2023年7月22日土曜日

大分・臼杵の旅その1

  2023年7月19日(水)から20日(木)まで大分・臼杵へ一人旅をした。臼杵は初めての地で以前から行きたいと思っていた。「臼杵の石仏を見に行く」、と日本画の先生に話すと先生が絵を習われていた頃、当時の先生たちと出かけたそうだ。出かける前、先生から山道を歩く、と聞いていた。が、ネットで調べたが山道を歩くようには思えなかった。幸い歩くのは苦にならないのでそれほど気にも留めず出かけた。

臼杵駅前にあるレプリカの石仏
 海外に出かけた時、それも出かける地の大半が辺境ということもあって旅は一種の修行!?今回の旅は先生から聞いた通り、石仏巡りは修業に思えた。雨上がりの山歩きは油断すると滑りやすい。特に雨で濡れた落ち葉が散っている木道の階段を上り下りするのは危険である。このことだけを頭にしみこませて石仏を見て歩く。石仏も一か所にあるのではなく石仏群として点在している。

1日目 2023年7月19日

 石仏群のある付近に蓮畑がある。蓮の開花は午前中にかぎると知って2日目に行くことにした。
 
 広島駅発9時34分さくら545号⇒小倉駅10時23分着。小倉駅から在来線の乗り換えが初めてなので20分の余裕を持つ。小倉駅でソニック13号に乗車すると車内で何やら大騒動が起きている。「どうした?」と訝っていると小倉駅から向きが変わって運行とのことで先に乗車していた人たちが座席の向きを一斉に変えているところだった。小倉駅10時43分発特急ソニック13号⇒大分駅12時4分着。同じホーム向かい側から12時7分発にちりん7号⇒臼杵駅12時36分着。

 無事臼杵駅についた。しかし、降車する人は自分だけのようだ。出口に向かうと駅員2名が近づいてきて切符を受け取る。これも初めてのことでびっくり。観光地に着くとまずは観光案内所へ、と向かう。ここもひっそりしていて係から旅のパンフを貰う。宿を問うと目の前にあり、大きな石仏が鎮座しているのが目に入る。石仏のレプリカだ。そこには城下町臼杵の標識もある。まずはショルダーとリュックのうちリュックをホテルに預けに行く。その際、宿代の清算を行う。今回の旅も全国旅行支援が適用される。そのクーポンはチェックイン時にとのことで身軽になって臼杵の街に繰り出す。

 観光案内所でもらった「臼杵みてある記」のマップを持って歩く。が、その一歩につまずく。ホテルの係に「どの道を」、と聞くと鳥居のところまで行けば臼杵の観光案内がある、と教えられる。2日間、臼杵の街を2往復位した。本当に良く歩いた。万歩計は初日が1万2千歩。2日目はなんと1万8千歩も歩いていた。

 鳥居を目指すとすぐにあった。しかし、誰一人観光客はいない。またお店の大半はシャッターが下りている。これではお昼ごはんも食べられない。気を取り直して地図を頼りに歩いていると臼杵市観光交流プラザに着いた。中に入ると人が入ってきた。(観光客?)と思って話をするとこの地の人だ。ここを出ると近くに「サーラ・デ・うすき」という大きな建物が見える。中に入ると係の人が出迎えてくれた。相変わらず誰もいない。この人と話していると広島にいたとか。西原に住み、アストラムラインのことをよく知っていた。広島から来た、と話すと驚かれる。親切な人で食事場所を聞くと敷地内にカフェなどがあるという。

 この地は何年か前まで大分銀行だったそうだ。それをリニューアルして「気楽に語り合える空間、臼杵の旬の情報発信、野外イベント開催など様々な楽しい場を提供している」とパンフに書いてある。教えてもらった「リーフデカフェ」に入ると先客がいた。落ち着いたお洒落なカフェでオムレツのようなハヤシライスのような食べものと珈琲をいただく。食事をしていると雨になる。が、雨も小降りになり蒸し暑さはあるが雨がミスト感覚に思えて涼しく感じる。

