2023年7月14日金曜日

蒸し暑い日に

 広島空港からアジアの国へ飛ぶ航空機は今のところ保安官の人出不足などで台湾やソウル便しか運行されていない。先日のベトナム便も同じく人出不足でこの先の運行は未定のようだ。個人的には運行予定が未定になっている済州島への運行が待たれる。といいながらもメディアによると海外旅行は半数の人がためらっているとか。日に日にコロナ感染者が増えている状況ではそれも致し方ない。ただ、コロナ禍で海外へ行かれなかった年数のなんともったいない事か。やたらと歳ばかり取っている気がしてそれだけが気になる。そのためにも元気でいなくては、と朝から自分に発破をかける。

 と言いながら昨日泳ぎに行こうとしたが、雨が降るとか暑いとか言い訳をして行かずにいる。その底辺には無理して泳ぎに行くこともない、と自分を甘やかせている。暑い時季、帽子をかぶり、長い手袋をして自転車に乗るのも大変。行くだけで汗びっしょりになる。8月いっぱいは個人的にプールの夏休み!?

 旅行社から9月の日帰り旅の日程表と旅の請求書が送付されてきた。金額を見ると旅行支援が適用されている。その前に届いた8月の日帰り旅は同じ県なのに旅行支援はオーバーして適用されなかった。9月の旅は申し込んだのが6月と早かったので適用となったのかもしれない。

 海外へ行く気でいれば国内のバス旅は旅費的には何度でも行かれる。そのこともあるのか旅の募集があればすぐに飛びついてしまう。その前に今月は個人で出かけようとしている。久々の個人旅行なので気合も入る。新たな場所で新たな景色を目にするだけでもボケ防止になるとか。そこまで考えて外に出ていくわけではないが、もしかしたら底辺にそんな気持ちが潜んでいるかもしれない。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年7月13日木曜日

ミニ薔薇とチョンギース

チョンギース(右上)
  3年くらい前、ミニ薔薇の鉢植えを貰った。すぐに一回り大きな鉢に植え替えると毎年花をつける。今年も梅雨前に花をつけた。しかし、花が終わると葉っぱは虫に食われて枯れた状態になる。ところが最近の大雨で虫食いの葉っぱのそばから新たな小さい葉っぱをつけた。今朝見ると新たな葉っぱに小さいチョンギースが止まっている。鉢を持ち上げても動こうともしない。

 チョンギースの仕業かどうかは知らないが大きく育った大葉も虫食い大葉になっている。以前、レモンの木を植えていた時はアゲハ蝶などの蝶々が飛んでいた。レモンの木を伐採後は蝶々や虫などは寄り付かなかったが今年はチョンギースや白くて小さい蝶などを見かける。

 チョンギースを写真に撮っていると目の前の小学校から今年初めてセミの鳴き声を聞いた。セミの初鳴きは桜の開花前線のように初鳴き全線図があるらしい。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年7月12日水曜日

木曜島

 全国旅行支援のチラシを見て電話で旅を申し込む。すると先方はすでにそれは申込オーバーで適用されないとのつれない返事。だからといって旅を申し込まないのも何だか変。支援があろうとなかろうと行こうと思って電話している。電話後、これは催行決定かどうかを気にしているうちに旅の日程表が送付されてくる。すぐさま、コンビニに行って旅費を決済する。これよりもずいぶん前に申し込んだ旅がある。その旅行支援もあるかどうかは怪しいがその旅もどうであれ行く気でいる。利用する会社は旅の催行人数が多くなく、至って良心的な会社だ。この点がどういっても信用できる。

 旅費の決済後、図書館へ向かう。この頃は「史記」に関する本を読み、司馬遼太郎の作品から遠ざかりつつある。これでは生きているうちに司馬作品全部が読めなくなる。そう思って『木曜島の夜会』を借りる。木曜島、を島でなく鳥と勘違いしていた。本を読むうち木曜島、という島が豪州の北端にあると知る。島には金曜島もあるとか。この小説は昔、シャツなどのボタンの原料となった白蝶貝や黒蝶貝を探すダイバーの物語。日本人は海に潜る才能があるらしく和歌山県辺りの人が豪州でダイバーとなっている。ダイバーの採った貝からシャツなどのボタンになる。しかし、時代の変化とともに貝のボタンではなくプラスチックなどになっていく。この物語もまだ始めしか読んでいない。
 
