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2018年11月2日金曜日

日経新聞「私の履歴書」(前橋汀子)から

 10月の日経新聞「私の履歴書」はヴァイオリニストの前橋汀子。10月29日には次のように書いてある。「……大学で教える一方、自分が生徒になった時期もある。62歳から1年間、都立大泉高校の定時制課程に通っていた。当時、本格的にスラブ民族史を学びたくなり、どの大学で講義が受けられるか調べてみたのだが、自分が高校を中退してそれに留学したことに気づき、まずは高卒の資格を取ろうと思っ立ったのである。……ついて行けなかった授業は体育。私と同年齢の女性がもう一人いて彼女と体育館の床に座って見学していた。……初めて答案用紙に名前を書く時は鉛筆を持つ手が震えたのを覚えている。……これから人生を切り開いていく若者たちと一緒に学べたのは得がたい経験だった。勇気と力をもらえた気がする」。

 これを読んで有名なヴァイオリニストであっても時に立ち止まっていた……と知って感動を覚える。62歳で定時制で学ぶ、なかなかできることではない。ましてや超一流のヴァイオリニスト。学びたい一心がそうさせるのだろう。高校と自宅が近いのか自転車で通っている。卒業時には先生たちから祝ってもらったそうだ。

 「思い立ったが吉日」という諺がある。頭にひらめくことがあればすぐに行動に移す、これに尽きそうだ。

 前橋汀子が62歳の頃は今から13年くらい前になるだろう。自分自身もその頃、大学で学んでいた。修了祝いは個人的にしても入学祝いは大学側が祝ってくれた。入学した前年から始まったAO入試。入学した年とその後もAO入試合格者を集めて祝ってもらった。AO入試初期の頃のことで今はあるかどうか知らない。この頃はAO入試も定着し志願者も増えている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2018年10月13日土曜日

今月の日経新聞「私の履歴書」から

 まさに今朝はこれぞ秋!清々しい朝を迎える。図書館に出かけて日経新聞を見ると今月の「私の履歴書」はヴァイオリニストの前橋汀子の記事がある。前回は5日まで読み、まとめて昨日までを読む。記事に登場する音楽家の名前は世界を股にかけた人の名が並ぶ。以前『私のヴァイオリン』という前橋の本を読んだことがある。当然それと似たような記事だが、それにしてもヴァイオリンを弾くために生まれてきたような人生を歩んでいる。昨日読んだ記事の中にはロシア語は大人の男性ばかりに交じって1人中学生が日ソ協会で学んでいる。ロシアでヴァイオリンを学ぶという憧れを子供心に抱いていたとは恐れ入る。どの個所を読んでも並の人ではない。学校の進路でも途中から自分で考えて親に相談なく行動に移す。

 何かで名を成す人はすべての発想が凡人とは異なっている。そうでなければ人より上には行かれないのだろう。前橋汀子のヴァイオリンをどんなきっかけで聞くようになったのかは忘れたが、2,3度聞いている。とにかく「華がある人」という印象が強い。

 ヴァイオリニスト、この響きがいい。前橋汀子以外にも、天満敦子、古澤巌、堀米ゆず子…のヴァイオリン演奏を聞いている。この秋は広響で諏訪内晶子がゲストで演奏する予定で、これは楽しみ!他に何を習いたいかと問われればヴァイオリン、と言いたい。ところが、これは実現不可能だろう。それでも習ってみたい。

 ヴァイオリンを習うかどうかは兎も角としても、生きているうちに何か一つこれまでやっていないことをやりそうな気がする。それはさてさて…。我ながら何をし始めるか楽しみなところでもある。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2017年12月6日水曜日

ショパンの眼鏡ケース

ショパン・グッズの眼鏡ケース

 図書館で某月刊誌を読んでいると前橋汀子のインタヴュー記事がある。自分が関心を抱けばヒト・モノ・コトが自然と目に入ってくるものだ。このごろつくづくそう実感する。前橋汀子のヴァイオリンを聞き、その後に出版された本を読む。そして昨日は雑誌のインタヴュー記事。記事の中に、自分を元気づけるモノとして3点ほど写真にあげている。高価なものでなく、誰でもが手に入れそうなモノ。とはいってもその人にとっては大切な品物。そのうちの一つはヴァイオリンの柄入りのペンケース。これを読んでポーランドで買ったショパンのグッズの眼鏡ケースを思い出す。