 このあたりが臼杵観光のメインらしく、ここを出ると「二王座歴史の道」になる。相変わらず誰も歩いていない。地図を片手に歩いていると人の声がする。お寺の境内からだ。中に入ると和尚が外国人に説明している。外国人はフランスの5人グループ。和尚に聞くと寺にいるときに訪ねてきた観光客には案内するとのこと。「いまから月参りに出かける」、と話されていたが感じのいい和尚だった。お寺の名は真宗大谷派の善法寺。大きなお寺だ。この続きはまた後日に!
 
 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

善法寺

2023年7月21日金曜日

長い道のり!?

  一昨日から昨日にかけて大分県の臼杵に出かけた。臼杵は石仏で有名で以前から一度は行ってみたい場所だった。2か月前、JR西日本の情報紙に臼杵の掲載があった。これを見て臼杵へ行こう、と思い立つ。その時、まずは宿を、と思ってネットで探すと臼杵駅前にいい宿があった。宿の口コミを見ると悪くない。その場ですぐに電話して宿を予約する。その時点で旅行支援云々は気にせずに予約すると7月20日までOKとのこと。これには驚いた。

 JRの予約は1月前から。それまでは臼杵の旅の日程を考える。6月半ばにJRのチケットをネットで予約。広島⇔小倉は「おとなび」利用で予約した。おとなびは利用するにも制限がある。それをクリアすべく日程を組まねばならない。ところが今回は帰りにアクシデントが発生。長い道のり(!?)となり、変更不可の「おとなび」もアクシデント発生で余儀なく変更できた。

 昨日は臼杵⇒大分(特急にちりん)、大分⇒小倉(特急ソニック)と乗り継いで次は小倉と安閑として乗車していた。ところが、中津駅で突如、ソニックが停車。中津⇒行橋の間で線路の不具合が生じたとの車内アナウンスがある。線路内の不具合で列車が止まることは山陽線や呉線でもたびたび発生するのでめずらしくはない。しかし、今回の遅れは2時間近く列車が止まり、長時間の遅れ発生は初めて経験した。1時間半経過後、アナウンスで新大阪以降の乗客は申し出るようにとのこと。ということは新大阪以降の乗客はもう新幹線には乗れない、というか、もう遅いのでこの日の運行はないということだろう。

 車掌は車内を何度も行き来し、乗客の話を聞いている。そうこうするうちやっと徐行運転ながらも列車が動き出す。1時間45分の遅れだ。その間、臼杵で買った非常食のおにぎりを食べる。旅ではいつも何かの時にと非常食を持ち歩いている。今回はこれが功を奏した。小倉駅に着いた。が、切符の変更でみどりの窓口は混雑するに違いない。そう思って改札を抜けるとき駅員に切符を見せるとその場でてきぱきと広島までの特急券を発券してくれた。これにはびっくり。なんでも困っているときは駅員を見つけて、と今回の旅で思った。その様子を見ていた後ろの人もみどりの窓口ではなく駅員に発券してもらっていた。

 おかげで2時間遅い新幹線だがすぐに乗れた。小倉⇒広島間は49分で着く。ところが臼杵を17時に乗った特急のソニックが停車して小倉まで2時間で着く予定が4時間の乗車となった。さいわい小倉駅の駅員の素早い対応ですぐに新幹線に乗車できた。今回、このことはこれから一人旅を続ける上で大いにいい経験になった。何でも困ったときはあれこれ考えずすぐに行動する。これに尽きる。

 広島駅に10時過ぎ無事到着。2日の旅の間中、人は何処にいるのか、というほど人を見かけなかった。が、広島駅新幹線ホームの赤いユニをまとった大勢のカープファンを見てびっくりする。オールスターがマツダスタジアムで終わった時刻だ。これは在来線のホームでも同じだ。広島駅では小倉駅で教えられた「駅員にチケットを手渡ししてください」の通り駅員にチケットを渡した。その際も駅員の対応は早い。