 梅雨明けももうすぐと思われる。が、蒸し暑い日は続く。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年7月11日火曜日

久しぶりの電話

 連日降り続いた雨もやっと上がる。昨日、大雨の中、某金融機関が場所を移転して新装オープンした。雨の中、オープン記念品を貰いに行くかどうかためらう。その時友だちから電話がかかる。その旨話すと行くべき、とのこと。友だちからハッパをかけられてゆく気になる。到着すると大人数の関係者が車や人を誘導している。新たな店舗に入ると多くの白い蘭の鉢植えが目に入る。それを見ると新装オープンに相応しい。係に書類を渡すと我が家の担当者を呼んでくれた。挨拶をして記念品を受け取る。ゼリーや水ようかんの詰め合わせが15個入っていた。

 店舗へ行く途中、道ですれ違う人から声をかけられる。大雨の中なのに、と思って話を聞くと集会所へ行くという。雨の日に、それも大雨警報が出ているのに行事があるのだろうか、と思った。後で行事ではなく集会所へ避難しに出かけたのだと気づく。というのも、店舗からの帰りに隣町のサイレンが鳴り響く。大雨警報の避難呼びかけの町内放送だ。家に帰るとまたもスマホに隣町の緊急エリアメールが入っていた。

 昨日午後は雨も上がった。夕方、頭を過るモノがある。それは初めて就職した会社を30歳でやめ、それ以降、しばらく某公社でアルバイトをしていた。その時に知り合った人が頭をかすめる。その人の妹さんは昨年秋に亡くなられた。その姉妹にはよくしていただいた。特にバイト時代に知り合ったお姉さんとは水墨画を一緒に習ったり、山へ連れて行ってもらったり、といろいろとお世話になった。しかし、昨年の妹さんの不幸では何もせずにいた。また電話をかけてもつながらなかった。ところが昨夕、ふと頭を過る。電話をかけよう、と。すぐに家に電話すると通じた。

 お元気そうだ。これまで続けていた習い事を辞めずに続けたお陰で気持ちが救われた、みたいなことを話された。そして一人で住んでいる人も多い、と電話した私を例に話される。梅雨が明ければ暑い夏に入る。暑さに体が慣れたら近いうち会おう、と言って電話を切る。

 水墨画を一緒に習った時期からすでに40余年が過ぎた。その後その人は木版画を続けておられる。某カルチャーセンターが広島に開設して以来続けているとか。それ以外にもいろいろとされている。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

2023年7月10日月曜日

『司馬遷』その2

 今日で今年の梅雨は終わりそうに思える。が、1時間ごとの天気予報を見ると雨の量は時間が経つにつれて増えている。福岡周辺に大雨特別警報が出ている。その影響があるのかもしれない。(今日のJRは?)と調べると広島県内の山陽線は動いている。

 以下は『司馬遷』(武田泰淳 中央公論新社、2022年初版)から「人間とはなにか」「歴史とはなにか」に関する箇所を主にメモした。『史記』を読むにはこの『司馬遷』を読まずして理解できそうにない。それも一度くらいではむつかしすぎる。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

★「動かすもの」は人間である。世界を動かすものは人間以外にない。政治的「人間」もまた人間である。その動力は何処からでもない。「人間」から発するのである。それ故、世界の歴史を書き、歴史全体を考えようとするものは、まず「人間」をきわめなければならない。文学史でもなく、文化史でもなく、倫理の歴史でもなく、戦争の歴史でもない。「人間」の歴史が司馬遷の書こうとするところである。「人間」の姿を描くことによって、「世界」の姿は描き出される。「人間」の動きを見つめることにより、歴史全体が見わたせるのである。そして「人間」の姿を見つめて行き、「人間」の動きを描き出しているうちに、いつしか「人間」は「政治的人間」と化して、世界を動かし、歴史をつくり出していることがわかって来るのである。根気よく、あせらずに、あたえられた記録により、自分の眼や耳のはたらくかぎり、「人間」の姿を追い求め、「人間」の動きを見失うまいとつとめているうちに、司馬遷の世界構想はおのずから出来上がって来る。それ故、人間を政治的人物としてとりあげる手段も、またこれ以外にはない。「本紀」を書くにも、「列伝」を書くにも、その方法はそれ以外にない。(67-68p)

