画家、高橋由一。『真に迫り妙に至る。』ことが絵画の本質であると喝破した。写実を極める事で、モノに潜む本質に到達すべきと言うのである。こうして始まった日本の写実画は、西洋の写実とは異なり、独自の進化を遂げ、その流れは今へと連なっている。バーチャルリアリティー全盛の現在、写実を描き続ける画家たち。なぜ写真でなくて絵画なのか?それは、絵を描くという行為そのものの意味をも問いかける」。

 写実絵画を描く人は孤高の画家と言われることがある。昨日、『高島野十郎 光と闇、魂の軌跡』という画集を図書館で入手した。分厚い本だが、どの絵も素晴らしく借りて読むのが申し訳ないほどだ。何でも気に入ったものは借りて読むのでなく購入すべきだろう。

 話は変わって、先日来から旅の写真をデジカメからパソコンに取り込んでいる。この頃のパソコンは容量が多くてすぐに取り込める。そして、これをブログの編集に取り込む。これはすべてではなく、一枚ずつ吟味する。ところがこれも何かの手違いで取り込む画像の順序が狂うことがある。この画像と日程表やメモで旅の記録を完成させる。どうにか画像を取り込んだのでこれから徐々に文を作成しよう。それにしても旅の疲れが今になって出るのか少々風邪気味。旅に出る前と同じように相変わらず鼻水が止まらない。