 今回は生憎帰りにハプニング発生の旅だったが、これも今となればいい経験。それにしても今回の旅も「道連れ」ができた。これについてはまた後日!楽しい旅は終わった!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年7月19日水曜日

「鎌倉」



 BSこころの歌を見ていると全く知らない曲が流れる。テレビの画面を見ても曲の表示がない。番組HPを調べると「鎌倉」という曲名だった。YOU TUBEで聞くも決して楽しい曲ではない。どこか戦争のにおいを感じさせる曲だ。曲名が判ったからと言ってこの歌詞を覚えようとは思わない。が、一度は聞いてもいいかなと思ってアップする。明治43年に作られた曲らしい。

 鎌倉へは一度だけ母たちと出かけている。いつかまたゆっくり行ってみたいところだ。さてさてそれはいつ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年7月18日火曜日

『史記(1)』(覇者の条件)

 母の月命日よりも一日早いお墓参りをした。最高気温34度の予報のなか、午前中にお墓参りをするが行くにも気合が入る。墓地に着くと相変わらず隣の2区画は何物かによって荒らされている。行く前からこのことが気になるがそれも他所の墓地とあってはどうすることもできない。

 家に帰ると汗びっしょりになる。着ているものすべてを着替えてしばし休憩するもすぐざま買い物に行く。途中、学校の生け垣に人が座っている。声をかけると半年くらい前の墓参り後に出会った人だった。今年90歳になるとか。暑くてもカートを引いて買い物に行くという。出会ったときは買い物帰りだった。話をするとしっかりした人で何でも自分でやるという。元気な人はこのあたりが違うと思いながら話を聞いた。

 『史記(1)』(覇者の条件)(司馬遷 市川宏・杉本達夫訳 徳間文庫、2005年初刷)を読み終えようとしている。以下に抜粋したように黄帝から始まる中国の歴史は常に武力による覇権争いである。これは読んでいても面白くない。『史記』は文庫で8巻くらいまであるが、1巻で読むのをやめて次は『史記列伝』を読むことにした。列伝は図書館で借りた『史記列伝1』の裏表紙に書いてあるように『史記』の中でも最も面白く人気が高いらしい。

 借りたのは平凡社の2010年初版第1刷の文庫で500頁もある。これは列伝の第1から第24まが収められている。このシリーズの『史記列伝2』と『史記列伝3』はなぜか図書館の蔵書にない。この列伝1を読み終えたら他の出版社の本を読むようにしよう。

 ブログを書きながら「黄帝」と「皇帝」の中国語表記が同じでは?、と気になりだす。念のため調べるとどちらも”Huang di”で四声も同じだった。これはなぜ!?

 以下は『史記(1)』から気になる箇所をメモした。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★われわれは、かつてない激動の時代を生きている。その激動の様相を見定めるべきよりどころさえ、いまや完全に失われたかの観がある。歴史とは何か。人間とは何か。この、あまりに根本的な命題が、現実の課題として、われわれにつきつけられているのである。『史記』は歴史の原形であり、歴史そのものである。二千年前、漢代の中国に生きた史官・司馬遷が、みずから人間であることを放棄し、そうすることによって記録した世界像、それが『史記』なのだ。(6p)(『中国の思想』刊行委員会)

★紀伝体 司馬遷は、歴史をとおして人間を描こうとした。”人間とは何か”ということが、『史記』を一貫する命題だったといってよい。この命題に即し、おびただしい量の材料を処理する基準として独創されたものが、「紀伝体」とよばれる構成である。……本紀とは、歴史を動かした大もとと司馬遷が考えたもの、つまり王朝の歴史であり、世家は帝王をめぐる諸侯の家の記録であり、列伝は本紀と世家をめぐる英雄豪傑から、市井の庶民にいたる個人の伝記である。……歴史を年次を追って記録する平面的な「編年体」とは趣を異にして、それをあらゆる側面から多角的にとらえていこうとするこの構成は、中心をなす本紀を列伝の名をとって「紀伝体」と呼ばれ、『漢書』にうけつがれて、以後、中国の正史の伝統的スタイルとなった。(24p)(解題)