★人間の個性などは、激しい大きな歴史の動きの中では、まことにはかない微小存在に見える。それだのに司馬遷は、その人間個性のはたらきに眼をそそぎながら、彼の歴史を書こうとしている。秦の始皇帝や項羽や漢の高祖や呂太后(りょたいこう)を大写しに写し出し、その個性的な特異な生き方をみつめることにより、「世界の歴史」を書こうとしている。「世界の中心」になるごく少数者の一生を書きつづけることが、歴史家にとって必死の業であることを、彼は確信している。……司馬遷の問題にしているのは、貧血性の近代人でもなく、ぐずぐずつぶやいている歴史家でもない。……「……僕は僕のことが一番大切なんだ。僕と世界のことが大切なんだよ。つまり人間のことがね。」「世界の中心」として、世界統一者としてあらわれた秦の始皇とはいかなる人物であるか?始皇に面接した尉繚(うつりょう)という兵学者のことばが、よくそれを示している。……「誰が何と言っても、どんな事が起きても」という絶対的な性格こそ、世界を動かす人物の性格である。「本紀」の「本紀」らしさは、人間のこの絶対的性格を追求するところにある。(82-84p)

★「鴻門の会」の面白さこそ「本紀」の面白さであり、「鴻門の会」を理解すれば「本紀」は理解しつくされたとも言える。「鴻門の会」では、まず二つの太陽が面会するのである。それだけでも人間宇宙の大異変である。項羽と高祖という「世界の中心」が顔を合わせるのである。(95p)

★孔子が世界史に占める位置を定めるのに、非常に似つかわしい文字がある。「喪家(そうか)の狗」。宿無し犬という言葉である。家あっての狗であるのに、その家がない。「喪家の狗」とは、世界中、よるべき場所なき文化人の姿をあからさまに示している。(122p)

★司馬遷は自己の不遇を嘆じ、天道非なりとみた。……「天道、是か非か」。天道すら信じられないならば、人は何を信じたら良いのか?自分である。自分の歴史である。「史記」である。天すら棄てたもの、天のあらわさなかったもの。それらの人物をとりあげ、あらわすのは、我司馬遷である。我を信ぜよ。極端な絶望の淵に沈みながら、もりあがってくる自信力、「伯夷列伝」は私達をおどろかすのである。伯夷の絶対否定が、かえって司馬遷の勇気を増すのである。「こころに鬱結するところあって、その道を通ずることが出来ず、往事を述べて来者を思うのである。」(「太史公自序」)自ら、読者のために「天道」をつくる。自ら「天道」となって、歴史を証明する、不敵な決意である。私は司馬遷が、とくに伯夷を尊んだとは考えない。しかし伯夷の境地を自らに擬し、伯夷の決意に劣らざる決意をかためていたと考える。(162p)

★司馬遷は物質主義者でも精神主義者でもない。彼は「人間の歴史」を書く歴史家である。彼は「伯夷列伝」を頂点に置き、「貨殖列伝」を下底に沈め、「人間列伝」を構成する。……「伯夷第一」と「貨殖第六十九」をあわせ眺める時、その間に挟まれた六十七の列伝が、如何に深い問題をひそめているか。おのずから覚ることが出来よう。……「列伝」を「歴史能」として眺め、その深い象徴的な意義を探ることは、「史記」を読む大きな楽しみである。(168p)

★司馬遷は、史記的世界を創り出したが、その結果、その中心が信じられなくなり、人間不信に陥った。日本人を優秀人間として絶対視している我々からすれば、これはとんでもない所業である。我々の場合は日本及び日本の中心を信ずることのみが、歴史に参加することになる。……「史記」は良書ではあるが、同時に危険書である。世界それ自体が、良薬であり、かつ毒薬である程度にそうである。……ことに史記的世界はおそろしい。真実だからこそおそろしい。だから棄ててはおけぬのである。(227-228p) 

2023年7月9日日曜日

ギターのマヌエル・バルエコ

 今朝のFMはギターのマヌエル・バルエコの演奏である。この人の名は今、初めて知った。雨の日曜日に聞くとなぜか気持ちが落ち着く。かなり気に入ったのか動画を探すとある、ある。この夏はジャパンツアーもあるとか。場所は東京など3か所でもちろん広島へは来ない。しばらくはこのギターの音にハマりそうだ。