 「ショパンの生家」のグッズ売り場だっただろうか。皆さん、ショパンのCDを購入されていた。しかし、CDは買わずに他を見ていると眼鏡ケースがあった。手に取ると家にあるのよりも軽い。これはいいと思って迷わず購入する。それが今朝の画像の眼鏡ケース。色は2種類あった。ツアーの人に見せると同じ色のを買われていた。自分にとってこの眼鏡ケースが元気づけるモノかどうかはわからない。しかし、旅に出てもお土産らしいお土産を買っていない。そういう意味では、これはいつまでもポーランドの旅を思い出させる大切なモノになるかもしれない。

 旅といえば昨日の新聞折込に入っていた某旅行社のチラシ。3月の日帰りバス旅を見ているとこれまでにはない企画がある。というか、自分が気にかけなかっただけかもしれない。頭にひらめくことは深く考えずに行動する!その思いが強いので今朝早速バス旅を申し込む。そういえば昨日の前橋の記事にも人生には体力、気力、時間に限界があり、思いついたら行動するようなことが書いてあった。これもこの人に惹かれる所以かもしれない。ともあれ、動けるうちは遊びに徹しよう!

 ブログ投稿後、ネットで見ると現地で買わなかったもう一方の眼鏡ケースが日本で3240円で販売されている。それも送料別らしい。倍の価格での販売だ。

2017年11月22日水曜日

『私のヴァイオリン』

 『私のヴァイオリン』、サブタイトルは「前橋汀子回想録」(前橋汀子 早川書房、2017年)を読んだ。演奏家がヴァイオリンに賭ける情熱をまざまざと見せつけられた本だった。世の中の有名な音楽家との出会いがその人の演奏する力になっている。これは何も有名人でなくても凡人であっても同じかもしれない。人との出会いが人生を決定づける!ともあれ、読んでいて元気が湧いてくる本だった。

 昨日はお天気にも恵まれて急きょプールで泳ぐ。これから一日ごとに寒くなる。泳げる日にはなるべく泳ぎを優先しよう。プールに行くにも今が一番いい季節かもしれない。水に浸かった感触がどういっても温泉のように感じる。温かいプールで昨日も1キロ泳ぐ。

 以下はまたいつものように本からの抜粋!

★運動が苦手だったので、学校の体操の時間もイヤでイヤで仕方がありませんでした。…ボールが投げられないし、キャッチもできない。跳び箱や鉄棒は、言うまでもありません。(14p)

 同じく運動音痴で育った。世の中、同じような気持ちで育った人がいると思ってこの本を読む。

★アルバン・ベルクは亡くなってから二〇年経ったぐらいの時期でしたが、彼のヴァイオリン協奏曲は前衛的で難解だと言われていました。今でもその評価に変わりはありません。(34p)

 先月の広響第374回定演でこのベルクのヴァイオリン協奏曲が演奏された。しかし、聞いていてその良さが全くわからない。前橋もこの曲は「前衛的で難解だ」と書いている。その後、テレビでN響がベルクの曲を演奏していた。指揮者を見ると広響の指揮者と同じ下野だった。「わからない曲」とのイメージが付きまとったベルクの曲。お蔭でベルクの名をしっかり覚えた。

★ある日、中国人留学生たちは忽然と姿を消してしまいました。…あとから考えてみると、おそらく政治の大きな変動により、中国に呼び戻されたようです。一九六〇年代に入って以降、ソ連と中国との関係は複雑でしたから、その影響があったのではないかと。中国人留学生たちはその後、どうなったのでしょうか。文革四人組のひとり江青女史から絶大な引き立てを受けていた殷承宗ものちに農村に下放されたと聞きました。(58p)

 殷承宗についてネットで調べるとアメリカ国籍の華僑のピアニストとなっている。前橋と同じくソ連留学時代の経歴も詳しい掲載がある。https://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%B7%E6%89%BF%E5%AE%97 (参照)

★私のソ連留学は広く世間に知れ渡っていたので、訪ソする人たちが「娘さんに届けるものはありますか」と、わざわざ両親のもとに連絡をくださったのです。…「市川です。お母さまから荷物を預かっています」声の主は、国会議員の市川房枝先生でした。受け取り場所として指定されたのはホテル・アストリア。ナチスドイツのヒトラーは「レニングラード包囲戦」と呼ばれるソ連との戦いに勝利したら、このホテルで祝賀会を開く予定だったそうです。(67p)