★黄帝は徳によって全土を治めた最初の帝王として描かれる。……徳による政治こそは『史記』の理想であり、また中国の理想でありつづけた。そして歴代の支配者はつねに徳治の看板を掲げてきた。ただし、理想の帝王たちの徳治は武力の背景をもっている。教化を拒む者には討伐が待っている。理想はつねに現実に裏切られるがゆえに、いっそう激しく追求されるのかもしれない。(30p)(解題)

★――中国人はしばしばみずからを「黄帝の子孫」あるいは「炎黄の子孫」と称する。……「黄帝」とは中国の大地の象徴であり、民族と文明の象徴であり、中国的世界の始祖として人びとの心に生きているのである。司馬遷の『史記』は聖王の記録〈五帝本紀〉から始まっており、黄帝はその冒頭におかれている。(45p)(1 聖王伝説の時代)

2023年7月17日月曜日

ICOCAは元定期券

 梅雨明けはいつになるのだろうか。蒸し暑い日々が続いている。この暑さの中、朝から工事の大きな音がする。小学校の工事だ。一昨日のICOCAの件ですぐに落とし主に返却できたのはICOCAが元定期券として利用していたことにある。一枚のICOCAであれば持ち主が誰だかわからない。が、働いてもいないのに習いものなどで街中に行くためにICOCAを定期券として4年前まで利用していた。半年単位で購入し、月に10日利用するだけで元が取れた。が、習い事を減らしたので定期券のままチャージしてICOCAとして使っている。今回、期限切れの定期券ながらも表面に利用区間や名前などの記載があり、功を奏したようだ。

 今日はこれから一日早いお墓参りをしよう。お墓に参る、というだけで朝から気合が入る。どういっても暑い!

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年7月16日日曜日

帰り道は遠かった!?

 昨日午後は日本画教室の日。その帰り道は遠かった!?教室が終わるといつものように4人でカフェに入る。そのうちの一人が来月初めに台湾へ行くという。「なぜ台湾?」と聞くと以前、台湾の芸能人にあこがれてファンとなり年に10回くらい出かけていたとか。その後、韓国の歌手にもあこがれて韓国へも何度か出かけるという。しかし、今は台湾のあこがれの人をあまり見かけなくなったが台湾へ行くのは楽しみらしい。そのため、夫婦そろって中国語を学んでいるともいう。カフェでの話題はその夫妻の話が中心になった。

 カフェを後にして駅に向かって改札近くまで来たとき声をかけられる。一瞬、誰だかわからなかったが声でわかる。偶然とはいえ会うのは久しぶりだった。せっかくなのでどこかに入って、と思った。教室とさっきまでのカフェで珈琲を飲んでいる。近くにあるタリーズに入った。しかしここでも珈琲を飲めば短時間に3杯目の珈琲になる。珈琲はやめてどんなものかもわからずにチョコラテとサンドを注文する。時間的には夕飯時だ。教室の珈琲タイムでは教室の人が持参したミニヨンの大きなシュークリームをいただいた。その後のカフェでも少し食べている。タリーズのサンドは食べずに持ち帰る。

 久々に会った人とは某公社時代のバイト友だち。当時はまだお互い若かった。今から40年余りも前のことになる。当時、今とは比べられないほど人生の暗い時期を送っていた。何が楽しかったのだろうか、とも思えるほど楽しいことは何もなかった。(これではいけない)、(何とかしなくてはいけない)、と毎日そう思って暮らしていた。当時は今とは真逆の生活で自分から行動を起こすことは何一つしなかった。今思い返しても今の方が断然楽しい。どういっても今楽しく暮らしていることはすべてその当時はしていなかったことである。昨日、声をかけてくれた人はその暗い時期を知っている!?