 ギターは就職後、初めて自分で買った楽器である。その金額は家に入れていた額と同じで月収の6分の1だった。楽器は初めから安いモノでなくある程度のモノを買うべきとその後に気づく。ギターは短大時代の友だちと街中のYMCAに通って1年ほど習った。1年でやめてしまったがその後も楽器はいろいろと習っている。一番習うのが短かったのがギター。他にもエレクトーンを10年以上、フルートに至っては30年くらい習った。ギターは姉の家に預け、エレクトーンは市の大型ごみとして処分した。残るフルートは生きている間は手放さず、吹き続けるつもり。マヌエル・バルエコのギターの音楽を聴きながら書いている。

 昨日から降り続く雨。今日も一部列車は運行不能のようだ。昨日の日本画教室はJRも動いて大丈夫だったが、家に帰って以降、今まで雨は降り続く。

 昨夕はBS「神様の木に会う~にっぽん巨樹の旅」を見る。日本画家の西田俊英を取り上げていた。この人の絵は院展などで目にするが屋久島で1年間滞在して屋久杉を描いていることは知らなかった。画材一式を背負って屋久島の杉を描きに山を上がる。それもひとりで行くとか。時に泊りがけで山に籠るそうだ。描きたい巨樹にまずは両手を合わせてあいさつする。その姿を見ると巨樹が神様に思えるのかもしれない。母親の話なども出たがその際、眼から涙を流す姿もあった。御年70歳になるそうだ。巨樹に会いに行き、それを描く様を見るとこちらまでぼやぼやしてはいられないという気持ちにさせられる。

 昨日の日本画教室では土手の枯れ草を描く。これは当分続きそうだ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!

 追記

 FMのマヌエル・バルエコの演奏も最後になってゆく。それは「タンゴの歴史」ピアソラ:作曲(ギター)マヌエル・バルエコ、(フルート)エマニュエル・パユである。ピアソラも、エマニュエル・パユも大好きな人たちだ。それにマヌエル・バルエコがギターを演奏している。素晴らしい!

 追記を書いている途中、ものすごい大きな音で緊急エリア・メールが入る。隣町からのメールだ。スマホにかえてから初めて聞いたのでスマホが叫んでいるように思えた。エリアが違っても隣町なのでこれも仕方ない。それにしても外はいつまでも暗い。大雨は降り続く。名ギ

2023年7月8日土曜日

今日のJRは?

 先週の土曜日に続いて今週の土曜日もJR運行云々、と怪しげなニュースが飛び込む。芸備線などはこれから時間の経過とともに運行中止になるとか。JRの駅情報を見ると山陽線、呉線は共に今のところは通常運転のようだがこれも雨の状況によっては運行の遅れや中止もありうるようだ。今日は日本画教室の日。先週はJRの運行不能で教室を休んだ。今日は運行不能にならないことを願うばかり。

 秋の台風と同じく七夕前後も大雨被害が多い。もしもバスツアーや旅の計画をこのあたりに入れていると集合場所や出発場所のJR広島駅さえも行くことができない。もうこれだけで旅はアウトになる。一日中雨だった昨日、駅のみどりの券売機は雨の日は混んでないはず、と勝手に思って発券に行く。先客に高校生2人がいた。平日の昼間なのに学校は試験で早く終わったのかみどりの券売機で切符を買っている。

 今月中旬に大分へ出かける予定。先日ネットで予約した新幹線と特急券と乗車券を昨日、みどりの券売機で発券した。9月以来の券売機での発券もだいぶ慣れてきた。しかし、4件の発券は一度クレジットカードを入れるだけで済むはずなのに要領を得ずその都度の発券となった。

 あと2、3日すれば今年の梅雨けとなりそうだ。しかし、梅雨が明ければ次は猛暑の季節になる。年を経るにつれてその日のお天気が気になる。べつにお天気によって体の具合が悪くなるわけでもないのに晴れているとやはり気分がいい。今日はあいにくの雨、それもJRの運行を左右するような雨の日だ。

 ともあれ今日も元気で楽しく過ごしましょう!