2011年4月14日木曜日

『わが心の歌 望郷のバラード』

天満敦子の自伝『わが心の歌 望郷のバラード』(文藝春秋、2000年)を読んだ。

天満敦子のコンサートはこれまで2回聴きに行ったことがある。1度目はシンフォニア岩国、2度目は市内のフェニックスホールでのコンサートである。

どの曲にも『望郷のバラード』が演奏曲目として入っている。

『望郷のバラード』をどうして知ったかは覚えていない。たぶんTVの情報で知ったのだろう。そのときからとても奇麗なその曲に魅かれてしまった。来月14日にはまたまたその曲を聴きにアステールプラザに出かける予定だ。

この本は多分以前に一度読んだように思う。再度読んでみてこれほど回りの人に恵まれた人はいないのではないかと思われるほど著名な人々の名が次々と出てくる。登場人物は天満が「望郷のバラード」をヴァイオリンで弾くに至った経緯に関わる人々である。すなわち天満自身が世の中の脚光を浴びるに至った経緯といっていいのかもしれない。

それらの人々を列挙すると、音響メーカーのケンウッド会長中野雄(音楽プロデューサーでもある)、ストラディヴァリウス(別名サンライズ)を貸与した龍角散の藤井康男社長、ヴァイオリニストの佐藤陽子、作曲家の間宮芳生、音楽評論家の宇野功芳、作家の大野芳、ルーマニア全権特命大使古川清、ピアニストの深沢亮子、作曲家の佐藤真、ピアニストの本多昌子、外交官の岡田真樹(日経新聞1993・12・8に「望郷のバラード」が世に出るきっかけを書いた人)、CD発売元の藤井泰三社長、「徹子の部屋」の黒柳徹子、東京女子大出身で瀬戸内晴美と同級生の母、京都大学出身の父、兄の直美、父の妹で津田塾大学元学長の天満美智子、NHK教育TVの「ヴァイオリンのおけいこ」出演時のヴァイオリニストの江藤俊哉、芸大教授でヴァイオリニストの井上武雄(天満が15歳のときから酒を呑むことを薦めた先生)、芸大の海野義雄、芸大の兎束先生、ヴァイオリン製作者の本間立夫、芸大の岩崎洋三(特別銀賞受賞時のロン・ティボー国際コンクール審査員)、コーガン、1979年のデビユーリサイタル時のピアノ伴奏者岩崎淑、作家の井上光晴、井上の作家仲間の埴谷雄高・島尾敏雄・野間宏・橋川文三、文芸評論家の秋山駿、丸山真男(なくなったときバッハの『ジャコンヌ』を演奏)、「コンサートエージェンシームジカ」主宰の高澤弘道、芸大教授でピアノ伴奏者田村宏、ドイツの名室内演奏家ライナー・ホフマン、元アムステルダム(現ロイヤル)コンサート・マスターのヘルマン・クッレバース(天満自身、生涯の師と仰ぎ「一生モノ」の付き合いというヴァイオリンの指導者)、作曲家の小林亜星、作家高木のぶ子(天満をモデルとした『百年の予言』を書いた)、音楽評論家の中河原理、ピアニスト吉武雅子、などである。

そうそうたる人々に囲まれても舞い上がることなく生きている人はすばらしい!この一言に尽きる。

天満はこの本の「お酒のこと」で酒にまつわるエピソードを披露している。武勇伝である。特に「母は私がお腹の中にいる頃から、父への腹いせにお酒ばっかり飲んだというし、父は大酒のみ。やっぱり血は争えないわ。…」(200P)と述べている。

「”あとがき”に代えて」として天満は「この人生、ゆかいな両親に恵まれ、何度も言えることは師にも恵まれ、そして人に恵まれました。人との出会いという点では、私はすごく幸せもんです。人だけでなく、ストラディヴァリウス、私の生涯の曲《望郷のバラード》にも出会っちゃいました」(229P)と自分の生涯を振り返る。

そして将来の希望を聞かれると「今日が明日でありますように」(230P)と答えている。

ともあれ来月には天満の曲を聴きに行く。今から楽しみだ!

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