 偶然とはいえ久々に会った人だ。その人はブログを見てくれているとのこと。スマホ画面にブログのアイコンがあるのを見せてくれた。その人は以前にも聞いていたがのど自慢に出るのを楽しみに歌を歌っている。昨日ものど自慢の予選に出場した際の裏話を教えてくれた。何でも自分の楽しみを見つけてそれに向かって行動する人は素晴らしい。その思いがあるのでいつかのど自慢の本選出場も夢ではないに違いない。

 久しぶりに会った友だちと別れて再度、駅に向かう。改札を抜けるとすでに3番線に列車が来ている。急いで階段を上がって列車に乗る。車内は(ここは外国か)、と思えるほど外国人ばかりだ。そのうちの一人から席を譲られる。これは申し訳なくて断る。その時点ではまさか我が家までの帰り道が遠くなるとは思っていなかった。自宅最寄り駅に着いた。バッグを探してもICOCAがない。駅員に「ICOCAを落とした」、と告げるとすぐに「名前は?」と聞かれる。目の前に一枚の紙がある。「○○駅に落し物があります」、との駅員の言葉だ。「どうされますか?一度ご自宅に帰られますか?」とも聞かれる。落し物はどうすればいいかを問うと郵送は出来ないとのこと。「じゃ、今からすぐにとりに行きます」と告げると出る列車を教えてくれる。が、それは間に合わないので10分後に出る列車に乗るようにと親切に教えてくれた。「切符は?」とさらに聞くとそのまま乗車を、と言われる。

 再度、落とした駅までJRに乗車。岩国行きのため広島駅での乗り換えなしで20分ほどで到着。駅の窓口に行くと係が用意した書類に記入する。記入はいいのだが自分を証明するものが何もない。仕方なくスマホのSMS画面からマイページを表示して名前と電話番号を見せるとOKだった。そして落とし物を受け取る。係にどこで落としていたかを聞くと駅のホームに落ちていたらしい。受け取るとすぐさま広島行きのJRに乗る。1,2時間の間に2往復すると外は真っ暗だ。そして雨も降ったいた。8時台の帰りの列車は先の7時台に乗った列車とは比べられないほどがら空き状態。なんだか遠くまで旅をしたような感覚に陥る。それにしても注意散漫!母がいれば怪我でなくてよかった、と言ってくれるかもしれない。が、我が家までの帰り道は本当に遠かった!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年7月15日土曜日

スマホの音量ボタン

 スマホでこちらから話す際はスピーカを利用している。そのためか電話がかかっても音が聞こえず、電話がかかったかどうかがわからないことがある。スマホの側面の音量ボタンを表示して「音量」表示の記号を見ると低くなっている。これではかかってきた電話が聞こえないはず、と思って音量を上げる。その際「着信音」「メディア」「通知」「システム」表示の左横に小さい四角い記号がある。これを触ると斜線が入る。この記号は何なのかが気になりだす。斜線が入ったままでもいいのか、も気になりだす。

 何時間か気になってネットで探しているとやっと昨日の夕方、同じ質問をしている画面が出た。四角の記号がそのままだと画面に字幕が出るとか。記号の名はわからずじまい。しかし、この記号が何の働きをするのかがわかってきた。携帯の機種変更時、トリセツを画面に表示させていた。ところがそれを読むよりもネットで検索して調べるほうが手っ取り早い。トリセツは削除した。

 以前だったらIT機器など買い替える度に分厚い紙のトリセツが付いていた。ところが最近は商品説明に関わるそれらの説明書は一切ない。ない理由が先の記号の件でもわかってくる。IT機器に関わらず、トリセツがなくてもネットで調べればわかる時代になった。とはいえ、これもネット環境がなければ困りものだ。

 蒸し暑い日は続く。梅雨明けはいつ!?

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!