★一九六一年九月、レニングラード音楽院での勉強を始めた直後に、ムラビンスキー指揮のレニングラード・フィルによるチャイコフスキーの悲愴交響曲を聴きました。…思わず感情が昂ぶり涙が止まらなくなってしまいました。チャイコフスキーは、ロシアの風土とロシア人の心を音楽にした作曲家です。彼の音楽には、ロシア人のあらゆる感情が集約されています。(75-76p)

★オイストラフは「ヴァイオリンはお腹で弾くものだ」と言っています。ヴァイオリンの大きさは同じであっても、演奏する人の体形はさまざまです。だから、体幹を使って、それぞれが自分にとって自然体で、一番ふさわしい弾き方を見つけなくてはいけない。そう言いたかったのでしょう。

 フルートを吹くときも体幹が重要と教えられた。何事も一番は「体幹」!?

★タリーさんは私の保証人になってくださり、一度は断られたチェース・マンハッタン銀行から融資を受けることができました。こうして、ほしかったバリストリエリを手に入れたのです。…タリーさんのような慈善家に出会えたことも、私の演奏家人生のなかでたびたび感じた「不思議な導き」よるものだった気がしてなりません。(112p)

★イタリアのナポリでアルベルト・クルチ国際ヴァイオリンコンクールを受けたとき、シゲティ先生は「グッド・ラック」の意味を込めて、私が泊まっていたホテル宛に金細工のネックレスを送り届けてくださいました。…ご自身が大変なときなのに、弟子である私が予選を勝ち抜けるようにと、細やかな心配りをしてしてくださったのでした。そのおかげもあって、このコンクールでは優勝を果たすことができました。私が少しでも多くのコンサートやコンクールで優勝できるようになると、先生は方々に推薦状を書き、私のことを積極的に売り込んでくださいました。…さまざまなコンサートで演奏したり、ヨーロッパの各地で開催されるコンクールに応募したりすることができ、ギャラや入賞賞金を生活費やレッスン代に充てることができたのです。(128p)

★ヨハネスブルグは、あらゆるところに「ホワイト」と「ブラック」の差別がある世界。白人の社交場にインド系の青年が出入りすることは、許されないのです。日本では経験したことのない人種差別の現実を、初めて目の当たりにした瞬間でした。(142-143p)

★いま私が使っている楽器ガルネリウス・ジェスは、二〇〇三年にロンドンの楽器商チャールズ・ベアーさんから購入しました。…一七三六年製のガルネリウス・デル・ジェス。(151p)

★一九九九年二月、妹の由子を亡くしました。旅先での不慮の事故でした。(148p)

★山を登っていくと、登りついた先で見えてくる「景色」があります。その景色を見ることで新たな気づきがあるから、さらに登り続ける。演奏家というものの人生、少なくとも私の人生はその繰り返しです。私は今もその山を登り続けています。…ひとつだけ言えるのは、一回一回のコンサートに「これが最後」という気持ちで向き合ってきたことです。大好きなヴァイオリンを一日でも長く引き続けたい、それが私のいまの「願い」です。(158-159p)

 去年と今年の2回、前橋汀子のヴァイオリンコンサートを聴きに出かけた。華がある人だった。街を歩く人の中に何人がクラッシックのコンサートを聴きに行くだろうと思ったそうだ。それからアフタヌーンコンサートを始められたという。そういえば、2回聞いた時も午後3時頃の開演だった。皆が聞きに行き易い時間に割安のコンサートをする。そう思われたらしい。聞く側にとってはありがたい。

 一流の演奏を聴く機会があればなるべく聴きに行こう。近いうちに堀米ゆず子の演奏を聴きに行く。楽しみ!それにしても一流の人が手にして弾くヴァイオリン。何と高価なんだろう!

2017年9月18日月曜日

前橋汀子演奏会に行く

 タイから帰った翌日は日本画教室へ出かけた。ところが今回の旅は暑さにまいったのか昨日は台風の影響もあって一日中家で寝ていた。今朝はやっと元気を取り戻す。今回の旅の一番の教訓は機内でマスクをすること。喉の調子が良くない。次回の旅からマスク持参で出かけよう。

 部屋の気温が20数℃あっても寒い。何を飲んでも食べても塩辛い。今朝はやっとこの状況から脱出。元気を取り戻す。どういってもこれから月末までハードスケジュール。その合間にフルートの練習もある。それなのに今一歩フルートをケースから取り出す勢いがない。今日から気合を込めてフルートの練習をしよう。

 タイに出かける前日、数か月前からチケットを購入していた前橋汀子の演奏会に出かける。もしも博多で前泊すれば前橋の演奏会も行かれない。ところが、何とか当日移動で演奏会に出かける。

 演奏会場所ははつかいち文化ホールさくらぴあ大ホール。廿日市のJR駅から市電に乗り換えようとすると横に市電が走っていない。あれ、と思って通りがかりの兄ちゃんに聞くと市電の乗り場はJR駅と大分離れていた。ともあれ、次回からは五日市駅で乗り換えよう。

 席は前から4列目でほぼ舞台の中央。何か月も前に買っていたチケット。いいはずである。それにしても前橋汀子は今年で演奏活動歴55年だそうだ。何といっても華のある人。真っ白いスパンコールの付いたロングドレスを纏ったその美しさは眼を見張るものがある。ましてや舞台での演奏も華がある。後編では真っ白から真っ赤なロングドレスに衣裳替え。いずれにしても美しい。

 演奏曲目は次のようであった。尚、ピアノにヴァハン・マルディロシアンを迎える。

エルガー 愛の挨拶
ヴェートーベン ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調Op.47「クロイツエル」第一楽章~第三楽章
ヴエニャフスキ モスクワの思い出Op.6
ドヴォルザーク わが母の教え給いし歌(クライスラー編)
ドヴォルザーク スラヴ舞曲Op.72-2(クライスラー編)
マスネ タイスの瞑想局
サン=サーンス 序奏とロンド・カプリチオーソOp.28
サラサーテ ツイゴイネルワイゼン

 アンコール曲として次の3曲が演奏された。
ドヴィッシー 亜麻色の髪の乙女
ブラームス ハンガリー舞曲第一番
ブラームス ハンガリー舞曲第三番

  演奏曲目の多くはフルートで吹いている。ともあれ、素晴らしい演奏会だった。それにしてもすべて暗譜で演奏とは…。それくらい何度も演奏しているということ!?

2017年5月31日水曜日

広島駅中央口へ

 今朝、ゴミを出しに行くと先日、86歳の迷える同窓会の話になる。会場をわが家の前の会館と話した老人。実際は小学校の隣と言っても真反対の方面の別の会館だった。迷える老人を任せた人は3軒先の民生委員。他家の電話番号を把握されており、老人から聞いていろいろと電話をかけたらしい。足もおぼつかない老人を車で会場まで送ったとのこと。ともあれ無事に済んで良かった。

 広島駅の表口と新幹線口の自由通路が一部開通した。見に行かねばならない気持ちに駆られて早速出かける。地元最寄り駅から広島駅方面の列車はほとんどは一番線ホームに入る。その為、駅から外へも簡単に出られた。ところが新たな駅は1階の改札口をすべて閉鎖し、2階に出来た中央口を通らねばならない。これは足が悪い人にとっては大変!好奇心が勝って中央口に向かうとまるで空港内にいる気がする。広くて明るい中央口。外に出てまず向かうのは元の新幹線口方面へ。駅係員がメガホン片手に人を誘導する。次は元の駅表口へ。ここは駅ビルに人を誘導させる!?この駅ビルも解体して新たな広島駅ビル構想もあると聞く。一部開通の自由通路も秋には全部開通し、両側にはお店も並ぶらしい。名前も「エキエ」とか。

 気分を変えて駅の福屋に入る。チケットサロンで9月に開催される前橋汀子コンサートのチケットを購入する。前橋汀子のヴァイオリンは聞いていて華がある。せっかくの機会、場所は広島の郊外の廿日市市。聞かずにおれない気持ちになる。まだ売り出されたばかりで前から4列目の席をゲット。

 暑くなってきた。今一歩、風邪気味。もうちょっと様子を見てプールへ行こう。それまでは我慢の日々!?